青い鳥
この作品は、かつて私が某文芸コンクールに応募して、落選したものです。
終わってから大分経ったし、このままにするのもちょっともったいなかったので、こちらに転載しました。
当時物書き初心者だっただけに至らない点などもあると思いますが、気楽に読んでやってください。
その日、アオちゃんは死んだ。
家ではちょっとした騒ぎだった。勿論僕にとっても。
彼といた時間を、その間の事件を、僕は多分忘れる事は無いだろう。
始まりは確か今年の春休み。妹の義務教育歴が三年目に突入した時だ。神社でお祭りがあって、僕達は毎年とても楽しみにしていた。
「ほら、これ。何でも好きなのを買いな」
父が握らせた魔法の紙。輝いて見える「1000」の文字。妹には「500」と刻印された白銅色のコイン。
妹は嬉々として声を上げた。僕だって、こういう時小遣いの半分も出してもらえるのはやっぱり嬉しい。
「お兄ちゃん、早く行こう。売り切れちゃう」
妹が言った。お下がりのよれた浴衣姿も、今日は舞踏会に向かう姫君を彷彿とさせる。
「さしずめ僕はお付きの小姓か」
聞こえないように小さく言って、手の中の千円札をジーンズのポケットに入れた。
「お前、いい加減何買うか決めたのかよ」
僕は熱々の焼きそばパックを膝に置き、石段に座った。
多く感じた千円も、あっという間に残りは百円。焼きそばに金魚掬い、おまけに射撃と色々使っていたらすぐ無くなった。好きな漫画の袋に入った綿飴も買いたかったが、もう中二だし子供っぽいと思い止めた。
ところが妹ときたら、腹の足しにもならないソース煎餅を一枚買っただけ。一口焼きそばを分けてやると言っても知らん顔。
「あたしはまだウンメイノデアイをしてないの! それを買うまで帰れないわ」
「はっ。何が『運命』だよ、馬鹿馬鹿しい」
馬鹿にして笑って僕はソース麺とキャベツを口に運んだ。家じゃ絶対作れない、即席麺じみた人工臭い味がたまらない。
と、突然肩を叩かれた。
誰だよ。僕は半ばイラついて振り返る。
「あ、やっぱり零士君だわ」
無駄に耳に響く声には聞き覚えがあった。
「やっぱり茜さんか。何しに? 受験なのに」
「来たって良いじゃない。息抜きしたいのよ」
特別悪びれる様子も無い彼女は、僕達兄妹の幼馴染。今年はもう大学受験戦争が始まるというのに、遊んでいるなんて呑気なものだ。
「それ焼きそば? 私にも一口ちょうだい」
茜さんはスカイブルーの爪で、僕が持っている焼きそばのプラ容器を指した。
「嫌だね。欲しけりゃ自分で買いなよ」
「ちぇー、ケチ」
茜さんはぷいと横を向いた。山ほど付けられたハンドバッグの飾りがジャラっと揺れた。
「何それ。全部必要なの?」
「友達から貰った物に、可愛いから買ったやつでしょ。後は……全部捨てられないわ」
成程、解った。こんな欲張りだから、おばさんに「部屋が汚い」とか言われたり、彼氏ができなかったりするんだな。
「良いもん、華ちゃんにねだって来よう。あ、ねぇちょっと、華ちゃーん」
名前を呼ばれた妹は嬉しそうだ。そりゃあ、大好きな近所のお姉さんが(浴衣の癖にヤンキー座りして)いたんだから。
「アカネェちゃん! 久しぶり、元気?」
「勿論。華ちゃんは何か買ってもらうの?」
「お小遣い貰ったから、自分でこれ買うの!」
漸く「ウンメイノデアイ」か。どうせ的屋のおっさんに騙されて、変な玩具ぼったくられるんだろうな。
こういう理由だ、僕が彼女を嫌いなのは。女子高生の癖に本当にザツ。じゃらじゃらピアスだの付けて、化粧なんかしてさ。おまけに何でも欲張って溜め込むときてる。女性に必要な礼儀ってもんが無いんだ。その癖妹や、他の人からは大人気。全くもって世も末だ。
「あれだけ悩んでてもう決めたのか」
「うん。あたし、この仔が良い」
手の上に乗っていたのは空色のセキセイインコ一羽。こんな子供騙しに五百円という大金を積むつもりなのだ、この馬鹿は。
「へぇ、可愛い。良い買い物じゃん」
「こいつが二週間で朝顔枯らすような奴じゃなければね」
僕は皮肉交じりに言った。的屋のおっさんの後ろには、小鳥がぎゅうぎゅうに詰められた小さな籠が見えたからだ。
そんな事言わないの、と茜さんに頭を叩かれたが。
〈つづく〉