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狼の子供  ―没落令嬢の復讐譚―  作者: 堀部平蔵
第一章
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「逃がしただとっ!」

王の悲鳴にも似た、怒声が謁見の間に響き渡った。


「騎士団長殿それはまことか?」

宰相が続けて言葉を出す。


青龍騎士団団長のドゥルーズはため息を必死で堪え、片膝をついたまま、頭を垂れ、

「はっ。大変申し訳ありません。報告書の通りです」

と返事をする。


「いや、私も確認しましたが。平民出の騎士に追わせたのはやはり、失敗だったのでは?武勲が多いとはいえ、所詮は平民。平民に重要な任務が達成できるとは思われません」


近衛師団長の声が響いた。彼は苦笑いといった表情を浮かべている。子供のお使いじゃないのに。といった、蔑みの色が見て取れる。


「して、公爵夫人は?」

王が尋ねる。


「はっ、自刃なされました」

「そうか」

王は肩を落とす。あわよくば。等という欲望が透けて見える。


公爵夫人、エリィ・ロッセンハイム。旧姓エリィ・クロード辺境伯令嬢は、誰もが認めるまさにバラというに相応しい美しさを持った令嬢だった。それは、結婚し娘を出産しても変わることはなく、いまだに社交界の赤バラと呼ばれていたのだ。ロッセンハイム公爵と彼女は幼少の頃からの許婚であり、結婚する前から仲睦まじい姿がよく目撃されていた。現王も若い頃は(王子だった頃)、彼女に憧れ、時の王にお願いして、前クロード辺境伯にエリィ嬢を是非王妃にとお願いしていたが、「すでに許婚がおりますので」の一点張りで、全て断られていた。こういった経緯が、もしかするとこの事件(後にロッセンハイムの赤い雨と呼称される事件)の背後にはあったのかもしれないが、それはもう藪の中である。


「しかし、この失態は重いですぞ」


「いや、しかし落ち延びたとはいえ、彼女は所詮12歳。気にすることもないのでは?」


「ですが、もし本人が王家の悪評を流したなら」


「それこそ、気にする必要もないのでは?もし、悪評を流したなら、その中心を探れば、自ずと彼女の居場所も分かるというもの」


「たしかに、他の領地に幾名か、視察官を送り、行方不明の公爵令嬢を保護せよとでも言えば・・・」


「馬鹿なことを、彼女はすでに廃嫡されておりますぞ」


喧騒は止まない。ドゥルーズは内心で舌打ちをした。


ここで、重要なことはうちの騎士達を真っ二つにした誰かだろうに。うちの精鋭たちが六人がかりで、おそらくはたった一人に討ち取られたのだぞ。報告書にも書いただろうが、切り口は同一だったと。文官ならまだしも、近衛の団長まで気が付かないとは、一体何を考えて生きているのやら。それにしても、騎士達を切った男、相当の腕前だな。しかも、見慣れぬ切り口だった。はるか東の島国の剣が、切り口としては近い、と、副団長のあの武芸オタクのやつは言っていたが、果たしてどんな男なのだろうか。もし、元公爵令嬢がその男と一緒なら厄介なことになる。偶然か?はたまた・・・


ドゥルーズの思考は深まっていく。しかし、その思考を妨げる王の声が謁見の間に響き渡る。


「青龍騎士団団長ドゥルーズ」


「はっ」


「なんぞあるか?」


「おそれながら」

ドゥルーズが声を出そうとすると、

「おのれ、失敗した身の分際で」

という、近衛団長の声が響く。


「いえ、失敗したものの意見を聞くのも一興かと」

宰相がそう口にする。


「うむ。続けよ」


「おそれながら、元公爵令嬢エルザ殿には速やかに刺客を送るのが妥当かと思われます」


ドゥルーズのこの発言から、更に謁見の間の喧騒は騒がしくなる。「しかし、たかが小娘一匹に」、「禍根は断ったほうがよろしいのでは」、「いやしかし」等等。そこに、1人の野太い声が響く。


「それがしは、ドゥルーズ殿に賛成する」


赤龍騎士団団長のガタリである。ガタリが声を出した瞬間、あたりが水を打ったように静かになった。が、また騒がしくなる。「武勇の誉れ高きガタリ殿にしては珍しい、何を臆されておるか」、「左様、たかが小娘1人、兵士を駆り出せば充分では?」等と。


「ガタリ殿」

宰相の言葉が響く。


「はっ」


「私も皆の意見に賛成ですが、刺客を送らねばならない理由でもあるのですか?」


宰相が言葉を出すと、辺りが水を打ったように静まった。


「文官の方々には分かり難いかもしれませんが、この報告書によれば、騎士6名を切り伏した人物は、たった一人です。しかも皆おそらくは一撃のもとに切り伏せられている。おそろしい腕前の持ち主です。もしかすれば、彼女は現在その人物に保護されている確立がある。保護されていなければ、兵士でも充分ですが、いれば兵士では役不足といわざるを得ない。しかも、殺された小隊長アルバは、青龍騎士団の中でも有名な手練。ゆめゆめ油断は禁物かと」


「小隊長のアルバ等、所詮は平民ではないか。我々貴族の騎士とは格が違う」


近衛団長の嘲笑うような声が響く。大げさではなく本当にそう思っているのだ。実は、近衛団長は殺された小隊長よりも弱かったりする。だが、平民出の騎士は、貴族出身の騎士には勝てない。現に、近衛団長も死んだ小隊長に親善試合で勝利していた。だが、それは身分の差がものをいった結果に過ぎないのである。平民の騎士が勝利してしまうと、騎士から除隊させられたり、無理な任務が下されたりする。それを恐れる、平民出身の騎士たちはそれを避けるために貴族の騎士相手の場合わざと負けているのだ。剣の腕を磨きたい貴族出身の騎士達は平民出身の騎士と本気で戦いたい場合、「本気で戦え」という台詞を、3回吐かなければならないのだ。それがなければ、平民出身の騎士達は本気を出して戦うことがない。それほどに、このクライン王国では身分秩序といったものがしっかりと存在する。


ドゥルーズもガタリも貴族階級の出身であったが、この身分秩序には少々うんざりしていた。戦場であれば、身分秩序など、関係のないものである。偉ければ生き残れる等と言うことはない。生き残るものは強者のみだ。ただ、平民の強いものは戦場では殺されるが、高位の貴族の弱いものは捕虜とされ生き残ったりする。身代金が手に入るからである。そうなっていることで、戦争が起こる度に平民と貴族の損亡率は格段の差が生まれる。優秀な平民は死に、愚かな貴族が生き残る。戦争を繰り返せば繰り返すほど、優秀な平民は減っていき軍は弱体化する。そのことに気が付いたのは、ドゥルーズもガタリも別々のタイミングであったが、2人ともその事実に愕然とした。そして変えようとしたが、変わらなかった。騎士の叙任は騎士団長権限であるが、騎士の昇格と仕事の割り振りは、文官達の仕事であった。そして、文官は貴族の仕事であった。


「あいつは、アルバは、少なくとも貴殿よりも腕は立つぞ」

ガタリが口にする。こういう時、ドゥルーズはガタリの竹を割ったような性格を羨ましく思った。自分では、こうは言えない。


「な、な、な。なんだと!」

近衛団長が激昂する。


「戦場を知らぬ者に何が分かる」

ガタリはそう口にする。


「陛下!エルザ・ロッセンハイム元公爵令嬢追撃の任務、是非私に御命じ下さい。例え、そのようなガタリ侯爵がいうような人物がいたとしても、私バルト・シュトラウス伯爵近衛師団団長が小娘諸共討ち取って御覧にいれます」


「「まっ・・・」」

ドゥルーズとガタリが反対の声をあげようとした瞬間、その声は王の声によって掻き消されることとなった。


「バルト卿よくぞ言った!そちに全て任せる」


「ははっ」

バルトが意気揚々と答えた。


「しかし、王様、バルト卿は近衛の団長です。王の身辺を守るのは近衛の仕事。よいものでしょうか?」

宰相が怪訝な声を上げるが、それを揚々としているバルトが抑えた。


「宰相殿。御懸念は最も、しかし、我が近衛騎士団は赤龍騎士団、青龍騎士団とは違い優秀な青い血の貴族によってのみ編成されております。このバルトがおらずとも、陛下の身辺に危険等存在し得ないでしょう」

「うむ。流石バルトじゃ。よう申した」


王はご機嫌である。王がこう言ったのも無理はない。王の中の序列では、人間こそが最も優れた存在であり、その中でも自分こそが至高の存在で、それに次ぐのは貴族であって、平民はその下の存在であった。更に言えば他種族はその更に下、最下層の存在であった。実を言えば、公爵が王に疎まれた理由もここにある。公爵にとっては他種族も平民も貴族も全ては実力で図る存在でしかなかった。とはいえ、最初から他種族までもの偏見を取り払うのは無理と考えた公爵は、ことあるごとに平民・貴族の区別なく扱うべきだと説いたが、嫉妬からか鬱陶しさからか王の態度はより強硬なものになっていった。それもまた、今回の事件の原因でもあった。




だが、結果としてこの時の王の判断は、エルザにとって幸運なものとなった。王にとっては、不幸な判断となるのだが、それが分かるのはまだまだ先の話である。


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