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第24話 覚悟

前回までのあらすじ!


恩人、逝く。

 どうにも剣呑な雰囲気だった。


 菜種油の行灯が、主のいなくなったケルク村最大の屋敷で揺れ、月夜に集った面々の険しい表情を映し出す。あるものは腕組みをしたまま胡座を掻き、老いた女は正座をしたまま瞳を閉ざしている。その数、総勢四十余り。


 イタリセの屋敷には、全村民の世帯長のみが集っていた。

 葬儀はつつがなく行われ、その場にウシュラの姿はなかった。彼女はあの日以降、屋敷の奥に引っ込んでしまい、以来、飯も食わずに膝を抱えていた。


 立てた片膝に腕をのせ、颯真大和は静かに告げた。


「……黙っていたこと、騙していたこと、色々とすまなかった。おれたちは今夜のうちにケルク村を出立することにするよ、トゥンク婆」


 大和の背後には、虚ろな瞳の紫織と一糸乱れぬ正座で背筋を伸ばす魔女の姿があった。すでに紫織の洋服ではなく、黒衣の――魔女の姿になっている。

 イタリセを失い、村で最長老となったトゥンク婆が片側の瞼のみを持ち上げる。


「フィリィの責任ではないと、イタリセは言わなんだか?」


 オフィーリアは何もこたえない。


 イタリセを軽んじられてしまうことは痛恨の極みだが、ここでうなずけば、ケルク村は魔女を匿った罪で根絶やしにされてしまう。それに、前の一件が魔女とは無縁の争いであったにせよ、ここより先は魔女オフィーリアをめぐる戦いにも発展することになる。


 大和にもオフィーリアにも、村を巻き込むつもりはなかった。

 行灯の炎が揺れて、村人らの険しい表情を映し出す。だがそれは子供を叱る大人の表情だ。そのことが大和には嬉しくもあり、悲しくもあった。

 自分たちは、これほどまでに愛されていたのだから。


 だが、だめだ。留まることはできない。なぜならこの事態を招いたのは、魔女オフィーリアでも国王に暴言を吐いたハリキラでもない。

 颯真大和自身だからだ。

 イギリス産業革命時代の技術を使い、村を発展させてしまった。そのことで、国軍はケルク村に目をつけた。

 それがすべての発端だ。

 トゥンク婆や他の年寄りたちには、否定されてしまったけれど。


「トゥンク婆。国軍はトロルを追い返すのとはわけが違う。雨期や乾期対策とも違う。言っちゃなんだが、年寄りと子供ばかりのケルク村の戦力じゃ、どうにもならない」


 何より、キオ国にはあの青年。カルベカイン将軍がいる。

 小手先の策も、総力を尽くしても、通じはしないだろう。逆らえば誰一人残らずに死んでゆく。

 冗談ではない。そんなことをさせてたまるものか。


「トゥンク婆たちの気持ちはありがたく受け取らせてもらう。でも、壁になることしかできない年老いたあなた方では、魔女オフィーリアは守れない」


 スキタラやハリキラを中心に、村人たちが殺気立つ。


「大和くん、そんな言い方……」

「黙ってろ、紫織。口を挟むな」


 オフィーリアが静かに、だが冷たく告げる。


「わたしは、まだ死ぬわけにはまいりません。わたしのような化け物を受け入れてくださり、感謝はしています。しかし、わたしを匿えばあなた方は間違いなく村ごと滅ぼされますし、わたしもまた、村に残れば逃げ道を失うことになるでしょう。これはお互いのためなのです」


 魔女の冷たい言葉に、沈黙が重くのし掛かる。

 だが、数秒後にそれを破ったのは、トゥンク婆とスキタラの、けたたましい笑い声だった。


「ふぉ、ひゃっひゃっひゃ!」

「ヒッヒッヒ、もう遅えっつーのよぉ。なあ、トゥンク婆?」


 毒気を抜かれた大和とオフィーリアから、剣呑な表情が抜け落ちた。泣きそうな顔となっていた紫織に至っては、阿呆のように口を開けている。


「もう、遅いって……まさか……」


 トゥンク婆の笑いが、企み顔へと変化してゆく。


「すでに北方諸国に面するキオの防壁砦を崩す算段は整っておる」

「な――ッ!? ど、どうやって!」


 この村は中年や年寄りばかりだ。弱小勢力とはいえ、一国の防衛ラインを崩すことなどできるわけがない。


「ひゃひゃ、知れたことよ。北方砦にはケルク村の若者が配備されておる。中央以外の兵は、その大半が集落よりの徴兵ゆえ、引き込むは難しいことではないわ。総勢およそ百五十名を呼び戻すための遣いを出した」


 トゥンク婆の言葉を継いで、ハリキラが吐き捨てる。


「アンちゃんよ。愚王はな、身を挺してこの小国キオを守り抜いてきた偉大な前王様を暗殺してのし上がった、王族内の卑怯者だ。生産者である集落を軽んじ、中央に住む王侯貴族のみを優遇する。やつの王権では国力は下がる一方よ」


 そうだ、そうだ、と村人らから声が上がった。


「皆に良くしてくださった前王様とは違い、愚王シノタイヌには、キオ国の民全員が苦しめられている。やつが王位に居座り続ける限り、キオに未来はない。皆、機を見ていたところだ」


 唖然とする大和へと、スキタラがハリキラの言葉を継いだ。


「ヒッヒ、すでに他の集落にも遣いを出したぜ、アンちゃんよぉ。南方、西方の砦も、もう少しで手の内よぅ。特に西はキオを虎視眈々と狙うカヒノ国があるから、手薄にゃできねえ。砦の兵が抜けりゃ、中央の兵をそこに割かざるを得ねえっつうわけよぅ」


 仕掛けたというのか! こんなちっぽけな集落が、一国家を相手に戦を!


「ど、どうしてそんなことを……!」


 オフィーリアの口をついて出た言葉に、トゥンク婆の両眼がくわっと開いた。


「どうしてじゃと? このケルク村のトゥンクをなめるでないわ、小娘! 集落は一人たりとも欠けさせられぬ我らが家族よ! シノタイヌの狗どもは、我らの家族に手を出した! 若者を死地に追いやるだけでは飽きたらず、我らが長を死に至らしめ――」


 トゥンク婆の声がさらに音量を増す。


「――その上で、我らが娘も同然の子を始末しようなどと言語道断ッ!! 愚王シノタイヌは、百度(ひゃくたび)地獄に叩き堕としたとて足らぬッ!!」


 オフィーリアが両手を口に当てた。魔女の瞳が潤み出す。


「……わたしの……ため……? ……魔女である……わたしの……?」


 ハリキラが静かに呟く。


「だが、()の将軍カルベカインだけはどうにもならん。キオ国はヒノモトで最も国力が低く、人口も少ない。それでも前王亡き後も隣国の侵略より耐えてこられたのは、あのカルベカイン将軍の威光と武功があったからだ。敵国の策をことごとく見破り、ひとたび戦とならば自ら先陣を切り、圧倒的な武力でもって血路を開く。やつは正真正銘の傑物よ。魔女などより、よほどのな」


 大和が喉を大きく動かした。


 魔女の魔法すら裂帛の気合いと卓越した力で跳ね返す、日緋色金の剣を持った将軍。

 他の兵のように短絡的思考はなく沈着冷静。兵長を殺した後に、彼の部下が何の迷いもなくカルベカインに従ったことから、人徳が備わっていることも想像できる。

 現状では、彼のいる軍に勝てる気がしない。それでも。


「頼む、力ぁ貸してくれや、アンちゃん。ケルク村を生産に適した村に変えてくれたのはアンちゃんだ。その手腕でもう一度ケルク村を変えちゃもらえねえかい。戦う村によぅ。おれたちゃ、アンちゃんにゃカルベカインに匹敵する何かがあると思ってんだよぅ」


 イタリセの末期(まつご)の言葉が、やけに頭にちらついた。


「何かってなんだよ。生産業と戦争が一緒なわけないだろ。……勝手なことばかり言いやがって」


 ケルク村の民はすでに動き出している。おそらくもう、自分やオフィーリアが身を引いたところで、この濁流のような流れは止められない。


 身を引く決意をしたのは、イタリセの言葉を実行するため。ケルク村を守るためだ。

 魔女がいるから、やつらはこの村を攻める。だが、自分たちが消えても村が国に挑むというのであれば、もはやそれはイタリセとの約束を反故にすることに他ならない。


 ケルク村を救い、オフィーリアの居場所を守ることが、イタリセとの約束だ。

 生涯最後の友……。そう呼んでくれた、あの老人のために……。

 長い黙考の末、颯真大和はため息混じりに呟いた。


「ごめんな、オフィーリア。紫織。やっぱおれ、だめみたいだ」

「いいえ。誇りに思います。……と言いますか、ふふ、こうなるかもと、思っていましたから」

「あたしは最初からずっと、大和くんに従うって言ってるじゃん。それに、あんな状態のウシュを置いていけないっしょ」


 大和は瞳を閉じて深呼吸をした。

 数秒後、瞳が強い決意を秘めて開かれる。


「トゥンク婆。他の集落の位置と年齢層別の人数、それと、キオ中央の兵数を教えてくれ。シノタイヌやカルベカインについても、できるだけ詳しく聞きたい。武功や政治だけじゃなくて、性格や行動についてもだ」


 自分ごときが、どこまでやれるかわからない。けれども、村を見捨てれば眠れなくなる。


「……やれるだけやってみるよ」


 その瞬間、弱気な言葉とは裏腹に、大和の心臓は熱い血液を勢いよく全身へとめぐらせた。

 無意識に、不敵な笑みが口もとに浮かぶ。

 かつて感じたことのないほどの強い高揚感が、颯真大和を支配する。


 直後、トゥンク婆とスキタラに笑顔が生じ、歓声に湧いた村人たちが一斉に、紫織に教わったハイタッチをした。




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