青空の向こう
その日は彼女のフィンランド行きは、一度も話題に上らなかった。次の日も、その後も。何度か茜さんとすれ違ったけど、互いに一瞥しただけで、何の会話も無かった。
妹は相変わらず楽しそうに喋っていた。もう二人を見ても何も思わない。胸に風がひゅうひゅう吹き込むだけだ。
夏休みに入って、気付いたら彼女が僕の前から消えていた。アオちゃんの命の灯が消えたのも同じ頃。元々ザツな環境で売られてたから、仕方ないかもしれないけど。
妹は泣きっぱなし。庭に埋めた死骸の跡地ばかり見ている。夕飯にも出ない。食卓から居間の隅まで夕飯を持って行く破目になった。
「泣くと余計ブスになるぞ。夕飯くらい食べに来いよ。唐揚げが嫌なら、代わりに食ってやるからさ」
部屋の奥から国語辞典が飛んできて床に命中。酷くなる前に夕飯を置いて退散した。
「華はどうしたの」母が訊いた。
「ずっと泣いてたよ。食べに来る気なんて無いみたいだ」
後で居間に寄り、食器を片づけに行った。ご飯は殆ど手をつけられていない。端の棚に置かれた鳥籠が、呆けた様にぽっかり金網戸を開けていた。
それで漸く、もう会えないんだと気付いた。
晴れた日、僕は庭の隅へ墓参りに行った。雑草めいた小さいお花が供えられていた。誰がやったかはすぐ想像がついた。
僕はお花を一本手に取って見た。茜さんのネイルと、アオちゃんの羽と同じ、空の色。
アオちゃんは死んだ。もう歌えない。空の向こうに思いを伝える事もできない。
「お前は楽なもんだな」
僕は言った。散々可愛がってもらえて、お別れは羽と同じ、スカイブルーのお花と一緒。
それにいっその事青い空に溶けてしまったら、向こう側にある探しものを見つける助けにはなるだろうから。
〈おしまい〉