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狼の子供  ―没落令嬢の復讐譚―  作者: 堀部平蔵
第一章
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この世界にはG~Sというランク別けされたモンスターと呼ばれる魔物が存在している。


今エルザの目の前にいるのは、その中でも最下層とされるGランクモンスターのゴブリンである。力も弱く、動きもそう早くないため単体であればGというランク付けがされている。実際ある程度武器の修練を積めば、誰でも倒すことは可能だ。だが、10匹以上の群れになればランクはDとなり、50匹であればCとなる。最も弱い魔物とはいえ、冒険者という職種の人間が最も被害を受けているのは、常にゴブリンだったりする。強い者も、弱い者も、数というのは常に脅威足りえるのだ。


エルザはトウゴが殺した騎士が持っていた剣を握っている。余り、気持ちのいいものではないが、贅沢は言ってられない。


この一週間、エルザはひたすら重い木刀を振り続けた。そのおかげか、最近ではまともに剣を振るうことができるようになった。客観的に言って、エルザには剣の才があったし、レベルの割に魔力も豊富だった。





魔力はこの世界にいる者ならば皆須らく持っているものである。


魔法は火・水・地・風・雷の五属性があり、他に所謂何の属性も持たないという意味の無属性というものがある。無属性は誰でも使える魔法であり、属性に変換される前の魔力といった趣が強い。殆どの人間が雷以外の全ての属性を扱うことができ、あとはその使うものの属性との親和性、つまりは相性の問題である。ただし、雷を使えるものは少なく、10000人に1人といわれるレアな属性でもある。ちなみに、エルザの得意な属性は水・風であり、火の属性は苦手だった。だが、その苦手な火属性でも髪の毛を燃やすことくらいは可能だった。


閑話休題


エルザは剣を構えたまま、相手をじっと見つめる。辺りには、100匹以上の変異種を含めたゴブリンの死体が散乱している。青年は一匹の通常のゴブリンを残して、他全てを1人で切り殺した。この時点で彼はBランク相当の実力者であることが自明になるが、それは置いておいて、その一匹残されたゴブリンが今の彼女の相手である。


ゴブリンは「ゲギョ」という声を出して、ぼろぼろの剣を振りかぶる。彼女はそれを余裕を持って受け止め、力を込めてその剣戟を弾き、返すように剣を振るう。この一週間ひたすら振り続けた縦の剣戟だ。その剣はゴブリンの頭の半ばまで穿ち、ゴブリンの頭から紫の血液がピュ―ピュ―と鯨の潮のように噴出し、そのままゴブリンは倒れる。


彼女はゆっくりと剣を下ろし、大きく深呼吸をした。手汗は緊張のせいか凄い量になっている。剣が汗で滑らないように力を込めたせいか、ゴブリンを殺した剣戟は余り褒められたものではなかった。とはいえ、とりあえず彼女にとっての最初の戦闘は終わりを迎えたのだった。




この世界には、レベルというものが存在している。モンスターを倒すとレベルが上昇する。しかし、レベルが上がれば強くなれるといったゲームのように単純なことはない。レベルが上がることによって上がるのは、魔力量のみである。一説によれば、死んだものの魂はそれを殺したものの魂に吸収されるとされている。その魂に魔力が付随しているのである。ゆえに、個人の魔力の量というものの量には、先天的なものと、後天的なものの二つが関係しているとされている。冒険者や兵士、騎士、魔道士等は、魔力を増やすことは難しくないが、通常の村人や町人は戦うことが少ないため、魔力量も増えることはない。


そして、攻撃力や防御力、敏捷性等のいわゆる身体能力は先天的なものと鍛錬によってしか上げられない。もちろん、無属性や各属性に身体強化を行う魔法も存在しているが、それはやはり補助的な側面が強く、重要になるのはやはり身体そのものの鍛錬であった。




エルザは剣を納め、トウゴの方を見る。彼は既に魔物の死体から魔石を取り出した後で、顎で彼女に自ら殺した魔物から魔石を取り出すように指示を出す。


小さく頷いた彼女は、出会ったときに彼から受け取った小刀を取り出すと、それでゴブリンの胸を開き、紫色の血で塗れた、これまた紫色の鉱石のようなものを取り出す。これがいわゆる魔石である。魔石はたいていの場合、モンスターの心臓部にあり、これを取り出すか破壊すれば、モンスターは死ぬ。別名を核とも言われているものだ。スライムや実態のないモンスターの場合はそういった呼ばれ方をする。


トウゴがゴブリンの死体を一箇所に集めるのを手伝いながら、エルザはトウゴについて考えた。


この若い青年は、年齢の割りに圧倒的に強い。もちろん、冒険者や騎士にも若くして名を上げる人物は存在する。が、それはだいたいの場合20代後半であって、彼はどう見ても10代後半といった所である。その年齢として見れば、余りにも強すぎるのである。


一体どんな人生を送ってきたのでしょう?見慣れぬ太刀筋、見慣れぬ構え、見慣れぬ剣。剣は太刀というらしい。エルザは武芸等習ったこともない少女であったが、何度か父と父の騎士団の鍛錬を見たことがある。だが、あのような構えをとる者は見たことがない。そんなことをぼんやりとゴブリンの死体を運びながら考えた。


死体を一箇所に集め、トウゴが火をつけようとした瞬間、ピクリと彼の動きが止まる。そして、振り返る。その姿にあわせて、エルザもトウゴが見ている方向を見る。すると、そこからクライン王国の兵士が二人現れた。


二人の兵士がこちらを見、声を出そうとした瞬間、その場からトウゴの姿が消える。そして、次の瞬間、兵士の首が飛び、その体から血が噴出す。「居合い」という名前の技だ、とエルザは思った。剣を腰に納めた状態から、抜き放つ勢いでそのまま、相手を切る。そういう技だとエルザは認識している。


この一週間、彼の鍛錬する風景を何度も穴が空くほど見たエルザであったが、今の動きは目で追うことすら出来なかった。もう1人の兵士は、何が起きたのか認識できていない状況であったが、先程まで隣で笑いあっていたものの首が体から離れる場面を目撃した彼は、そのまま背を向け逃げようとする。が、それを許すトウゴではない。


トウゴは剣を抜いたまま、逃げ出した兵士の背に迫り、袈裟懸けに切りつけた。速く的確な一撃だった。背中に衝撃を受けた兵士は、「アメリ」と呟いて、倒れ、動かなくなった。


恋人の名前だったのかもしれないし、妹の名前だったのかもしれない。等ということをエルザは思った。目をつぶりたい、目を背けたい、そんな衝動に駆られるエルザであったが、トウゴの指示は「見ること」であった。人の生き死にを見る。自らの選択によって命を落とすことになった兵士、恐らくは今回の事件には全く持って関係のない兵士の死は、トウゴによってもたらされたものではあるが、間接的には自らによってもたらされたものである。まして、彼等は自らの追手ではなくて、ただ治安を維持するための巡回の兵士だったのかもしれなかった。だが、自分たちの姿を見られた以上、切り殺しておいた方が安全なのだ。だから切る。


トウゴはいつものように、剣を一振りして血糊を落とすと、白い紙で剣を拭い、納刀する。乾いたキンっという金属音が響く。


「行くぞ。少し速度を上げる」

ゴブリンの死体に火をつけ、歩き出したトウゴの低い声が、森の中に響く。


「はい」

彼女は答え、青年の後を追う。


自分は幸運なのだ。と彼女は思う。一週間前のあの時に彼女は本来であれば死んでいた。そして、その命を助けてくれた青年は、自らの復讐のために自分を鍛えてくれるという。




だから、彼女はそれによってもたらされる生と死を見続けなければならない。エルザの中に普通の人間として残った感情が乾きったとしても、である。


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