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嫌な仕事だな。と、その日宰相から命令を受けた、青龍騎士団隊長のドゥルーズは思った。
受けた命令は、公爵一家、及び、その現場に居合わせた目撃者の殲滅。1人として、取り逃がすことは許さず。といった命令だった。
すでに、公爵令嬢エルザ・ロッセンハイムが第二王子から婚約破棄をされ、王家からロッセンハイム公爵に対して、エルザを廃嫡せよという指示がなされたことは、王国の市井の間でも噂として有名になりつつあることであった。ゆえに、もし公爵一家が殺されるようなことがあれば、当然、王家が怪しまれることになる。
しかし、証拠はない。そもそも、ロッセンハイム公爵は優秀であり、考え方も進歩的だった。そのせいか他の貴族からの嫉妬と反感を集める人物でもあったから、そう問題はない。という王家の判断だろう。
騒ぐとしたら彼と親交も深く、ロッセンハイム公爵の奥方の兄でもある、クロード辺境伯位のものだ。だからこその、証拠隠滅でもあったのだろう。
彼は公爵の馬車とその一団を円形で囲みながら、そんなことを考えた。そんなことを考えていたせいか、馬車を囲んだ時から、攻撃の合図を送るまでに少しの間が生まれてしまう。そして、ドゥルーズ騎士団長が攻撃の合図を送ろうとした瞬間、それは起こった。馬車と、公爵騎士たちがその囲みを破るよう、円の一点に突撃を開始したのだ 。
囲みを破り脱出するつもりかと思い、慌てて一斉攻撃の合図を送る。
公爵の護衛は、騎士が30人程度だった。対して、こちらは騎士300人を連れている。これだけでも、断然有利である。まして、城壁等もない平地での戦闘だ。しかも、こちらは半ば奇襲ともいえるような包囲殲滅戦、任務失敗など殆ど考えられない。そう思っていた。
しかし、そこに綻びがあった。
囲みから脱出した者が三人いたのだ。報告によれば、公爵令嬢のエルザと、おそらくはその護衛であろう騎士が二名だった。迷わずに、ドゥルーズは信頼する腕と性格を持つ騎士の小隊長を呼び、20人の人数でその後を追わせた。が、後にドゥルーズはこの判断を後悔することになる。
だが、そのことを置いておいても、この時のドゥルーズの判断はそう間違っていない。
ロッセンハイム公爵と公爵の騎士は、精強であり、また、その精強な騎士たちが1人の少女を逃がすために文字通り死兵となって抵抗したのである。
戦いが終わった時、すなわち、公爵を討ち取り相手の兵を全滅させた時、こちらの死者は40名にのぼり、重軽傷者は100名に近かった。
連れて行った兵の半分近くが動けなくなったのである。追手に20人以上出すことは、後の処理を考えれば難しいといわざるをえなかったのである。
もちろん、信頼する小隊長がそもそも青龍騎士団の中でも5本の指に入るほどの猛者であったことを考えれば、失敗を想定しないことは、当然といえば当然だったのかもしれない。
殲滅戦が終了した後、馬も死んで動かなくなった馬車に近寄り、馬車のドアを開けると、そこにはかつて辺境のバラと呼ばれ、男たちの憧れでもあった(自らも憧れた)ロッセンハイム公爵夫人の自刃した死体が残されていた。彼は深い深い溜め息をついた。いや、それは溜め息というには深過ぎるものだったのかもしれない。
やがて、冷たい雨がしとしとと降り始める。彼は、公爵の死体や馬車の偽装処理をしている手を止め、天を見上げる。
「嫌な仕事だ」
とぽつりと呟き、また作業に戻る。
一刻の後、戻ってこない小隊長と部隊を探すために数名の騎士を森の中に送るのだが、公爵騎士の二人の死体と、数十名の兵士の死体が見つかる。
公爵騎士の姿はまさにぼろぼろだったが、守れたもののせいなのか、その死に顔はやすらかでもあったとの報告があった。
騎士というものはかくありたいものだな。等と考えていたドゥルーズ団長の顔が、数名の兵士と、兵士長の惨殺体が見つかったという報告を受けて、盛大に引き攣ることとなるのはもうしばらくしてからのことである。
そして、どれだけ捜索しても公爵令嬢たるエルザ・ロッセンハイムの姿が確認できなかったことは、彼の悩みの種となった。