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85 向日斑のモテ期。


「象でっけー!」


「象さんかわいいー!」


 フェンスに食い入る様に飛びついたのは、花梨かりんと、桜木さくらぎさんだった。

 

「象さんの牙カッコイイ!」


「象さんお鼻で水飲んでるよー! かわいいよ~!」


 どうやら、同じ象好きでも、捉え方は対照的なようだった。

 花梨は、象の持つ巨大感やたくましさを、桜木さんは象の持つ愛らしさを賛美しているのだ。


「まぁ、桜木さんは動物全般大好き少女だからわかるとして、花梨のやつは象とか好きなんだ?」


「うむ、アイツは基本的に、でっかい動物が好きだからな。クジラとかサメとかも好きだぞ?」


「なるほどな、子供っぽい感性だよな、しかも男の子の」


「誰が、男の子だーっ! ていっ!」


「いてっ」


 俺と向日斑むこうぶちのやりとりを耳にした花梨は、フェンスから飛び降りると、勢いをつけて俺の頭にチョップを食らわせてきた。

 

「どこの男の子に、こんな立派なオッパイがついてるっていうんだよ!」


 花梨はことさら胸を強調させると、俺の身体に押し付けてきた。

 衣服越しに、なんとも言えない柔らかい感触が伝わって、俺の鼻の下がグングンと伸びてしまう。

 

「ふふーん。どうだ、参ったか!」


「参ったかじゃありませんわ! 何をなさっていらっしゃるの!」


 さっきまで『象なんて臭いだけですわ』とか『なんておおきなうん◯なの、はしたない』等と不明不満ばかりたれていたセレスは、俺と花梨が身体を密着させているのを見るやいなやら、超高速スピードで二人の間に割って入り、身体を引剥がしたのだった。

 さらに、俺がオッパイの感触を名残惜しそうにした表情を見せた瞬間を、セレスは見逃してはくれなかった。


「あらあらあら、足が滑ってしまいましたわー」

 

 わざとらしいセリフを言いながら、せれすの強烈な膝蹴りが俺のみぞおちに炸裂する。そして、呼吸こんなに陥った俺は、むせながらその場にうずくまってしまった。


「大丈夫ですか、神住かみすみ様。わたくしがお手をお貸ししたしますわ」


 セレスの差し出した腕を掴んで、俺は立ち上がったが、まだ足元は定まらずフラフラとしている有り様だった。

 

「さぁさぁ神住様、オッパイ小娘など放っておいて、遠慮なさらずに、わたくしの身体に寄りかかってよろしいんですわよ」


 正直、セレスの身体は凹凸が少なく、感触という点においては、花梨と比べるまでもなかった。が、そんなことを言葉に出したならば、俺の命が危ない。


「あ、ありがとうな、セレス」


 一言礼を言う俺だったが、こんな目に合わせたのはお前なんだけどな……。

 

「神住、お前も色々と大変なんだな……」


 一連のやりとりを傍観していた向日斑は、腹を抑えながら苦しむ俺に同情の篭った目を向けるのだった。

 そんな俺らのことなど関係なしに、桜木さんはひっきりなしに象さんになにか話しかけていた。たまに、胸の前で腕を組むと、俺にした時のように、電波テレパシーを送ってみたりもしていた。

 象にそれ伝わったのかどうかはわからないけれど、象はそれに答えるように、鼻を天高く持ち上げてパオーンと鳴いたのだった。

 それを見た桜木さんは、上機嫌で飛び跳ねるのだった。

 冴草契はと言うと、そんな桜木さんを、大事な大事な宝物を見守るように、優しく慈しむような表情をたえず注いでいたのだった。まさに、桜木さんという姫を守る騎士といったところだ。いや、今は姫の横に並び立つことの出来る王子と呼んだほうが良いのだろうか。

 

「お兄ちゃんと、象さん戦ったらどっちが強いかな?」


 象を眺めていた花梨が、唐突に向日斑に尋ねた。


「おいおい、俺は象と戦ったりなんかしないぞ?」


「そっか、そうだよねー。お兄ちゃんが、動物を傷つけるわけないもんねー」


 向日斑兄妹は笑いあった。


「いやいや、そこは勝てるわけないって答えるところだろ……」


「ですわよね。ズレてますわよね……」


「でも……あいつなら、やりかねないと思えてしまうのが怖い……」


「……恐ろしいですわね」


 俺とセレスは同時に同じようなシーンを思い浮かべたに違いない。向日斑が象の足を掴んで、そのままぶん投げるといった常識はずれなシーンを……。

 こうして、象さんをたっぷり堪能した俺たちは、続いてライオンのコーナーへと向かう。


「ライオンさんと心を通じさせるのです!」


 なんて事を言って、桜木さんはライオンさん相手の電波テレパシーに、大ハッスルだった。

 その最中に『ガオォー!』と、ライオンに吠えられてしまい、尻餅をついてしまうアクシデントなどがあったが、些細な事に過ぎなかった。

 むしろその後に……。


「よくも姫を!」


 と、冴草契がライオンに戦いを挑みにかかったことのほうが大事おおごとだったと言えよう。

 あいつときたら、本気でライオンの檻の中に飛び込もうとするのだから、たまったもんじゃない。

 桜木さんを守るのはいいが、それ以上に節度ってもんを守ってもらいたいものだ。

 セレスはといえば……。


「きゃー、ライオン怖いですわー」


 等と、わざとらしい叫び声を上げて、俺の腕にしがみついてきていたのだった。

 

「あーわざとらしー。これだから、クマさんおパンツは……」


「なんですの、このオッパイ小娘!」


 と、これまたお決まりのパターンを繰り返していた。

 


 そして、次に向かったのは、ゴリラのコーナーだった。


「おい、向日斑、同種族だぞ?」


「お、そうか! それは楽しみだな」


 もはや、向日斑にとってゴリラはなんのけなし言葉でもなかった。

 ゴリラは大きな檻の中に、二頭入っていた。

 どうやら雄と雌のようだ。


「神住さん、このゴリラさん、お見合い中らしいですよー」


 桜木さんは、檻の前に書かれている説明書きを読んだようだ。


「へぇー。お見合いかぁ、うまくってるのかねぇ……」


 俺たちは檻の中のゴリラの動きを、じっくりと観察していた。

 

「なんですの、あの雄ゴリラ……。まるで意気地がありませんわ! 女の子を待たしてばかりで、なにもしないなんてとんだヘタレ野郎ですわ! そうですわよね、神住様!」


「え? な、なんで俺に……」


 セレスは、雌ゴリラになんのアピールもしないで、近くをグルグルと回るだけの雄ゴリラに、叱咤の声を浴びせていた。

 なぜかその声は、雄ゴリラにではなく俺に向けられているように思えてならなかった。きっと、あの休憩室での出来事を言っているに違いない。俺と雄ゴリラは、二人揃って肩身の狭い思いをさせられるのだった。

 

「まぁ、勇気のない男は最低だよねー。花梨もそういうのは嫌いだなー」


 こちらの言葉を理解しているのか、雄ゴリラはすごすごと奥の方に行ってしまった。俺も出来ることならば、どこかに行ってしまいたい。


「おいおい、花梨。ゴリラさんにそんなこと言うもんじゃないぞ!」


 向日斑は花梨の頭に手を置いてたしなめる。


「そうですよー。ゴリラさんの恋愛にもきっと色いろあるんですよー。大好きでも、ちゃんと気持ちを伝えられなかったりとか……。わからないけど、きっと色いろあるんですよ。だから、応援してあげなきゃ駄目ですよー」


 桜木さんは電波テレパシーで、ゴリラの事情とやらを聞き出そうと躍起になり始めた。恋の相談に乗ろうというのだ。けれど、残念ながら雄ゴリラは奥に行ったまま戻っては来ず、雌ゴリラはと言えば……。


「なんだなんだ、俺の方にずっとへばりついてきているんだが……」


 向日斑の前のフェンスに顔を押し付けて、熱い視線を送っているではないか。その熱い眼差しときたら、恋する乙女さながらである。

 

「あちゃー。お兄ちゃんこのゴリラに恋されちゃったよー。雄ゴリラかわいそー」


「花梨、変なこと言うんじゃないぞ! 俺は確かにゴリラに似ているかもしれないが、れっきとした人間だからな」


 向日斑がドンと胸を叩いてみせる。

 それを見た雌ゴリラは、更に興奮しだして、フェンスを力いっぱい揺さぶりだした。よく見るとこいつ、目がハートマークになっていないか?


「おい、向日斑……。お前が今胸を叩いたのを見て、この雌ゴリラ、求愛行動だと勘違いしたんじゃないのか……」


「まさか、そんなことあるわけ無いだろ。それにだな、俺には七桜璃なおりさんという、心に決めた人がだな……」


 その言葉に反応して、雌ゴリラの目つきが鋭くなる。興奮しだした雌ゴリラは、周囲を駆けまわりながら、フェンスに向かってジャンピングアタックを仕掛ける! フェンスがまるで地震でも起きているかのように激しく揺れた。

 

「この雌ゴリラさん、七桜璃って言葉に反応して、嫉妬したんじゃありませんかしら……」


「言葉がわかるっていうのか?」


「そこのゴリラさんも高校に通っているわけですし、言葉くらいわかっても……」


 セレスはこっそりと向日斑を指さす。

 向日斑はそれを見て苦笑いを浮かべた。

 雌ゴリラの暴走は、そこで終わりはせずに、さらに激しさを増していった。このままでは、檻を破壊してこちらに出てきてしまうのではないかと危惧した頃……。

 飼育員が現れては、雌ゴリラをしずめにかかったのだった。


「なぁ、俺が思うに、興奮の原因は向日斑にあると思うんだが……」


「う、うむ、俺も信じたくはないが、そんな気がしてならない……」


「と、とりあえず、ここから退散したほうが宜しくありません?」


 雌ゴリラは、飼育員をまるで無視して、檻を殴り続けていた。ここまでくると、ちょっとしたホラー映画のような恐ろしさがある。


「花梨は、割とどっちでもいいよ! ゴリラは見慣れてるし!」


 おいおい、それはきっとゴリラじゃなくて、お兄ちゃんってやつだぞ。


「そうね、姫がまた何かに巻き込まれると心配だし……」


「えぇー! わたしまだゴリラさんと電波テレパシーを交わしてないんだよー! ダメだよー!」


 駄々をこねる桜木さんを、冴草契が抱きかかえると、俺たちはゴリラの檻から離れたのだった。

 

 最後にハプニングはあったものの、俺たちの動物園はこうして幕を閉じたのだった。




 ※※※※※


 家に帰った俺は、すぐさまシャワーを浴びて眠ってしまいたかった。

 ダイニングでは母親がソファーに座ってテレビのニュースを見ていた。


『本日未明、動物園から、ゴリラが脱走……』


 ニュースキャスターがそんな言葉を言ったような気がしたが、俺は聞こえないふりをしてシャワーに向かった。


「まさか……。まさかな……」


 嫌な予感が、俺の胸の中を満たすのにそれほど時間はかからなかった。


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