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穏やかな休日(2024年編集)

 プロローグから順次、編集していきますので、良かったら、お読みください。

 ~ 東京都、佐久間の自宅 ~


 世間では、殆どの企業が、一月四日から、仕事始めをしている。


 佐久間は、縁側に腰掛け、澄んだ空と、(かじか)む空気に浸りながら、玉露を飲み、静かな時間を味わっている。


 敷地を隔てた向こう側では、仕事始めの挨拶をする若者や、初詣に行く社員たちの姿が、目に付く。非日常的な空間の中で、目を閉じて考えてみた。


 初めてでは、ないだろうか?


 強行犯の事件がなく、人並みの、正月休みを満喫し、茶を楽しんでいる。


 刑事になって、いつ呼び出されるか、分からない状況で、結婚してから、正月の三が日を、家族と過ごした事は、皆無だった気がする。下山刑事の元で、若い頃から、捜査に明け暮れた為、休日を返上し、妻は勿論、子供たちに対しても、後ろ髪を引かれた。


 夫婦の時間が少ない為、『せめて、非番の日くらいは、夫婦で、茶を嗜もう』と、一念発起して、購入した自宅も、いつの間にか、十余年が経過し、経年劣化が進んだ為、外注業者に修繕を頼もうかと思ったが、思いのほか、年末年始の時間が出来た為、不作法ながら、慣れない日曜大工を行い、家長としての役割を、果たした気がする。


(もう歳かな。多忙でも、平和でも、あっという間に、時間が過ぎる)


 普段、考えない事を自問自答していると、千春が隣で、茶を付き合った。


「あなたが、こんなに家にいるなんて。何かの、前触れかしら?普段から、不在なのが当たり前なのに、違和感ありありね。子供たちだって、『パパ、仕事をクビになったの?』って、心配そうに、聞いてきたわ」


「そうだったのか、全く、知らなかった。どっちがだい?」


「絢花の方よ。お姉ちゃんなりに、あなたと、家の事を心配したみたい。智己は、何も分かってないわ。純粋に、あなたと、いられる時間が多くて、嬉しいみたいよ」


「……まいったな。親父がいなくても、子は育つか。千春にばかり任せて、いつもすまないね」


 佐久間は、バツが悪そうに、ポリポリと、頭を掻いた。


「大きな事件は、クリスマス前で、終わったからね。部下たちも、育ってきたし、絢花の成長も、垣間見えた。おかげで、今年は、良い年になりそうだ」


「ふふふ、そうだと良いわね」


「今日は、何日だったかな?」


「あらやだ。今日は、一月五日です」


(一月五日?)


「……そうか、もう、二年も経つのか」


 佐久間は、空を見上げ、瞼を閉じた。


 二年前の一月五日、品川区の老舗ホテルで、ミステリー作家、九条大河死去の、記者会見が行われ、九条大河の遺作、『紅の挽歌』を巡り、難事件を解決する為、北海道、山梨県、静岡県、愛知県、岡山県へと、奔走する事になった、忘れられない日である。


 書斎のカレンダーを見つめながら、当時の記憶が蘇った。


 小説の内容に準じた、ミステリーの謎を解きながら、未完部分の完成を目指していく、一風変わった事件であったが、完全決着で終わらせると、九条大河、改め、川上真澄とは、個人的な繋がりを持った。今では、川上真澄の亭主、大有出版の柴田智大とも、親交が深まり、千春も含め、家族ぐるみの付き合いをしている。


 あの事件以来、別件の捜査で、犯罪心理に長けた、川上真澄の洞察力と、先見力に助けられる機会も増え、警視庁捜査一課にとっても、川上真澄は、非常に頼もしい、捜査協力者の一人となった。思いを馳せる、佐久間の右手に、そっと、自分の手を添えながら、千春は、優しく微笑んだ。


「和尚さまは、ご健勝かしら?随分と、ご無沙汰しているわ」


「心配はいらないさ。何たって、初孫が生まれたんだ」


「ふふふ、そうでした。初孫、羨ましいわ。うちは、まだ、二十年くらい後になるわね」


「無理して、嫁に行かなくても良いんだよ」


「あなたも、親馬鹿ね。子は、いつかは、巣立つものよ」


「それは分かっているが、男親はそんなものだよ。その時を、考えるのは辛い」


「あらあら、大変。絢花にも、あなたには、もっと優しくするように、言っておきます」


 二年前、愛知県豊田市の、大樹寺を再訪した際、苦難を乗り越えた二人は、晴れて夫婦となり、新たな命を宿していた。


『警部さん、……幸せよ』


 そこには、双子の妹、伊藤翔子の死を乗り越え、『紅の挽歌』と、最後まで向き合い、戦い抜いた文豪ではなく、愛する家族の為に、一人の母親になろうと決意した姿が、凛として輝いていた。


 数ヶ月後、川上真澄から、無事に女の子を出産したと、朗報が届き、千春と、お祝いに駆けつけた縁で、千春も、すっかり仲間入りしたのである。東京に戻ってから、千春は、可愛い子供服を見つけては、川上真澄に郵送し、育児の相談にも、積極的に乗った。時には、予防接種の時期、間隔の空け方、ぐずった時の、気分の変え方など、自分なりに、経験してきた話を、深夜でも、惜しみなく教えているようだった。絢花の時と、重なったに違いない。


 千春は、書斎から、写真を取りだし、懐かしそうに撫でる。


「……あの時の翔子ちゃん、うんと、可愛かった。絶対、母親に似て、美人になるわ」


 川上真澄は、新しく、この世に生を受けた子が、若くして病死した、伊藤翔子の生まれ変わりだと信じ、娘の名前を、『翔子』と名付けた。


 育ての親である、大樹寺の和尚たちも、翔子と命名した、川上真澄の気持ちに、目頭を熱くしながら、祝福した。


「良い話題というのは、思い出すだけでも、幸せな気分ね。いつもこれなら、報われるのに」


「同感だね。神に祈る、神頼みすると、軽々しく言わんが、この商売をやっていると、無性に、祈りたくなる日もある。でも、川上真澄には、心から、幸せになって貰いたいよ」


 たわいの無い話をしながら、休日の時間が過ぎていく。そんな佐久間に、新たな挑戦が、待ち受けているとは、夢にも思わなかった。

 

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