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第14話 すみません、とても敵いませんコレ……

前回までのあらすじ!


トロルってあれだろ?

アニメ映画にもなってるあのでっかくて太った可愛いやつだろ?

 先行する大和は、闇夜とそれの大きさに遠近感を失っていた。

 足音を殺して柵の角に背中を当て、肩越しにそっと覗く。その瞳が大きく見開かれた。


 でっけえ……! 想像していたものの倍はある……!


 あり得ない。とてもではないが、地上の生物とは思えない。

 それは、動物園でいつか見たような熊などという中途半端な大きさの生物ではなかった。人型ではあるものの、正真正銘のバケモノだ。ゆうに成人男性二人分以上の身長はある。

 下顎から上方へと向かう牙は鋭く、目は血の色を映し出したような鮮血色だ。手足は丸太のようで、濃い緑色をしている。呼吸のたびに筋肉が盛り上がり、体熱がここまで伝わってくるようだ。


 ……怖っ!


 そして気づいた。

 神話やゲームの中に度々登場する怪物、ゴブリンはヒノモトに実在した。ならば、トロルとはトロールなのではないか、と。


「……やっぱやめとこうかな……」


 体長四メートルにも届こうかという筋骨隆々の体躯に、村人の手により急造された柵は悲鳴を上げてあっさりと砕けた。


「うわっ!」


 当然のように大和が身を隠していた柵も、折れて内側へと倒れ込む。声に反応したトロルがギョロっと眼球を動かして、巨大な木槌を持つ大和の方を向いた。


 ――ギガアアァァァァッ!!

「え、ちょ――」


 耳をつんざき空間を震わせる咆吼に、一瞬にして全身が恐怖で粟立った。

 トロルは地団駄のように足を踏み鳴らした後、大地を揺らしながらこちらへと走り出す。


「お、おおおおおおおおっ!?」


 後悔先に立たず。そんな言葉を思い浮かべながら、迫り来る巨躯のショルダータックルを、紙一重で転がって躱す。

 吹き抜けた暴風にさらわれるように、大和が背後に転がる。


 速い。とてもではないが、逃げ切れそうにもない。

 このままじゃ、殺される……。

 ならば、もう。


「ぐ、く、や、やってやる……ッ」


 窮鼠猫を噛む。

 颯真大和は全身で大木槌を持ち上げ、自らトロルへと突進する。

 木槌が重すぎて速度が乗らない。それでも強引に身をひねり、トロルの膝を目掛けて木槌をぶん回した。


「うがあっ!!」


 鈍い音と凄まじい衝撃――!


 それを意識した直後、何が起こったのかもわからぬままに、大和の全身は宙を舞っていた。

 視線の先には暗い空がある。手の中の大木槌はあっさりと爆砕され、細い柄だけを握りしめながら空中で考える。


 あ……、死んだな、これ……。


 はち切れんばかりの筋肉で覆われたトロルの右腕には、金属バットを二十本は束ねたような、大木槌よりもさらに巨大な岩石でできた棍棒が握られていたのだ。

 木槌での一撃をトロルに棍棒で薙ぎ払われた結果、吹っ飛ばされたのだと気づく前に地面が迫る。

 運良く両手両足から落ち、さらに背中から転がってバウンドし、大地を掻いて水路の寸前でかろうじて止まった。


 息が詰まり、激痛に涙が滲む。


「く……ぁ……」


 今、十五メートルほど吹っ飛ばされた。当然のことながら、これまでの人生でここまで吹っ飛んだことなど一度もない。即死しなかったことが奇跡だ。


「……お……大型ダンプかよ……っ」


 だが、颯真大和は生きている。


「大和、逃げてくださいっ!」


 ぐわんぐわんと鳴り響く頭の中で、オフィーリアの叫びが聞こえた。彼女のいる位置も、置かれた状況も、これが幻聴なのかもわからない。

 膝から力が抜けて、その場に崩れ落ちる。


 ――ガアアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!


 咆吼を上げ、地響きのような足音が迫ってくるのがわかっているのに身体は動かない。

 しかし地面に耳がついていたためか、トロルの足音よりも軽やかに、疾風のように駆けてくる小さな足音には気がついていた。


 それは月光のような輝きを持つ金色の髪を風に流し、両の手に一刀ずつ銀色の刃を持って、獰猛な声を上げながら大和へと駆けるトロルの足もとへとサンダルで滑り込んだ。


「があっ!」


 野性的な気合いの声とともに一閃。二閃。

 銀色の閃光が滑らかな軌跡を描いて夜に輝く。遅れて、トロルの足首から鮮血が散った。


 ――ギィィーッ!?


 大和はその光景に目を疑う。先ほど目にしたイタリセの娘、亜種のウシュラだ。

 ウシュラはトロルの足もとから抜けると同時に短衣を翻して身体を回転させ、大地に両膝をついたトロルの首を目掛け、野生の獣の如く飛びかかる。


「――ッ!」


 しかしトロルの薙ぎ払いを肩口に掠めて錐揉み状態で吹っ飛び、二振りの短刀と両足で大地を掻いて着地した。


「フゥゥーーッ!」


 威嚇する狼のように歯を剥いて、ウシュラが体勢を立て直す。だが、トロルはまるで何事もなかったかのように膝を上げて立ち上がった。


 体躯の差はおよそ三倍弱。

 それでも微塵も臆することなく、柔らかな金髪をなびかせて再びウシュラが駆ける。


「があっ!」


 振り抜かれた岩石の棍棒を跳躍で躱し、ウシュラは巨木のような腕へと短刀を突き立てた。トロルが彼女を片手で払うよりも一瞬早く、空中で回転しながら音もなく距離を取る。

 ほんの一瞬交叉しただけの攻防に、閉ざされかけていた大和の目が見開かれた。


 す……げえ……。……なんだ……あれ……。猫かよ……。


「おまえ、逃げろ」


 不機嫌そうな声。

 大和には、彼女が誰に向けて言葉を発したのかがわからなかった。大和は周囲を見回して、それが己に対して浴びせかけられた言葉だと気づいた瞬間、頭が沸騰した。


 おまえは邪魔だ。戦力外だ。そう告げられたのだ。


 大和が地面に手を突っ張り、勢いよく膝を立てる。


「ふざけんな、まだやれる!」


 ウシュラがほんの一瞬だけキョトンとした表情をして、小さく、苦々しく呟いた。


「……違う。間違った……」


 大和は手に持っていた折れた大木槌の柄を乱暴に叩きつけ、武器になるものを探して視線を散らす。

 壊れた柵、砕けた木槌の破片、あの巨体に効きそうな硬度を持つ物質は石くらいのものだが、当然そんなものは使えない。


 突如、大和を呑み込むように巨大な影が落ちた。トロルが月光を遮り、巨体で空を舞う。

 無意識のうちに足が動いたのは、二度目の奇跡だった。


 地面を蹴って飛び込み前転をした瞬間、トロルの大木のような太さの両足が大地を穿った。周囲一帯が震動し、押し固められたはずの道が巨体を中心にして爆ぜ、一気にめくれ上がる。


「ぬあ……っ」


 土煙に目を覆った大和へと、岩石でできた棍棒が薙ぎ払われる。

 しかし、いつの間にか大和の足もとへと滑り込んでいたウシュラが、一瞬早く大和の身体へと体当たりをした。もんどり打って倒れた二人の上空を、恐ろしい暴風とともに岩石の棍棒が通過する。


 全身の毛穴が一斉に開き、汗が噴出した。

 大和とウシュラは同時に立ち上がり、トロルから距離を取る。ウシュラは軽い身のこなしで、大和はばたばたと走って。


「おまえ、逃げろ」


 肩で息をする大和に対し、ウシュラが先ほどと同じ言葉を発した。彼女の顔は、あいもかわらず不機嫌そうだ。

 反論をしようにも、たった今助けられたばかりだ。それに、武器すらない状態でここにいたって間違いなく足を引っ張ることしかできない。


 それでも、女を置いて逃げることが正しいのか?

 親父は言った。誰にも背中を向けるな、と。


「……これ、違う……」


 ウシュラが再び渋い表情で呟いた。


「おまえ、村のため戦った。アリガトウ。ウシュラは嬉しい。だから、もういい。逃げろ」


 その言葉に、大和はウシュラへと視線を向けた。

 ウシュラは不機嫌そうではあるが、邪気があるようにも見えない。


「すまない。ウシュラは魔獣に育てられた。頭が良くない。うまく言えない。伝わるか?」


 だからこそ余計に大和は歯がみし、うつむく。己の力の無さが恨めしいと同時に、先ほどの彼女の言葉に対して抱いた感情を恥じた。


 ウシュラは強い。トロルよりも素早く、鋭く。

 けれど、彼女の牙では小さな傷を入れるばかりで、トロルの生命を絶つどころか動きを止めることすらかなわない。ウシュラが斬り裂いたトロルの踵も腕も、流血こそしているけれど問題なく動き続けている。


 ウシュラは勝てない。

 だからこそ逃げたくない。こいつを気に入った。助けたい。だけど無力な自分に、この状況でいったい何ができるというのか。己はRPGの勇者でもなければ戦士でもない。

 せめて武器があれば……。


 トロルが岩石の棍棒を振り上げて、咆吼を上げながら迫る。


 ――ギガアアアアァァァーーーーーーーーーーーーッ!!


 二人同時にトロルの突進を躱し、大和が顔を上げた直後。


「大和!」


 オフィーリアの声が響いた。反射的にそちらに視線を向けると、長い、二メートル以上はあろうかという棍が、夜空で回転しながら迫っていた。


「オフィーリア!」


 とっさに手を伸ばし、跳躍してそれをつかむ。


「――ッ!」


 重い。ずしりとした重量感。つかんだ大和の肉体全部が回転に引きずられてしまうほどに。




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