青息吐息
別の日。居間の机に向かって、学校から出た歴史のドリルと睨めっこしていた。
歴史はあまり好きじゃない。昔のお偉いさんがあぁしました、こうしましたなんて知ってどうするんだよ。知ったところでこの国が良くなるってか。悪化の一路を辿る一方だ。
「鳴かぬなら――」
ふと、手元の教科書の一節を読みあげる。
「ぴちゅちゅちゅちゅちゅ」
棚の上からアオちゃんが続きを言った。
鳴かぬなら、ぴちゅちゅちゅちゅちゅちゅ、ホトトギス。何と滑稽な文句だ。
「天下を統一したこの人物がした事業は――」
「ぴぃ、ぴぃ」
そうそう、「ぴぃ、ぴぃ」。後にこれがピヨ幕府が開かれるきっかけとなって、
「んな訳ないだろ。やかましいんだよ」
鳥籠を睨み舌打ちする。鳥はばたばた翼を動かして抗議した。台所からも静かにしろと母が怒声を浴びせた。
「何で僕には勉強部屋が無いんだよ。そうだったら、インコ一羽の鳴き声に悩まされる事も無かったのに」
「うちは狭いのよ。それにあんた、もう数年したら一人暮らしするつもりなんでしょ? 部屋あげたってすぐ出てくなら意味無いわよ」
正論。返す言葉も無く、僕はドリルに目を落とした。
(次の人物名がその行動と一致しないのは)
「ぴぴっ、ちゅん」
まただ。どうしてこいつは人の宿題に茶々を入れたがる? おまけに今度は黙読なのに。
ホームセンターでのあの事件を思い出す。お祭りで、妹がアオちゃんを買った事もだ。
何故か派手なネイルアートと、じゃらじゃらのアクセサリが頭に浮かぶ。何度も茜さんと話をしようとした筈だ。
(そんなごてごてした格好で大丈夫なの?)
(高校って楽しい? 僕も再来年で高校生になるから、どんな所か聞きたい)
素直に聞けば良いだけの話。でも僕にはそれができない。いつもまともに顔を向けられなくなる。頭がこんがらがる。
(それでも僕は気づかれたくない。「貴女なんか好きじゃない」っていう戯言に)
シャーペンを置いて大きく伸びをした。
アオちゃんが針金の隙間から、スカイブルーの羽毛を覗かせていた。
〈つづく〉




