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第18話 その日暮らしで一年弱、何か楽しくなってきたっ

前回までのあらすじ!


大阪人ェ……。

 暖かいというより、暑い初夏を思わせる日射しだった。


 ヒノモトは春を終えようとしていた。

 わら半紙に描いた図面に視線を落としながら、颯真大和は考える。


 結局のところ、他国に渡る方法は見つからなかった。それどころか、現在、大和や紫織たちのいるキオ領とオーザカ領との間にも無数の国家が点在し、勢力を競い合っていることまで判明した。


 イタリセがあの夜に教えてくれた内容は、オーザカ領には入れない、という部分が肝心だったのではない。正しくは、キオ領から出られない、のだ。


「おーい、アンちゃん。指示が止まってるぞ」

「ん、ああ。――石を重ね終わったら、セメントで隙間を埋めてくれ」

「あいよぅ」


 初老の男性、スキタラが軽快な足取りで現場まで走って戻り、他の村人たちに指示を下す。


「ほら、急げ急げ。雨期はもうすぐそこまで来てやがるぞ。きびきび動けぃ」

「やかましいわ、スキタラ。えらっそうにふんぞり返ってねえで身体を動かせ。わしらはオメェじゃのうて、大和のアンちゃんに従ってんだからな。勘違いすんなよ」


 スキタラと、彼よりも十は年上に見える老人が至近距離で睨み合う。


「ンなにを~? このヨボヨボ爺が! さっさと大地の養分に還れぃ!」

「ああ? 若い頃はトロル殺しと恐れられたこのわしがヨボヨボじゃとぉ? どうやら顔面を耕されたいらしいのぅ?」


 水路を堰き止め、深く掘り下げられた窪地に立って。


「頼むからケンカしないでくれよ! おれが村長に叱られんだからな!」


 大和が窪地に飛び降りて歩み寄ると、スキタラが意地の悪い笑みを浮かべた。


「冗談だよぅ、冗談。ほらよぅ、あっちでもアンちゃんの指示待ってるぜ?」

「ったくもう」


 大和がため息をついて苦笑いを浮かべた。

 彼らときたら、いつもこうだ。


 颯真大和は考える。

 もとの世界では将来使うかもわからない勉強をし、気のおけない友人らと連み、帰って紫織の食事を作るの繰り返しだった。それも楽しい暮らしだったけれども。


 額の汗を拭う。

 ヒノモトに降り立ってから、およそ十ヶ月が経過しようとしていた。


「お、アンちゃん。セメントとやらの作り方をもう一回教えてくれや」

「ああ、ええ。石灰石や貝殻を石窯で白くなるまで焼いてから水をかけるんです。発熱するから絶対に手で触れないようにしてください。粉になったら次は焼いた粘土と混ぜれば、水硬性のある物質、セメントになります」


 ダム造りの材料だ。ダムといっても溜め池程度の小型のものだが。

 もうすぐおとずれる梅雨――ヒノモトの言葉でいうところの雨期――の水量調整や、真夏の干ばつ対策にも多少は役立つことだろう。知れた量ではあっても、この村の人数分のいくらかくらいにはなるはずだ。


「ほぉ~れ見ろ、おれが言ったほうが正しかっただろーが」

「がははっ、すまんすまん。にしてもよ、アンちゃんは若えのになんでも知ってんなあ」


 作業に従事していた中高年の男たちが、感心したように胸の前で腕を組んでうなずいた。

 みんなぼろぼろの短衣に、藁で編んだ雪駄のようなものを履いていて、全身泥だらけだ。


「そうそう。おめえさんが来てくれてから、村がどんどん良い方向に変わってくのがわかるよ。なんか若えやつらが連れてかれてから沈みがちだった村も、紫織嬢ちゃんのおかげで明るくなったしな。……そのうち、この雰囲気に釣られて、国に兵として連れてかれた息子も戻ってくる気がするぜ」

「がははっ、そりゃ言い過ぎの褒めすぎってやつよぉ」

「はは……」


 大和は照れ笑いを誤魔化すために、後ろを向いた。


 しかし、配分の甘さはあるとはいえ、セメントは産業革命の代物だ。実際問題、この弥生時代のような小さな集落で個人が起こして良いものなのかどうか。

 何か良からぬことが起こらなければ良いのだが。


 漠然とした不安を持ちながらも、今さらであることに頭を振って指示を出す。


「ま、まあ、急ぎましょう。雨期はもうかなり近いはずです。すべてを固めるには時間も材料も足りないから、基礎となる骨組みができたら大量の土で覆ってください」


 威勢の良いいくつもの返事の後、一斉に足音が散ってゆく。

 颯真大和は着慣れてきた長衣(ながぎぬ)で腕組みをして、空を見上げて思う。

 この村は、とても居心地が良い、と。


「大和。取ってきた」


 端的な言葉使い。たとえこの村に若い娘が数百人いたとしても、彼女の声と口調はすぐにわかる。


「おかえり、ウシュラ」


 穏やかな風に金色の髪をふわふわと浮かせて、ウシュラが不機嫌そうな表情でコクっとうなずいた。もちろん、これが不機嫌というわけではないことを、大和はすでに知っている。

 彼女の臀部から生える銀色の尻尾は、今日も全力で左右に揺れているのだから。


「足りるか?」


 ウシュラが手押し車を傾けて、山ほど積んでいた石灰石を軽々と転がす。

 ウシュラの腕力は村の誰よりも強い。それは大和とて例外ではない。紫織とあまり変わらない体型でありながら、亜種である彼女は大男並の腕力を持っていた。


「ああ、もう十分だ。ごめんな、ウシュラ。女なのに重いものばかり運ばせてしまって」


 その言葉に、ウシュラの尻尾がさらに千切れんばかりにぶんぶんと振り回される。

 表情は不機嫌そうなのに、その様子がなんだかやたらと可愛らしい。ペットを飼った気分だ。


「亜種のウシュラを女扱いとは、変なやつだ。だが、おまえはこのケルク村に、多くのことをしてくれた。そんなこと気にするな。見ろ」


 ウシュラが田畑を指さす。


 建設中のダムだけではない。

 半年前とは違い、田畑には作物を覆うように鳥避けの網が張られており、獣や小型魔獣の侵入を防ぐと同時に、収穫効率を上げるために周囲を囲うように水路が敷かれていた。


 これらはすべて、大和の発案だ。農業のことはわからないが、それを手助けする町作りならば、と。

 最初の一ヶ月は、ウシュラと二人で始めた。けれども短い水路が完成し、せせらぎからイタリセの田畑に水を引き入れられるようになってからは、徐々に村人たちも手を貸してくれるようになった。三ヶ月が過ぎる頃には、村人総出の作業となっていた。


 むろん、水路も罠もトロルのような高位の大型魔獣や剣歯虎などには効果は期待できない。だが、それらの対策にも新たな罠を作り、組織だって安全に撃退したのも一度や二度の話ではない。


 世界転移からおよそ十ヶ月。

 颯真大和を取り巻く小さな世界は、徐々に変わりつつあった。


「大和くん! ご飯できたよー!」


 向こうからゴムまりのように飛び跳ねながら、楽しげに紫織が走ってきた。服装が未だにセーラー服なのは、彼女のこだわりと、謎のサービス精神らしい。


 紫織もまた、この村に来てから変わり始めていた。

 向こう見ずなのはあいかわらずだが、日本にいた頃とは違って料理をするようになった。小川での洗濯も自ら進んでするようになっていた。

 トランクスを握りしめて被ろうか迷っていたときは、さすがに後ろ頭を叩いたが。


「おう。作業状況を確認したらすぐ行くよ」


 少し離れたところでセメントを塗り込んでいたスキタラが、振り返って叫んだ。


「かまわねーよー、アンちゃん。どうせ作ったセメントが乾いちまうまで時間がねえし、後は急いで使い切るだけよぅ。今日はもうアンちゃんの指示は必要ねえから、先に上がってくれやー」

「ありがとう、スキタラ」

「可愛い可愛い紫織ちゃんが迎えにきたんじゃあ、しょうがねえって。ヒッヒッヒ」


 パタパタと手を振るお調子者のスキタラに苦笑いを返し、大和は窪地から地面へと登った。

 ウシュラと紫織が楽しげに話をしている。年齢が近いためか気が合うようで、彼女らは特に仲がいい。


「今夜はイタリセも招待したから、ウシュも来るっしょ? な~んと、試作品発表会!」

「新しい食い物か。ならばウシュラも行くしかあるまい」

「何言ってんの。新しくなくても、いつも来るじゃ~ん?」

「おまえのメシは、イタリセの作るゲロメシよりうまい」


 ゲロメシ……。


 むっつりした表情ではあるが尻尾を左右に振りながら、ウシュラが楽しげに話す紫織と並んで歩き出す。紫織は終始テンションが高いが、ウシュラは尻尾以外はいつもと変わらない。そのギャップが少しおかしい。


 すっかり馴染んだものだと思う。

 十ヶ月前までは、やれカラオケがしたいだの、やれコンビニが欲しいだのと、どっぷり現代日本に浸っていたのに、なかなかの適応力だ。


 紫織が瞳を細めて手をかざし、村の中央にある先史文明の遺跡を見上げた。


「あは、スカイツリーもこうなっちゃあオシマイだね。鉄の供給源にしかならないよ」

「そうだな」


 そう。トロルを斃した夜から数日、目を覚まして外に出た紫織が最初に言った言葉が、「あんれま、スカイツリーだ……」だった。


 先史文明の遺跡。どうりで見覚えがあるはずだと思った。

 あれは、東京スカイツリーの根もとだったものだ。


 高度六三四メートルのスカイツリーも、今や二十メートル程度しか残っていない。切り口はまるで高熱にでも灼かれたかのように溶解して折れ曲がり、その先の大部分は行方不明となっていた。

 トロルとの戦いの最中、オフィーリアが投げてくれた鉄棍は、この鉄骨から魔法で形態を変化させて創り出したものだったらしい。


「観光客であんだけ賑わってたのになあ。世界最大の電波塔も、今やただの物見櫓か」


 いったいどれほどの月日が経過すれば、このような状態になるというのか。それよりも、なぜ鉄骨は溶解しているのか。ここがタイムスリップした数百年、数千年後の未来だとするなら、なぜ自分たちの家だけが過去の形状を保っていたのか。


 ヒノモトという世界の謎は深まるばかりだった。




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