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青天の霹靂

 七月に入り、いよいよ暑さも厳しくなってきた。登校するだけで汗が毛穴という毛穴から湧き出し、授業の前にはシャツを一枚着替えなくちゃならない。


 今日問題だったのは、帰り道での話。


「じゃあな零士。宿題忘れるなよ」

「あぁ。やっても見せてやらないけどな」


 曲がり角で、クラスメイトと別れの挨拶をしたまでは良い。それから自販機を横目に、水筒の水を飲み飲み帰ったのもいつも通り。うるさい妹(と、セキセイインコ)が家で待ってるのかと辟易するのも安定。

 そこから先を、茜さんと一緒に帰る事になるってのは予想もしなかった。


「一緒に帰らない?」


彼女は本当に何気なく炭酸水を買って、すっと僕の隣に割り込む。

 誰が貴女みたいなザツな人なんかと。余計な一言が顔を覗かせかけて、どうにか水で飲み下して頷いた。相変わらず目はそっぽを向いたまま、彼女を見ようとしなかった。


「何でこっちに? 普段は、中学と高校で帰るルートが別の筈だろ」

「友達に宿題のプリントを渡すついでよ」

「へぇそう。意外と、友達大事にするんだ。校則は大事にしない癖にさ」


 僕はスカイブルーに塗られた指先と、短すぎるスカートを指差した。


「校則ギリギリでお洒落したいのよ。佐川君も女子高生に生まれ変われば解るわ」


 女子高生なら皆そうって訳でも無いだろ。下品に笑って、ミニスカや化粧、芸能人の事ばっかり考えてる訳でも。茜さんなら欲張って化粧しなくたって――


「受験はどうなの。先月、模試だったんだろ」 僕は無理やり話題を変えた。

「模試? 今は受ける必要なんて無いの」


 口紅で赤く染まった口元が緩む。とうとう受験も諦めたのか。そりゃ仕方ないよな、あんな遊んでたんだから。


「私、外国に行く事になったの」



 はぁ? 急に何を言ってるんだ。お洒落と無駄話にしか興味無かった茜さんが?


「パパが、フィンランドに転勤ですって。でも平気よ、私はうちの姉妹校で勉強できるし、将来は福祉や育児の仕事したいから、役立つかなって」


 呆気に取られて何も言えなかった。

 歯がかちかち鳴っている。気管が狭まっているみたいだ。


 何でもっと早く言ってくれなかったんだよ。何も貴女に充分伝えてなかったのに。ずっと隣にいて、チャンスはいくらでもあった筈だ。


「あぁ、そうなの?」


 やっとの事で漏れた言葉がこれ。ただし、声のトーンは低かった。


「うん。でもほんの一年よ。すぐ会えるわ」

「どこへでも行っちまえば。外気に当たって、少しは真人間になる事を祈ってる」


 無理にからかってやろうと思ったら、声が上ずった。


 とんだ大馬鹿だ。笑って見送ってやれば良いじゃないか。嫌いだった筈なんだろう? 不真面目で、ザツで、遊ぶ事が最優先のギャルなんか、死のうが消えようがどうでも良いんだろう?


 僕の口、笑え。貴女がいなくて清々するって、いつもみたいに冗談まじりに言ってやれ。



「……零士君。どうしたの」

「別に。どこにでも行けば良いじゃん。僕の知ったこっちゃ無いんだからさ。二度と帰って来るなよ。ザツがうつっちゃたまらない」


 自分でも訳が解らない。何に憤っているんだか、それをどこにぶつけるべきか。

 茜さんがどこに行こうが関係無い。一方で、酷く大きな何かを憎んでいる。

 茜さんなんて嫌いだ。妹も、アオちゃんも、フィンランドも、僕自身も皆嫌いだ。何で全部僕の邪魔ばっかりする? 言いたい事も最後まで言わせない? 


「頭が痛いから先に帰ってる」

「……そう。今度、おばさんとも話すわね」


 僕は両手を握り、前後に振り振り早歩き。絶対に後ろは振り向かない。深い眉間の皺を見られたくない。彼女がどんな表情をしていたかも知りたくない。

 家に帰ると、アオちゃんが妹の手の上で身繕いをしていた。籠の戸はだらしなく開けられたままだった。僕に気付くとはたはた飛んできて、耳元で甲高い歌を囁いた。


〈つづく〉

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