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95 恋人(仮)


 予感は的中した。

 放課後、下校時刻、その時に桜木さくらぎさんと、冴草契さえぐさちぎりの姿はどこにもなかった。

 俺の横にはセレスが居る。

 反対側には、向日斑むこうぶちがいる。

 そして、向日斑の隣には花梨かりんがいる。

 どうやら、花梨は自分の中学が終わると、大急ぎでこちらに駆けつけたようだ。

 先日のファミレス騒動以来、前にも増してお兄ちゃんにべったりになってしまったようで、今も片手で自転車を引っ張りながら、もう片方の手を向日斑と繋いでブンブンと振り回している。

 二台横並びの向日斑と花梨の自転車、その後ろに自転車を引く俺とセレスが並んで歩いている。

 一人での下校に比べれば、賑やか極まりない状況だというのに、俺は物足りなさを感じていた。

 俺の横を歩くセレスは、まるでロボットのように、手足を揃わせて歩いていた。指も垂直に伸びておりガチガチ状態だ。

 顔だってこわばった表情で固まったままで、目線を合わせないように俯いて赤面したままだし。何故かスカートの裾を持ったままモジモジとしている。

 思い当たることといえば、俺がスカートの中に頭を突っ込んだことぐらいだ。

 って、それだろ! むしろそれ以外ないだろ!

 あれだろうか、また俺が頭を突っ込むんじゃないかと警戒しているのだろうか? 俺だって変態じゃない、相手の了承なしでスカートの中に頭を突っ込んだりはしない。(忍者の場合は除く)

 ここは紳士的優しさを見せて。


『おいおい、俺はスカートの中に頭を突っ込まないから、安心しろよハニー』


 とでも言ってあげるべきだろうか。

 まぁ、その言葉自体がセクハラ極まりないと思うけれども……。

 しかし、別の考え方もできる。

 セレスは……俺がまたスカートの中に頭を突っ込んでくることを、渇望している!

 

『どうして、早くスカートの中に頭を突っ込んでくださらないの……。わたくし寂しいですわ』


 こう思っていないとも限らない。

 まぁ、これだと完全に痴女なわけだが……。

 さらに、これだった場合は。


『ハニー。スカートの中に頭を突っ込んでほしいのかい?』


 なんて感じに、俺がさわやかな笑顔で尋ねなければならない。

 うむ、変態だ。

 俺が第三者だったならば、すぐさま通報しているに違いない。

 つまることろ、俺はこのスカートの件に関しては、全力でスルーするのが正しいということになる。

 そんなことばかり考えていると、口から何も言葉が出てこない。

 無言っていうのは、緊張感ばかり増してしまって良くない。軽口でも何でも、言葉を発していたほうが気楽でいい。

 ほら、あの俺の前を歩く向日斑兄妹みたいに、なんてことのない一日の出来事なんかを楽しそうに話して、相槌を打って、たまに笑ってみたり。

 それって、きっととても大事なことだ。

 なんでもいいから、喋ろう。今日あった出来事についてでも……。

 今日あった出来事、それは桜木さんとの出来事……そんなのセレスに話せるわけがない。

 俺の口の中にある言葉は、胃袋の奥深くまで押し込められてしまい、更に鍵をかけられたようで、出てくる気配がない。

 今日の天気の話とか、お昼ごはんの話とか、そんなんでいいんだ。そんなんでいいんだけど、桜木さんのことをが頭にチラついて離れてくれない。

 そんな時。


「か、神住かみすみ様!」


 セレスが素っ頓狂な声をはりあげて、俺の名前を呼んだ。俺が数十メートル離れた場所にいるならば、適切な呼び方かも知れないが、俺がいる場所はすぐ隣だっていうのに……。

 あまりの唐突な呼びかけに、俺の背筋はピーンと伸ばされ、思わず直立不動の姿勢になってしまう。


「こ、この後、お時間少しよろしいでしょうか!」


「え? お時間って?」


「よ、よければ二人っきりでお話したいことが……」


「あ、はい。別にいいけど……」


「ブラッド!」


 セレスの呼び声に反応して、何処からともなく猛スピードで黒塗りの高級車が飛んでくると、俺とセレスの真横で急停車した。


「それでは、神住様、お乗りになってくださいな」


「え? いや、でも俺自転車が……」


「ご安心くだいませ。神住様の自転車は、お家の方に送り届けさせていただきます」


 物音一つ、気配一つ感じさせることなく、ブラッドさんは俺の背後に立っていた。これが暗殺者アサシンだったならば、俺は死んだことすら気づかずに殺されていたことだろう。

 俺は半ば強引に、車の中に押し込められると、猛スピードで車は走り出していく。

 ことの成り行きを、ただ傍観していた向日斑兄妹はわけもわからないまま、手を振って見送ってくれた。

 

「なぁセレス、何処に行くんだ?」


 俺は少し不安になって尋ねた。


「……」


 セレスは俺の方を見ずに、真正面を見据えたまま黙っていた。

 まさか、スカートの中に頭を突っ込んだ罪により、俺は金剛院家に裁かれるのではあるまいな……。

 無いとはいえないところが恐ろしい。


『うちの娘を傷物にしやがってー!』


 等と、セレスパパが現れては、金剛院家に伝わる聖剣レーヴァテインで俺を切り刻みにかかるかもしれない。そうなったらば、俺はこの左手に封印した暗黒竜の力を開放して、《邪龍漆黒炎ダークドラゴネスフレイム》を放たなかればならないかもしれない……。


『恐ろしい戦いになりそうだぜ……』


 中二妄想を続ける俺の乗せて、車は何処とも知れぬ場所へと向かっていったのだった。


『まさか、ここまでやるとは思わなかったぞ、神住久遠かみすみくおん。こうなれば、レーヴァテインの秘められた力を解放するのみ……』


『ふっ、貴様は俺の力の本の片鱗に触れたにすぎん……。見よ! 名に神の文字をいただく、俺の本当の姿を……』


 と、ここまで妄想したところで、車は停車した。


「着きましたわ」


 俺が車を降りようとした時に、不意に潮の香りが鼻に漂ってきた。

 

「えっと、ここは……」


 俺の眼の前に広がるのは、砂浜、そして波が打ち寄せる海。

 時刻は夕暮れ、夕日が今まさに海の中に沈んでいこうとしているところだった。

 

「それでは、お嬢様」


 俺とセレスを残して、車は走り去っていった。

 砂浜に放置される、俺とセレス。

 周りには人っ子一人として見当たらなかった。静かな海だ、聞こえるのは打ち付ける波の音だけ。あれだろうか、いわゆる一つのプライベートビーチというやつなのだろうか。


「す、少し歩きましょう……」


 セレスが夕日をバックに髪をかきあげる。

 金髪ツインテールが、落ち着きなくピョコンと飛び跳ねてみせた。


「お、おう」


 波打ち際を、俺とセレスが並んで歩く。夕日が二人の影を砂浜に映し出す。

 気が付くと、セレスは靴を脱いで裸足で波打ち際を歩いていた、俺も真似をするように靴を脱ぐ。焼けた砂が足の裏を刺激して、なんともむず痒くもあり、心地良くもあった。

 

 俺は一体何をしているのだろうか……。

 俺の予想では、セレスパパと世界の存亡をかけた大バトルがおこなわれるはずだったのだが……。

 現実は、セレスと二人並んで誰もいない砂浜で歩いている。

 こんなベタなシチュエーション、まるでこれから告白でもする流れじゃないか!


『え?』


 ここで俺は、下校時にセレスの行動にすべての合点がいったのだった。

 セレスはスカートの件でギクシャクしていたのではなく、今日この状況に至ることを思い悩んで、ぎこちない行動を撮っていたのだ。

 つまりは……。


「神住様……」


 セレスが足を止めて、こちらを振り返る。

 夕日がセレスの頬に赤みをさして、表情を引き立てる。

 セレスの真剣な表情、ほてった頬、震える足、強く握りしめた手。

 これだけ大量のヒントが出ていれば、鈍感な俺だってさすがにこの後に続く言葉が何であるのかわかってしまう。そうセレスはこれから俺に告白をするつもりなのだ。

 そのシチュエーションの為に、この夕日が沈みかけた砂浜をチョイスしたのだ。きっと、これがセレスの夢に描いた告白シーンに違いない。

 俺はどうしていいのかわからずに、セレスの次に出る言葉を待つしかなかった。


「わたくし、先日気がつきましたの。待っているだけじゃ駄目だって! 自分から動かなければ始まらないと……。神住様を、スカートの中に招き入れた時に、気がついたんですの!」


 !?

 俺の予想の斜め上を行く言葉が、セレスの口から飛び出した。

 まさか、ここであのスケートの話を入れてくるとは……。いや、確かにあれはとんでもなく積極的なアプローチだったけれども、それとこれは別問題ではなかろうか……。でも、アレで気がついちゃったのか? やっぱりこいつはとんでもないアホっ子だ……。


「セレス待て! 落ち着くんだ。スカートの中に男の子を引きずり込んで、何かに気がつくとかはおかしいことだぞ?」


 俺のいっていることはきっと間違ってはいない。正しいことのはずだ。というか、なんか色々とおかしい。


「いいえ! あの時、わたくしの身体の芯にビビビビっと電流のようなものが走りましたわ。これが、きっと恋なのですわ! そうでなくて何が恋と呼べるのですか!」


 駄目だこいつ……。完全にギアがトップギアを飛び越えておかしいところに入っていやがる。目が完全に常軌を逸してしまっている。

 恋は盲目とはよく言うが、これは恋はキチ◯イにまで達してしまっている。


「だから、わたくし……今日髪住様に、自分の素直な気持ちを……」


 セレスのギアがまた変わる。シリアスだ、シリアスモードに切り替わる。

 それを演出するかのように、強めの波がザザーンザザーンと押し寄せては、俺とセレスの足元を濡らす。

 俺は砂浜に足を踏ん張って、次に来る最大級の津波以上の威力を持つと思われる言葉に備えた。


「わたくし……。神住様のことが……」


 この数秒後に、セレスは俺の事を好きだと告白するだろう。

 いいのか? 女の子に、先のそんな言葉を言わせていいのか? 男ならば、こちらから先に告白するべきではないのか?

 それ以前に、俺はセレスのことが好きなのか?

 公園でのデート、動物園の休憩室での出来事、普通に考えれば俺はセレスのことが好きだ。

 だが、俺は恋愛というものがわかっていない。

 俺は目を閉じる。

 その時に、一番最初に思い浮かぶ顔は誰だ?


『セレスさんと仲良くしてあげてくださいね』

 

 ……どうして、こんな時に桜木さんの顔が浮かぶんだよ。 

 

「神住様のことが、す……」


 最後の一文字を言い終える前に……。俺は一歩踏み出して言葉を遮った。


「待てぇい! 待て待て待てってんでぇい!」


 俺は腕を大きく横に開いて、通せんぼのポーズをして、べらんめえ調で怒鳴りつけた。

 

「なんなんですの!?」


 セレスの困惑の表情と、瞳に涙を浮かべる。勇気を振り絞っての告白を、あと一文字というところで怒鳴りつけられたのだ、泣きたくなってもしょうがないところだろう。


「その言葉ちょっと待てぇい! ……その言葉はな、俺が言う……」


 言ってしまった。自分から告白するという、ただの格好付けのためだけに言ってしまった。


「え……」


「だから、セレスはちょっと待ってくれないか」


「は、はい……」


 しばしの無言の間。

 俺は大きく深呼吸をする。

 一つ、二つ、三つ……。このまま深呼吸を続けて、ラジオ体操に突入してごまかすのはどうだろうかと、そんな考えが頭をよぎったが、俺を真摯な眼で見つめるセレスを前にしては、そんなことが出来ようもなかった。

 えぇい! 俺も男だ、ここで煮え切らない腹を決めて、自分の人生に華を添えるんだ。そうさ、たった一言を言うだけで、俺に彼女ができるんだ! 彼女ができたら、キスしたり、スカートの中に頭を突っ込んだりし放題だ! 良いことずくめじゃないか! 少し前まで、友達すら無いなかった男に、こんなに可愛くてお金持ちの彼女ができるんだ。昔の俺が今ここに居たならば、涙を流して喜ぶに違いない。

 自分で自分を納得させ、勢いをつけるたえに、脳内に大量のポジティブな言葉を流し込む。

 そして、遂に俺は……。


「俺は、神住久遠は……金剛院セレスのことが……好きだ!」


 言った。後戻りの出来ない言葉を言ってしまった。


「う、嬉しいですわ……」

 

 セレスが泣いている。心の重荷がとれた安心感と、喜びとで泣いているのだろうか。

 良かった。これで全部良かった。

 良かった……のか?

 愛ってものがわからないまま、恋人を作ってしまってよかったのか?

 桜木さんのことを気にかけながら、恋人を作ってしまってそれが正解なのか?

 俺の心をよぎる疑問が、余計な一言を俺の口から吐き出させる。


「でもな……」


「え?」


「本音言うと、俺はセスのことが好きだとは思う。でも、恋愛ってのがよくわかってなくて、これが本当に愛しているっていう、その感情なのかまだ自分ではっきりとはわからないんだ……。だから、俺とセレスは恋人(仮)と言うところから、スタートするというのはどうだろうか?」

 

 ああ、言ってしまった。そんなこと言わなければいいのに言ってしまった。正直に、自分に正直なのは良いことなのかもしれないが、それが相手にとって良いことかどうかは別問題だ。


「恋人(仮)ですの……?」


 意味がわからずに、セレスが小首を傾げるのも無理は無い。俺だって、考えがあって言ったわけではないのだから。


「お、おう。免許でも仮免許ってのがあるだろ、そこから路上教習をしてだな、正式な免許になるわけでだな……」


 恋愛を自動車教習所に例えての説明は、我ながら支離滅裂だと思った。恋愛という事柄に対しては、ただでさえ少ない俺の脳みそのキャパシティが、極限まで圧迫されるのだから仕方ない……。


「……と言うことは、わたくしたちも、これから一緒に過ごしていって、いろいろな経験を経て、本当の恋人同士になるんですのね?」


 ふむふむと、小刻みに頷きながら、セレスは俺の勢いで言った言葉の意味を、きっちり噛み砕いて理解してくれているようだった。


「わたくし頑張りますわ! 頑張って、本当の恋人同士になりますわ!」


 セレスの目にお星様が何個も輝いてみえる。


「お、おう」


 俺は、そのあまりの純粋で前向きな瞳に圧倒されてしまう。


「今は仮の恋人同士ですけれども、いいですわよね……」


 セレスが胸の前で手のひらを合わせて、上目遣いで訴えかける。

 俺は小さく頷く。

 その頷きに反応して、待てをとかれた子犬のように、セレスが俺の胸の中に飛び込んでくる。

 俺はそれを優しく受け止める。

 沈みゆく夕日の中で、俺とセレスの影が重なった……。


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