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09 バナナを食べるときは、牛乳があると良い。

 次の日の朝、学校で向日斑むこうぶちの顔を見た瞬間、俺は思わず吹き出してしまった。どうやら、昨日の後遺症がまだ完全に抜けきっていないようだ。


「なんだ、何笑ってんだ?」


 向日斑は俺が笑っている意味が理解できないで小首を傾げていた。もし、俺がなぜ笑っているのかわかるのならば、きっとこいつが超能力者だ。


「ふむ。まぁあれだ、笑う門には福来るって言うからな。朝から笑うってのは良いことだな」


 向日斑は古臭い格言を良く知っている。『人間万事塞翁が馬だな』なんて事をこの前言っていたな、あの時何でそんなこと言ったんだっけか……。


「でもな、人の顔を見た途端に笑うっていうのはどうかと思うぞ」


 向日斑のぶっとい剛毛の眉が眉間によった。


「えぇ〜っと、あれだ。そう! お前の顔は幸福を呼ぶ顔ってことだよ!」


「ほぉ、なるほど……。俺の顔は幸せを呼ぶのか……」


 向日斑はポンと手を叩いて納得した。なぜこれで納得できるのか。


「俺の妹も、俺の顔を見ていると安心するって言うからな、そういう効果があるのかもしれん」


 その言葉に、俺は座っていた椅子からバランスを崩して身体半分ほどズリ落とした。擦ったケツが痛い。


「お前……妹居るのか……。まさか、お前に似ているなんてことは……」


「うん? ああ、近所の人達によく似ていると言われるぞ」


 妹さんに合掌。

 いやな、男でゴリラってのはたくましくて愛嬌もある感じになるけれど、それが女子だとしたなら、不幸としか言い様がない。


『兄ちゃーん、ウホウホ』

『妹よー!! ウホウホ』


 仲良くジャングルを駆け巡る二頭、もとい二人の絵が瞬時に頭に浮かぶ。ん? なんだか凄いほのぼのとした風景ではないか。幸せゴリラ家族じゃないか。


「どうした? 変な顔して固まって」


「へ? いや、なんでもない。ほんとなんでもないゴリ」


「ゴリ? なんだゴリって?」


「はっ!? ご、ゴリゴリしてるなぁーって、肩がこっちゃってさー。肩がこうゴリゴリしてる感じでな」


「ほお肩こりか、良かったら俺が揉んでやろうか?」


 向日斑が腕を高々と上げて両手の指をワシャワシャと震わせた。制服の上からでも胸筋の異様な盛り上がりが見て取れてしまう。うむ、この指で揉まれたならば、コリが取れるどころか、容易く粉砕してくれそうだ。


「いや、遠慮しておく」


 粉砕云々はともかく、朝から男と身体を密着させて肩を揉まれるなど御免こうむる。そういうのは可愛い女の子にやってもたい。むしろ、可愛い女の子の肩を揉みたい。できれば、肩じゃないところも、ぐへへへ。


「お前今完全に邪悪な顔してるぞ……」


「はっ!?」


 俺は我に返り、自分の頬をさすった。


「そんなヤバイしてた?」


「うむ、放送コードに引っかかる感じのやつだったな」


「そうか、それはまずいな……」


「良かったな男子校で、これが共学だったならば、お前は一瞬で女子から『キモ男』の称号を得ているところだぞ」


「良かったわー男子校で……」


 俺が男子校に感謝していると、始業のチャイムが鳴り響いた。

 俺の朝の教室での風景っていうのは大体こんな感じなのだ。



 ※※※


「ん?」


 昼休みになり、お腹ペコペコ星人の俺は、勢い良くママンの作った弁当箱を開け……ようとして一瞬躊躇した。机の中から振動音が聞こえたからだ。なになに、俺の机の中に謎の生物でも潜んでいる? それとも、俺の机の中は四次元空間とつながっていて、そこからドラ◯もんがタイムマシンで……。現実逃避の妄想はそれくらいにしとこう。わかっている、わかっているのだ。それは俺が机の中に入れてあるスマホのバイブ機能が働いたのだということを……。

 嫌な予感しかしない! そしてこの予感は百%当たる!!

 俺はその予感が外れていることを期待しつつ、恐る恐る机の中からスマホを取り出し画面に目をやった。

 悲しいかな、予想は的中していた。

 そう、それはメールの着信。そのメールの差出人は冴草契さえぐさちぎりだ。


「遂に来てしまったか……」


 ミッションスタート!!

 俺の心にどこからともなくゲームの開始を告げる音が鳴り響いた。

 

 俺は震える指でメールを開く。そこに書かれていたのは……。


『大変なことになった!! とりあえず、放課後昨日のファミレスにきて。あ、ファミレスに来たのは、姫の電波テレパシーを受信してわかったってことにするんだぞ? わかった? わかってないと、どうなるか……。そっちはわかってるよね?』


 わかってるよね、の後に可愛らしいニッコリマークの絵文字が添えられていたが、俺にはその絵文字が悪魔の嘲笑に見えて仕方がない。

 俺は未だ震える指で


『わかりました』


 とだけ返事を打ち込んで送信した。


 さっきまで腹ペコ星人だったはずの俺のお腹は、謎の満腹感に満たされてしまっていた。きっと、俺のお腹の中には『不安』と言う謎の物体でいっぱいになってしまったんだろう。


「ん? どうした。飯食わないのか?」


 すでに光速の速さで食事を終えていた向日斑は、食後のデザートであるバナナを口に頬張っていた。これほど彼に似合うアイテムが他にあるだろうか? いやない! 反語表現。


「いや、気にしないでお前はバナナを食べてウホウホ言っていてくれ……」


「そうか、ウホウホ」

 

 向日斑は本当にウホウホと言った。こいつ本当に学生服を着たゴリラなんじゃなかろうか……。


「まぁ、なんか悩みがあるんだったら相談にのるぞ? ウホウホ」


 それだけ言うと、向日斑はバナナを一房抱えて教室から出て行った。きっと、飲み物を買いに行くのだろう。大量のバナナを食べると喉に詰まるからな。


 向日斑は良いやつだ。

 きっと、俺が不安げにしていることに気がついていたのだろう。だが、あえて踏み込んではこない。そういう距離感をわきまえている男だ。俺は心の中で『ありがとな』と呟いた。声に出すのは恥ずかしかった。聞かされる方もきっと恥ずかしいだろう。


 なんだか、少し落ち着くことが出来た。そして、さっきまで消え失せていた食欲も、少しではあるが戻ってきた。うん、決戦の放課後に備えてきちんとご飯を食べておこう。


 しかし、気になることがある。

『大変なことになった!!』とは何なのだろう………。

 いや、余計な詮索をするのは今はやめておこう。また食欲が消えてしまう。

 どうせ、何をどうしようとも、時間というものが物理法則に従って進むしか無いのならば、後数時間後にはわかることなのだから……。

 


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