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第26話 戦火

前回までのあらすじ!


相思相愛やん。

 鬨の声とともに、大地から粉塵が舞い上がった。


 いくつもの荒い呼吸、怒声と罵声、鉄錆にも似た臭気、入り乱れる殺気、ぶつかり合う刃。赤と銀の鎧が打ち合い、火花を散らす。

 湿らせた木製の防壁に潜むケルク村の民に、弓では埒もない判断したキオ国兵第一陣の突撃が始まったのは、狙いの定まらぬ日暮れになってからのことだった。

 村を囲うように人工的に作られた腰までの川を渡り、キオ国兵らが次々と上陸してくる。


「よし、全員配置につけ! 村には一歩たりとも踏み込ませるな! 穴でも川でもいいから落とせッ、とにかく蹴り落とせッ!!」


 大和の号令を皮切りにして、赤い鎧をまとったケルク村の兵が走り出す。


「おらよォ!」

「ぎゃっ!?」


 アガルトに蹴られたキオ国兵が足をもつれさせ、用水路沿いに設置されていた落とし穴へと転落する。落とし穴の口は薄い板の上に土をかぶせて隠しているため、第一陣の突撃は吸い込まれるように自ら落ちてゆく。

 幅わずか十五メートルほどの用水路へと踏み込んで、突撃第二陣のキオ国兵らが剣を抜いた。


「魔女殿、今だ!」

「はい!」


 キオ国兵らが一斉に上陸する直前、ライターのフリントホイールの火花が走り、彼らと岸を遮るかのように巨大な炎の壁が真横に流れた。


「ぐあっ!? な、なんだ!?」


 全員がたたらを踏み、キオ国兵の陣形が総崩れとなる。

 彼らの瞳に映るは、背負った巨大な月の中で踊るように黒衣と黒髪を翻した、杖を持つ一人の女性。


「ひ……、ほ、本物の魔女……! やはりケルク村には魔女がいるぞ!」


 黒衣を翻し、オフィーリアが火花を飛ばして再び巨大な火炎の獅子を走らせた。口内で呪文を唱え、オフィーリアは杖を振るう。


「我が名は月夜の魔女オフィーリア。命が惜しくば、即刻引き返しなさい」

「ぎゃあああぁぁぁ!」


 炎はまるで生を受けたかのようにうねりながら兵へと襲い掛かり、それから逃れようと用水路に引き返した者には粘度を増した水が足へと絡みつく。

 水中にいる限り灼かれることなどないが、パニックに陥った兵らにはそれがわからない。魔女の脅威はヒノモトの民の奥深くにまで染みついている。


 アガルトが叫んだ。


「今だ! 野郎どもッ、水門を開けぇーーーーーーーーーーっ!!」


 人工的に作られた川が急激に水かさを増した。肩にまで水が達したとき、足を取られた重装備のキオ国兵らは武器を取り落として自ら鎧を外す。


「うぷっ、がはっ! き、貴様ら、北方砦の脱走兵か! 税を拒み、魔女を匿い、反乱を企てるなど、こんなことをしてただで済むと思っているのかッ!! シノタイヌ王は無情だ! ケルク村は一人残らず――」

「知るか阿呆。恨むなら中央集権主義の愚王を恨むんだな。貴様ら中央の兵や無能な貴族どもを潤すために、いったいどれほどの集落や民が犠牲になっていると思ってやがる」


 用水路から這い上がった兵の胸ぐらを片手でつかみ、アガルトは兵をそのまま魔獣対策の落とし穴を拡張した背後の穴へと投げた。兵は為す術もなく穴へと放り込まれる。先客は五名。一つの穴に対する上限人数だ。


「年寄りども! 落とし穴に網をかけて杭で固定しろ! 次行くぞ!」

「いや、もういい」


 大和がアガルトの肩をつかみ、用水路を隔てて残るキオ国兵らを睨みつけた。


「おれの名は颯真大和! キオ国兵に告げる! 追撃は行わぬ! 捕虜を無傷で解放して欲しくば、戻って愚王シノタイヌに伝えろっ!!」


 勝負はすでについている。今回送られてきた国軍側の兵数は、およそ一五〇。うち、三十は生かして捕らえた。現実の戦争では上々の成果だ。


 今回は問題なく勝てた。では次はどうか。やつらはさらなる数を送り込んでくるだろう。

 中央にはおよそ三〇〇〇の兵が存在し、各方面の砦に有事があった際には、彼らが補充として駆けつけるシステムになっている。


 アガルトが北方砦から動いたことで、国軍が中央の一五〇を北に派兵したとしても、中央とケルク村の兵数差を考えれば勝つのは難しい。

 それでも、颯真大和に迷いはなかった。今さら引き返す道などない。


「――ケルク村は魔女オフィーリアの大いなる力で以て、キオ国より独立を宣言するっ!!」


 用水路の向こうで隊長らしき人物が何かを指示し、キオ国兵らが一斉に引き上げてゆく。

 兵団が引き上げて数分後、ようやく肩の力を抜いた大和のもとに若い兵が駆けつけてきて片膝を折り、片方の拳を地面につけた。


「申し上げます!」

「おれにいちいち膝を折る必要はないよ。時間と労力の無駄だ。ただの流れ者なんだから」

「はっ? はあ」


 拍子抜けしたように立ち上がり、若い兵は顔を上げた。


 どこかで見た顔だ。すぐに思い当たるほど、お調子者のスキタラに似ている。おそらく彼の息子で間違いはないだろう。


「どうした、タタル? 大和は忙しい。手短に報告しろ」


 アガルトが言うと、タタルの表情が再び焦燥感をあらわにした。


「申し上げます! マルドラ村からの使者が到着しました!」

「使者……使者だって? 援軍じゃないのか?」


 大和の問いに、タタルが勢いよく首を振った。


「援軍ではありません。ケルク村に到着したのは、ただ一名のみで……その……」

「タタル、案内してくれ。使者の話を聞きたい」


 動きだそうとした大和の前に立ちはだかり、タタルが首を左右に振った。


「残念ながら傷がかなり深く、辿り着いたと同時に伝令のみを行い、もう――」

「なんだってッ!?」


 大和とアガルトの声が重なった。


「伝令内容ですが、南方砦の脱走兵で構成されたマルドラ村出身の援軍二〇〇は壊滅。マルドラ村そのものも灼き払われたとのこと。生存者は……今も捜索中ですが……」

「――ッ」


 アガルトが息を呑み、鬼神のような形相に変わった。髪のない頭に血管が浮き上がる。


「その他の集落からの援軍はどうした!?」

「未だ。おそらくマルドラ村と同様のことが各地で起こっているか、もしくは先だって手を打たれてしまったか」


 やられた。援軍は結集前に、各個撃破されたと見た方がいい。

 大和は日緋色金の棍を強く握りしめる。


 犠牲を払わずに勝つつもりだったが、甘かった。おそらく集落同士の同盟を読んだのはカルベカイン将軍だ。だが、彼ならば援軍は掃討しても、集落は灼き払わないだろう。

 ならば、誰か。決まっている。


「愚王め――ッ!!」


 計画では三つの集落からの援軍と難民を得て、ケルク村の戦力はおよそ八百に膨れあがる予定だった。税さえ払わなければ、彼ら全員の食い扶持くらいはある。

 それでも全兵力同士のぶつかり合いでは勝ち目は薄いが、隣接する西方に敵国を持つキオ国は、東にあるケルク村を落とすためにその半数の人員すら割くことは難しいはずだ。


 ましてや各方面の砦は、集落からの徴兵で成り立っている。反旗を翻すほどに地方砦からは脱走兵が続出し、隣国からの侵略のリスクは増え、中央は各砦に兵を割かざるを得なくなる。ならば互角とは言えないまでも、限りなく近い兵数で迎え撃つことができる。

 トゥンク婆はそう言った。


 だが、トゥンク婆の目論見は、集落の戦力を結集する前段階で潰えた。そう、これらはトゥンク婆の考え出した防衛のための絵図だ。

 颯真大和のものではない。


「アガルト、南方西方砦の配備人数と、そのうち地方集落出身者の数はわかるか?」

「交戦中のカヒノ国との境である西方砦は一〇〇〇、南方砦は五〇〇で、全員が地方出身者だ。中央のやつらは地方砦のような僻地なんざ見回り以外にゃ来ねえよ」

「悪くない数だな」


 大和は顎に手をあてて考える。


 キオ国内のすべての集落が反旗を翻し、地方出身者である南方砦と西方砦の兵が脱走をするとすれば、中央からはおよそ一五〇〇が補充される。いや、実際にはその半分か。ケルク村は犠牲者なしに敵を圧倒して追い返したし、危険な魔女の存在も十分に見せつけた上で、わざと半数以上の敵を見逃した。


 ケルク村は若者と老人、女子供を合わせて、およそ五〇〇。

 次は同数の五〇〇で攻めてくるか? いや、魔女を捕らえる気ならもう少し必要だ。今回の罠の報告もいくだろう。七〇〇、八〇〇? そんなところか。欲を言えば、もう少し()()()()()()ところだが。


「かなり厳しいが……」


 軍最大規模の数となれば、率いるのは間違いなくカルベカイン将軍だ。


「アガルト、タタル。やつらが放った矢の回収が終わり次第、今日はもう戻って休んでくれ。遺跡に見張りを立てるのを忘れずにな。捕虜は丁重に扱え。無用な恨みを買うなよ」

「ああ、わかった」

「はい、大和さんも」


 足もとに置いておいた小さな装置をつかむ。なんのことはない、ただの古びたラジカセだ。アウトドア趣味の父が四駆に積んでいたもので、紫織が非常持ち出しのリュックに詰め込んでいたものだ。

 タタルが不思議そうに尋ねた。


「大和さん、それは?」

「ああ……なんて説明したらいいのか……。音の記録を取ったり流したりする絡繰りだよ。ヒノモトの出来事を少しでも記録しておきたくてさ」


 この世界がなんなのか。現代の日本に帰れる日が来たなら、貴重な記録になるはずだ。

 大和が振り返ると、少し離れた位置に黒衣の魔女が立って待ってくれていた。アガルトとタタルの表情が、わずかに硬くなる。


 魔女であるオフィーリアは、決して自分から村の若者に近づいたりはしない。いたずらに不安を煽るだけだからだ。だからいつもオフィーリアは少し離れた位置で大和を待ち、大和のほうから彼女のほうへと歩み寄る。


「オフィーリア、帰ろうか」

「はい」


 幸せそうに微笑み、大和と肩を並べて歩く魔女に、アガルトとタタルは顔を見合わせる。やがて気まずそうに頭を掻くと、アガルトが大声で言った。


「おい、魔女殿!」


 オフィーリアが驚いた顔で振り返る。


「……その、なんだ……今日は助かったぜ。あんたの魔法がなきゃ、全員が無傷ってわけにゃいかなかった……と思う……。だから……まあよ……」

「アガルトは、ありがとう、って言っているんだよ、魔女殿!」

「タタル、てめっ」


 横やりを入れたタタルの頭部を鷲掴みにして、アガルトが頭突きをした。タタルが頭部を押さえてうずくまる。だが、その顔は楽しそうに笑っていた。


「まあ、そういうことだっ。これからはあんたも仲間だし、その……おれたちにそんなふうに遠慮すんなって話だ! わかったかっ?」

「はあ……」


 気の抜けた返事をしたオフィーリアの背中を、大和が軽く叩く。オフィーリアは一度大和の顔を見上げた後、嬉しそうな顔で瞳を細めた。


「はい、みなさんのお役に立てて、わたしも嬉しいですっ」


 とたんにアガルトとタタルが顔を赤らめる。その瞬間、大和はおもしろくなさそうな顔をして、オフィーリアの腕を軽く引いた。


「ほら、行くぞ。遅くなると紫織が心配するからな」

「は、はい。……また、もう。大和はいつも強引なのですね」


 オフィーリアの囁きを無視して、颯真大和は半ば強引にずかずかと歩を進める。けれどオフィーリアはそんな大和を伺うようにそっと見上げ、瞳を細めて幸せそうな表情で身を寄せた。




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