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93 スカートの中の居住性。

「ウ、ウホ……。俺は一体どうしてたんだ……。確か、何かに襲い掛かられてそれから……」


 俺はセレスのスカートに頭を突っ込むのを躊躇して、向日斑のほうを振り返った。

 向日斑むこうぶちは、上半身を起こして、おぼろげな記憶を思い出そうとこめかみを抑えていた。

 まずい、このままではファーストキスが雌ゴリラであるということを思い出してしまうかもしれない。

 

「な、何なんですの! わたくしのスカートの中に頭を突っ込んでくださらないんですの!」


「それよりも、今は向日斑のことを見てやらないと!」


「きぃぃぃ、わたくしの純情な乙女心をソレ呼ばわりなんて許せませんわ!」


 金切声を上げるセレスを完全放置して、俺は逃げるように向日斑の元へと向かう。

 

「おい、大丈夫か向日斑!」


「お、おう。なんか酸素が足りない感じで少し頭がクラクラするが大丈夫だ」


 酸欠に陥りかけたのは俺のせいだが、それは黙っておくことにした。それが世界の平和というものだ。

 

「それより、俺はどうして気を失っていたんだ? いまいち思い出せないんだが……」


「あ、あれだ。その、ゴ、ゴリラが……」


「ゴリラが?」


 と、そこまで言いかけたところで、俺はどう説明して良いものかと言葉を詰まらせた。

 その時、俺の背後に忍び寄る黒い影が……。


「捕まえましたわ!」


「え?」


 声に振り返ると、セレスがスカートの端を手に持ったまま、仁王立ちしているではないか。ハァハァと息遣いも荒く、何故か発情しているかのように頬を赤くさせている。


「えいっですわ!」


 俺の視界が真っ暗になる。

 何処だ、何処なんだここは……。

 なんだろう、シットリとしていながら、この胸を清々しくさせる良い香り、そしてなんだかプニプニするこの太もものようなもの……。ってか、これ太ももじゃねえかっ!


「あんっ」


 声に反応して顔を上げると、そこには薄ぼんやりと白く光るも三角のものが……。って、これパンツじゃねえかっ! 俺の鼻の頭が、ツンツンとパンツに触れてしまう。


「だっ、駄目ですわっ……」


 セレスが今までに聞いたことのないような色っぽい声を上げる。

 待て、待つんだ。落ち着くんだ。

 現状を理解しよう。

 俺は今、セレスのスカートの中に頭を突っ込んでいる。うん、これはわかっている。そして俺は、この場の空気にこの身を委ねて、色んな事をしてみたいという好奇心に心と身体を支配されようとしている。

 そうだ、そうなのだ。

 この俺の眼前にある魅惑の三角形、この三角形に様々なアプローチをしてみたいという、そんな抑えきれないリビドーに突き動かされてしまっている。

 だが、待つんだ。

 俺は、この三角形以上のものにすでに遭遇しているではないか……。そう、忍者の象さんである。それに比べれば……って、おかしいだろ! 俺はホモじゃ無い! 女の子が大好きだ! だが、性別の垣根を超えて忍者が大好きであるのも搖るがない事実なわけで……くそぅ、頭が混乱してきた。こんなスカートの中に頭を突っ込んでいるから、酸素が薄くて脳に回らないんだ。


「すぅーはぁーすぅーはぁー」


 俺は大きく深呼吸をして、肺と脳に酸素を送り込んだ。

 なんだか、酸素以外のいやらしいものを吸い込んでしまっているような気がしないでもない……。

 それにしても、女の子のスカートの中というのは、居住性が悪い。湿気が多い。夏場は暑い。空気が薄い。暗い。ムラムラする。住むのには適さない環境だと言えよう。

 そして、さっきからセレスの太ももがプルプルと震えているのは何故だろう。武者震いだろうか? 声にならない熱い吐息のようなものが聞こえているのは何故だろうか……。

 そして、深呼吸の後に、俺はやっとこの状況を打開する方法を見出したのだ。


 ――普通に出ればいいだけじゃないか……。


 俺はヒョイッとのれんをくぐるように、セレスのスカートの中から脱出した。

 俺の目の前には、恍惚した表情で打ち震えているセレス。そして俺の背後には、お猿の尻にような真っ赤な顔を必死に手で覆い隠している向日斑。

 周りに陣取っていた観客たちは、見てはイケナイ場面だと空気を察したのか、影も形も無くなっていた。


「あ、あぁぁん……」


 セレスは内股でその場にしゃがみ込んでしまった。指を口に咥えてモジモジとしているのは何故だろう。考えないことにしておこう。

 

「か、神住かみすみ、お前とんでもなく恐ろしいやつだな……」


 どうやら向日斑は、別のことに頭がいっぱいになったご様子で、どうして気を失ったかについて考えることを忘れてしまっているようだった。まさに結果オーライだ。いや、俺があえてセレスのスカートの中に頭を突っ込むことによって、向日斑の注意を別のことに向かわせたのだから、戦略的成功といえる! 俺偉い! エロい!?


「お兄ちゃーーーーーん!」


 向日斑が目を覚ましたことに気がついた花梨かりんが、竜巻のようにあたりの空気を巻き上げながらこちらに向かって走ってくる。

 近く似た数人は、その旋風に巻き上げられて吹き飛ばされてしまうという始末だ。

 花梨はそのまま減速もせずに、向日斑の胸に飛び込んでいった。

 向日斑は、身じろぎ一つせずにそれをしっかりと受け止めた。


「どうした花梨、そんなに慌てて」


「だって、だって、お兄ちゃーん」


 花梨は向日斑の首に腕を回して、ギュッと抱きしめる。

 向日斑はそんな花梨の頭を優しく撫でてやっていた。

 麗しき兄弟愛ここにあり、と言ったところだが、実の所は兄弟愛で済まされないという……。

 俺の心を読んだのか、花梨が鋭い目突きでこちらを睨みつける。その瞳が『もしさっきのこと、お兄ちゃんに喋ったら……わかってるよねぇ〜』と雄弁に語りかけてくる。

 俺は苦笑いを浮かべながら『わかってるよ』の合図に小さく頷いていせた。

 花梨は向日斑に見えないように小さくあっかんべーをして答えた。

 こういう所は、本当に可愛らしい。


「おっ、花梨、お前ひざ擦りむいてるじゃないか」


「え? あ、ホントだ」


 向日斑は花梨を地面に降ろすと、制服のポケットの中から絆創膏を取り出した。意外なように思えるが、向日斑はこういう小道具をいつも持参している。話しによれば裁縫とかも出来るらしい。このでっかい手でちまちまと裁縫をする姿を思い浮かべると、なんだか微笑ましく思える。


「ほら」


「え、いいよー! こんなのツバつけとけば治るってー」


 花梨は恥ずかしがって、膝を隠して向日斑から逃げようとする。いつも大胆不敵な行動ばかりしている花梨とは思えないリアクションだった。


「駄目だ駄目だ。バイキンが入ったらどうするんだ」

 

 向日斑は花梨の肩をガシっと鷲掴みにすると、強引に自分のほうを向かせる。


「もぉ、お兄ちゃんってば、強引なんだからなー」


 花梨は向日斑の正面にしゃがむと素直に膝を差し出した。向日斑がウンウンと優しく微笑む。

 向日斑の大きな手には絆創膏が一つ。普通の大きさなのに向日斑のせいでとても小さく見える。傷口をハンカチで清潔に拭き取ると、絆創膏を丁寧に丁寧に花梨の擦りむいた膝に貼り付けていく。


 ――ああ、兄妹ってなんかいいもんだなぁ。俺にも妹がいれば……。


 なんて事をつい思ってしまうほど、ほほえましい光景だった。


「よし、これでオッケーだ」


 向日斑が花梨の背中をポンと叩いて立ち上がらせる。

 

「あ、ありがと、お兄ちゃん」


 もう大丈夫だよ、とアピールのために、ピョンとジャンプを一つしてクルッと一回転してみせる。

 揺れている、花梨のオッパイが揺れている。

 なんて素晴らしい光景なんだろう。

 兄妹愛よりも、オッパイが揺れるだけで、こんなにも心が澄んでいくのは何故だろうか……。ああ、オッパイはきっと世界を救うのだ。

 俺は無意識の内に合掌していた。

 きっと、冴草契さえぐさちぎりの貧乳ではこうはならないだろう。


「貧乳と言えば……。そう言えば、冴草契と桜木さんは一体何処に居るんだ……」


 戦いが始まる前までは、俺とセレスの近くに居たはずなのだが、途中から姿が見えなくなっていた。

 

「おい、神住。あそこに居るのがそうなんじゃないのか?」


 向日斑が指さしたのは、ファミレスの店内。

 よく目を凝らして見れば、桜木さんと冴草契は、店内でパフェなどをパクついているではないか。


「わたし呼んできてあげよっかー?」


 花梨が返事も待たずに、ファミレス店内に突撃していく。

 どうやら、この場にいるのが少し照れくさかったらしい。

 

「おう、ゴリラ男君に、変態くん!」


 俺と向日斑に声をかけてきたのは、青江あおえさんだった。どうやら、変態男君と言うのは俺のことらしい。

 

「うわっ!?」


 俺が驚いたのは無理もない。青江さんは、雌ゴリラのシルフィーを肩に担ぎ上げているではないか。しかも、まるで手提げ鞄を持つくらいの余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)でだ。


「あ、お嬢様、わたしがこいつを保護しますよ。とりあえず、お屋敷に運んどきますけど、いいっすか?」


「え? は? あ、はい。よ、よろしいですわ」


 しゃがみ込んだままずーっと放心状態だったセレスは、状況を何も理解しないまま返事をしてしまったようだ。きっと、何を言われたのか覚えていないだろう。


「よーし、んじゃ、この子連れていきますよっと」


 青江さんが、シルフィーを担ぎ直して、この場から離れようとした時、俺の顔を見て足を止めた。


「変態男君、君なかなかやるじゃん。今度よかったら、お手合わせしようよ。あ、スカートの中に頭突っ込まないと力が出ないって言うなら、お姉さんのスカートの中に突っ込んでもいいんだぜ~」


 青江さんはチャイナドレスのスリットをまくりあげて、俺を挑発してみせる。筋肉質でしまった太ももは、色気とはまた違う野生のフェロモンのようなものが分泌されているような気がした。

 

「そんじゃ、まったなー」


 青江さんは雌ゴリラを担いで、颯爽と走り去っていった。

 あの光景を道行く人が見たら、きっと卒倒して倒れるに違いないだろう……。


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