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第27話 謀略

前回までのあらすじ!


防衛戦初日は圧勝したぞ!

 初戦の勝利から二日が経過していた。


「なんだと!? おれたちはあんたを信用して、命懸けで戦ったんだぞッ!! もう一度言ってみろッ!」


 イタリセの屋敷に、アガルトの絶叫が響き渡った。その腕に長衣の胸ぐらをつかみ上げられているのは、他ならぬ大和自身だ。


「ア、アガルトさん」

「黙ってろ、タタル!」


 囲炉裏の前で、瞳を閉じて正座をするトゥンク婆。いつもとは正反対の表情で頭を抱え込むお調子者のスキタラ。激高するアガルトに、彼をなだめようとするタタル。遠巻きに彼らを眺めるオフィーリアや紫織ですら、剣呑な雰囲気に口を挟めずにいた。


「何度でも言うよ、アガルト。次の戦が始まる前にケルク村を放棄する。負け戦なんかで誰も殺させない」


 アガルトが歯を食いしばる。


「おいおい、ここじゃまだ誰も死んでないんだぜ? 初戦はおれたちの圧勝だった! 次も勝てばいいだけのこった! なのにもう臆病風に吹かれたのか? 見損なったぜ!」

「現実を見ろ。他の集落がどうなったのか、おまえも知ってるだろ」


 やはりと言うべきか、援軍はすべて国軍に襲撃され、ただの一つもケルク村にまで辿り着けなかった。他の集落との連絡も途絶えたままだ。送った使者は未だ帰らない。

 初戦の圧勝から一転し、事態は最悪の局面を迎えたと言っても過言ではない。


 胸ぐらをつかむアガルトの腕を片手でつかみ返し、大和はトゥンク婆に視線を向けた。


「トゥンク婆。この屋敷の裏にある涸れ井戸から隧道(すいどう)を通って、深夜のうちに脱出してくれ。捕虜は置いて行く。明朝にはケルク村の人数を遙かに上回る数の国軍がやってくる。集落の同盟が崩された今、罠を駆使しても勝ち目はない。もうそんな小細工が通じる段階じゃないんだ。痕跡を残さず、可能な限り東へ逃げて欲しい」


 トゥンク婆は正座をして瞳を閉じたまま、微動だにしない。


「そいつは年寄りと女子供だけの話だよなあ、大和よぉ?」

「違う。アガルトやタタルも含めた全員だ」


 アガルトの拳が大和の頬へとめり込んだ。大和の身体が大きく後退し、しかし両足で板間を滑って口もとに滲んだ血液を拭う。

 こうなる覚悟はあった。最初からだ。戦いが始まるよりも以前から。


「ざけんなてめえ! おれたちにこの村を捨てろというのかッ!? てめえは流れ者だから何とも思わねえんだろうがよ、故郷ってのはそんな簡単に割り切れるもんじゃねえんだ莫迦野郎!」

「大和くん!」


 あわてて駆け寄ろうとした紫織を片手で制して、大和が強い口調で言い放った。


「アガルト。先日おれが言ったことをもう忘れたのか?」

「ああ?」


 大和が口もとに、不敵な笑みを浮かべた。


「おれたちは、この国をぶん獲るんだ。わかるか? キオ国を侵略するんだ! 村などくれてやれ。どのみち政権を手に入れれば、ケルク村は容易に奪い返せる」


 アガルトが歯を剥いて、苦々しげに吐き捨てる。


「莫迦野郎、そんな簡単に国が奪えるかよ! それに、もしも火を放たれたら、奪還する家屋だってなくなるんだぞ! 収穫物だって持ち去られちまう!」

「それはさせない。捕虜を生かして置いて行くのは、村に火を放たせないためだ。だから今晩中にすべての家屋に捕虜を一人ずつ縛る。やつらだって収穫物は燃やさないだろ。だったら政権を奪取した後にでも奪い返せばいい」


 場が凍りつく。誰一人として理解できない。少なくとも大和は、理解などさせないつもりでここまでやってきた。


「それに、捕虜が生きていたのなら東へと逃れた村人への追撃の手も弛まるはずだ。やつらの士気は上がらない。捕虜を殺せば血眼になって追撃してくるだろうけどな。だが、そうはならない。生かしておけば、やつらが捕虜を保護するだけの時間も稼げる。みんなが生きて逃げるための時間だ」


 トゥンク婆は集落を守る戦を脳裏に描いた。だが、颯真大和が頭に描いた戦は防衛戦ではない。

 侵略だ。

 悪党のように唇の端を禍々しく引き上げ、颯真大和は静かに嗤う。


「明朝、戦えば勝ち目はない。カルベカイン将軍はケルク村を確実に制圧できるだけの戦力を投入してきた。魔女を捕縛するために自ら率いてだ。その数は一〇〇〇を超えている」

「な――ッ!? 一〇〇〇の兵にカルベカインだと……それは本当か?」

「カルベカインが出立したことは、狼煙ですでに伝わっている」


 大和は不気味な表情で囁くように続けた。


「だが、そのときケルク村には誰もおらず国軍は空振りする。そして首都であるキオの街からはカルベカインとその手勢、約一〇〇〇が消える。千載一遇のチャンスだとは思わないか?」

「な、何言ってやがる、馬でかっ飛ばしても二日はかかるだろうが! 奇襲なんざもう間に合わねえ! そんな作戦を実行するなら、もっと前から動いとくべきだったんじゃねえのかよ!」

「いや、おれたちが首都を見張っているように、すでにこの村の動きも相手方に見張られていると思ったほうがいい。先だって動いていたら、おそらく失敗するだろう。カルベカインは見逃しちゃくれない」


 紫織とオフィーリアが顔を見合わせた後、おずおずと紫織が手を挙げた。


「あたしが手伝えば、間に合う……少人数しか無理だけど……。四駆を使えば……」


 紫織が本意を確かめるかのように、大和に視線を向けた。大和が深くうなずく。


「カルベカイン率いるキオ国兵の進軍は、概ね直線だ。おれたちはそれを迂回しながら首都にいるシノタイヌに夜襲をかける。紫織、頼めるか?」

「あたしと、残り四人までなら。……だけど、たったの五人で王様を討つなんてこと……危ないよ……。……たぶん無理だよ、大和くん……」


 紫織が眉根を寄せて、大和の手を両手で覆った。


「村のみんなを見捨てるか、おれたちがやるか。もうどちらかしかないんだよ、紫織。それに、夜襲といっても戦争をしに行くわけじゃない。どちらかといえば暗殺や誘拐に近い。人数は多いほど不利になる」

「でも……」


 大和が安心させるように、紫織の頭に手を置く。

 

「アガルトやタタルから聞いた話では、兵舎はともかくシノタイヌの屋敷自体にはそれほどの兵数は詰めていないそうだ。平時にはあのカルベカイン将軍とその私兵が常駐しているそうだが、それも今はいない。初戦の圧勝でこっちに誘き出してやったからな。わかるか? 実行するなら今しかないんだ」


 アガルトが顔をしかめて吐き捨てた。


「バカげてるぜ、大和!」

「そうだ。バカげている。できるわけがない。やるわけがない。誰だってそう考える。だからこそやる価値がある。まともな頭の相手なら、そんなことしでかすわけがないと考える。おまえのようにだ、アガルト。そこを衝くんだ」

「~~ッ」


 アガルトが口を開きかけ、苛立たしげに閉ざす。


「であれば、わたしの魔女の力がお役に立ちそうです。カルベカイン将軍さえいなければ、おそらく魔女オフィーリアは恐怖の対象でしかないはずですから。無条件にいくらかの兵を退けることもできるかと思います」


 大和がうなずく。


「頼む、オフィーリア。もちろん、おれも行く。残りは二人だが、腕が立ちそうなのは……」


 大和がアガルトとタタルに視線を向けた。


「ああ? 何がなんだかもうわッかんねえよ! 糞がッ、話には乗ってやらあ! 暗殺なら道案内も必要だろうしな! その代わり、間に合わなかった場合は、おれはてめえを許さねえぞ!」

「ああ。ありがとう、アガルト」


 大和がそう呟くと、アガルトが顔をしかめて坊主頭を掻きながら吐き捨てた。


「……ッ……殴ったやつに礼なんざ言うな、調子が狂う……」


 アガルトに続いてタタルが口を開けかけた瞬間、屋敷の奥の間へと続く扉が開いた。まるで野生動物のように足音も立てず、金色の髪を揺らしながらウシュラが現れた。


「ウシュラが行く」


 タタルがあわてて口を開く。


「危ないよ、ウシュラ! ぼくが行くから、キミは残ってくれ!」


 ウシュラは銀色の耳を立て、片手を腰に当てて呆れたように呟いた。


「大和。タタルもアガルトもウシュラより弱い。ウシュラはイタリセの他、ケンカで負けたことがない」


 アガルトの顔が引き攣り、一気に真っ赤に染まった。


「な――ッ、てめ、餓鬼の頃の話を持ち出してんじゃねえぞ、ウシュラ!」


 紫織が一歩踏み出して、ウシュラの両腕へと手を伸ばし、そっと抱きしめた。


「もういいの、ウシュ? 胸が痛いの治った? 大丈夫なの?」

「ああ、もういい。ウシュラはずっと考えてた。イタリセを殺したやつはウシュラが殺したかったが、カルベカインが殺した。だからウシュラは、行き場のない気持ちに殺されかけた。だが、わかった。イタリセを殺したのは、キオをこんな国にしたシノタイヌだ。ウシュラは、シノタイヌと会う必要がある」


 ウシュラが紫織の耳に唇を押しつけて、他の誰にも聞こえないように囁く。


「……安心しろ、ウシュラが大和を守る。ウシュラは紫織を悲しませない……」


 ウシュラが少し顔を離し、無表情のままコクっとうなずいた。


「ありがとう、ウシュ。大好き」


 意志を込め、強い瞳で亜種の少女は叫ぶ。


「ウシュラは、今この村にいる誰よりも強いぞ! 文句あるかっ!?」


 銀色の尻尾が、左右に揺れている。機嫌が良い証拠だ。

 長い沈黙が続き、やがてトゥンク婆とスキタラがあきらめたかのようにため息をついた。


「こりゃあ、やむを得んぞ、トゥンク婆。アンちゃんに任せてみようや。これまでも、うまくやってくれたしよ。ただよ、アンちゃん。おめえらが全滅したときにゃ、いくら年寄りや女子供といっても、玉砕覚悟で行かせてもらう。もとを正せばケルク村の問題だしな。ヒヒ」


 スキタラが威勢良く吐き捨てると、大和が苦笑いでうなずいた。


「何も死にに行くわけじゃない。けど、その言葉は肝に銘じとくよ。スキタラ」


 トゥンク婆が二度目のため息をつく。


「文句なぞ山ほどあるが、今はこの婆の浅慮を恥じ入るばかりじゃ。よもやカルベカイン将軍がここまでの存在だとは。さすがは歴戦の強者よ。もはやケルク村の命運は、颯真大和。おぬしに委ねるより他ない。婆の力不足を、ゆるしておくれ」


 トゥンク婆が正座のまま少し背後に足をずらし、両手をついて深々と頭を下げた。


「わしらを、助けてくれ。家族を、守ってくれ」


 大和が日緋色金の棍を手に、力強く立ち上がる。


「あたりまえのことをそんなふうに頼まなくてもいいよ。トゥンク婆」




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