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第11話 さよならするの?

前回までのあらすじ!


【悲報】籠城戦、猿に負ける【敗北】

 ヒノモトに来て二日目。まだ二日目だ。

 颯真大和は目を覚ましても、もはやこれが夢だとは疑わなかった。


「まぶし……もう朝か……」


 川岸に停車した四駆の、後部座席。

 紫織は運転席でハンドルに足を投げ出しウィンドウに頭を預けて眠っていて、オフィーリアは後部座席反対側のドアに肩を預け、静かな寝息を立てている。


 起きているときの仕草はとても女性的なのに、寝顔はまるで子供のようだ。それに、やはりとても綺麗だと思う。まるで、理想を体現して創られた人形であるかのように。


 窓はすべて開け放たれているが、それでも熱気がこもって息苦しい。車内エアコンをつけっぱなしで眠れば良いのだが、この先、燃料となる軽油だって入手できるとは思えない。

 エンジンの寿命を度外視すれば、使用済みの天ぷら油でも走ることはできるらしいが、生憎と油は紫織の非常持ち出しグッズに含まれていなかったようだ。


 大和は四駆のドアを開け、川辺に降り立つ。

 草むらで用を足し、小川の水で顔を洗った。あり得ないほどに透き通った流れの中を、川魚が数匹、涼しげに泳いでいる。

 昨夜のオフィーリアではないが、いっそのこと飛び込んでしまいたい衝動に駆られるも、着替えがないので断念した。


「あ……」


 陽光を反射する穏やかな流れの中に、緑の笹舟を見つけた。

 指先でつまんで拾い上げる。

 どう見ても人工的に作られたものだ。人が、いるのだろうか。


「そうか。川沿いに住むよな、ふつう」


 通貨が生きているかはわからないが、幸い財布はある。

 四駆へと駆け戻り、運転席のドアを開けた。


「起きろ、紫お――おわっ!?」


 よほど疲れているのか、紫織は目を覚まさない。支えるドアを開け放たれたため、その全身が大和の胸の中へと落ちてきた。


「わ、た、痛っ!」


 そのまま抱きしめて尻餅をつく。すると、紫織がうっすら瞳を開けた。左右に黒目が動き、大和の顔でぴたりと止められる。


「…………よ、夜這いですか、大和くん? あてくしはいつでもうぇるかむですが?」


 敬語になっている。どうやら内心はテンパっているらしい。


「バカ、もう朝だっ」

「……おお……朝這い……それもまた刺激的……」


 紫織を引き起こそうとした大和が、その頭部に手を触れて気づく。

 ヒドく熱い。照れて体熱が上がったとかいうレベルの問題ではない。


「おまえ、熱があるんじゃないのか」

「……うん……。……どうもそうらしくて、力が入らない……」


 紫織が弱々しく笑った。


 なんてこった……。せっかく人里にたどり着けそうなのに……。


 おそらく極度の疲労と心労だ。

 世界がヒノモトとなって二日、かなりハードな時間が続いてしまった。男の自分だって、まだ手足に怠さが残っている。肉体疲労はもちろんのこと、精神疲労も相当なものだ。

 ましてや小柄な紫織にとっては。


「どうかいたしましたか?」


 目を覚ましたオフィーリアが、ウィンドウから身を乗り出した。

 紫織の様子を見て、すぐさまドアを開けるかと思いきや、開け方を知らないオフィーリアはウィンドウからスルっと身体を滑らせ、下着が見えるのも構わずに一回転して地面に両足を置いた。


「オフィーリア、手を貸してくれ。紫織を連れて上流に向かう。人がいるみたいなんだ。ほら、これが流れてきたから」


 笹舟をオフィーリアの掌に載せると、オフィーリアは一瞬言葉に詰まって、戸惑いながらうなずいた。


「え……あ、はい……」


 その後、ほんの少しだけ残念そうな顔をしたことに、大和は気がつかなかった。


「紫織はおれが背負うから、車の中の荷物を持ってきて欲しい」

「わかりました」


 オフィーリアがドアを開け、身を乗り出して紫織のリュックサックを引っ張り出す。

 さすがに車の盗難などはないだろうが、念のために四駆のウィンドウを閉じてキーを抜き、ポケットに突っ込んだ。


「よし、行こう。日暮れまでに到着しないと、また魔獣が動き出すんだよな?」

「ええ。彼らの大半は夜行性ですから」


 紫織を背中へと引き上げた大和が、先に立って歩き出した。

 岸辺は丸い石だらけで歩きにくく、背負っているのが軽い紫織であっても、体力はぐんぐん奪われてゆく。数十分おきに小川で喉を潤し、昼時になると紫織のリュックの中から食料を拝借して体力をつけた。


 暑い……。


 旅慣れているのか、オフィーリアの顔に疲労は見られないが、それでもキツいことには違いないだろう。


「大丈夫か、オフィーリア?」

「……はい。これくらい全然平気です。大和こそ、交代しなくて平気ですか?」


 なぜか物憂げな表情で歩いていたオフィーリアが、顔を上げると同時に微笑みを浮かべた。


「どうってことないよ。こいつ、見た目通り貧相で軽いから」


 腕は痺れているが、弱音は吐けない。

 笹舟がいったいどれだけ上流から流れてきたのかは不明だ。


 距離がわからない。こんなとき、運転のできない自分が心底恨めしい。教習所に通える年齢になったのだから、仮免だけでも取っておくべきだった。そのために父は四駆を置いていってくれたというのに。


 背中でぐったりと寝息を立てている妹に視線を向ける。

 そういや、どうしてこいつは運転できるんだろう。


 紫織は学業に必要のない知識に関しては驚くほど詳しいし、最悪の事態に陥ってもあわてたりせず、状況に合わせて臨機応変に立ち回る。もしかしたら、性格がこんなでなければ天才と呼ばれる一握りの人間に入っていたのではないだろうか。


 ああ、おれはだめだなあ……。


 ひたすら歩き続けて休憩の回数すら忘れた頃、腕時計の指し示す時刻はすでに十八時となっていた。夏だからまだ日は高いが、冬だったらと思うと樹海の深さが恐ろしくなる。すぐ側に小川がなければ、きっと方角も見失っていたはずだ。


「大和」

「ん? あ……」


 オフィーリアの声に視線を跳ね上げると、樹木の隙間から鉄筋の建造物らしきものが見えた。

 ヒノモトのものだろうか。いや。

 雲泉東校舎同様にコンクリート部分はヒビ割れ、苔生し、鉄骨は錆びて朽ちかけている。倒壊しかけていることから、あれが遺跡だと判断できた。

 自然と足が速まってゆく。


「なんだ、あれ? どこかで見たことがあるような……」


 やがて、小川にそって建てられた茅葺き屋根の木造建築が遠くに見え始めた。

 簡単な木の柵で囲われた田畑まである。茅葺き屋根の木造建築は、例の倒壊寸前の遺跡の周囲に沿うように、いくつも建てられていた。


 まるで弥生時代の文明レベルだ。むしろその中央に建つ見慣れた現代建築の遺跡のほうが異物であるかのように思える。


 人もチラホラ見える。

 畑で収穫をしている老人、シカのような獣を木に吊して運ぶ男性、小川で洗濯をしている老女は、隣の中年女性と話しながらだ。色は違えど、みんな短衣(たんい)にパンツかスカート、もしくは長衣(ながぎぬ)に、オフィーリアのものと似た形状のサンダルのようなものを履いている。下駄や雪駄に近いか。


「良かった。集落です」


 オフィーリアが呟いて、けれども、その遙か手前で立ち止まった。


「行こう。早く紫織を医者に見せないと」

「…………いえ」


 オフィーリアが寂しげな微笑みで、ゆっくりと首を左右に振った。


「ここでお別れです、大和」

「へ? 何言ってんだよ、オフィーリア?」


 オフィーリアは背負っていたリュックサックを下ろし、静かに唇を動かした。


「ごめんなさい。わたしは行けません。なぜなら、わたしが魔女のオフィーリアだからです」

「またそれかよ。そんなの関係ないって言っただろ」


 大和が振り向いて、その場に紫織をそっと下ろした。


「わたしが同行すれば、おそらく大和や紫織も集落には入れてもらえません。紫織の手当も遅れることになってしまいます」


 紫織の呼吸は、今朝方よりも荒くなっていた。

 見知らぬ土地だ。ただの疲労なら良いが、風土病や感染症だったりしたら、治療の遅れは命取りとなる。


「わかってください。ヒノモトにおいて魔女は、誰からも忌み嫌われる存在。……大和は、もう見たでしょう?」

「何をだよ!」


 苛立たしげに尋ね返す大和に、オフィーリアは少しうつむいて掠れるような声で言った。


「わたしの腰にある傷は、背中から刺されて腹部にまで達しています。これがどういうことか、わかりますか?」


 大和の瞳が見開かれる。




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