ある一種の才能の発揮の仕方について
ぼんやりと見つめたテレビに映る人物を私は知らない。
だけど、彼は知っているのだろう。
もそもそと彼の作ってくれた朝食兼昼食を食べる。
「……ねぇ、この人ってさぁ」
もそ、と咀嚼を止めて台所に立つ彼に声をかける。
実に甲斐甲斐しいその姿を眺めていると、どうにも性別が逆な気がしてならない。
彼はそんなこと気にしていないのか、エプロンで手を拭きながらこちらにやって来る。
それから「何ですか?」と小首を傾げながら、私と視線を合わせた。
どうにも彼の扱いは昔から変わらない。
出会ってから何年経っていると思っているのか、私だって義務教育を経て、高校を昨年卒業して立派な社会人だというのに……。
少しだけ不服に思いながらテレビを指差す。
チャンネルは普通のニュース。
彼もニュースの内容を見て、緩く頷いて見せた。
この人ですか、と呟く。
「やっぱり知ってる?」
「知ってるも何も……ドラマ化までした作品を書いてた小説家さんじゃないですか」
知らなかった。
黄色い綺麗な焼き目のついた卵焼きに、行儀悪く突き刺してから口の中に放り込む。
もぐもぐと咀嚼。
彼の口からその人のペンネームや作品名が告げられる。
聞いたことだけならある気がした。
でも残念ながら読んだことはない。
確実に。
そうしてあまり興味もない。
「でも、そんな有名な人でも麻薬とかやってたらお終いでしょう」
カツカツ、と音を立てて白米を流し込む。
そうすれば彼は、苦笑を漏らす。
そうですねぇ、という言葉を吐き出して少しだけ考えるようにしてから、私の部屋へと入って行った。
別に部屋に入るのはいいんだけれど、一体何なのだろうか。
お味噌汁の飲みながら考えていると、彼が一冊の本を持って戻って来る。
私の部屋にある本棚に入れていた本だ。
『夫婦善哉』で作者は『織田作之助』先生。
私の一番好きな先生だ。
俗に言う文豪。
彼の愛情はひたすらに真っ直ぐだった。
作品どころか彼の人間性が好きなのだ。
作品から漂う人間らしい香り。
人間味溢れる作品が愛おしい。
彼の人間性も愛おしい。
庶民的な作品が読者に近く感じる。
「……織田先生がどうしたの?」
「この人も使ってたじゃないですか。麻薬」
あぁ、そうだ。
織田作之助は麻薬ヒロポンを使用していた。
お酒の席で見せ付けるように使うこともあったと聞く。
更に、眠気覚しに使っていたという。
ちなみにその頃はヒロポンは一応使用可能だった。
確かに使っていた。
使っていたけれど……。
むぅ、と不貞腐れて食後のお茶を注ぐ。
「作家や作詞作曲家で、類稀なる才能を発揮する人の中ではこういうことをする人が意外と多い。そういう話もありますよね」
にっこり、と悪意のない笑みを見せる彼。
本当に出会った時から変わらない。
持ち込みをした私に対して「絶対有名作家になれますから!」と宣言した彼。
ちなみにそれから五年後に学生デビューした私。
学生デビューと言ってもギリギリ学生だったのだけれど。
彼は悪意のない笑顔のまま「先生もしてみますか?」なんて思ってもないことを言う。
する、なんて答えたら止めるくせに。
「するわけないでしょう。私は才能なんてない。努力だけで作って書いて、結果を出すのよ」
「ですよねぇ」
くすくすと笑い声を漏らした彼は、いそいそとエプロンを外してから、私の隣の椅子にかける。
私は音を立ててお茶を啜った。
エプロンがかけられた椅子を引いて、そこに座った彼は本日脱稿した私の小説を読み始める。
本来ならここまで面倒を見てくれる人なんていないだろう。
もう何年彼にはお世話になったことか。
「まぁ、でも」
「……?」
「織田先生は使用禁止の時代に使ってた訳じゃないから、あの人とは違うよ」
「……そうですねぇ」
私の言葉に彼は笑って原稿用紙を捲った。