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第37話 妹

前回までのあらすじ!


魔女泣かせた。

 シノタイヌの屋敷の、地下通路を歩く。


 王の寝所を抜けてさらに階段を下り、碑文の部屋へと至る。すでに碑文はなく、崩れたコンクリートだけが散乱していた。


「もういいの? 大和くん。今日はお祭りだし、朝まで待ってもいいんだよ」

「おまえこそ、オフィーリアやウシュラに別れを伝えたか?」

「うん。昼にね。これ以上はだめ。泣いちゃう。大和くんが一人で来てくれて良かったよ」


 紫織の背後には、とんでもなく大仰な装置がある。いや、部屋そのものが装置と言っても過言ではない。よくわからない計器類が無数にあるものの、外部から操作できそうなものはボタン一つしかない。ここだけ近未来、SFの世界だ。

 石碑の裏に隠されていた、もう一つの地下室だ。


「入って扉を閉めて。誰か来ちゃう前に、もう起動するよ。楽しかった世界に、泣き顔は残したくないもん。帰ろう、わたしたちの世界に」


 紫織が穏やかな表情で囁くように言った。けれど、大和は入口に立ったまま、首を左右に振る。


「……大和くん?」

「帰る前に、おまえに伝えておきたいことがある。本当は親父や、おまえのお袋さんが言うべきことなんだろうが、事情が事情だから、もう黙っているべきじゃないと思ったんだ」


 かつてない大和の表情に、紫織が眉をひそめた。


「単刀直入に言う。おれとおまえは、実の兄妹だ」

「……は?」

「親父とお袋は、同じパートナーとして二度結婚してる。おれは最初の結婚の直後に産まれ、おまえは離婚する直前に産まれた」


 紫織が首を傾げる。


「な、何言ってんの? こんなときに……」

「もともと、両家から反対されて駆け落ち同然だったらしい。おれが産まれてしばらくしてから互いの実家に連れ戻され、無理矢理別れさせられたんだ。けれど親父とお袋は連絡を取り合って、数年を実家で暮らし、その後もう一度落ち合って逃げるように結婚した。詳しい理由は知らないけど、そういうことだ。二人が言い出すまではと思ってたんだけど、こうなっちまったらもう黙ってるわけにもいかない」


 紫織は固まってしまっている。


「……なんで今、それを言うの?」


 やはり、と思う。やはりこの妹は、とてつもなく頭が良い。この告白の意図に、一瞬で気がついたのだから。


「だから、おまえの気持ちにはこたえられない」


 紫織が金属の壁を拳で強く打ちつけて、金切り声で叫んだ。


()()()()()はもうどうだっていいんだよぉ! なんで今、それを言ったの!? おかしいよ、そんなの! ねえ、帰ろう? 一緒に帰るんだよね!?」


 我知らず、うつむき加減になっていた大和は、強い視線を上げる。


「ごめん、紫織。おれはヒノモトに残る。キオ国はこれから、これまで以上の動乱に巻き込まれることになる」


 目を剥き、すがりつくような視線で紫織が叫んだ。


「そんなの、カルベカインたちがどうにかするよぉ!」

「彼我の戦力差から言って、どうにかなる規模じゃない。だけど、おれが残ることで乗り越えられることだって少なくないと思うんだ。おれにはさ、この地で知り合ったみんなを見捨てることはできないよ」


 大和は静かに告げる。


「……それに……、……おれはオフィーリアのことを愛してる。ヒノモトを、魔女のオフィーリアや亜種のウシュラにとって、優しい世界に変えてやりたいって思ったんだ」


 紫織が計器の壁によろけて、その場に腰砕けとなった。それでも気丈に笑みを浮かべて、大和を見つめ返す。何かを叫びかけて、額に縦皺を寄せ、押し黙る。

 数秒間の沈黙の後、紫織が小さなため息をついた。


「……なんとなくだけど、わかってたよ。やっぱりねって感じ。オフィーリアを選ぶことじゃなくてさ。ほら、生きているはずなのに、あの碑文には大和くんのことが一切書かれてなかったもんね。ああ、やっぱりこうなっちゃうんだ。でも、わかってる? もう四駆もない、ラジカセだって電池が切れちゃう。あんな奇策はもう使えなくなるんだよ? 死ぬかもしれないんだよ?」

「ああ。わかってる。いつかとは違って、今度は冷静だ」


 笑顔のまま、紫織の大きな瞳からぽろぽろと涙の粒が頬を伝った。それを隠すように、あわててセーラー服の袖で涙を拭う。


「あ……、なんだよぉ、これ……。……もう……止まんないや……。……でも、うん、よかった。……ほんと……よかったぁ……。……あた……し……、……あは、あはは……あたし今……大和くんと実の兄妹でほっとしてる……。……こ、これ……うれし泣きだから……」


 紫織がよろめきながら立ち上って駆け出し、大和の胸に飛び込んだ。大和は小さな妹の肩と頭に手を回し、強く抱きしめ、栗色の髪に頬を寄せる。


「黙っていて、ごめんな……」


 力の入らなくなった足を震わせ、嗚咽混じりに紫織が声を絞り出す。


「……血の繋がりが……何より強い繋がりが……できた……っ、離れてたって、生きる時代が違ったって……だから悲しくなんかない……っ、全っ然……悲しくなんてない……っ」


 大和の瞳からも、涙がこぼれ落ちる。


「……でも……でも、少しだけ……泣くぅ……」


 子供のように泣きじゃくる紫織の背中を優しく叩き、大和は涙を流した。

 紫織は残りたくとも残れない。彼女がヒノモトに留まれば、この世界のすべてが消滅してしまうから。そして颯真紫織は、それがわからないほどバカではない。その賢しさが、彼女を、世界を救った太陽の魔女デズデモーナへと変えるのだ。

 現代よりも少し先の未来で、今この瞬間よりもずっと過去の世界で。


 だから、ここでお別れだ――。


 やがて長い時間が過ぎ、紫織がゆっくりと身を離した。目尻の涙を指先で拭い、いつもの笑顔で紫織が口を開ける。


「……さよなら、兄さん」

「バ~カ、さよならじゃねえだろ。頓珍漢なこと言ってんな」


 颯真大和はそれ以上の笑みを浮かべて、自らの拳で左胸を強く叩いた。


「カルベカインからこの国の王になって欲しいと頼まれている。ヒノモトを平和な世界にするために、その話を引き受けようと思う。おれは侵攻国主となって、必ずヒノモトを統一する。そしたらイヨノフタナ(四国)までの道が拓かれるから。だから、おまえは安心してイヨノフタナで()()()()


 紫織が大きく瞳を見開く。


「どれだけかかるかはわからない。だけど、必ず逢いに行く。たった一人で世界を救った太陽の魔女デズデモーナ――おれの妹に」


 紫織がゆっくり破顔する。瞳を細め、口角を持ち上げて幸せそうに。


「そっか……あは、あはははっ、そうだよねっ! あたしたち、また逢えるんだよね!」

「あったりまえだろ。だから、これはさよならなんかじゃない」


 もう一度強く抱きしめて、今度は笑顔で別れを告げる。


「――またな、紫織」

「またね、兄さん。あたし、ずっと待ってるから」


 ……いつまでも、ずっと待ってるから……。



次回、最終回です。

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