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第22話 なんなんだ、こいつはッ

前回までのあらすじ!


えらいこっちゃで。

 青年は沈痛な面持ちで日緋色金の長剣を鞘へと収めると、未だ胸部を押さえて地面でうずくまっていたウシュラへと、静かに頭を下げた。


「娘。イタリセ殿のことはすまなかった。無礼を働いた男は、私が処断した。今し方の振る舞いも詫びよう。…………だが、もっとよく考えろ。貴女がこの兵長を斬れば、ケルク村はキオの国軍によって皆殺しの憂き目に遭う」

「ウシュラは、そんな脅しに乗らない」


 言うや否や大和の全身を驚異的な跳躍力で跳び越えて、ウシュラが降下しながら青年へと二振りの短刀を振り下ろした。


 バカ野郎!


 大和は動きかけて、自分の手に武器がないことを思い出した。鉄棍は家屋の土間だ。

 青年は亜種の奇襲にも動じる様子はなく、片手で日緋色金の長剣を引き抜き、あっさりと二振りの短刀を受け止めた。


 ウシュラの表情に驚愕が満ちた。

 魔獣でもない、ただの人間に、渾身の力を込めた一撃を片手で受け止められたのだ。それは父であり師でもあったイタリセですら、容易なことではない。


「御免ッ」


 青年の日緋色金の長剣の腹で、ウシュラの頸部を打つ。


「があ……!」


 ウシュラが前のめりによろめき、両足を震わせながら膝をついた。

 口からよだれを流し、憎しみに血走った瞳を涙で曇らせ、青年に向けて呪詛の言葉を吐く。


「……ウシュラは……おまえたち……ゆるさない……、……ウシュラの……父…………傷つけた……許さな……い……ッ」


 覚束ない足取りで立ち上がろうとして再び膝をついたとき、彼女を見る青年の瞳が見開かれた。


「そうか。貴女がイタリセ殿の――」


 青年がウシュラへと無造作に近づく。

 大和が地面を蹴って、ウシュラと青年との間に滑り込んだ瞬間、オフィーリアの鋭い声がした。


「大和!」


 限界まで張り詰めた緊張感は、声に振り返るまでもなく、風切り音を耳へと届ける。回転しながら空を駆ける鉄棍の存在に。

 大和は片手でそれを受け止めると、鉄棍を取り回してその先を青年へと向けた。


 こんなバケモノに勝てるわけがない。そんなことは大和にもわかっている。トロルなど比較にならない、息をすることさえ忘れるほどの威圧感に、鉄棍の先が震えてぶれる。

 身体が重い。重圧に潰されそうだ。


「何者だ? イタリセ殿からの報告では、もはやケルク村の民に若い男はいないはずだが」


 だが、と颯真大和は考える。

 この青年は悪い人間には思えない。ウシュラと村を救うために彼女を打ちのめし、イタリセを斬った横暴な兵長も自らの手で処断した。

 話がしたい。だが、背後に立つ村人らの頭が沸騰しているうちは不可能だ。


「……こたえる気はないか」


 無視をしていたわけではないが、どうやら青年の気分を害してしまったようだ。冷たい水を浴びせかけられたかのような感覚に、深呼吸をさらに深めてゆく。

 酸素を全身の血液に取り込んで――。


 何の前触れもなく、日緋色金の長剣が真横に払われた。とっさに鉄棍を立てて、緋色の剣閃を防ぐ。まるでハンマーでも受け止めたかのような重い衝撃に両足が浮いて、大和の肉体は軽々と宙に浮いた。


「くあ……っ」


 それでも、十ヶ月にもわたるイタリセとの特訓の成果か、大和は両足で滑って大地に立つ。鉄棍を両手で回転させ、その先端を再び青年へと照準した。


「ほう。練度はなかなかのものだ」


 以前ほどは鉄棍の重量も感じない。肉体は引き締まり、重量の生み出す慣性に引きずられることもなくなった。


 緋色の剣閃が次々と大和を襲う。

 打ち合うたびに火花が散り、剣よりも分厚い形状であるはずの鉄棍に刃が食い込んでくる。鍛えた両腕への衝撃も、半端なものではない。


 重い……!


「く!」


 かろうじて捌いているだけで、反撃などする暇もない。勝ち目などないに等しい。


 戦場を移すために疾走する。

 斬撃を受け止めて吹っ飛ばされ、大地を掻いて滑り、鉄棍を回転させて斬撃を下方で受け流す動作に連動させ、上方を打ち下ろすも、胸当ての肩であっさりと弾かれる。


「次は上段だ。受けろよ、少年」

「え……」


 疑問に思う暇すらなく、日緋色金の長剣を両手で持ち直した青年が、刃を上段から振り下ろす。鉄棍の持ち手を中央から両端へとずらし、大和はとっさにその斬撃を受け止めた。

 まるで鐘を打ったかのような衝撃音が響き、派手に火花が散った。


「ぐぅぅ!?」


 筋肉が悲鳴を上げる。全身が軋む音が聞こえた気がした。

 日緋色金の刃は、鉄棍の中央部を半分まで斬り裂いた位置で止まっている。


 二人のいる位置は当初からかなり離れてしまっていて、兵団の揶揄や村民の大和を応援する声も遠くから響いていた。


「そのまま聞け。貴方がケルク村を変えた人物か?」


 こいつ……! おれと話すために、わざと戦いを……! 今なら、少し話せるか……?


 品定めをするかのような瞳で、青年が大和を見下ろす。


「そうだ」

「ならば話がしたい。そのまま聞け。私は――」


 青年が何かを言いかけた瞬間、オフィーリアの声が背後から響いた。


「大和っ、しゃがんでっ!」


 その直後、ライターのフリントホイールを回す音がして、大和はとっさに頭を下げた。小さく儚い火花が空間に散り、しかし火花は大気中の可燃物質を渡りながら、青年の眼前へと辿り着くと同時に、突如としてその容積を倍増させた。

 数十、数百倍に。


「な――っ!?」


 青年から驚愕の声が漏れた。

 (だいだい)色の閃光が轟音と熱風を炸裂させ、大和を背後へと吹っ飛ばし、その熱でもって青年の全身へと喰らいつき、呑み込む。


「ぐおおぉぉっ」


 空間を焦がし、炎は巨大な猛獣を象ってさらに禍々しくうねり、白銀の騎士へと牙を突き立てる。


 ライターの火を媒体として増幅させた、オフィーリアの魔法だ。

 それは、紫織が起こしたようなスプレーガスの引火どころの話ではない。大和の瞳に映ったものは、その数十倍規模。下手をすればヒノモトの家屋など一飲みにしてしまうほどの、獅子を象った火炎の獣だった。


「ぐがあああぁぁぁぁーーーーーっ!?」


 青年が苦悶に顔を歪めた。

 あまりの高熱に手で顔を覆い、声すら出せずに大和が下がる。しかし青年は逆に、獣に呑まれながらも裂帛の気合いで叫んだ。


「――はあぁぁぁぁ……阿ッ!!」


 ズドンと大地が震動し、全身を灼かれながらも一歩を踏み込んだ青年が、日緋色金の長剣で魔法の炎を斬った。

 剣の巻き起こす風圧で、炎の獣が真っ二つに割れる。


「そんなっ!」


 今度はオフィーリアの瞳が驚愕に見開かれる。

 自ら作った火炎の隙間を疾走し、青年が真正面からオフィーリアへと斬りかかった。


「……ッ!?」

「避けろ、オフィーリアッ!!」


 大和が、思わず彼女の真名を叫ぶ。

 片手にライターを持っていたため、杖を立てることに一瞬遅れたオフィーリアが、堅く瞳を閉じた。しかし緋色の剣閃は彼女の肉体を通過することなく、直前でピタリと止まっていた。


「……く! オフィーリアだと? 貴女は月夜の魔女オフィーリアか! な、なんということだ……ッ」


 オフィーリアが震えながら、力なくその場に腰を落とす。一歩たりとも動けなかった大和もまた、長い息を吐いて傷だらけの鉄棍に寄りかかった。


 やはり勝てない。

 魔法を斬ってしまうような化け物に、人間が勝てるわけがない。それどころか、魔女であることがばれてしまった。キオ国にも、慣れ親しんだケルク村のみんなにも。

 それでも自分だけは。颯真大和だけは魔女の味方だ。


「オフィーリアから離れろッ!」


 背後から飛びかかった大和の鉄棍を、青年が振り返りもせずに緋色の剣閃で振り払う。


「ぐ……っ」


 青年の度重なる斬撃に耐えきれず、鉄棍がくの字に折れ曲がった。両腕を伝う衝撃に顔を歪め、大和は背中から大地へと叩きつけられる。


「かは……っ」


 兵団はおろか村民まで、誰一人として口を開くものはいなかった。

 誰もが巨大な火炎を巻き起こしたオフィーリアを、異物を見るかのような目で遠巻きに眺めている。

 道端の雑草は、未だ炎の中にある。風はなく、焦げついた大地の臭いはいつまでも鼻についた。

 誰も、一言すらも発しない。時間が止まったような気さえした。




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