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91 象さんとキス!


 分身の術、それは忍者漫画では定番中の定番。

 これなくして何が忍者か! と声を大にして言えるほどの忍術である。

 それが今俺の目の前で行われているのだ。これに感動しなくてどうする!

 俺は涙を流していた。感涙というやつだ。

 男ならば、中二病の男であるならば、誰しも一度は試したであろう技が二つある。

 一つは花梨が先ほど放った《ソニック・トルネード・ストライク》通称STS(俺が今勝手につけた)

 超高速の拳が、竜巻となり大気を切り裂いて、離れた相手の吹き飛ばす。俺はコッソリ、家の蛍光灯のヒモ目掛けて、何度も練習としたことがある。勿論、出来るわけなかったけれど……。

 そして、もう一つが、いま忍者が行っている分身の術だ!

 一人部屋の中で、ヘトヘトになるまで反復横跳びを行い『今一瞬二人に見えたりしたんじゃないか?』と、妄想して楽しんだ後に、下の階の母親から『なにやっての、五月蝿いから静かにしなさい!』と怒鳴られたのは、ごく最近の思い出だ。

 まぁ、俺の思い出話は置いておいてだ。

 今眼の前で、俺が夢の間で見た分身の術を、忍者のやつが実演してしまっているわけなのだ! しかも五つに分身している。一体全体どういう原理なのか……。

 その時、俺の頭に閃きが駆け巡る!

 

「はっ! そうか、あいつ本当は五つ子だったんだ!」


「そんなことありませんわ」


 セレスは、俺の言葉を歯牙にもかけなずに、あっさりと否定してのけた。

 こうなれば、頼りになるのは、スペシャルゲストとして解説席にいる青江あおえさんだけだ。


「こ、これは、ゴスロリ選手が分身を! 五つにわかれました! これはどういうことなんでしょうか、青江先生!」


 いつの間にか、青江さんに先生が付けられていた。

 

「あれこそが、神速を旨とする七桜璃なおりの真骨頂! 超高速で移動することにより、残像を発生させ、まるで複数人数存在しているかのように見せる技! 名づけて《パラレル・シャドウ・アタック》」


 青江さんの解説の言葉には、今までにないほどに力が込められていた。

 五人の残像は、あっと言う間に、花梨の周囲を取り囲んだ。まさに、袋のネズミ状態だ。

 

「手加減はしないよ……」


 忍者のその言葉を合図に、五人の忍者は一斉に花梨に向けて跳びかかっていく。上空から、真正面から、左から、右から、背後から、まさに蟻の這い出る隙もない攻撃だった。

 五方向からの回避不可能な手刀は、すべて花梨に命中する……はずだった。

 分身五体による攻撃に対して、花梨は地面に向けて《ソニック・トルネード・ストライク》を放ったのだ。

 その攻撃はアスファルトを貫通して中の土壌まで達し、煙幕のように土煙を巻き上げたのだ。

 その刹那、五人の忍者は花梨の姿を見失ってしまい、動きを一瞬だけ止めてしまう。

 止まったしまった分身は、すでに分身ではなく、ただの一人の忍者に過ぎなかった。

 

「ばーかっ!」


 花梨の不遜な笑みが、土煙の中から浮かび上がる。

 即座に忍者は再び加速を初めて《パラレル・シャドウ・アタック》の技を繰りだそうとするのだが、それを待ってくれるほどに、花梨は甘くはなかった。

 花梨の渾身の《ソニック・トルネード・ストライク》が忍者に向かって放たれる。

 正面から受け止め等とすれば、身体は無残に八つ裂きにされてしまう。かと言って、音速で飛んでくる風の刃を左右に飛び退いて交すことなど不可能……。

 しかし、忍者はあきらめては居なかった。

 助走も無しにアスファルトを蹴りぬくと、バク転の姿勢をとって上空高く舞い上がったのである。

 この時、俺の動体視力は常人をはるかに超えるレベルまでに上がっていた!

 何故ならば、バク転中の忍者のおパンツ、いやおドロワーズが丸見え状態になったからだ! この瞬間を目に焼き付けないでいつ焼き付けるというのかっ!

 しかし、花梨の《ソニック・トルネード・ストライク》は上空の忍者も範囲内に捉えていたのだ! 直撃は避けることは出来たとはいえ、忍者はボロボロになって、アスファルトの上を転げまわってしまう。

 

「なるほどねぇ……」


 青江さんが、シブイ顔で頷く。


「な、何がなるほどなんでしょうか、青江先生!」


「七桜璃のやつは、花梨の技の効果範囲が、上空には広くないと踏んでのバク宙回避だったわけだが、そんなに甘くはなかったってことさ。それでも、少しはマシだったみたいだけどね」


「な、なるほど。良くはわかりませんが、恐るべし縞パン選手といったところですね!」


「縞パンが見えないのが残念ですけどねぇ……」


 解説の田中は、戦いについて行けずに、花梨のパンツを追いかけることに執念を燃やしているようだった。

 忍者は倒れたまま、暫くの間動けずにいた。

 予想以上にダメージが大きかったのだ。

 今のこの瞬間に、花梨の追撃が来ればここで勝負は決していたことだろう。だが、花梨はそうはしなかった。

 いや、出来なかったのだ!


「は、離しなさいよー! ばかーっ!」


「ウ、ウホー!」


 それは雌ゴリラのシルフィーだった!

 シルフィーは、先ほどの花梨が地面に向けて放った《ソニック・トルネード・ストライク》の衝撃で目を覚ましていたのだ。

 目を覚ましたシルフィーは、仇敵である花梨をすぐさま羽交い締めにして身動きを取れなくしていた。

 さしもの花梨も、ゴリラの怪力で締め付けられては動きが取れるはずも……あった。

 

「せいっ!」


「ウゴホォー……」


 花梨はほんの少しの隙間から、気を乗せた肘打ちをゴリラの脇腹に打ち込んだ。シルフィーは口から吐瀉物を吐き出しながら、大勢を大きく崩す。

 そこに、情け容赦のない止めの一撃が今まさに放たれようとした時……。


「まさか、ボクがゴリラに助けられるなんてね……」


 忍者は、花梨がシルフィーとやりあっているほんの少しの間で、身体を立ち上がれるまでに回復させることに成功していたのだ。


「ボクの限界を超えた一撃を……受けてみろ!」


 忍者の加速が始まる。今までに見たことのない気迫を乗せた加速だ。

 二つ、三つ、四つ、五つ、まだ加速は続いていく。六つ、七つ、八つ……。

 八身に分身した忍者は、文字通り八方から花梨を包囲したのだ。

 もう、さっきのように、地面を打ち付けての煙幕は忍者には通用しないだろう。遂に、花梨は逃げ場がなくなってしまい、勝負あったか……とこの場に居た観客の誰もが思ったかもしれない。そう、この俺以外は……。

 俺は見てしまったのだ。

 多分、この白熱した戦いの最中、これに気がついているのは俺だけに違いない。

 忍者が倒れていた場所をよく見てみよう。

 そこには、白い布切れが落ちているではないか……。

 そう、この布切れ、ほんの数秒前までは、忍者のお尻と股間に張り付いていたものである。忍者のドロワーズなのだ!

 どうやら、さっきの花梨の攻撃を回避したときに、ドロワーズに攻撃がかすり、敗れてずり落ちてしまっていたのだ。

 しかし、今の忍者は完全に戦闘モードに突入していて、自分のお股がスースーしていることにまるで気がついていない。

 このまま、花梨に向けて止めの一撃を放てば……。

 すでにボロボロとなっているミニスカートから、忍者のかわいらしい象さんが顔を見せてしまうことは必至なのだ!!

 それは、それだけは防がなければならない。何が何でも、忍者の象さんを衆人環視のもとに晒すわけには行かないのだ!

 そうこうしている内に、忍者の分身した八体は、花梨との間合いを詰めていき、今まさに止めの一撃を放たんとしていた。

 俺の全身の細胞が、今までに感じたことのないくらい泡立っている。

 俺がやらなければならない。俺しか出来ない。

 忍者の、象さんを守ることが出来るのは、ここに俺しか居ないのだ!

 

「か、神住かみすみ様……」


 セレスがまるで恐ろしい物を見ている幼な顔をこちらに向ける。

 俺の髪の毛が逆立っている。

 髪の毛だけじゃない、全身の毛が逆立っている。

 チャンスは一度、コンマ数秒。

 

「喰らえっ!」


 忍者の八体の分身が、一斉に花梨に向かっていく。

 俺はクラウチングスタイルで、アスファルトを踏み抜く。

 そして、一筋の光の刃となって、忍者の身体に向かって……。


「え……」


 誰もがあっけにとられた。

 誰もが目を疑った。

 周囲の観客を衝撃波で弾き飛ばしながら、俺は物理法則を超えるほどの速度で、忍者の下半身に抱きついて動きを止めることに成功したのだ。

 これは俺の、忍者の象さんを思う気持ちが奇跡を起こしたのだ!

 愛の奇跡と呼んでも差し支えないに違いない!

 俺は満足気に笑みを浮かべると、顔をあげようとしたのだが、何かが引っかかることに気がついた。


「あれ……」


 プラーンとしたものが、俺のオデコに当たっているのだ。

 さらに俺が顔を上げきると、俺の唇の先に何か柔らかいものが当たった……。

 

「え……」


 どうやら、俺は忍者の下半身に抱きついたまでは良かったが、頭をミニスカートの突っ込んでしまったようで……。

 今俺の唇にあたっているのは……。

 忍者の、象さんの先っぽの訳で……。


「う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 忍者のこの世のものとは思えない絶叫は、遥か彼方の火星まで届いたという……。

 そして、これが俺のファーストキスとなってしまったのだ。

 

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