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第15話 ニオイを嗅ぐよ、スンスンスン……

前回までのあらすじ!


野生児が加勢に来たぞ!

 空中で鉄棍を両手に持ち替え、勢いを止めきれずに地面を滑る。


「刃にする時間はありませんが、ないよりマシです」


 囁くような声に視線を跳ね上げると、視界の中を紫織の洋服を着た魔女が風のように通り過ぎた。そのままの勢いでオフィーリアは杖から細剣を引き抜いて、トロルへと突き出す。


「やあっ!」


 仕込み杖だったのか!


 魔法は触媒がなければ発動しない。先日、ただの木の杖が付与魔法で鋼鉄の硬度を持てたのは、その触媒となる刃が内に収められていたからだ。

 そして、キオ国兵を相手に仕込みの刃を使わずに杖そのものを硬質化させた理由は、おそらく刃を使えば兵の生命を奪ってしまいかねないからだろう。


 オフィーリアの刺突をトロルが岩石の棍棒で防いだ直後、ウシュラが野性的な叫びとともにトロルの脹ら脛を浅く斬り裂いた。


 ――ギィィッ!!


 怒り狂ったトロルがデタラメに棍棒を振り回した瞬間には、二人はすでにその場から離脱している。

 手の中の鉄棍を数度回し、大和は力強く顔を上げた。


「これなら――っ!」


 決定打を与えることができずに、トロルの攻撃を躱しては自らの獲物を突き立てるを繰り返していた二人の女性の合間を縫って、大和が走りながら叫ぶ。


「足を潰してやつの注意を惹く! 援護を頼む!」


 近づくトロルの巨体。

 オフィーリアとウシュラが一瞬目を見合わせた直後、魔女は夜空高くに跳躍し、半魔獣の少女は地を這うように大和を追って駆けた。


 大和は汗の玉を飛ばしながら、トロルが薙ぎ払った棍棒を屈んで躱し、下半身から両腕までの筋肉を使って全身をひねりながら、渾身の力で鉄棍をバケモノの膝へと振るった。


「ンらああッ!!」


 鉄棍が肉にめり込む。細胞組織の拉げる気味の悪い手応え。

 鉄棍はバケモノの分厚い筋肉などものともせずに血管ごと圧し潰し、いともあっさりとその奥に守られていた骨へと食い込んだ。


 ――……ィィ……ッ!!


 トロルの巨体が、声にならない悲鳴とともに傾いだ。それでも棍棒を大和へと叩きつけようと上げた右腕に、空を駆けた魔女が細剣を突き立てる。


「やっ!」

 ――ギイィッ!


 トロルの右腕から落下する棍棒を避け損なったオフィーリアの顔から、粉々に砕けたサングラスが地面に落ちた。


()……っ」


 しかしオフィーリアは短いスカートを翻し、両足で静かに大地へと舞い降りる。

 片足と利き腕の力を失い、バランスを崩したトロルが地面に片膝を落とした瞬間、大和の鉄棍がその顔面をしたたかに打ちつけた。


 血霧のように鼻血が飛散する。

 巨体、怯む。


「今だ! 行けぇ!」


 大和とオフィーリアの隙間をすり抜けたウシュラが、すかさず巨大な背中を駆け上がって、自らの胴回りほどもあるトロルの延髄へと短刀の刃を滑らせた。


「があっ!」


 流れる風の中で草花の囀りと、三者の荒い呼吸だけが耳に響く。

 パッと血液が散った瞬間には、ウシュラはすでに野性的な動きで距離を取っていた。ウシュラだけではない。大和とオフィーリアもわずかに距離を取り、互いをかばい合うように自らの獲物を手にトロルの様子を油断なくうかがっている。


 バケモノの巨体が大きく前後に揺らぎ、ついには前のめりに倒れ伏した。

 最後のあがきに岩石の棍棒に手を伸ばすも、その手がそれをつかむことはなかった。


 ――……ゥ……ゥウ……ッ……。


 やがてトロルはわずかな呻きを残し、絶命した。


「斃し……た……? か、勝ったのか……?」

「そのようですね。……正直、かなり危なかったですけど」


 大和は全身の力を抜いてその場に腰を落とし、オフィーリアは両足を折ってぺたりとしゃがみ込んだ。

 勝てたという歓喜の感情よりも、生き延びられたことの安堵のほうが大きい。甘く見ていた。まさかこの地には、こんなサイズの化け物までいるだなどと。


 そんな中、ウシュラだけが二振りの刃を振って付着したトロルの血液を飛ばし、腰に装着した革製の鞘へと静かに収める。

 やはり不機嫌そうな表情で大和とオフィーリアの前まで歩き、そこでサンダルを止め、両膝を折ってしゃがんだ。


 大和の鼻先と、ウシュラの鼻先が近づく。

 スン、スン、と匂いを嗅いで、ウシュラがふぅとため息をついた。

 あまりの不機嫌な表情に、大和は困惑する。


「な、なんだよ? 文句あんのか? か、勝てたんだから別にいいだろっ」


 ウシュラが片手を持ち上げ、叩かれると思った大和が身を縮めた直後。


「ウシュラ」


 ウシュラは自らを指さして呟いていた。


「あ、え?」

「ウ、シュ、ラ!」


 大和がオフィーリアに助けを求めるように視線をやると、オフィーリアが事も無げに呟く。


「たぶん、あなたの名前を教えてもらいたいのではないでしょうか」

「あ、ああ、そか。――大和。颯真大和だ。助かったよ、ウシュラ」


 ウシュラが素直に、けれどもやはり不機嫌そうな顔でうなずく。

 ふと気づく。ウシュラの腰部から地面へ垂れている銀色の尻尾が、勢いよく左右に揺れている。まるで犬が飼い主に対してそうするように。


 大和の顔がわずかに引き攣った。


 もしかして機嫌は良いのだろうか。この不機嫌な顔と、このぶっきらぼうな口調で。


「ウシュラも助かった。大和と同じだ」

「お、おう」


 勝手に抱いていたイメージとはまるで違う性格に、大和は苦笑する。

 ウシュラは次にオフィーリアへと向けて、また自分を指さした。


「ウシュラ」

「はい。わたしはオフィ……あぅ……フィリィです」


 オフィーリアが偽名を名乗ると、ウシュラがオフィーリアを指さして言った。


「オフィ? フィリィ、魔女のオフィーリアか?」


 オフィーリアと大和が硬直する。


 ばれてしまった。

 よくよく思い出せば、先ほどの戦いの中で名前を叫んでしまっていた。おまけに瞳を隠していたサングラスは失われ、シュシュも千切れて解けてしまっている。


 オフィーリアが泣きそうな顔をあわてて伏せた。


「あ~~……」


 大和が額に手をあてて、その場で大の字となった。

 空気は血生臭いが、月は嫌味なくらい綺麗に輝いていた。雲一つない夜空が、なぜか恨めしい。

 せっかく見つけた人里だが、魔女狩りが始まる前に立ち去ったほうが良さそうだ。せめて紫織の体力が回復するまでは、ここに留まりたかったのだけれど。


「……ごめんなさい……大和……。……やっぱり、わたし一人で……」


 蚊の鳴くような声で呟いたオフィーリアの太ももを、大和が軽く手で叩いた。


「ひゃん!」

「謝るなよ。名前を叫んじまったのは、おれだ。それに、おまえは魔女だけど、ここの人たちを助けたんだ。不幸じゃなく、幸福をもたらした。もっと胸を張っていいはずだろ」

「あ……」


 オフィーリアがぽかんと口を開けた。


「人里なら、また探せばいい。紫織はかなりのアホだが、たぶんわかってくれる。それに、おれたちはトロル退治を手伝ったんだ。たぶん薬くらいは分けてもらえるさ」


 紫織の現状を思えば、後悔がないとは言えない。だが、やはりこれは自分のミスだ。

 ウシュラが首を傾げた。


「どうした? 大和、オフィーリア? 困ってるのか?」

「どうしたもこうしたも……。て、そういやウシュラはオフィーリアが魔女と知っても何も言わないのか?」


 ウシュラが胸を張ってこたえた。


「ウシュラは自分の見たものを信じる。トロルはこのケルク村から作物を何度も奪った。立ち向かった男は、いっぱい殺された。作物採れなくてキオ国に税が納められなくなった。だから若い男女、みんなシノタイヌ王に連れて行かれた」


 ウシュラが鼻息を荒くして、口をねじ曲げる。


「ウシュラは嫌われものの亜種だから連れて行かれなかった。でも、一緒にトロルに立ち向かう男たち、みんないなくなった」


 ウシュラがふわふわの金髪を掻き上げて、事も無げに呟く。


「父イタリセは言った。若者がいなくなっても、村全体でかかればトロルは殺せる。だが、先陣を切る十人は確実に死ぬと。実際この村は年寄りと幼子ばかりだ。おまえたちがいなかったら、ウシュラは一人でトロルと戦うしかなかった」


 今さらながらに、そのような化け物のことを調べもせず、無謀にも一人でどうにかなるなどと勘違いをしていた自分に戦慄する。

 亜種の少女と魔女、もしくはどちらかがいなかったらと考えると、ろくな結果にならなかったのは間違いない。今頃は挽肉、よくてつきたての餅よろしくペタンコだ。


「でも、オフィーリアと大和はウシュラを助けた。それがすべて。ウシュラはおまえたちが好きだ。オフィーリアが魔女ではないと言うなら、ウシュラもそれでいい。オフィーリアが村に悪事を働いたら、ウシュラはオフィーリアを殺す。それだけだ。伝わるか?」


 ウシュラが少し首を傾げて、オフィーリアの鼻先に自分の鼻先を近づけて、先ほど大和に対してしたようにスンスンと鼻を動かした。


「でも、そうはならないと思う。オフィーリアは大和よりもおいしそうな匂いする。夜のお月様の匂いだ」


 おそらくはウシュラなりの冗談だったのだろう。

 だが、真顔でこれを言われたオフィーリアがこのときに見せた表情は、何とも味があっておもしろいと、大和は思った。




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