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92 ヤキモチはスカートの中



「ふぅ……」


 ひと仕事終えた良い表情で、俺はスカートから顔を出す。勿論、めくれ上がって見えてしまったりしないように、慎重を期すことを忘れては居ない。

 ふと周りを見回すと、まるでお通夜のように静まり返っている。

 

 ――あれれ、俺の耳が急に聞こえなくなったのかな?


 顔を上げると、忍者がまるで蝋人形のように固まってしまってるではないか。

 顔には血の気というものが完全に失われており、元から色白だった忍者の皮膚は、より一層作り物のように見えた。

 ゆっくりゆっくりと、忍者は俺の方に顔を向ける。瞳の中には今にも零れ落ちそうなほど涙が溜め込められていた。

 うんうん、きっと不安だったに違いない。辛かったに違いない。

 俺は立ち上がると、最高の笑顔を見せて、忍者の肩にポンと優しく手を置いた。


「大丈夫だ、俺がちゃんと見えないようにガードしておいたからな!」


 まぁ、いくらかアクシデントはあった。まさか、俺の唇と象さんが接触してしまったのは予想外だった。けれど、まぁ……長い人生そんなことがあってもいいじゃないか……。もし、一度だけこんなことが起こるとしても、その相手が忍者で本当に良かった。これは不幸中の幸いと言っていいだろう。

 忍者だって、見知らぬやつに象さんを晒さずに済んで大喜びのはずだ。

 

「コロス……」


 シンプルな、とてもシンプルな言葉が、俺に向かって刃のように突き刺さる。

 言葉と同時に、ハンマーのような殺気の塊が、俺の重圧で押しつぶそうとする。さっきまで忍者の瞳の中にあった涙の粒は、憤怒の炎で一瞬で蒸発してしまい、代わりに死神のような眼力で俺を睨みつける。俺は恐怖のあまり、おしっこを漏らしそうになるのをこらえるのに必至だった。


「い、いや、あれだ……。俺は、お前を守ろうとしてやったわけでだな……。他意はないんだぞ? わかるか?」


 俺の声は、忍者の耳にはまるで届いていなかった。

 見るも無残になったノースリーブのシャツの懐から、クナイを一振り取り出すと、最上段に振りかぶった。

 

「待て! いま動きまわると、見えるぞ! 見てしまうんだぞ! それでもいいのか!」


 忍者の振りかぶった腕が頂点で止まる。

 どうやら、やっと自分が置かれている状況を理解してくれたらしい。

 忍者のミニスカートはすでにボロボロで、ほんの少しの動きでも、象さんがいつ顔を出してもおかしくない状態なのだ。

 忍者は、顔を赤面させながら、胸元と股間を押さえるようにして隠した。


「お、覚えていろよー! ばかーっ!」


 忍者は股間を隠したまま、観客の中をすり抜けるように走り去っていったのだった。

 ファミレスの駐車場のど真ん中には、主を失った純白のドロワーズが物言わずに自己主張を続けていたのだった。

 

「えーっと、久遠……これって、あの、その……」


 花梨は状況をまるで理解できずに、呆然と立ち尽くしていた。

 雌ゴリラのシルフィーは倒れたままだった。

 

「これはァァァ! まさかの、第三者の介入によりィィィ、ノーコンテストだァァァ!」


 ファミレス店長がマイク片手に立ち上がっての大絶叫。

 

「誰がこんな結末を予想したでしょうか! どうですか、解説の田中さん?」


「いえいえ、予想外の結末とはいえ、良い物を見せていただきました。良い太もも、良いおパンツ、揺れる胸、すべて素晴らしゅうございました」

 

 常連客の田中は感動のあまりむせび泣いていた。

 ただ、感動したものがバトルよりも、全て女体の神秘であるのは如何なものか?

 

「どうでしたか、スペシャルゲストの青江あおえ先生?」


「あの、糞ガキ……。七桜璃なおりを助けに入った時の速度は、わたしを超えてたかもしれねぇ……。七桜璃のピーを守るために人間の限界領域を超越するとは、とんでもない変態だぜ……」


 俺のことを褒めているようだったが、褒められている気がしないのは気のせいだろうか。


「兎に角、良い戦いでした! みなさん、選手の皆様に拍手を!」


 観客から一斉に拍手の渦が巻きおこる。

 その隙をついて、俺はコッソリと忍者の落としていったドロワーズを回収することに成功した。

 それをポケットの中にねじ込むと、口笛なんか吹くマネをしつつ、何くわぬ顔で観客席へと紛れ込む。

 俺を待ち受けていたのは、憮然とした表情のセレスだった。

 

「あらあら、あらあらあら、神住かみすみ様、いきなり飛び出していったと思ったら……七桜璃のスカートの中にお顔を突っ込むだなんて、何を考えていらっしゃるのかしら」


 セレスのこめかみに血管が浮き出ている。これは半端無く怒っているに違いない。瞼だって、小刻みにひくついているじゃないか……。

 

「い、いやぁ、あれは……」


「神住様は、男の子のスカートの中に顔を突っ込むご趣味があるんですのね……」


 蛇に睨まれた蛙とはこの事で、俺は動けなくなってしまう。


「いや、それはあの男の子だからとかじゃなく……」


「そ、そんなにスカートの中に顔を突っ込みたいのでしたら……。わ、わたくしのスカートの中にお入りになっても宜しいんですのよ……」


 セレスは、スカートの端を手で握りしめながら、プイッと顔を背けた。

 俺は考え違いをしていたようだ。セレスは怒っていたというよりも、忍者に対してヤキモチを妬いていたのだ。とは言え、対向するために、スカートの中に顔を突っ込めとか……。

 

「ま、待てよ! 俺は意味もなく、スカートの中に顔を突っ込んだりはしないぞ?」


「……七桜璃には出来ても、わたくしは出来ないっておっしゃるんですのね……」


「いやいやいや、そうじゃなくてだな……」


「神住様は、男の子ほうが好きなんですのね!」


「ち、違うって!」


 確かに、あの忍者ならば少しはありかなぁ~って思わなくも……って何考えてるんだ俺!

 

「ほら、それにさ、ひと目があるしさ……」


 さっきまで花梨や忍者の戦いを見守っていた観客たちは、いつの間にか俺とセレスを取り囲んでは、好奇の目を向けていたのだった。

 格闘バトル一転して、恋愛バトルが勃発しているのを目ざとく見つけた観客たちは、あれよあれよという間に、俺たちを見世物状態へと追い込んでいたのだった。


「七桜璃の時は、観衆のど真ん中に飛び込んでいってまで、スカートの中に顔を突っ込んだじゃありませんか!」


「うっ……」


 それを言われては反論のしようがなかった。

 いや、実は反論のしようはあるにはあるのだ。


 ――あの時、俺がスカートの中に顔を突っ込んで、忍者の象さんを隠さなければ、忍者の象さんが観客の目に触れるところだったんだ!


 と、理由はきちんとあるのだが、それをこんなところで言えるはずがない。

 忍者の面目のためにも、俺の性癖のためにも、それを言う訳にはいかないのだ。――って、あれ? なんで俺の性癖のためとか思っちゃってんだ!?

 こうなってしまっては、俺は観念してセレスのスカートの中に顔を突っ込むしか選択肢はないのだろうか……。


「わかった……」


 俺の言葉に、観客たちからどよめきの声が上がる。

 

「変態よ……」


「うわぁぁぁ、羨ましい……」


「カメラ! カメラアプリを立ち上げないとっ!」


「新しいプレイね……」


「男やで! こいつはほんまもんの男やぁ!」


 などなど、無責任な言葉たちが周りを飛び交い出す。

 

「そ、それでは神住様……ど、どうぞいらしてくださいまし……」


『ゴクリ』


 観客全員のつばを飲み込む音が聞こえた。

 セレスは恥じらいながらも、スカートを膝の下辺りまで持ち上げてみせる。

 長いスカートに隠された、美しく高貴なおみ足が顔ゆっくりと出す。

 朱色に染まった頬、伏目がちな瞳、そのすべてが愛おしく思えてならなかった。

 これが二人っきりの時ならば、どれだけ嬉しい事だろう。しかし、今は数十人規模の観客に見守られた状態なのだ。

 

「それじゃ……」


 俺は膝を地面について屈みこむと、そのまま顔をセレスのスカートの中へと……。

 その刹那。

 俺は聞き慣れたゴリラのうめき声を耳にしたのだ。


「ウ、ウホウホホホ……」


「む、向日斑むこうぶち! 目を覚ましたのか!」


 今までずっと気を失っていた向日斑が遂に目を覚ましたのだ。

 

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