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続・紅の挽歌 ~佐久間警部の鎮魂歌~(2024年編集)  作者: 佐久間元三
難事件の始まり
10/45

知恵比べ(2024年編集)

 ~ 三月二十日、東京 ~


 犯行声明から、既に一ヶ月が、経過している。


 二小節目の犯行が、四月前後に行われると予想した佐久間は、まだ少数であるが、対策を練っている。川上真澄や柴田智大と、時間の許す限り、議論を交わし、犯行現場の特定を急いでいるが、進展しないのが実情である。


 被害が出ていない以上、大々的に、捜査本部の設置はおろか、課としては、日々の捜査に、戦力を回さざるを得ず、片手間でしか、対応出来ないのだ。佐久間は、連日、通常業務が終了してから、単身で、柴田の勤務先がある、中央区まで赴き、柴田智大と川上真澄の三名による打ち合わせを、余儀なくされている。



 ~ 東京都中央区 新川二丁目の喫茶店 ~


「連日すまないね。それでは、全員揃ったので、昨日に引き続き、犯行現場の特定を急ぎましょう。今日は、何とか絞り込みたい」


 佐久間は、二小節目の詩と、作品の主要部分を書き足した、メモ用紙を並べる。


『 神田川から繋がる海へ、船で出て、大海原へと消えるころ

  桜を愛でる釣り人も、遠くの岸辺で、朽ち果てる 』


 ○九条絢花『初夏のころ』

  ・神田川〜東京湾〜木更津の江川海岸

  ・久津間海岸(海へと続く電柱)

  ・あさり密漁の、監視小屋に送電する為に建てた電柱を、

   題材にした作品で、岸辺で朽ち果てる描写は、書かれていない

  ・密猟者との攻防が、後半部分に書かれている

  ・漁業を選んだ主人公の、師匠が難破するが、御前崎に流れつき、生還する


 ○九条絢花『春風のフルート』

  ・季節を司る天使が無くしたフルートを、主人公が代わりに、探す旅に出る

  ・大海原で、時化により、船が大破し、気が付くと、無人島であった

  ・猿島という閉ざされた無人島には、政府がかつて建てた廃屋があり、

   異質空間で殺人行為を目撃した事から、犯人から、執拗に、命を狙われる

  ・メルヘン要素とサスペンス要素が、融合する試行的な作品


 ○九条大河『永遠の春』

  ・理不尽な事件で、互いの気持ちが離れたと、真相を知った主人公が、

   病気で最期を迎える直前に、恋人の命を救う為、神々に会おうと、

   日本三大霊山や、神々が降り立つ場所を求め、彷徨い、奇妙な体験をする


「やはり、この三作品に絞るしかないな。真澄、君は、どれが一番近いと思うんだい?」


(………)


「詩の前半に出てくる大海原は、『春風のフルート』が近いと思うし、後半部分なら、やっぱり、『初夏のころ』かしら?神田川の、単語(ワード)も一致しているし、久津間海岸は、神田川を起点に考えれば、距離的には、遠くの岸辺だと解釈出来るわ」


 川上真澄は、広げた地図で、神田川から久津間海岸までのルートを、指でなぞった。


「詩の部分を、単純に読み解くと、川上真澄(あなた)の、仰る通りだと思います」


(詩の連想から、こうもあっさりとは…何かが、引っ掛かるな)


「警部さん、今、あっさりと、連想が作品に行き着いたから、おかしいと思ったでしょ?」


(------!)


 川上真澄が、不敵な笑みを浮かべる。佐久間は、思わず、柴田と顔を合わせ、苦笑いした。


「参りました、全くその通りです。何の捻りもない。これでは、『どうぞ捕まえてくれ』と、言わんばかりだ。本当に、行政側の人間で、書き手的には、ただの素人なのか、これは、偽情報で、警察組織(我々)を嵌めようと企んで、敢えて、分かりやすくしているのか、真意が掴めません。相手の知能レベルが見えない以上、疑心暗鬼になります。柴田さんは、どう思われますか?」


(………)


「難しいですね。我々は、二年前の、謎解き方法(カラクリ)を知っている。傾向と対策が、直ぐに頭に浮かんだからこそ、この短期間で、作品を絞り出しました。川上真澄()がいなければ、九条絢花作品は、全候補から探さなければならない為、かなりの時間を要したはずです。無論、九条大河(妻の)作品も然りです。犯人は、警視庁側に、夫婦(我々)が加担している事は、当然知らないと思いますから、捻りではなく、『警察組織が先に、この答えに辿り着いた』と、考えても不思議ではありません」


(その通り、一理あるな。相手は、こちらの陣容を知らない。『全作品の中から、絞りきれないだろう』と高を括っていれば、相手は、油断して犯行に移るから、警察組織(我々)に軍配が上がる。…だが、短期間で作品を探し出すだろうと、企てた計画なら、真逆の展開となり、警察組織は、後手に回るだろう)


(………)

(………)

(………)


 コーヒーを飲みながら、三人とも、『犯人の意図』をどう捉えるか、悩んだ。


 柴田の言う通り、犯人は、捜査一課の中に、原作者がいるとは、夢にも思わないはずである。ここは馬鹿正直に、『正攻法通り、警察組織が先読みし、辿り着いた』と見切りだが、決め打ちして、準備を進めようと、結論付ける事になった。


「一点だけ、気になる事があります。一月六日の時に、川上真澄(奥さん)のブログが、何者かに荒らされた件と、個人探偵が、川上真澄(奥さん)の身辺を洗っていた件を、教えてくれました」


「ええ、確かに。川上真澄()も、あれには、本当に心が折れて、見るのが辛かった」


「今も、まだ折れています。亡くなった翔子()までも、巻き込む心配があるので」


「もし、それらが、犯人(ホシ)の仕業だと、仮定すると、どう思われますか?」


(------!)

(------!)


(………)

(………)


 想定していなかった問いに、二人は、しばらくの間、悩んだ。悩みつつも、川上真澄が口を開く。


「もし、犯人の仕業だとすると、既に、私の素性を知っているかもしれないわ。大有出版(あなたの所)の社員が、買収された時点でね」


「ああ、そうだった。捜査記録が相手に筒抜けなら、川上真澄()の事は、認知されているかも知れないな」


「そこなんです。素性が知られている場合、先程の仮説は真逆となり、犯人(ホシ)は、警察組織(我々)が予測する事を知っている。つまり、捜査線上で相手の罠に嵌まり、窮地に追い込まれるという事です。ですが、これについても、水掛け論になり、結論は出ません。……となると、やはり、先程の仮説に戻らざるを得ないという事です」


「うーん、堂々巡りになりますね」


(………)

(………)

(………)


(もう一パターンがあった)


 佐久間は、折衷案を申し出た。


「もう一つ、選択肢がありました。犯人(ホシ)が、警察組織の捜査状況は知っているが、川上真澄(奥さん)の素性までは暴いていない、つまり、真相までは、到達出来ていないパターンです。探偵を使ったり、ブログを荒らしたり、不正接続る力があるのなら、やはり、行政側に近い者で、犯行を計画したり、実行していく、知能指数は高いと考えた方が良い。でも今は、ヤマを張らざるを得ない。対象がこの作品にしかないのなら、作品に出てくる関東の地名は、まず押さえるべきだ。神田川、東京湾、木更津の久津間海岸だけではなく、江川海岸まで、捜査対象としましょう。それと、無人島に関しては、神奈川の猿島に絞りこむしかありません。四月になったら、各方面に捜査協力を要請し、各所に、三名程度、配備させましょう」


「ここまで絞れたんだから、やるしかないわね。ねっ、あなた」


「ああ、賭けるしかないだろうね」


「では、明日にでも、捜査方針を出して、手配に移ります。あなた方も、身辺には気をつけてください。相手は、二人の素性を知っていて、二人は、相手の事を知らない。このパターンが、一番危ない」


「…分かりました。豊田市の、佐々木武美(義父)にも、用心する様に、電話しておきます」


 こうして、犯人との知恵比べが始まろうとしていた。


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