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第33話 石碑

前回までのあらすじ!


なんかとんでもないのが飛び出した!

 ほんの一分ほどの出来事に、言葉が出ない。目の前では、荒い息でオフィーリアが胸を押さえて崩れ落ち、ウシュラも腰を抜かして呆然と空を見上げていた。

 悲鳴。キオの街の至るところで。赤く染まる空をドラゴンが舞う。


「は……はは……、……さすがに……冗談だろ……?」


 あんなものをどうしろというのか。オフィーリアの魔法だって、あんな炎は出せない。仮に出せたとしても、炎を吐くバケモノ相手に炎など効くものか。剣や棍で倒せるとも思えない。


「サーベルタイガーにゴブリン、トロル、挙げ句の果てにドラゴンかよッ」


 ふと気づく。

 先ほどまでは閉ざされた闇の空間だったため気がつかなかったが、崩れたコンクリート壁の奥、平らに切り取られた石に文字が彫り込まれていた。それも日本語で。


「石碑……か?」

『これは人類文明最後の記録である。電気を使う記憶媒体は、間もなく使い物にならなくなるだろう。同じく、紙では幾千の年月を超えられない。だから私は、最も原始的手法で記録に残すことにした』

「なんだよ、これ……」

『西暦二〇三〇年、第三次世界大戦勃発。人類は自ら生み出した核により、その大半を死滅させた後も、残る人類同士で争いを続け、滅亡の一途を辿っている』


 立ち上がり、壁に手をついて読み進める。


『私は人類存続のため、すべての文明兵器を回収可能な力を持つ新生物を創り出した。彼らにはあらかじめ設定された一定範囲内の縄張りにある文明兵器をすべて回収した後、それらを守り眠りにつくよう遺伝的・本能的措置を施した』


 ドラゴンの寝床のことだろうか。たしかに、兵器はあったけれど。


『人類文明最盛期だった二〇三〇年以前の世界であれば不可能であったであろうその行動設定も、核等の大量殺戮兵器の大半が機能不全に陥った現在であれば、不可能ではなかった。事実、これまでのドラゴンに関する実験に失敗はない』


 丁寧ではあるが、雑な文章だ。性格が透けて見える。

 それとも、急いで書き殴ったのだろうか。


「文明が衰退したってことか……?」

『もしも生存した人類が、ドラゴンの収拾した兵器を再び手に取らんとするならば、ドラゴンは周囲一帯に存在する人類が死滅するまで、破壊活動を続けるだろう』


 砂埃を掌で払い落とし、さらに読み進める。


『だが、歴史は必ず繰り返される。私の創った、ある意味兵器などよりも危険極まるこの生物をも操らんとする輩が、いつかは現れるかもしれない。そのときのため、ドラゴンを破壊せしめる技法を持つ、ヒトでありながらヒトならざる存在をも遺しておく』

「なんだ、そりゃ……」

『もしもドラゴンが望まぬ破壊を始めたならば、永久(とこしえ)の生命にて世界を彷徨い続ける旅人、月夜の魔女オフィーリアを捜せ』

「……わ、わたし……? ……だから、シノタイヌはわたしを捕らえようと……?」


 呆然と呟くオフィーリアの横顔を、大和は盗み見る。


「いや、シノタイヌは知らなかったはずだ。この石碑は壁に隠されたままだったからな。それに、ヒノモトの文字は日本語じゃあない。たぶん読めないだろ、あいつ」


 魔女とは、ドラゴンと同じくして遺伝子操作を施された人造生命体――。

 石碑の先は崩れているが、足もとの瓦礫を見てもこれ以上の文字は彫り込まれていなさそうだ。


「大和くん!」


 突然聞こえてきた紫織の声に、大和は視線を跳ね上げた。直後、崩れた天井から兵器の山へと、セーラー服の少女が落ちてきた。

 拳銃や手榴弾の山を尻で崩し、颯真紫織は自分の腰を撫でる。


「いったぁ~い……もう、なんなんだよぅ……って、わわっ、何これ!」


 尻の下に積み上げられた兵器に気づいた紫織が、飛び上がって驚く。そして、壁の碑文に視線を向けて、両手で口もとを覆った。


「紫織!? どうしてこんなところにまで来た!」

「そ、そうだ! 怒らないで! あたしだって危険は承知の助だっての! それより、さっきのドラゴンっぽい魔獣だけど、しばらくキオの街を灼いた後にケルク村の方角に飛んでったよ! あれ、放っといていいの!?」


 ウシュラと大和の瞳が大きく見開かれる。


「なんだってっ!?」


 オフィーリアが険しい顔で、王の寝室へと続く廊下を指さす。


「行きましょう、大和。魔女の魔法は、ドラゴンの力を無効化できる唯一の手段です」

「あんなの相手に、どうするつもりだよッ!?」


 オフィーリアが早口にまくし立てた。


「わたしたちは炎を起こす際、空間を魔力で満たし、可燃物質を選り分けて対象者に集中し、媒体の火を送り出すことで爆発を引き起こします。先ほどのドラゴンの火炎放射も同じ原理でした。あの瞬間、息が苦しいと感じたでしょう? あれはドラゴンが魔力で可燃物質を空間を満たした瞬間に、わたしがドラゴン自身の魔力を利用して、周囲の可燃物質をわたしたちの周囲から追い払ったからです。わたし自身の魔法は、とてもではありませんがドラゴンに通用しません。ですが空間を満たすほどのドラゴンの魔力を利用すれば、すべての火炎放射を無効化できます」

「だからってそんな!」


 大和が頭を掻き毟る。焦れたようにオフィーリアが叫んだ。


「わたしだって自信はありません! でも、もうやるしかないんですっ! 家族を守るんでしょうっ、大和っ!」

「ああ、もう! 確かにその通りだ! けど、だめならおまえは逃げろ!」

「はいっ」


 大和とオフィーリア、そしてウシュラが走り出す。紫織は三人を追って走り出しかけて、立ち止まった。


「待って、大和くん! まだ続きがある!」


 東側の石碑は無傷。階段のある南側と北側の壁は半壊しているが、石碑はない。西側の壁は完全に崩壊している。だが西側の壁の奥には、碑文の刻まれたもう一枚の石碑が存在していた。

 いずれも、まるでシノタイヌから隠していたかのような作為的な造りだ。それどころか、こうなることを承知の上で、自分たちに読ませるために置かれたもののような。

 やけに胸がざわつく。


「急いでください、大和。あまり時間はありません」


 オフィーリアの言葉にうなずきながら、大和が新たに出現した西側の石碑へと貼りついた。その長衣(ながぎぬ)の背中を紫織が少し不安げな表情でつかむ。


『ドラゴンと魔女、相対する存在を創りし科学者の名は――』

「いやだ……、なに……これ……? 気持ち悪い……」


 紫織が顔を歪めて、ぎゅっと大和に身を寄せた。


『創りし科学者の名は、じゃじゃ~ん、なんとなんと~、颯真紫織ちゃんその人なのでぇす。つまり、これを記している私は、今これを読んでいるはずのあなたですよ~。すごいっしょ? 神秘っしょ?』

「そんなバカな……どういうことだ……」


 手で砂埃を払い、続きを読む。


『ヒノモトより西暦二〇一七年に帰還した私は、(きた)る第三次世界大戦を(あらかじ)め四国へと疎開することで生き延び、その地で生命工学(バイオテクノロジー)による不老の法を生み出したのよ。んで、人類の滅亡寸前で数式とナノテクノロジーによる魔法科学の基礎を完成させ、戦後、荒廃した世界で自らを太陽の魔女デズデモーナと名乗ってわけ』


 碑文の口調が、東と西でむちゃくちゃだ。まるで本当に、颯真兄妹に宛てた手紙のように。

 紫織の呼吸が荒くなってゆくのを背中に感じていた。


『でもさ、西暦二〇三五年。ドラゴンを解き放ってすら人類は争いを続けて緩やかに衰退し、もはや人口回復の見込みはなく、減少の一途を辿ってるのよ。このままだと世界は滅亡するし、私と兄さんが一年もの間、旅をしたヒノモトの存在すら消滅してしまう恐れがあったの。やっべ、これって』

「おい、雑すぎるぞ」


 隣の紫織に呟くと、紫織が「さすがに知らん」と一言返してきた。


『ところが、この年、どこからともなくイヨノフタナ人を名乗る人々が大量に西暦二〇三六年に現れ、人類の人口は再び息を吹き返したのでぇ~す。ワオッ、どこから来たの~ん?』


 心臓が痛いくらいに跳ね回っている。おそらく、紫織はその比ではないだろうが。脳みそから湯気が立ちそうだ。


『で、私は悟ったの。いい? ここより先の記述は、遙か未来の話。はい、そこ。兄さん? 今ちょっと引いてるでしょ。でも大丈夫。まともだから。私の頭はまだまともだから。かろうじて! いくよ? まじめな話いくからね?』


 若干引いていた大和が、苦い表情を浮かべる。


『私はこれより、時間を超える科学の研究に入らなければならない。何千年、何万年かかろうとも、必ず完成させなければならない。そうしてヒノモトという時代が訪れた際には、四国に生きる人々の子孫となるイヨノフタナ人を、西暦二〇三五年にタイムスリップさせ、その時代の人口を増やして、ヒノモトという時代に繋げねばならないのだ、と』


 合ってしまう。辻褄が。こんな巫山戯た碑文のくせに。


「……それがイタリセの言っていた太陽の魔女デズデモーナの大魔法だったってわけか……?」


 頭がどうにかなりそうだ。タイムパラドックスを起こしている。でも、辻褄は合う。

 つまり、紫織は無事に日本に帰り着き、第三次世界大戦を四国疎開で乗り切った後、不老の法とやらで自ら太陽の魔女デズデモーナとなって、数万年後に大魔法でイヨノフタナ人を過去、つまり西暦二〇一七年に送った。

 そのイヨノフタナ人と数少ない日本人の子孫が、ヒノモト人ということだ。


 道理で、異形がゲームで見たようなおなじみの面子ばかりだと思った。創造者が紫織なら納得もいく。

 ドラゴンに、ゴブリンに、サーベルタイガー。トロル、銀狼、その他諸々。

 おそらくドラゴン以外は、紫織がドラゴンや魔女を創る際に別物として生まれてしまった異形の生物だろう。それになじみの種族名を与えたのだ。


「デズデモーナ……ってか、わたしの大魔法の弊害で、わたしたちはヒノモトに来てしまったってこと……?」

「どうかな……」


 おそらくそれも、弊害ではなく故意の召喚だ。


 なぜなら自分たちがヒノモトを旅しなければ紫織がデズデモーナになることはなく、引いては第三次世界大戦を発端に人類は滅亡の一途を辿っていたのだから。


 だけど、この碑文が真実を記しているのであれば、一つだけ確かなことがある。

 紫織は西暦二〇一七年に帰ることができる。これは確定だ。


 では、自分はどうか――?


 ここまで碑文の中に、日本に戻ることのできた颯真大和のことは、一文字だって書かれていない。ヒノモトを旅した兄、とだけだ。


 冷たい汗が伝った。


 死ぬのか……? おれは……。……()()と戦って……。


『するべきことが済んだのなら、この石碑を崩してねン。未完成技術のため一度のみではありますが、過去へと戻れる装置の用意があるから。私のいるこの時代では、これが精一杯。そして、もう一人の私へ』


 紫織が息を呑む。





『あなたはこれから、とてもつらいことを経験する。身を引き裂かれるような思いになる。だけど何があっても、絶対にくじけないで。大丈夫だから。すべては未来で繋がっているのだから。どうか頑張って、昔の私』





 大和は最後の行に視線を向けた。


『西暦二〇三六年十月某日。日本国首都東京より、愛をこめて。ヒノモトのあなたたちへ。颯真紫織より』


 オフィーリアが鋭く叫ぶ。


「――早く! もう時間がありません!」


 紫織が頭を振って走り出す。


「今は行こう、大和くん! 四駆の速度なら追いつけるかもしれない!」


 階上から急かす声に、大和は走り出した。

 たとえ命が潰えようとも、やるべきことがある。




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