秘境レポート(2024年編集)
~ 東京都 新宿区 ~
「まだ何かあるかもしれない、徹底的に洗ってくれ」
佐久間は、練馬区で発生した、振り込め詐偽事件で、主犯格のアジトを家宅捜査している。事は、三時間前に遡る。
~ 三時間前、警視庁捜査一課 ~
「警部、練馬区内の郵便局から、110番通報が入っています」
「強盗か?」
「振り込み詐欺のようです」
(………)
「強盗犯捜査第一係だけでは、人出が足らんな。課長、現場指揮してきます」
「分かった、頼むぞ」
老婆が、機械操作に不慣れで、戸惑っている様を、郵便局員が気付いて、声を掛けたのが、きっかけだった。老婆の口ぶりから、『振り込め詐欺だ』と感じた郵便局員が、110番通報した事から、事件が急展開した。
~ 東京都練馬区 老婆宅 ~
「警視庁捜査一課の、佐久間と山川です。今回は、危なかったですね。大丈夫ですか?」
「ええ、何とか。詐欺だとは、思いませんでした」
「お婆さんが、金を振り込まなかったので、間もなく、相手側から金銭の催促電話が、来ると思います。それまでに、警察組織も準備をしますが、簡単に事情を聞かせてください」
佐久間は、身をかがめて、老婆と目線を同じ高さにした。右手で合図すると、山川たちは、自宅電話に盗聴器を仕込む作業に、取りかかる。
「電話があったのは、今日の八時前です。次男坊からでした。何でも、会社の金を使いこんだから、三百万円必要だと。同僚が取りに行くから、九時までに、後生だから、用意して欲しいと」
(よくあるパターンだ)
「お婆さんが、郵便局で払おうとした。つまり、同僚が来るのを断ったのですか?」
「ええ、知らない人に、大金を渡して、万が一、持ち逃げされたら、次男坊に、合わせる顔がありませんから。そうしたら、『じゃあ、悪いんだけど、今から言う、口座に振り込んでよ』と言われました」
(なるほどね、犯人からすれば、十中八九、上手くいったと、思ったはずだ。だが、振り込まれなかった。勝ちが見えていんだ、絶対に諦めないだろう。お婆さんに、次男に電話して確認したかと、聞いたところで、電話は入れていないだろう。それならば、この場で決着をつける方が、得策だ)
(………)
(………)
「皆、今日の捜査方針だ。詐欺グループは、必ず電話を掛けてくる。少し、泳がせてから、身柄を押さえよう。電話が掛かってきたら、逆探知で場所を特定する。特定次第、現場に急行して、逮捕に踏み切る。もし、逆探知が出来ない場合は、この自宅に誘い込み、まずは一人目を確保だ」
「了解です」
「了解」
「承知しました」
準備万端で構えていると、程なく、電話のベルが鳴った。老婆が、佐久間に言われた通り、電話に出る。
「ああ、お婆さん、繋がって良かった。息子さんから頼まれた、青木です。どうしたの?もう、九時過ぎてるけど?」
「本当に、ごめんなさい。郵便局に行ったんだけどね、入金の操作が分からなかったの」
「そうなんだ、うーん、どうしようかな」
(山さん、今、何秒だ?)
(十二秒です)
(お婆さん、あと二十秒、話を繋いでください)
佐久間は、用意した画用紙に、文字を書き、老婆は頷きながら、会話を続ける。
「どうすれば、良いですか?」
「うーん、そうしたら、…あっ、ちょっと待って。一回切って、また掛ける」
途端に、電話が切れる。
「山さん、何秒だ?」
「二十三秒、逆探知失敗です」
(犯人は、逆探知の仕組みを理解している。となると、居場所は追えまい。…自宅に誘うか)
「お婆さん、今度掛かって来たら、『振り込みは難しいから、自宅で払う』と話してください。今度は、話を延ばさなくても、大丈夫です。それと、犯人が食いつきやすい様に、お金の金額も、高めに下ろしたと話してください。絶対に、来ると言います」
「分かりました、やってみます」
青木からの、着信が入る。
「ああ、ごめんね、お婆さん。えーと、それじゃあ…」
「足も痛いし、やっぱり、自宅に来て貰える?」
「大丈夫ですけど、お金は下ろした?」
「ええ、少し多めに下ろしたわ」
「本当に?幾ら?
「五百万円。お金に困っているから、残りを、渡して欲しいの」
(------!)
「分かりました、では、三十分くらいで、伺います」
一方的に電話が切れる。
(良し、食いついた)
「さあ、皆、時間がないぞ。日下と山中は、家の外壁角に隠れろ。犯人が玄関に入った瞬間、表を塞げ。橘と川上は、自宅から十メートル離れた路地で待機。受け子以外に、不審者がいないかを見張れ、もし、受け子が、自宅から逃走したら、確保してくれ。私と、山さんは、玄関口の死角に隠れて、金を渡した瞬間に踏み込む」
~ 三十分後、老婆宅 ~
「お婆さん、青木です。息子さんの代わりに、お預かりに来ました」
「あらあら、すみません。こんな遠くまで」
「お金は?」
「はいはい、用意してますよ。今、持ってくるわね」
(山さん、準備は良いか?)
(大丈夫です、老婆が下がったら、いけます)
老婆は、青木に一礼すると、居間に消える。そのタイミングで、佐久間たちが、拳銃を構え、玄関に飛び込んだ。同タイミングで、日下と山中が、背後から拳銃を構えて、逃げ道を塞ぐ。
(------!)
「やあ、青木さん。下の名前は何と言うのかな?」
「僕は、ただの受け子です。とは言わせんぞ、絶対に動くなよ」
青木は、青ざめた表情で、動けない。佐久間と山川の眼に、完全に萎縮している。
(ああああああああ、人生終わった)
佐久間は、胸に仕込んだ無線で、全員に伝える。
「こちら、佐久間。事件対象者、確保成功。周辺の状況はどうだ?」
「こちら、橘。周辺には誰もいません。単身で来た模様」
「了解、では、全員、自宅に入ってくれ」
こうして、受け子の身柄を確保した佐久間は、その場で、青木を吐かせ、グループのリーダーまで、直に辿りつく事に成功した。希であるが、小規模な詐欺グループであった事も幸いし、芋蔓式に、犯人達の居所を突き止めたのである。電光石火の、逮捕劇に繋がった事件だったが、押収した証拠品の中から、未解決事件の、物的証拠が出て来た為、応援部隊を呼んで、念入りに、余罪と証拠品を検証している。
「警部、例の事件ですが、あれから、何も起きませんね」
(………)
余罪資料を捜索しながら、山川はふと、『紅の挽歌』模倣事件について、口にした。佐久間も、証拠品の手帳を、細かく目を通しながら、手を止めた。
「事件にならなければ、それが一番だよ。地下に潜った捜査員からも、何も連絡がないからね」
「愉快犯の悪戯だったんじゃないですか。お陰げで、こちらの事件を、解決出来て助かります」
悪戯だと決めつけて、山川は、押収品を段ボールに詰め込むが、佐久間は、腑に落ちない。
(…桜が散っている、正に、この時期なんだが。山さんの言う通り、悪戯だったか、犯行を諦めたか、もしくは、犯行時期が前振りだったか?)
その矢先、佐久間の携帯が、振動した。
「はい、佐久間です」
「安藤だ、今どこだ?」
「まだ、新宿区にいます。物的証拠を洗っていますが?」
「鹿角警察署から電話があってな。取り急ぎ、佐久間警部と話がしたいそうだ。直ぐに、捜査一課に戻ってくれ」
「鹿角警察署?」
「秋田県警察本部の所管だ」
(秋田県?)
「分かりました、三十分程で、戻れると思います」
佐久間が、手袋を外すと、所作に気が付いた山川が、駆け寄る。
「警部、何かあったんですか?」
「秋田県警察本部から、何か話があるようだ。山さん、ここを頼むよ。先に戻る」
「分かりました。後で追いかけます」
~ 三十分後、警視庁捜査一課 ~
佐久間が、鹿角警察署に連絡を入れると、庶務課が内線を回す。受話器越しに、署内がざわついている様子が伺える。
「もしもし、佐久間警部ですか?先ほど電話したのは、私です。鹿角警察署、警部補の秋吉と申します」
「ご連絡をどうも。緊急の話とは、どうされましたか?」
「実は、都内在住らしき、男性の死亡が確認されました。同日、二名もです」
(都内在住らしき?……妙だな)
「その二名は、心中でも図ったのですか?」
「それが、別々の場所でしてね。二軒の宿から、ほぼ同じタイミングで、捜索願いがあったんです。初めは、観光のツアー客が、別々の場所に宿泊して、それぞれ、運悪く、遭難したんだろうと、思いました。過去にも、似たような例がありましたし。それで、手分けして捜索したんですが、二名とも、転落死と思われる状態で、見つかりました」
(………)
二名の人間が、同日に、別々の場所で死ぬ事は、確かに妙である。それよりも、何故、自分宛に連絡が入ったのか、そちらの方が、引っ掛かった。
「情報ありがとうございます。…ところで、何故、私に?」
「二名とも、『秘境レポート』と書かれた、レポート紙を所持してましてね。最後の頁には、『警視庁捜査第課佐久間宛』と印字されていたので、確認の為に、連絡した次第です。何か、心当たりありませんか?」
(------!)
「被害者の身元を、照会してみます。教えてください」
「一人目は、櫻井英信、四十三歳。二人目は、河端健次郎、四十歳です。住所は、二人とも東京都…」
(…遂にきたか。間違いなく、模倣犯の仕業だ)
「情報提供、感謝します。…ええ、分かり次第ご連絡します。実は、警視庁捜査一課宛に、犯行声明が届いていて、捜査を開始していたんです。被害者の事は、まだ分かりかねますが、事件に関しては、思い当たる節が、あります」
「そうですか。なら、事件内容によっては、秋田県警察本部と警視庁の、合同捜査になりそうですね。署内で情報共有するのと、秋田県警察本部に伝達しておきますよ」
「ご足労掛けますが、よろしくお願いします。では、また」
側で、成り行きを見守っていた安藤に、佐久間は、頷いた。
「被害者は、やはり?」
「……ええ、ついに、始動したのだと思います。所持品に、私宛の印字があったようですから」
「あからさまだな」
「仰る通りです。暗に、事件を知らしめる事が、目的なのでしょう。早急に、身元を照会します。模倣犯の手紙には、『法の目をかいくぐり、不起訴や、証拠不十分で釈放された者たち』と書いてありましたから、履歴に出て来るはずです。捜査二課に、依頼してきます」
「頼んだぞ」
佐久間は、捜査二課に駆け込んだ。捜査一課の捜査記録が、不正接続され、サーバーを停止している為、捜査二課での照会を、行う事にしたのである。
~ 二十分後、捜査二課 ~
「お待たせしました、警部の見立て通り、あっさりと出てきましたよ」
「どれどれ、どんな連中だ?」
○櫻井英信、四十三歳、独身。
五年前、東京都墨田区老女刺殺容疑で逮捕されたが、
証拠不十分により、不起訴処分
○河端健次郎、四十歳、バツ二。
三年前、東京都大田区幼女絞殺容疑で逮捕されたが、
証拠不十分により、不起訴処分
(なるほど、被害者家族の代弁者とは、これを指すのか)
(………)
佐久間の性格を、熟知する安藤は、スケジュール帳で、佐久間の予定を確認する。直ぐにでも、秋田県に飛んでいくだろう。通常捜査の穴埋めをどうするか、考えを、巡らせ始める。
(山川に、穴埋めをさせるか?……いや、ダメだ。山川は、詰めが甘い。誰を宛がうか…)
「…課長、『秋田県に向かいます』と言いたいところですが、今動けば、犯人の思惑に乗る気がします。なので、少し考える時間をください」
(------!)
これには、安藤も意表を突かれた。
「いつも、先頭切って走る、佐久間警部らしくないじゃないか?」
「犯行予告の、二小節目が気になるからです。『神田川から繋がる海へ、船で出て、大海原へと消えるころ、桜を愛でる釣り人も、遠くの岸辺で、朽ち果てる』の節を考えると、まだ、関東圏内で事件が発生していません。今回の犯行は、遠く離れた秋田県、山岳地帯です。もし模倣犯が、この事件を、私を秋田県に呼ぶ為だけに、起こしたというなら、必ず後手に回るでしょう。…今、関東を離れるべきでは、ありません」
(理に適っている。秋田県の殺害は、いわば序章。二小節目の犯行をする為の、前振りだと、考えたのだな?)
佐久間の意見に、納得した安藤は、再び、スケジュール帳に目を通すと、一呼吸間を置いて、佐久間の肩に手を置いた。
「良いだろう。佐久間警部は、九条大河と捜査を、続行したまえ。秋田県には、私と山川で赴こう」
(------!)
「課長自らですか?…それは、あまりに、恐れ多いです。山さんと、別の者を行かせます」
安藤は、ほくそ笑んだ。
「…なーに。たまには、儂も、捜査に出ないとな。机上捜査にも、飽きたところだよ」
佐久間は、安藤に甘える事にした。
「……よろしくお願いします。山さんも、課長と一緒なら、どんなに心強いか。私の方は早速、九条大河に連絡を取って、捜査を開始します」
「不在中の全指揮は、委ねる。好きにやりたまえ」
佐久間は、深々と頭を下げる。
「…承知しました、最善を尽くします」