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98 崩れる壁。


 浮かれていた気分というものは、時間が経つに連れて沈んでいく。

 今の俺の状態がまさにそれだといえる。


 ――なんでこうなったんだ……。


 女子高生二人と向い合って座っているのは、怪しさ百二十パーセントオーバーの仮面をかぶった男女二人組。

 なんだろう、仮面をつけた時は『忍者だぜ~ヒャッハー!』みたいなテンションになったというのに、こうして椅子に座って少し落ち着いただけで、いま俺がおかれている状況がとんでもなく頭の悪いものだということに気がついてしまった。

 しかも、忍者になりきった気でいたが、実際は仮面をかぶっただけという中途半端なもので、俺とセレスは普通に高校の制服を着ているわけだ。

 くそぅ、こんなことならば忍者装束も用意しておくべだった……。

 だが待て、健全なる精神は健全なる肉体に宿ると言う言葉がある。健全なる忍者の精神を持てば、服装がどうあれ、仮面だけで何とか誤魔化せんじゃねえのか!?

 そうだ、全ては心意気だ。いま俺が自分自身を信じなくてどうする! 

 それによく見てみろ、セレスの方はやる気満々といった感じで、今にも持っているはずのない手裏剣を、冴草契さえぐさちぎりの顔面めがけて投げつけようとしているではないか。この忍者精神ニンジャスピリッツは見習わなくてはならない。

 冴草契はと言うと、ヤンキーがうんこ座りをして、道行く人にガンを飛ばしているよう視線を、ずっとこちらに向け続けてきている。忍者を前にして、どう対処して良いかわからずに、取り敢えず威圧しておこうということなのだろうか?

 桜木さくらぎさんはといえば、他の客が俺たちのテーブルの前を通り過ぎるたびに、顔を伏せて身を隠しているようだった。あれだな、忍者との密会を見られると色々と厄介な事に巻き込まれると心配しているのだろうか?

 

神影かみかげ様、神影様、ところでこのあと、わたくしたちはどうすればいいんですの?」


 セレスがコッソリと耳打ちをする。

 やれやれ、こんな初歩的な質問をしてくるとは、セレ影は全く状況がわかっていないと見える。


 ――そんなの俺がわかるわけ無いだろ!!


 それでも、忍者は自分の置かれている精神的不利を、相手に悟られてはいけないのだ。

 つまりは、堂々と振る舞えば良い!


「ふふふ、セレ影よ。何も悩むことなどない。ごく普通にしていればよいのだ」


「なるほど……。さすが神影様ですわ。それでは、わたくしドリンクをとってまいりますわ。神影様は、何になさいますか?」


「メロンソーダ!」


 セレ影は、俺の分と自分の分のグラスを手に取ると、ドリンクバーに向かっていった。

 こうして二対一の図式が成立した。

 その途端。


ひめ、わたしちょっとお手洗いに行ってくるね」


 冴草契が桜木さんに一言かけて席を立った。

 と同時に、呪いの人形のように首をグルっと回して俺の方を見やると、殺人鬼のような眼光で訴えかけてくるではないか。

 目は口ほどに物を言うというが、この時の冴草契の目はこう語っていた。


『お前もトイレまでついてこい、話がある。もし断ったら……わかっているな?』


 もし仮面をつけていなかったら、顔が青ざめていることが相手にまるわかりだったに違いない。

 今までも、何度か冴草契には呼び出しを食らったことがあるが、今回は今までにないほどに狂気を孕んでいた。ゆえに、断れるはずなどなかった。


「あ、ちょっと、忍者的なアレが、アレで、アレなんで、少し席をアレさせてもらう!」


 俺は冴草契に続くように席を立つと、少し時間を置いて時間差でトイレに向かった。

 それは、流石に同時にトイレに行くとうのは不自然であろうという俺の気遣いだった。

 トイレ前に俺が着いた途端に、ズシッと鈍い音が響いた。

 冴草契が、ファミレスの壁を拳で殴りつけた音だ。その破壊力に壁に塗装がパラパラと床に堕ちていく。さらには俺の仮面がずり落ちそうになる。

 

「んで、何をそんなふざけた格好をしているのか説明してもらおうか……」


「ふ、ふざけたとか……。こ、これは忍者の正装であって……」

 

 俺は慌てて、斜めになっている仮面を定位置に戻す。


「かーみーすーみぃー! お腹に穴が開いていたら、ご飯食べても太らなくていいと思わない?」


 訳すると『キサマの腹を穴が空くほどしこたま殴りつけんぞこら!』と言う意味になる。

 どうしてだ、どうして俺が神住久遠かみすみくおんであることに、気がついているのだ……。最初に出会った時には、気がついていなかったはずなのに……。あれか? 気か? 俺の気を感じ取ったのか?

 

「あーはっはっは、俺は神住とかいうものではない! わたしは忍者の神かゲフゥゥッ」


 俺の腹に強烈な痛みと衝撃が走った。俺はお昼に食べたお弁当の食材たちが、胃の中からリバースしそうになるのを必死に抑えこんだ。


「おふざけはそこまでにして、ちゃんと答えてくれるかなぁ、神住。ただでさえ、今日は姫の様子がちょっとおかしいんだからさ」


「桜木さんの様子が? ――おっと、あのご婦人の様子がおかしいのですな」


「ねぇ、もうそういうのいいからさ。これ以上続けると、忍法フルボッコの術をアンタに使うことになるけど?」


「はい! わたくしは神住久遠でございます!」


 冴草契の言葉が終わるか終わらないかのタイミングでの即答だった。


「よろしい」


 完全に正体がバレてしまった以上、名前を隠し通す利点はない。だから、俺は名前を名乗ったのだ。決して、暴力に屈したわけなどではないのだ!


「んでさ、なんでアンタはそんな格好をして遊んでるのよ?」


「いや、あの……。正体を隠すために……」


「なんで、わたしと姫に正体を隠す必要があるのよ」


「まぁ、桜木さんと色々あったから……」


 ドゴォ!


 ファミレスの壁に、拳と同じ形の穴が空いている……。今度は壁の塗装ではなく、壁そのものの破片が、辺りに散らばって落ちた。


「へぇ……。姫と色々あったんだぁ……。事と次第によっちゃ、アンタの死に場所はここってことになるけど構わないよね? 忍者らしく辞世の句でも詠んどく?」


 そこには、キラーマシーンと化した、憤怒と暴力の権化が立っていた。


「いや、そういう色々じゃなくてだな……」


「じゃ、どういう色々なのよ!!」


 殺される。俺は死を直感した。

 走馬灯のように、今までの人生が蘇っては、脳の中で再生される。

 

「あらあらあらあら、神影様、こんなところで何をなさっているんですの?」


「セ、セレ影!」


 俺はセレスの姿が、まるで神々しい女神のように見えた。

 どうやらドリンクコーナーにドリンクを取りに行ったセレスは、壁を粉砕した音が気になってこちらを見に来てくれたのだ。

 

「ふん、まぁいいわ。話は後でしっかりと聞かせてもらうから……」


 邪魔が入ったと思った冴草契は、そのまま俺とセレスを残して、一人で桜木さんの待つテーブルへと戻っていった。

 

「何があったんですの?」


「セレス、お前のお陰で助かったよ! ありがとう! 本当にありがとう!」


 冴草契から開放された安心感で、俺はセレ影ではなく、セレスと呼んでしまっていた。しかしそんなことはもうどうでもいい。俺は感激のあまり思わずセレスを抱きしめそうになったが、セレスが両手にジュースの入ったグラスを持っていたので踏みとどまった。


「な、何がなんだかわかりませんが、どう致しましてですわ」


「よし、それじゃ戻るか……。ところで、その不思議な色をした液体は何だ……」


 セレ影の片一方の手のグラスには、見たこともない色をしたジュース? が入っていた。


「コホン、これはですわね、わたくしがブレンドいたしましたの!」


「ぶ、ブレンド……」


「はい! 神影様のは、メロンソーダをベースに、果物としてオレンジジュース、そしてサッパリ風味に烏龍茶を、さらに隠し味にコーヒーを少々でございますわ」


 セレスは、まるで料理教室の先生がレシピを紹介すると、得意満面で俺にそのジュースの入ったグラスを差し出した。。


「……」


 助けてもらった手前、文句を言うわけにもいかず、俺は素直にそのグラスを受け取る。


「そ、そうかー。いろいろ考えてくれたんだなぁ、ありがとうな!」


「うふふふ、わたくし頑張りましたわ」


「それで、セレスのぶんはどうなってるんだ?」


「わたくしのは、普通の紅茶ですわ」


「え……」


「普通の紅茶ですわ」


「そ、そうか……」


 交換してくれ、と言いたかったが、セレスが一生懸命に俺のために考えて作ってくれたスペシャルブレンドだ……。ここは(仮)とは言え、恋人同士らしく、喜んで飲むのが正しいのに違いない……。

 俺は重い足取りで、桜木さんと冴草契の待つテーブルへと戻るのだった。

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