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第16話 爺ちゃん怖すぎワロタ……

前回までのあらすじ!


セクハラされたぞ。

 月の下で大和は疲れ切った身を起こし、ため息混じりに苦言を漏らす。


「おまえ、自分の頭が悪いなんて嘘をよく言えたもんだ。意地が悪いぞ、ウシュラ」


 こいつは言葉が足りないだけで、頭の中はそこいらを間抜け面で歩いている人間よりもよほど賢い。

 ウシュラが真顔で首を傾げた。


「そうか? アリガトウ。だが、そもそもウシュラは嫌われものの亜種。村を一歩出たら、魔女も亜種も変わらない。ウシュラがオフィーリアを嫌う理由はない」


 次に、ウシュラはオフィーリアに向き直って手を伸ばし、腰砕けのまま太ももの間に挟まっていた魔女の手を無理矢理つかんだ。


「よろしく、()()()()


 不機嫌そうな顔でぶっきらぼうに語るウシュラの尻尾があまりに勢いよく左右に揺れているものだから、大和は可笑しくて少しだけ笑った。

 突然、夜空に男の声が響いた。


「ウシュラァァーーーーーーーーーッ!」


 老人が一人、必死の形相で息せき切って駆けてきている。鞘ごと手に持った太刀は抜かれていない。

 村長のイタリセだ。

 やがてイタリセは三人の前で立ち止まると、頸部から血を流して死んでいるトロルに視線を向けて、口をぽかんと開けた。


「父イタリセ。もう終わった。大和とフィリィが、ウシュラを助けた。あなたではなく」


 ウシュラが立ち上がってイタリセに歩み寄り、彼の手の中の太刀を一瞥すると、すれ違い様に短く告げた。


「――父イタリセ、あなたは臆病者だ」


 そして立ち止まることなく、ウシュラはイタリセがやって来た方角へと歩いて行った。銀色の尾は、すでに振られてはいなかった。


 イタリセは苦々しい表情でそれを見送ってから大和へと向き直り、ばつの悪そうな顔で白髪に手を置いてため息をついた。


「また恥ずかしいところを見せてしまったな……」


 大和の視線はイタリセの太刀に向けられている。

 この老人は無謀にも、たった一人で飛び出して行ったウシュラを助けに来たのではないだろうか。


 それにしても。

 鞘の上からでも、反りのある日本刀に近いものと判別できる。それも、細やかに散りばめられた金の装飾が施されており、到底このような集落の人間が持つには似つかわしくない武器だ。

 それに、イタリセの身体は老いてはいても、薄い筋肉に覆われて均整の取れたものだとわかる。


「さて、旅の人」

「あ、ああ」


 無遠慮に見つめていたため、大和は一瞬言葉に詰まった。


「ウシュラを救い、トロルを退治してくれたことは感謝の一言に尽きる」

「いや、こちらも妹を休ませてもらったからお互い様で――」


 イタリセが片膝を曲げ、すぅっと太刀の柄へと右手を添えた。

 肌寒くなった夜気が一層冷え込んだように錯覚し、大和とオフィーリアは息を呑んだ。


 素人目にもわかる。抜刀術の構えだ。

 声を低く沈め、イタリセが瞳を半眼にする。


「だがゆえに問わせてもらう。――おぬしら、何者ぞ?」


 風が凪いだ。虫の声が遠のいてゆく。

 大和は剣術はもちろん、格闘技すら習ったことなどない。それでも理解する。


 動けば斬られる――。

 膝を立てて鉄棍を拾い、イタリセの太刀を防ぐか?

 間に合うものか。


 トロルとの戦いですら自覚できなかった冷たい汗が、額から頬へと伝った。

 この老人が、ヒドく恐ろしい。トロルなどよりも、よほど恐ろしい。


「亜種たるウシュラがいたとはいえ、トロルをたったの三者で屠るか。それとも、亜種を騙ったそこな女に、他に何かあるか?」


 イタリセの視線が大和からオフィーリアへと向けられた。それを遮るように、ゆっくりと、大和はにじり寄るようにオフィーリアの前まで移動する。

 急激に動けば、イタリセの太刀はそれに反応して放たれると思ったからだ。


 静かな夜に、己の呼吸がやけにうるさく響いている。

 イタリセはオフィーリアの正体を疑っている。騙し通すか、もしくはすべてを話し、許しを請うて村から出るか。


 オフィーリアは両方の手で大和の服をつかみ、不安そうにイタリセを見上げている。


 いや。二択じゃない。もう一つ方法がある。


 大和が引き攣りそうになりながらも、すべての表情を消した。脅えていることを悟られてはいけない気がした。


「イタリセさん。あんたの言いたいことはわかる。確かにおれたちは、あんたたちとは違う」

「聞こう」


 大和の表情が険しく変化する。


「その前に、紫織は無事か? 返答如何によっては無理を承知であんたとも戦う」

「心配はいらぬ。ただの疲労であろう。妹御の安全は保証する。……今のところはな」


 語る間ですら、イタリセは姿勢を崩さない。空気は冷たい炎で焦げついたままだ。

 大和は安心させるようにオフィーリアの黒髪を一撫でして、全身の力を抜いた。


「なら、いい。話すよ。おれたちは二日前に、ここではない世界から来た」

「ほう、海を渡ったとでも?」

「国じゃなくて、世界そのものが違うんだ。あんたに預けた妹の紫織も含めてだ。おれたちはここがどこかも知らないし、ヒノモトなんて名も聞いたことはなかった。トロルなんてバケモノに遭遇したのも初めてのことで、悔しいけど偶然勝てただけだ」


 荒唐無稽に聞こえるだろう。けれど、これを信じさせるにはどうすれば良いか。せめて四駆が近くにあれば良いのだが。


 イタリセは未だ姿勢を崩さない。


「わ、わたし――ン!」


 オフィーリアが何かを言おうとして、大和があわててその口に手を当てた。


「黙ってろ、フィリィ」


 一人で行くなどと、もう二度と言わせるつもりはない。

 オフィーリアが顔を振って大和の手を下ろさせ、叫んだ。


「わたし、大和たちが別の世界から来たという証拠を持っています!」


 飛び出した言葉が予想とは違って、大和は面食らう。その大和の目の前で、オフィーリアは洋服のポケットから安物のライターを取り出した。


「紫織からお借りしたものです。藁や板、火打ち石を利用することなく、カガクの力で炎が熾せます」


 一瞬、イタリセから発せられていた冷たい空気が濃度を増した。


「待てい! そこな女ではなく、大和殿に使ってもらう!」


 大和の喉が大きく動く。


 やはりオフィーリアが疑われている。彼女が魔女であるならば、オフィーリアに妙な行動はさせられないということだ。

 それに、もしも彼女が使おうとしていたものが科学ではなく魔法だとしたら、大和には使えないはずだというのもあるだろう。


 抜け目のない老人だ。


「わかったよ。おれがやる」


 大和はオフィーリアの手からライターを取ると、イタリセへと突き出して、親指でフリントホイールを回した。

 大和の指先で、小さな炎が灯る。


「おお……」

「これはヒノモトにはない技術のはずです!」


 オフィーリアが叫ぶ。

 オレンジ色の灯火を挟んで、大和とイタリセの視線が交差する。


「……そのようだ」


 イタリセがようやく構えを解き、深々と頭を下げた。


「すまなかった。娘の恩人に対し、このようなことをすべきではないとわかってはいたが、たった三者でトロルを斃したという力を恐れた。ゆるしてほしい」


 あまりに豹変ぶりに、大和とオフィーリアは顔を見合わせて呆けた。

 大和が肩をすくめて呟く。


「……勘弁してくれ。生きた心地がしなかった。こっちは、もしかしてイタリセさんがいればもっと簡単にトロルを斃すこともできたんじゃないのかって思わされたよ」


 イタリセが好好爺の表情で顔を上げた。


「ふは、すまんが、それは無理というもの。この太刀はこれ、この通り」


 イタリセが太刀の柄と鞘を持ち、強く引いた。

 しかし太刀はほんのわずかに金属音を響かせただけで、抜刀すらできない。


「あ……封印……」


 よく見れば、鍔のあたりに細い針金のようなものが幾重にも巻き付けられ、小さな錠前がぶら下がっていた。


「構えはそれを隠すためだったのか! ……人が悪いな、あんた。ウシュラの親だけある」


 騙された。

 そう気づいた瞬間、全身からどっと汗と疲れが流れ出た。


「ふふ、血は繋がっておらぬがな。そのようなことより、別の世界より参ったという話だが」

「あ、ああ。おれたちは、もといた世界に帰りたいんだけど……どこへ行けばいいのかも、どうしたらいいのかもわからないんだ。だから、手がかりを探して旅をしていたんだ」

「船では帰れぬのか?」

「ああ、海を渡ろうが、空を飛ぼうが帰れるとは思えない。信じられないかもしれないけど、本当にここではない別の世界なんだ」


 イタリセが真っ白なあごひげを一撫でして、その場に胡座を掻いた。その視線が大和やオフィーリアの洋服に向けられる。


「ふむ。見れば見るほどに奇妙奇天烈な出で立ちよの。確かにそのような服装はヒノモトにはなさそうだ」

「おれから見れば、イタリセさんたちの方が変わった格好してるよ」

「おぬしら、二日前にヒノモトへ至ったと言うたな。ならば、ヒノモトの遙か西に棲む太陽の魔女の仕業やもしれん」


 太陽の魔女……魔女?

 大和の視線を受けて、オフィーリアがぶんぶんと勢いよく顔を横に振った。




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