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第32話 愚王

前回までのあらすじ!


反則を使って将軍を撃破!

 王の寝所に踏み込み、壁にぽかりと空いていた隠し部屋へと続く通路から、さらに奥へと下る階段を走り抜ける。

 ふと、違和感に気がついた。


「大和、これって……」


 オフィーリアの言葉にうなずく。

 階段が舗装されている。壁もごつごつとした岩を積んだものや板などではなく、手触りまで滑らかだ。ヒノモトにはないはずの技術でできている。


「ああ、セメント。それもコンクリートだ」


 ケルク村で大和が造ったものよりも、よほど質が良い。現代日本で使用されているものと比べても遜色ないくらいだ。


 いつ、誰が、何のために。疑問は尽きないが、今は立ち止まっている場合ではない。カルベカイン一派はもう追ってはこないが、兵舎の兵やシノタイヌの子飼いがいた場合、逃げ場のない通路にいて追い詰められるのは自分たちだ。


 階段を下りきったところで、小さな部屋の隅にうずくまっている人影を見つけた。


「見つけたぞ、シノタイヌ!」

「ひっ、ひいぃ! な、なんじゃ、下郎どもめ! カカ、カカルベカインはどうした!?」


 哀れなほどに震え上がり、弛んだ肉がぶるぶると小刻みに揺れていた。全身から滝のような汗を流しながら、涎を飛ばしてシノタイヌが叫ぶ。


「よ、余を殺すのか! く、くくぅぅ……」


 無表情で平然とウシュラが吐き捨てる。


「ああ。ウシュラはおまえを殺しに来た」

「な――っ」


 こちらが何も言葉を発さぬうちから、シノタイヌがべらべらとしゃべり出す。


「お、愚か者め、サーシュラ! 余を殺せば、王を失ったキオは隣国に攻められ、民もろともに滅びの道を辿ろうぞ! き、貴様はそれでも良いと申すか! サーシュラ、醜き魔獣の子よ! 貴様は王族でありながら、民を見捨てようというのか!」


 ウシュラが獣のように唇を持ち上げ、牙を剥く。殺気が膨れあがると同時に、ウシュラが腰の鞘から短刀を抜き放った。そうして仄昏い表情で、囁くように言う。


「知らない。ウシュラはただ、おまえを殺しに来た」


 ウシュラが跳躍すべく、わずかに膝を曲げる。


「それだけだ」


 だが、ウシュラが動くよりも一瞬早く大和が踏み込み、日緋色金の棍でシノタイヌの頬を勢いよく打った。

 嫌な音が響き、シノタイヌの口内から血に染まった歯が吹っ飛ぶ。


「あぎゃ!? き、きしゃま、いきにゃり何を――」

「どの口がほざく! てめえみたいな薄汚えやつに嫁がされたウシュラの母親を殺し、実父の銀狼をイタリセに殺させ、真実を知ってウシュラを守ることを決意したイタリセをも殺したのは……ッ」


 屋敷中に響き渡るような大声で、颯真大和は叫んだ。


「――ウシュラからすべてを奪ったのはッ、てめえじゃねえかッ!!」


 棍を振るい、再びシノタイヌの頬を打つ。


「がぎゃ!? ぎ、ぎじゃまぁぁ! 一度ならじゅ二度みゃでも王のガオにギズを!」


 三本の歯が飛んで床に落ち、話すたびに飛び散っていたシノタイヌの涎が真っ赤に染まった。


「ごろじでやる! ごろじでやるぞ!」

「……やってみろ。ここから逃れられるものなら」


 冷たく言い放ち、颯真大和が両手に持ち替えた棍で逆側の頬を打った。再び数本の歯と血液が汚らしく飛び散った。


「ひぎゃ!?」


 シノタイヌが虫のように四つん這いとなって、みっともなく泣き喚きながら、大和から離れようと部屋中を必死に逃げ回る。


「あひ、ひゃ、な、なじぇだ、なじぇ余がこのような目に遭うのだ! ひ、ひゃひゃ、そ、そうだ、ぎじゃまだ、魔女ォォ!」


 壁際に追い詰められたシノタイヌが、ジャラジャラと宝飾を鳴らしながらオフィーリアを指さした。


「ぎざまのような、薄汚い不吉の魔女が、余のギオに入ったからじゃあにゃいのきゃぁ!」


 オフィーリアがうつむき、下唇を噛みしめた。


「わ、わたしだって――」

「も、もももう終わりだ! イダリゼと同じで、ごのギオも滅びゅ! たっだ一人の魔女に、世界は滅ぼしゃれでじばう! はひゃ、イダリゼを殺じだのは余ではにゃい! 魔女の運んだ不吉だ! 魔女の呪いは、ほんぼのだったのびゃ! ひゃは、ひぃぃひひひ!」


 オフィーリアが悲しげに、そして悔しそうに顔を歪め、強く強く細剣を握りしめる。


「わたしだって、好きでこんなふうに産まれてきたわけじゃない……」

「だ、だだ黙れぃ、ヒトでずらにゃい分際で、にゃにを言う――ぎゃごごッ」


 日緋色金の棍が、シノタイヌの口内へと突き刺さる。颯真大和はありったけの悪意を込めて、汗と血にまみれたシノタイヌの耳もとで囁いた。

 低く、低く、吐息の声で。


「……おまえ、もう、黙れ……」


 棍を引き抜いた直後、シノタイヌの頸部へと渾身の力を込めて、緋色の棍を振るう。体組織の潰れるような鈍い音が響き、醜く肥え太ったシノタイヌの身体が大きく吹っ飛んで壁へと叩きつけられ、ずるずると崩れ落ちた。


 大和は長い息を吐き終えると、ばつが悪そうな表情で、二振りの抜き身の短刀を持ったまま棒立ちとなっていたウシュラを振り返った。


「悪い、ウシュラ。我慢できなかったから先にやらせてもらった。気絶してるみたいだし、今なら簡単に殺せるけど、どうする? 殺っとくか?」


 ウシュラが珍しくまん丸に目を見開き、途切れ途切れに呟く。


「……あ、ああ。だが――」


 空色の瞳が、気絶をしている肉の塊のような男へと注がれた後、ウシュラがふにゃっと表情を崩すように微笑んだ。

 それは、亜種の少女が初めて浮かべた微笑みだった。


「――だが、なんか、……ウシュラは、もういい。力が抜けた。これを斬ると、イタリセの短刀が穢れる」

「まったくだ。おれも棍を後で洗わねえとな。――オフィーリアは? やっぱ殺しとくか?」


 それまで悲観的な表情をしていた魔女は、強く握りしめていた細剣を持つ手を弛め、いつもの微笑みを浮かべた。

 シノタイヌは白目を剥き、血の泡を噴いている。


「い、いえ。だって、こんな……。……ふふ……ふふふ……、本当、大和にはいつも救われます。捕まえて、一度ケルク村に戻りましょう」


 大和は内心胸を撫で下ろす。

 可能な限り、彼女らにも人を殺めてなど欲しくはない。だからこそ先だって殴りまくったのだが、どうやらうまくいったようだ。


「ああ、そうだ――っなぐ!?」


 背中から強烈な体当たりを喰らって、大和は前のめりによろけた。ウシュラとオフィーリアに支えられて振り返る。


「フー、フー、ごごごごろじでやるァァァァ! みみみんなみんな死ねばいいぃぃぃぃ! ぎゃひ、ぎゃひゃあああぁぁ!」


 シノタイヌが涙と血と涎を撒き散らして怒鳴り、何を思ったか三人に背中を向けてコンクリートの壁へと向けて走り出した。


「な――ッ!?」


 壁にぶつかるはずのシノタイヌが、回転した壁の奥へと吸い込まれて消えた。


「隠し通路!?」


 一瞬遅れでシノタイヌを追いかけて、壁向こうへと飛び込んだ大和たちは、その場で立ち止まって絶句した。

 オフィーリアが息を呑む。


「あ、あれは――」


 よたよたと逃げるシノタイヌの先、コンクリート造りの広大な空間の最奥に、あまりに巨大すぎる何かがいた。


 赤黒い鱗に覆われた長い首と無数の牙、この空間面積いっぱいに広げられた翼の下には膝を折った爬虫類、否、肉食恐竜のような肉体が見え隠れしている。おそらく、立ち上がればその体躯は恐竜どころではない。全長に至っては想像もつかない。

 眠っているのか、それとも死んでいるのか。瞼は閉ざされたままだ。


 そして、その下には――無数の現代兵器。

 拳銃から始まり、対戦車砲にライフル、マシンガン。それどころか弾道ミサイルに戦車のパーツと思しきものまでもが転がっている。だが、どの武器兵器も錆びて腐り、朽ち果てていた。巨大な魔獣は、まるで兵器を寝床のようにして眠りについている。


「……なんだよ、あれ……あれじゃまるで……」


 いくつもの伝説や神話に登場する魔物。古の契約により、宝物を護る神獣。


「ド、ドラゴン」


 オフィーリアが呆然と呟く。

 シノタイヌは気でも違ったかのように呪詛の言葉を繰り返し、笑いながらよたよたと走り、ドラゴンのもとへと辿り着く。


「ぎひゃ、こ、これで余もギオも、ぎじゃまらも終わりだぁぁぁ! びゃあああぁぁ!」


 そうしてドラゴンの直下に存在する拳銃へと手を伸ばす。


 シノタイヌがそれを手にした瞬間、ドラゴンの瞼が開いた。無数の鋭い牙の生えた口を大きく広げ、大風を巻き起こしながら大気を吸い込んでゆく。

 一瞬、空間の密度が変化したような気がした。全身にまとわりつくかのような錯覚――。


「いけない!」


 オフィーリアが細剣を杖へと収め、口内で呪文を唱え出す。

 直後、大和はヒドい息苦しさを感じた。呼吸は止めていない。だが、どれだけ胸一杯に息を吸っても、肺を膨らませても、息苦しいのだ。

 酸素が奪われている。この空間すべての。


 その先、何が起こったのかを颯真大和は理解できなかった。ただ、気がつけば視界は炎の渦に呑まれ、シノタイヌの肉体は蒸発していた。閃光と轟音に、感覚が麻痺する。何かを叫んだような気もするし、そうでなかったかもしれない。


 数秒か、数十秒か。

 すべての感覚を失っていた。視覚も聴覚も嗅覚も、触覚でさえも。

 それらがようやく戻ったとき――。


「は……っ、はぁ……く……あぁ……っ」


 大和とウシュラを庇うように立っていた黒衣の魔女が、肩で荒い息をして膝をついた。だが、呪文を唱える唇だけは止まることなく動き続けている。


 直後、ドラゴンがその巨大な翼を大きく広げた。立ち上がり、頭部を低い天井にぶつけ、また炎を吐く。天井を溶かしつけながら伝う炎に、ウシュラが悲鳴を上げて尻尾を丸めた。だが、炎は彼らを呑み込まない。黒衣の魔女が、人智を超えた魔法で防ぐ。


 ドラゴンの禍々しい咆吼が地下に反響した。

 悲鳴を上げていた。オフィーリアを除く二人は。そのあまりの恐怖に。


 ドラゴンが灼け溶けた天井を頭部で突き破り、広げた翼で大風を巻き起こしながら空へと舞い上がった。風を叩きつけられ、為す術もなく、魔女も、人間も、亜種も、等しく吹っ飛ばされる。

 大和がようやく我を取り戻したとき、地下にあったはずの隠し部屋は、ぽっかりと天空に夜空を映し出していた。


 な……んだ……今のは……。




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