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第21話 なんで、どうしてこんなことになるんだッ

前回までのあらすじ!


かゆ、うま。

 秋、収穫の季節が訪れた。金色の稲穂が、優しい風に揺れている。


「今年はアンちゃんのおかげで雨期も乾期も簡単に乗り切ったなあ。稲も畑も豊作よ。これなら税を納めたって半分以上余らあな。ヒッヒッヒ。こんだけの成果だと、他の集落のやつらにも分けてやれるってなもんよぅ」


 額に手拭いを巻きつけ、スキタラがシワくちゃの顔にさらにシワを深めた。手には少し錆びついた鎌が握られている。これから収穫だ。


「みんなが頑張ったからだって。よし、おれも収穫手伝うよ、スキタラ」

「お……?」


 スキタラがふいに西方に視線を向けた。それを追った大和も気づく。村の西方向から、言い争うような声が聞こえてきていた。


「中央の兵か。シノタイヌ王の(いぬ)どもが、今年はやけに早ええじゃねえかよ」


 まだ収穫前だ。税の徴収だとは思えない。


「悪い、スキタラ。ちょっと行って様子を見てくるよ」

「あいよ。ああ、気をつけろよ、アンちゃん。この村ぁ、アンちゃんくらいの年齢の若えやつらは、みんな徴兵されちまったってことになってっからよぅ。あいつらにゃ見っかるんじゃねえぞぅ?」


 大和がスキタラに背を向けて走り出す。


「わかった。サンキュー、スキタラ」

「おお。……さんきうってなんだ?」


 水車小屋へと忍び足で歩み寄り、大和はわずかに開けた扉に身を滑り込ませた。埃っぽい木材を踏みつけながら窓の下まで行き、見つからぬようそっと覗き見る。


 村長のイタリセと数名の村民が、ヒノモトに来た日に見た騎士装備の一団と、向かい合って立っている。

 どうにも剣呑な雰囲気だ。

 騎士の数はおよそ二十といったところか。


「どういうことじゃ。それはシノタイヌ王の命か?」

「ふん、たかが集落の長ごときが不遜な口を利きおるわ」


 高圧的な態度で兜を脱いだ騎士が、背後に控える騎士へと己の兜を無造作に投げて渡した。


「本来であれば貴様のような下賤が、我が王の名を口にすることさえ万死に値するが、それは不問としてやる。だが、王の決定は覆らん。不作だった他の集落の税分を補うため、ケルク村からは収穫の七割を徴収する」


 イタリセの背後にいた中年の男性が、怒りにまかせて叫ぶ。


「ふざけるなっ! それではわしらは冬を越えることすらできねえ! 若い労働力を兵として奪い、若い娘を中央貴族どもの奉公として奪い、この上食料まで奪うというのか!」

「よせい、ハリキラ。抑えよ」


 イタリセは、背後から飛び出しかけたハリキラを片手で制して兵を睨む。


「黙れ下郎。キオ国は現在、カヒノ国と交戦状態にある。キオの国力が弱体化すればカヒノ国に国を奪われ、そうなれば貴様らとて無事には済まぬのだぞ」


 騎士が片手を振って続けた。


「さらに、貴様らには謀反の嫌疑がかけられている。他の集落に収穫を分配するそうだな? 結託を考えているのではないか? ああ?」

「……なんと愚かな」

「それにどうだ、この素晴らしい田畑の具合は。他の集落など比較にならん収穫量となろう。これもシノタイヌ国王の御威光あってのことであろう。それとも、貴様らは一年前に我らが追い払うた魔女の力でも手に入れたか?」


 兵らの長らしき騎士が嗤うと、背後に控える騎士たちが一斉に下卑た嗤い声を上げた。


 大和の喉が、緊張で大きく動く。

 イタリセは動じない。決して身体が大きいわけでもない老人は、いつものように静かな口調で胸を張り、朗々とした声で告げる。


「たしかに、ケルク村はシノタイヌ王の重税に喘ぐ他の集落に、穀物を分け与える約束をした。だがそれは、謂わばおぬしらの王の尻ぬぐいをしてやると言っておるのだ」

「なんだと……?」

「わからぬか? 戦乱が長引くほどに民は疲弊する。民が疲弊すれば、引いては国家の弱体に繋がる。戻り、ケルク村のイタリセがそう申したとシノタイヌ王に伝えよ。おぬしらの王に先見の明あらば、それで事足りよう。むろん正規の税は払う。それで話は終わりだ」


 うまい。兵長がイタリセの正論をここで持ち帰らなければ、兵長自身が王を先見の明なしと見ていることになる。


 イタリセが兵長にあっさりと背中を向けた。

 キオ国の兵たちの嗤い声はいつしか止み、彼らの中央に立つ騎士は顔を真っ赤にして歯ぎしりをしている。しかし次の瞬間、その口もとが、あくどく歪められた。


「……なるほど、ケルク村の謀反の噂は、たしかだったようだ」

「くだらん妄想だな。他の集落の状況を自らの目で見回ってくるがいい。飢餓に抗い、日々を過ごすのみ。戦どころではなかろうよ」


 とりつく島もなく、イタリセは歩き出す。騎士の顔が再び怒りに引き攣った。


 大和はようやく全身の力を抜いて、胸を撫で下ろした。

 徴税の量を告げに来ただけの兵たちには、これ以上イタリセやケルク村の民に手を出す理由はないだろう。


 イタリセの度胸や聡明さには驚かされる。

 しかしその直後、勝ち誇った声でハリキラが兵へと吐き捨てた。


「けっ、わかったらさっさと帰って愚王に伝えろ」


 その言葉を皮切りに、一気に場に緊張が走った。

 キオ国の兵長が、我が意を得たりとばかりに腰の鞘から長い直刀をすらりと引き抜く。


 ハリキラは、剣を抜くだけの理由を与えてしまったのだ。


「下郎。シノタイヌ王は、その言葉を最も忌み嫌う」


 言うや否や、狂気の笑みを浮かべた兵長が、空高く直剣を振り上げた。

 ハリキラの顔が恐怖に引き攣る。


「ひ……」


 直剣が一瞬の迷いもなく振り下ろされた瞬間、ハリキラは横から身体を入れたイタリセに押し除けられ――。


 大和は目を見開く。心臓が、妙な形でぐじゅりと脈動した。


 鮮血に染まった景色。胸から腹へと袈裟懸けに斬られたイタリセの両膝が、力なく地面に落ちた。そのままゆっくりと前のめりに、音もなく大地に沈み込む。

 自分の呼吸音がやけに耳障りだった。


「――あ、あああ、あああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 悲鳴にも似た女の叫びがこだました。

 窓から覗く景色が、ヒドく歪んでいる。その歪んだ景色の中を、金色の髪をなびかせ、両足どころか両手まで使って少女が駆けた。


 ウシュラ――!


 気がつけば大和は走り出していた。

 体当たりで水車小屋の扉を破壊して開け、叫び、手を伸ばす。その遙か先で、ウシュラは獣のような咆吼を上げながら、左右の腰から二振りの短刀を引き抜きながら疾走する。


「がああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 壊れる。ケルク村の暮らしが。ここで得た何もかもが。そう思った。


 いくらウシュラでも、あの数の兵に単身で挑むのは無謀だ。もしイタリセを斬った兵長だけをうまく殺して逃げ果せたとしても、ケルク村はもはや存続をゆるされない。


 ならばウシュラを止めるか?

 できるわけねえだろうがッ!!


 大和自身、あの兵長を殺したいほどに憎んだのだから。どちらに転んでもダメなのだ。ウシュラの刃が届いた時点で、すべてを失う。


 だが、追いつけない。

 人間を遙かに凌駕する力と速さを併せ持つ、亜種の少女には。


 ならば。ならばせめて、ウシュラとともに――!


 目にも止まらぬ疾走でキオ兵が反応するよりも速く、ウシュラの短刀が残酷に輝く。しかし短刀が兵長の首を掻き斬る寸前、キオ兵たちの背後から滑り込んだ白のマントが疾風を巻き起こし、片手で緋色の剣閃を描きながら、ウシュラの胸部をもう片方の手で押し止めた。


「かふ……っ」


 跳ね返されたウシュラの小さな身体が背中から落ち、それでも亜種ならではのタフさで後方に転がって膝を立てる。


 ウシュラが片手で突進を止められた――!


「ウシュラ!」


 大和は亜種の少女を背中に庇い、彼女をあっさりと跳ね返した青年を睨む。


 年の頃は二十代中盤。黒の短髪に穏やかな瞳。他の兵とは違い、フルプレートの騎士装備ではなく、マントと白銀の胸当てだ。そして、その手にあるのは緋色の剣――イタリセの太刀と同じく、日緋色金(ヒヒイロカネ)でできた長剣だ。


 ウシュラに斬撃の傷痕はない。では、緋色の剣閃は、いったい何に向けて放たれたものか。

 青年の背後で、兵長が糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちた。その首が骨に至るまで切断され、大地に落ちて転がる。


 く、首が……。


 ヒノモトがどういう世界かはわかっているつもりだった。

 戦乱の世、魔獣の存在、人の生命は日本よりも軽い。だが、目の前で他者の生命が散る瞬間が訪れることを、予想まではしていなかった。


 怖い。


 騒ぎを嗅ぎつけたのか、村人が集まりだした。

 血を流し倒れているイタリセ。胸部を押さえ、嘔吐しながら涙を流すウシュラ。彼女を庇うように立つ大和。日緋色金の長剣を持つ白銀の青年と、死んだキオ国の兵長。目の前で起きた事態に、戸惑うキオ国の兵団。


 周囲を血生臭く、異様な雰囲気が支配してゆく。


「イタリセ様!」


 悲鳴のような声をあげて、オフィーリアがイタリセに駆け寄った。

 それを皮切りにして、農耕用具を手に持つケルク村の民と兵団の睨み合いが殺気立ち、兵団が次々と剣を抜き始めた。


 まずい……! 止めないと……!


 オフィーリアに目配せをして、イタリセを家まで運ぶように伝える。正体を隠さなきゃいけない彼女を、あまりこの現場に近づかせたくはない。


「やめろ、みんな! イタリセは争いなんて望んでない! そんなことをしている暇があったら、フィリィと一緒にイタリセをすぐに運んでくれ! 頼むから!」

「剣を収めよ! 無闇矢鱈と民を傷つけるなと言ったはずだ!」


 大和が叫んだ直後、青年が兵団を制するように片手を挙げた。

 オフィーリアに付き添い、村人らの数名がトゥンク婆の指示でイタリセを運んでゆく。


「トゥンク婆も行って」

「ああ。イタリセを寝かせたらすぐに戻るゆえ、気をつけるんじゃよ、大和」


 それを見送ってから、震えそうになりながらも大和は日緋色金の長剣を持つ青年を睨み付けた。


 誰だ、こいつは。


 兵長を躊躇いもなく斬りはしたが、他の兵たちがそれを咎める様子はない。国軍側の人間であることだけは間違いないが、相当な位のはずだ。




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