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第12話 旅は道連れ世は情けってなもんで?

前回までのあらすじ!


もはや落ち武者状態!

 あの夜、オフィーリアの沐浴を偶然見てしまった夜。彼女の腰部には確かに大きな傷痕があった。腹部にまで達しているとは、さすがに思っていなかったけれど。


「魔女は人々にとって魔獣となんら変わらない存在なのです。物心ついた頃からヒノモトを旅していたと言いましたが、あれは……ごめんなさい、おそらく嘘です」

「おそらくって、自分の言葉だろ。そんなことはどうだって良いんだ」


 魔女がうなずき、すぐに首を左右に振った。


「わからないの。十五年もの間、旅をしていたのは事実。けれどわたしは……わたしの姿は、その頃から変わっていないのです。身体や手足はもちろん、髪の長さも」

「ああ?」


 頭が混乱する。

 目の前の少女が何を言っているのかわからない。十五年前から同じ姿なら、彼女の年齢は単純に見た目の倍近くあるということになる。


「そして、その頃すでにオフィーリアという名の魔女は、ヒノモト全土から生死問わずで手配されていました。けれど記憶のないわたしは過去に自分が何をしたのかを知らない。手配されていたことすらわからない。それどころか手配が何かさえわからないくらい、知識は退行していました」


 オフィーリアの胸が膨らみ、長い呼吸とともに萎んだ。すぅっと持ち上げられた瞳は強い決意を映し出し、大和を押し黙らせる。


「ここより遙か西方の、とある集落に保護されたわたしは、手厚く迎え入れられました。みんな見も知らぬわたしなどに親切に接してくださいました。だからわたしは持てる力と知識のすべて――魔法をも使って彼らに恩返しをするため、しばらくその地に留まることにしました。元々、自分がどうして旅をしていたのかすら知りませんでしたから、目的のない旅よりは、と」


 オフィーリアの喉が大きく動く。


「そんなある日、集落にその国の軍が訪れました。迷い込んだ魔女を殺しに来たのです。目の前で剣を抜かれ、恐怖したわたしは逃げ出しました。けれど集落の外まで逃げたわたしの背中を杭で刺し貫いたのは国の兵ではなく、わたしを保護し、よくしてくれた集落の村人たちでした」


 大和が息を呑む。


「……最初から……魔女だと知ったときから、売り渡すつもりだったってことか……」

「ええ。ですがまだ、この話には続きがあります。背中から杭を打たれたわたしは、それでも川に身を投じて逃げ(おお)せることができたのですが、数日後、その集落は魔女の逃走を幇助したという名目で、国軍に皆殺しにされてしまいました。老人や女性、子供、赤ん坊まで」

「――っ」


 オフィーリアの瞳が潤む。


「わたしは焦土と化した集落跡に高く積まれた骸の前で、悔いました。――このヒノモトで魔女と呼ばれる存在と関わることがどういうことか、わかりますか?」


 ぽろぽろと涙が零れ、オフィーリアの顔が歪んだ。

 右手で目元を隠すように嗚咽を漏らし、声は細く、弱くなってゆく。


「教えて……大和……。……わたしは……どうすれば良かったの……?」


 不幸を運ぶ魔女。

 彼女がどうして自身をそう称したのか、なぜ自己犠牲を払ってまで他人を救おうとするのか、ようやくわかった。

 オフィーリアはここに至るまで、綱渡りのような精神状態で旅を続けてきたのだ。


 だけど、ああ。だけど、違う。そうじゃない。そう思うのに言葉が浮かんでこない。


 大和は両手の拳を握りしめて歯がみする。


「記憶を失う十五年よりも以前から、ずっとこのようなことを繰り返してきたのであれば、誰かに殺されるのは仕方がありません。どこかで野垂れ死ぬのもやむを得ないでしょう」


 魔女の瞳が、すがるように変化してゆく。


「けれど、もしもわたしに原罪があるのであれば、わたしはそれが知りたい。だから旅を続けるのです。誰とも関わらないよう、この薄汚れた生命をみっともなく長らえてでも」


 やがてオフィーリアは子供のように袖で涙を拭い、いつものように微笑みを浮かべた。


「だから、大和や紫織がわたしを助けてくださったときには驚きましたし、一緒にいても良いと言ってくださったときには、あなたたちのためならなんでもしようと思いました」


 漏れる嗚咽が大きくなっても、オフィーリアは微笑む。


「だって、わたしを魔女と知ってそんな言葉をかけてくださったのは、……あなたたちが……、……あなたが初めての人だったから……っ」


 瞳を手で隠し、オフィーリアが弱々しく囁く。


「だから……だからこそ、……ここまでなのです……。……わたしはお二人が好きです……。……だからわたしを、ここから去らせてください……」


 大和には彼女の問いに対するこたえがわからない。けれど、一つだけ確かなことがある。

 唾液を飲み下し、大きな大きなため息をつく。


「親父がいるんだ。ろくでもないやつさ。酒飲んでべろっべろになって警察に連れられて帰ってくるし、息子の飯にまで勝手に手を伸ばすし、わざわざおれの顔の前まで尻を持ってきて屁をこく。仕事をさぼっちゃ魚釣りだのなんだのと、まあとにかくガキみたいなやつだ」

「……?」

「けど、不思議とあいつの周りにゃ人が溢れてた。男も、女も、老いも若きもだ。一度、なんでって尋ねたことがある。そしたら親父は言ったんだ。泣いてるやつに、苦しんでるやつに、悩んでるやつに、背中を向けなかったからだって。追い払われても、叩かれても、正面から向き合ったからだって」


 突然、大和が右手でオフィーリアの手首を強くつかんだ。強引に彼女を引き寄せ、驚いた表情をしている魔女へと、険しく変化させた顔を近づけて睨む。


「おれと行こう、オフィーリア。もしもこの先で何かがあったとしても、おまえが自分の原罪を見つけるまで、おれがおまえを守ってやる。一人になる必要なんて、もうない」


 オフィーリアの表情が、さらに驚愕の度合いを増した。阿呆のように口を開け、涙の浮いた目を丸くして、顔を真っ赤に染める。


「そ……んなことを……言われては……」


 大和がオフィーリアの手を放して頭を掻き毟る。

 もういくらも時間がない。方法を考えなければならない。紫織は依然として良くない状況だし、日が暮れれば魔獣たちも動き出す。

 ふと、思いついた。


「オフィーリア、ヒノモトに写真って技術はあるのか?」

「シャ、シン……? わたしは知りませんが……」


 オフィーリアは自動車を見て驚いていたし、テレビというメディアについても知らなかった。それはつまり、国だか政府だかが魔女を指名手配したとしても、似顔絵くらいしか伝える方法がないということではないか。


 その証拠に、オフィーリアは言った。

 魔女狩りで冤罪が発生するからこそ、本物の魔女は嫌われる、と。

 冤罪が発生するということは、すなわち兵にすら完全には魔女の顔は知れ渡っていないということだ。ならば彼らの前で魔法を使わなければ問題はないはずだ。


「オフィーリアの顔を知っている人はヒノモトに多いのか?」


 真っ赤な顔で涙を拭いて、オフィーリアが首を左右に振った。


「……いえ、以前にわたしが立ち寄ったことのある集落か、国を統治する王族とその側近でもなければ。西方の国家では先ほどの件で知れ渡ってしまいましたが、この東の地では少ないと思います。ですが――」

「なら、なにも馬鹿正直に名乗る必要ないな。これでもかけてろ」


 四駆のダッシュボードから失敬してきた父のサングラスを、オフィーリアへと手渡す。オフィーリアはそれを受け取って、首をひねった。


「あ、そうか。ええっと、こう。耳にかけるんだ。いいか、人前では取るなよ?」

「は、はあ……。……はい」


 オフィーリアの背中に回り込み、長い彼女の黒髪をつかみ、紫織のリュックサックにあったシュシュで一つに束ねた。


「わ、え? え?」


 正面に回り込んだ大和が、満足そうにうなずいた。

 服装が魔女の黒衣ではなく紫織の洋服なものだから、どこからどう見ても大都会を闊歩する女の子だ。少々美人すぎるが、東京を歩くわけではないのだから問題はないだろう。


「まあ、こんなもんか。ちょっとずれてるけど、気になるなら後で自分で直してくれ。名前は……そうだな……オフィ子」

「嫌です」

「じゃあ、おまえは今日からフィリィだ。幸い今は黒衣も着ていないし問題ない。そうと決まれば行くぞ」


 話は終わりだとばかりに、大和が紫織を背負い直した。


「フィ、フィリィって……あの……」

「これも嫌なのか?」

「いえ、素敵な名前だとは思うのですが――って、ちょっと待ってくだ……万が一魔女の仲間だってばれたら、大和や紫織だって……ああん、もう……っ」


 先に立って歩き出した大和の後を、再びリュックサックを持ち上げたオフィーリアが小走りになって追いかける。


「魔法さえ使わなきゃバレないって。いいか、何があっても絶対に使うなよ」

「待ってくださいってばぁ、大和! 遺跡のときといい、どうしてあなたはそんなに強引なんですかっ」

「おれたちのいた世界では、旅は道連れ世は情けって言葉があるんだ。難しく考えるな。四の五の言ってないで一緒に行こうってことだ」


 オフィーリアからは決して見えない角度で、大和は楽しそうに笑みを浮かべた。


「だ、だって――」

「いいから早く来いよ、フィリィ。紫織が大変なんだから、ごちゃごちゃ言うな」

「んもうっ。わたし、どうなっても知りませんからねっ」


 追いかけるオフィーリアの瞳にも、これまで彼女が見せてきたものとはまるで別種の、楽しげな笑顔が浮かんでいた。




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