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第4話 他人の話はちゃんと聞こう?

前回までのあらすじ!


フルスイングで人の頭部を殴っちゃだめだぁ。

 先史文明などと言われるよりは、ここが日本ではなかったと考える方が合点がいく。


 自宅や学校のことはともかくとして、樹海やサーベルタイガー、騎士モドキ――今となってはモドキが正しいのか不明だが――に、見渡す限りの惨状を鑑みると、納得もいこうというものだ。

 しかし、世界中を探してもヒノモトなどと呼ばれる国が、日本以外にあるだろうか。


 胡座を掻いた体勢で膝に肘を置き、額に手を当てる。


「どうかしましたか? 大和。気分でも悪いのですか?」


 オフィーリアが身を乗り出し、心配そうに大和の背中に手を添えて顔を近づけた。大和が弾かれたように背筋を伸ばし、座った体勢のまま背後に手をつく。


「わっ、た、あ、いや。な、なんでもないんだ。ありがとう、大丈夫だよ」

「はい。それは良かったです」


 オフィーリアが真綿のような微笑を浮かべて胸の中央に手をあて、座り直した。

 廃墟をバックにして窓からの陽光に照らし出される、まるで一枚の美人画のような光景に心臓は爆発しそうなほど跳ね上がり、血管を破りそうな勢いで血液を押し出してゆく。


 しばし見惚れて、結論づけることにした。

 これは夢だ。でなければ、これほど美しい生物が存在しているなどと到底信じられない。


 そう考えると、気持ちが幾分楽になった。

 だけど、いくら夢の中だとしても、わけのわからない騎士やサーベルタイガーに襲われて殺されるのは勘弁願いたい。


「大和くん!」


 性懲りもなく崩れた窓際で外を眺めていた紫織が、ふいに頭を下げた。大和は身を屈めたまま紫織の側へと駆け寄って、崩れた窓から外を覗き見る。


 騎士だ。それも三名。

 サーベルタイガーは唐辛子スプレーが効いたのか、引き連れてはいない。


 紫織が表情を歪めた。


「……増えてるし……。尾行られてたのかな~」

「いえ、気をつけていましたが、人影はありませんでした。それに、あのような鎧を着て、わたしたちの足に追いつけるとも考えられません」


 兄妹のすぐ近くまで来ていたオフィーリアが、愁いを帯びた表情で顎に手をあて、そっと囁いた。しかし、この事態を予測していた大和だけは冷静に返す。


「適当にアタリをつけてるだけだろ。見ろ。バラバラに動いてる。尾行してたのなら、全員がこの校舎に入ってくるはずだ」


 騎士の一名は倒壊した中学校舎へ、もう一名は体育館の方へ、残る一名が、大和たちが身を潜める校舎へと踏み込んできた。


 校舎に階段は一つしかない。

 まともに動けば確実に一人とは鉢合わせする計算だ。教室に身を潜めておいて、やつが通り過ぎた後にこっそり階段から逃走するのが無難だろう。


「大和くん、使える?」


 紫織がいつの間にか手に持っていたステンレス製の箒の柄を、大和へと投げて渡した。大和はそれを片手で受け止めて、手触りを確かめる。

 錆びにくいステンレスであっても錆びだらけで、その上腐蝕している。いったい、どれだけの時間が経過すれば、このようなことになるというのか。


「重みがない。それに脆い。鎧の上からじゃ効かないと思う」

「ないよりマシマシ。さっき色々教室内を見てたけど、それよりマシなのなかったもん」

「おまえ、そのために物色してたのかよ」


 この妹は知識量や常識は欠けているのに、意外と抜け目がない。おそらく知識はなくとも知能が高いのだろう。

 少しくらいは学校の勉強にも力を入れればいいのに、と思う。そうすれば、成績など簡単に上げられるだろうに。


 大和が両手を使ってクルクルとステンレス製の柄を取り回し、立ち上がった。


「確かに。気休めでも、ないよりゃマシだな」

「もっと褒めて褒めて!」


 撫でろとばかりに頭を突き出してくる紫織の頭頂部を、手ではなくステンレス製の柄で撫でる。


「おう、よくやった。苦しゅうないぞ」

「手ぇ!」


 紫織が大和の脛を靴の先で、思い切り蹴った。


「んぎッてぇ!? わ、わかったよ。ありがとな」


 肩に届く程度の栗毛に手を滑らせると、紫織が嬉しそうな顔で笑った。

 こういうときは可愛らしい。きっと同世代の他人であったなら、多少なり意識していたはずだ。


 ふと気づくと、オフィーリアがその様子を眺めていた。彼女の視線に恥ずかしさをおぼえて、大和が苦笑いを浮かべる。


「ふふ、妹様と仲が良いのですね」


 大和に釣られたように、オフィーリアが口に手を当てて少し笑った。


「妹じゃなーいー! 義・理・の!」


 紫織の抗議を無視して、大和がオフィーリアに言った。


「よし、どこか教室に隠れてやり過ごそう。で、あいつが通り過ぎたら速攻で走って逃げる」

「……」

「逃げるってどこへ?」


 紫織の言葉に、大和がため息をついた。


「家に決まってるだろ。あそこには少量でもまだ食べ物も水もあるから」


 紫織は少し考える素振りを見せた後、制服のスカートについた砂埃を手で払った。


「そだね。了解」


 オフィーリアが立ち上がり、ペコリと頭を下げる。上げられた表情には寂々としたものが浮かんでいた。


「では、わたしはこれで去りますね。助けてくださって、ありがとうございました」

「去るって、どこへ行くんだ? あてはあるのか?」


 騎士たちが迷いなくここを捜索しているということは、近くには他に身を隠せるような人里がないということではないだろうか。

 大和の問いかけに、オフィーリアの言葉が詰まった。


「さっき物心ついた頃からヒノモトを旅してるって言ってたよな? 仲間は?」


 こんな世界だ。女の身一つで旅を続けられるとは到底思えない。


 オフィーリアは何もこたえない。

 大和は泥や埃で薄汚れた麻色のマントに視線を落とし、遠慮がちに呟いた。


「気に障ったらごめん。オフィーリアって、帰るところがないんじゃないのか?」

「だとしても、お二人には関係ありません」


 冷たい言葉の内容とは裏腹に、その表情はとても儚く寂しげだった。

 この颯真大和という少年には、どうにもそれが受け入れられない。


「あのな、秘密主義も時と場合を選んで――」


 その瞬間、重い足音が響いた。

 ゆっくり、ゆっくりと踏みしめる音は、徐々に近づいてきている。騎士はすでに、この階に上がってきていた。想定外に早い。


 そうか、足跡……! 埃についた足跡で……!


 オフィーリアが声を潜めた。


「わたしがキオ国の兵を引きつけますから、お二人は逃げてください。足の速い剣歯虎(けんしこ)さえいなければ、何も問題はありません。わたしはいつだって、逃げてきましたから」


 剣歯虎とは、おそらくサーベルタイガーのことを指すのだろう。


「え、ちょっと待って」

「それでは、無事に逃げてくださいね」

「あ、おい!」


 オフィーリアが声を潜めて呟き、止めようとする大和の手をすり抜けて、笑顔を見せてから教室を飛び出した。

 追いかけようとした大和の手を、紫織が強くつかむ。


「紫お――」


 紫織が全身で体当たりをして、大和を壁へと押し付けた。


「てえっ!? 何するんだ! ふざけてる場合じゃ――」

「何の考えもなしに飛び出さないで。それは本当に必要なことなの?」


 むろん、大和が本気で力を出せば振り払うことは容易い。そんなことは紫織も理解している。だが、そのような気すら起こさせない強い視線に、大和は面食らった。


「大和くん、頭いいんだからちゃんと気がついてるよね? このヒノモトってところは、本当に死ぬ世界だよ。命を失う世界。あたしたちのいた東京で、不良から女の子を救い出すのとはわけが違う」

「だろうな」

「……あいつら、人を殺すための剣を持ってた。サーベルタイガー……剣歯虎だって、犬や猫じゃないんだよ? 人喰い虎やライオンみたいなもんなんだから」


 紫織が冷たい形相で、至近距離から大和を睨み上げた。


「鉄の刃は簡単に肉に食い込むよ。まな板で切る肉の塊みたいにさ。簡単に生命を絶つの」

「わかってるけど……っ」

「オフィーリアは大和くんにとっての何? 生命を懸けるほどの人なの? この世界では大和くんが思うその他の可能性を常に考えていなければ生きられない。あたしはサーベルタイガーを見て学んだよ。頭を冷やして、もう一度考えて。オフィーリアは、大和くんが生命を懸けなきゃならないほどの存在?」


 こいつは、やはりバカではない。むしろバカなのは、サーベルタイガーの一件を経てもなお、これが夢だなどと思い込もうとした自分のほうか。


「あたしは、大和くんがそうだと言うなら、どんな決定にも従うよ。でも、だからこそ一時の感情で生命を投げ出すようなことはさせない。考えて、考えて、結論を出して。感覚で生きてるあたしと違って、大和くんは冷静に考えるのが得意なはずでしょ?」


 頭に昇りかけていた血液を、深呼吸で押し下げる。

 大和の表情から焦りや怒りが消失した。それどころか、わずかな笑みすら浮かべて口を開く。


「すまん。本当にそうだ。でも、だからこそ言える。――オフィーリアは生命を懸ける価値のある存在だ。なんたって、あいつはおれの大事な妹を、ついさっき救ってくれた恩人だからなあ。借りはちゃんと返さないと、親父にぶん殴られちまうだろ?」


 女性としてタイプでもある。もちろん、そのようなことは口には出さないが。

 無表情に近かった紫織の頬に赤みが差し、ふいに無邪気な笑みが浮かんだ。


「あー、たしかに。義父ちゃんならやりかねないね。ならオッケー。でも、無理はだめだよ?」


 声の調子は軽く、いつもの態度で紫織が腰に両手をあてた。


「おう、そんときはまた、おまえが止めてくれ」

「あいあい」


 大和はもう一度大きな深呼吸をして、ステンレス製の柄を手の中で回した。


「うし、行くか!」

「は~い」



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