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86 飴玉。

「ニュース見たか?」


 学校の昼休み、俺は弁当を食べながら向日斑むこうぶちに尋ねた。


「ん? ニュース? どのニュースだ?」


 向日斑はとっくの昔に弁当を食べ終わっており、今は食後のデザートタイム、つまりはバナナタイムへと突入していた。一本、また一本と、バナナは瞬く間に向日斑の井の中へと消えていった。


「あれだよ、昨日行った動物園のニュースだよ」


「ああ、昨日の動物園は楽しかったな。惜しむらくは七桜璃なおりさんが一緒じゃなかったことだが……」


「そうじゃなくてだな、あの動物園のゴリラが逃げ出したらしいぞ」


「よく知らんが、動物園って脱走できるものなのか?」


 向日斑は首を傾げる。


「いや、俺が知るわけ無いだろ。むしろ、お前のほうが詳しいかと思ってたぞ」


「どうして、俺が動物園の脱走方法に詳しいと思うんだ?」


「……言わせたいのか?」


「俺は脱走してきたゴリラじゃねぇよ! ウホォー!」


 向日斑は、胸板をドンドンと叩いてドラミングをおこないながら、吠えるのだった。

 昼休みの会話はそんなところで終わった。

 まぁ、ゴリラが逃げ出したからといって、俺たちに出来る事など何一つとしてあるはずもなく、無事に捕まることを心の中で祈るくらいだった。

 そう、一高校生にゴリラの脱走など関係あるはずがないのだ。

 なのになんだろう、この一抹の不安のようなものは……。

 そんな俺の気持ちをよそに、向日斑はバナナを食べ続けるのだった。



 ※※※※


「どうして、オッパイ小娘がいるんですの!」


「お兄ちゃんに妹が会いに来て何が悪いのさー。このクマさんおパンツ!」


 下校時間になって、いつものメンバーが集ったわけなのだが、今日はいつものメンバーに加えて、花梨かりんも顔を見せていた。

 

「なんかね、花梨、今日すごく嫌な予感がしちゃってさー。だから、心配になってお兄ちゃんに会いに来ちゃったんだよ!」


 兄を心配する健気な妹の姿ここにあり。と言いたいところだが、屈強な野生児である向日斑を心配する必要が何処にあるのだろうか……。


「よくわからんが、心配してくれてありがとうな」


「大好きなお兄ちゃんだからねっ!」


 花梨は、向日斑の腕に飛びつくと、ぶら~んぶら~んと鉄棒のように身体を揺らして遊んでいた。

 

「兄妹っていいなー。わたし一人っ子だから、羨ましいよぉ」


 少し離れたところから、向日斑兄妹を見ていた桜木さくらぎさんは、じゃれつく花梨の姿を見て羨ましくも淋しげな表情を見せた。

 

ひめには、わ、わたしが居るでしょ!」


 冴草契さえぐさちぎり)は恋人として、自覚が出てきたのか、照れながらもこういうところはちゃんと主張するようになってきたようだ。それは言葉だけではなく、行動にもでていた。冴草契は気づかれないようにこっそりと、桜木さんの手を握りしめていたのだ。


「えへへへ、そうだよね。わたしにはちーちゃんが居るもんね! よぉーし、じゃわたしがちーちゃんのお姉さんだね!」


 桜木さんが繋がれた手を、縄跳びのように大きく弧を描いて振った。


「ちょっと待って姫! 普通に考えたら、わたしのほうがお姉ちゃんだよね?」


「ちーちゃんより、わたしのほうが誕生日先だよ?」


「えぇぇ……。そこで決まっちゃうの?」


「そうだよー。先に生まれたほうがお姉ちゃんなのは当たり前だよー。ほら、お姉ちゃんの言うことはちゃんと聞かなきゃだよ?」


「もぉ、姫ってば……」


「違うでしょ、姫お姉ちゃんだよ?」


「はぁ……。はいはい、姫お姉ちゃん」


 観念したかのように、冴草契はゲンナリと頭を垂れるのだった。


「よろしいー。よく出来ましたー」


 桜木さんは、妹を褒めるように、冴草契の頭を撫でた。その瞬間、冴草契の表情がまるで花が咲いたかのように、パーッと明るくなる。本当に、この女、桜木さんの事が大好きなのだ。俺には、冴草契の姿が、ご主人さまに褒めてもらった子犬のように、尻尾を左右に激しく振り乱す姿に見えたのだった。

 こうして冴草契は、完全に桜木さんに主導権を取られ、なすがまなに翻弄されるのだった。

 頑張れ冴草契! 姉を支える妹ってのも悪くないポジションだぞ!


「そう言えば、セレスさんのお誕生日はいつですか?」


 突然の問いかけに、セレスは眉をしかめる。


「教えませんわ!」


「えー。どうしてですか?」


「どうせ、わたくしの誕生日のほうが遅かったりしたら、お姉さんぶったりするつもりなのでしょ? そうは問屋がおろしませんわ」


「ぬぬっ、先読みされてたっ! ちーちゃん、金剛院さんなかなかやるよ!」


「はぁ……。動物園に行ってから、姫ってばテンション高すぎだよ……。もうちょっと、落ち着いたほうがが……」


 桜木さんは変わったと思う。そう、それは動物園からではなく、あの冴草契の告白から変わったのだと俺は思う。引っ込み思案だった面影は消え失せ、今は人目を気にすることなく自分の意見を言うようになった。これはきっと、良いことなのだと俺は思う。


「はいはーい、妹ならここにいるぜーっ! 可愛がってくれてもいいんだよー? お菓子とかくれてもいいんだよー?」


 両手を上げて、桜木さんの前に飛び出したのは花梨だ。


「よぉし、じゃお姉さんが飴をあげちゃうぞー」


 桜木さんは制服のポケットの中から飴玉を五つ取り出す。


「わぁい、お姉ちゃん大好きー」


 花梨は飴玉を一つ手に取ると、包み紙を手早く開けて口の中に放り込んだ。


「あまーい。おいし~い。ありがとー!」


 口の中で飴玉を転がせながら、花梨は桜木さんに投げキッスをする。

 さぁ、そんなことをされて、冴草契が黙っているはずもなかった。肩を怒らせて、ズンズンと花梨の元へと迫っていく。


「まぁまぁ、ちーちゃんも、飴ちゃん食べて、はいはいあーん」


 桜木さんは飴の包み紙を剥くと、飴を摘んで冴草契の口の前に差し出した。

 

「あ、あーんとか……。姫、恥ずかしいでしょ!」


 言葉とは裏腹に、冴草契は口を突き出して、桜木さんが飴玉を口の中に放り込んでくれるのを、今か今かと待っていた。まるで鵜飼の鵜のようだ。桜木さんの指が、冴草契の口の中に飴を放り込む。指先が少し唇に触れたように見えた。

 

「美味しい……」

 感無量といった表情で、薄っすらと涙を浮かべながら、冴草契は飴玉を舐めるのだった。

 

「はい、神住さんも、向日斑さんも、どうぞ」


 俺と向日斑も言われるままに飴玉をもらう。


「はい、金剛院さんもどうぞ」


 桜木さんが、セレスの前に手を差し出す。

 

「そ、そこまで言うなら、もらってあげても宜しいですわ」


 食べたくないけれども、仕方ないからもらってあげるんだからね! と、ツンデレ全開でセレスが渋々と飴を手に取ろうとした、その刹那。

 セレスの背後から、にゅっと一本の腕が伸びてその飴玉をかすめ取っていく。


「う、うわぁぁ」


 俺は思わず叫んでしまった。

 何故ならば、その差し出された手は、剛毛で済まされるレベルではないほどに毛深く、丸太のような太さを誇っていたからだ……。


「誰ですの、わたくしの分を取ったのは!」


 セレスが振り向きざまに、相手を睨みつけた。そこで相手の顔を見てセレスは絶句してしまう。セレスが目にしたのは人ではなかったのだ……。

 悪い予感はよく当たるというが、俺の嫌な予感は的中してしまった。

 飴玉を手に取り、四歩足で低い唸り声を上げるその存在は……動物園から脱走した、雌ゴリラだったのだ。


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