第28話 世継ぎはマカセロー!
前回までのあらすじ!
初戦は勝ったけど、実は戦う前から破綻してたぞ。
目の利かない夜のうちにトゥンク婆たちは村人を先導し、秘密裏に涸れ井戸を通って住み慣れた村から移動を開始した。
炎を灯さない限り、この闇夜ならば見張りがいたとしても見つかりはしないだろう。幸い今夜は月も出ていない。
「心配すんな。タタルならうまくやる。あいつは昔っから要領がいい」
アガルトの言葉にうなずく。
タタルやトゥンク婆たちの移動が終わらぬうちに、大和たちは紫織を先頭にして森を走り、四駆を隠しておいた場所へと辿り着いた。
「こんなに近かったか?」
「ううん、暇なときに取りに行って、村の近くに移動させといたんだ。時々エンジンをかけて走らせないと、車ってバッテリーが上がってすぐにダメになっちゃうから。ガソリンはちょっと心許ないけど、たぶんこの子が走るのは今日が最後かな」
紫織がボンネットに一度手を置いてから、意を決したように運転席へと乗り込む。
オフィーリアは苦手意識が抜けていないのか、少し脅えたように大和の背中に隠れた。
「な、なんだこりゃあ? 鉄の塊じゃねえか。こんなもんどうすんだ?」
アガルトが素っ頓狂な声をあげて、目を丸くする。直後、四駆がわずかに揺れて獰猛なエンジン音を響き渡らせた。
オフィーリアとアガルトが首をすくめる。
「きゃっ」
「うおっ!? おいおい、こいつなんだか呻ってやがるぜ? 大丈夫なのかよ?」
「ほら、乗って乗って!」
大和がドアを開けて後部座席に乗り込み、オフィーリアの手を取った。
「オフィーリア、大丈夫だ。おいで」
「は、はい」
「あたしが運転する車でイチャつくの禁止っ!! 動揺して事故っても知らないよっ!!」
アガルトが不承不承に助手席に乗り込むと、ウシュラは開いたままの後部座席のドアを蹴って、屋根へと跳び乗った。
「ウシュラはここがいい」
紫織が運転席の窓から身を乗り出して、ウシュラに忠告する。
「危ないよ、ウシュ。落ちても知らないからね」
「平気だ。ウシュラは昔、イノシシに乗って遊んだ」
冗談なのか本気なのかわからないウシュラの言葉に、紫織が引き攣った笑みを浮かべた。
「そこの筋肉坊主、東回りの海岸沿いから首都までの道って大体わかる? あたしじゃ方角がわかんないから」
四駆が問題なく通れるような樹木の少ないルートは、川沿いの他には海岸沿いくらいしかないだろう。
「誰が筋肉坊主だ。景色が見えりゃ問題ねえが、こんな夜じゃ――」
紫織がすかさずヘッドライトを点灯する。兄妹以外の全員が息を呑んだ。
「これでどう?」
「お、おう。ま、まあ、見えるっちゃあ見えるな」
「じゃ、お願い」
「おう。何度か北方砦から漁港経由で移動したことがある。それよか急げよ。こんな糞重てえ鉄の塊が馬より早ええわけがねえんだ。とんだ法螺話だぜ。間に合わなかったら、おれは大和をくたばるまでぶん殴るからな」
小さく細い紫織の手が、小気味良くシフトノブをローへと放り込んだ。唇をひとなめして、挑戦的な笑みを浮かべる。
「あっそ。全力でかっ飛ばすから、悲鳴はあげないでね。この筋肉クソ坊主」
「あ? 糞までつけんじゃねえよ、この雌餓――鬼ィィィ!?」
大和とオフィーリアの表情が引き攣った瞬間、四駆のタイヤが大地を掻いた。獰猛なエンジン音を咆吼のように放ちながら走り出した四駆が、木の根を踏んで跳ね上がる。
「ホイッと」
「ぎゃああああぁぁぁぁぁーーーーーーっ!! あ、ちょ、まま待ててててッ!!」
着地と同時にタイヤを左右に滑らせ、体勢を立て直して猛スピードで走る。
オフィーリアは大和にしがみつき、アガルトはみっともなく悲鳴を上げ、ルーフに乗っていたウシュラが必死の形相で命からがら窓から入り込んできた。
「……うう、ウシュラ死ぬかと思った……」
「ホイホイホイホイ、まだまだ速くなるよー!」
樹海の闇をヘッドライトで切り裂いて、中途半端な草木などグリルガードで張り倒しながら四駆は同乗者の悲鳴を乗せて走る。
*
「ま、まさか本当にこんなに早くついちまうとは……」
アガルトが青白い顔で首都であるキオの街を一望できる丘にある、大木に寄りかかった。
「あたしが何度も余裕って言ったじゃん。筋肉坊主ったら全然信じないんだもん」
「う、うるせー。こんなヤベエ魔獣をてめえらが手名づけてたなんて思わねえっつーの。あと筋肉坊主はやめろ。トゥンクの孫のアガルトだ」
ここから先、目立つ四駆での移動は危険だ。或いは四駆でシノタイヌ王の屋敷まで強行突入しようかとも考えたが、紫織にそんなことはさせられない。危険だということもあるが、それ以上に罪を背負わせることになってしまう。
殺しの。
それに、屋敷内を走れる広さがあるかどうかもわからない。
大和が日緋色金の棍を手の中で取り回す。
「時間がない。アガルト、動けるな?」
「お、おうよ。屁でもねえよ」
若干足もとが覚束ないが、ただの車酔いなのだからそのうち醒めるだろう。
「ウシュラ」
「問題ない」
銀狼の瞳が、闇の中で妖しく輝く。
「オフィーリア」
「あなたの御心のままに」
夜の風に黒髪をなびかせて、オフィーリアが静かにうなずく。
「紫織、おまえは残れ」
「あーい、いつでもいいよん――ってなんでやね~~~~ん! おい、おいおい、なんでやね~~~ん!」
足を曲げ伸ばししていた紫織がその動きをピタリと止めて、ご丁寧に大和の胸を手の甲で叩く。
「そりゃあ、あたしは剣術もダメだし魔法も使えないし普通の人間だし、足手まといなのはわかるよ! でもね――!」
頑固な表情で顔を近づけてきた紫織を、大和は悪戯顔で見つめ返す。
「おまえには他にやって欲しいことがある。おれたちの命綱になってくれ」
キョトンとした紫織の耳もとに唇を近づけ、一言、二言。紫織が神妙な顔でうなずいて、顔を離した。しばらくして、表情が不満気に変化する。
「なんだよそれ、本当に必要なのかよ? あたしを危険から遠ざけようとしてるんだったら、いくら大和くんでもゆるさないからね!」
「そういう意図がないわけじゃないが、それ以上に保険が欲しい。きっかり二十分後だ。四駆の時計があるからわかるだろ?」
一年間で肩胛骨のあたりまで伸びた栗色の髪を傾けて、紫織が尋ねてきた。
「意図がないわけじゃないって……それって、あたしのことが大切だから?」
「ああ? ……まあ、いちおう妹だからな」
紫織がウシュラで視線を一度止めてから、勝ち誇った瞳をオフィーリアに向けた。
「ウシュはまぁ横に置いといて、オフィーリアよりもってこと? そこんとこはっきりさせてくんなきゃ、納得できないなあ、あたし」
大和が言葉に詰まった。
こ、こいつ、なんてことを訊きやがる……。
横目でオフィーリアを盗み見ると、魔女は少し渋い表情で同じように大和を盗み見ていた。目線が合った瞬間に、魔女は地面へと視線を逃した。
「バ、バカ、ど、どっちも大切に決まってんだろっ。まあ、今回は紫織にしか頼めないことだから。頼りにしてるぞ、紫織」
「むぅ……ずっこいこたえだ! いつからそんな大人になったのよ! 汚い! さすが大人汚い!」
ウシュラが小さな身体で両腕を組み、首を傾げる。
「待て、紫織。なぜウシュラを横に置いた。ウシュラは大和が好きだ」
「はぇ?」
あまりに意外な方向から飛んできた火種に、紫織と大和の声が重なった。ウシュラはやはり平然とした表情で、淡々と告げる。
「ウシュラはもう子を産めるぞ。ほら、ほらほら」
バシバシと自分の腹を叩きながら、ウシュラがとんでもないことを言い放った。
「大和、どうだ。ほら、ほらほら。ウシュラの胎は立派なものだ」
冗談なのか本気なのか、ウシュラの銀色の尻尾が揺れまくっているのが恐ろしい。その場にいる全員が――あの紫織ですら絶句している。
「ほら、ほらほら」
腹をばしばし叩きながら。
オフィーリアはすでに背中を向けてしまっている。
どうするんだ、この空気……。
大和が生唾を飲んで、アガルトに救いの視線を向けた。一度は無理とばかりに首を左右に振ったアガルトだったが、泣きそうな大和の表情を見て、苦々しく吐き捨てる。
「おいぃぃ、頼むから後にしろぉぉ! 緊張感を持て! これから生きるや死ぬやの戦いに身を投じるんだぞ!? 正気か、おめえら!?」
「む。反省する」
「あ、そ、そうだね」
「……わたしは別に……そんな大それたことを考えたことは……」
三者三様の返事をした後、ウシュラが紫織に向き直った。
「まあ、大和のことは、このウシュラわんわん三等兵にまかせろ。紫織」
「お願いね、ウシュラ」
「わんっ」
ウシュラ。おまえはまだ紫織に騙されたままだったのか。罪悪感はないのか、妹よ。
ぴゅうと風が吹く。
全員が颯真大和に視線を向けた。
「よ、よ~し、じゃあ行く……かあ?」
同時に全員が戸惑いながらも、かろうじてうなずく。
なんとも気の抜けた号令となってしまった。




