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82 寝顔。


 動物園は、家族連れで溢れかえっていた。

 家族仲良く手を繋いで動物園、そんな休日もきっと悪くない。


『わぁい、お父さんフラミンゴだよー』


『そうだね、フラミンゴだねー』


『わぁい、お母さんカバさんだよー』


『そうねぇ、カバさんねー』


『わぁい、お猿さんだよー。ぞうさんだよー。ライオンさんだよー。虎さんだよー』


『……はぁ、もう好きにしろよ!』


 子供に付き合いきれずに、疲れ果てるお父さんとお母さん。

 あれ? こうやって考えてみると、楽しんでいるのは子供だけで、親からしてみれば貴重な休日を潰す労働作業に他ならないのでは……? とは言え、かわいい子供の笑顔でプライスレスって事なんだろう。

 まぁ、桜木さんあたりが結婚して子供を作ったならば、子供以上に大喜びではしゃぎ回る姿が目に浮かびそうだ。

 実際今も……。


「わぁい、ちーちゃん、フラミンゴが居るよー!」


「ひ、ひめ、そんなに走らなくても……」


 普段の桜木さくらぎさんとは別人のようなキビキビとした動きで、フラミンゴのコーナーへと猛ダッシュ。そして、フェンスの取っ手に捕まって半分身体を乗り出しながら、ピョンピョンと大喜びで飛び跳ねていた。その後ろから冴草契さえぐさちぎりが心配そうに駆け足で着いて行く。

 

「うーん、まるで子どもと保護者だな……」


「ですわねー」


 セレスはどうも獣臭が苦手な様で、鼻の辺りをハンカチで覆っていた。そう言えば、セレスの家のチョコは、シャンプーの良い香りをさせていた。きっと、体臭などに気を使っているに違いない。

 そして、向日斑むこうぶちはと言うと……。

 アライグマのコーナーで、檻越しに餌であるリンゴを手渡しでプレゼントされていたのだった。


「気持ちはありがたい。気持ちはありがたいが、もらう訳にはいかない! その気持ちだけで十分だ!」


 向日斑の言葉が通じたのか、アライグマは手に持ったリンゴを眺めつつ、少ししょんぼりとした表情を浮かべて、キュルキュルキュルキュルと鳴き声を上げた。

 相も変わらず、向日斑は動物に大人気のようだ。

 そして、花梨かりんはと言えば……。


「ねぇねぇ、彼女どこから来たのー? 一人なのー?」


「この後どっか行かないー?」


 男二人で動物園に来ていたという希少な奴らに捕まっては、ナンパされていたのだった。こいつらも動物を見るために此処に来たであろうに、なにゆえナンパなどするのか。まぁ、それだけ花梨が魅力的と言ってしまえばそれまでなのだが……。

 花梨が普通の女子ならば、ここで助けに行ったりするのだろうが、残念ながら普通で無いのは、魅力的なスタイルと顔立ちだけではない。

 数秒後、ナンパをした男二人は地面に叩きつけられて、しこたま背中を打ち付けることになった。

 

「ふぅ、動物園に来てまで、なんでナンパするかなー」


 パンパンと手を払いながら、やれやれといった面持ちで、花梨は俺とセレスの方に歩いてくる。

 それを見て、セレスは露骨に怪訝な表情を見せる。


「あらあらあら、それは、あなたが男好きするような破廉恥な格好をしているからですわ。何なんですの,その格好は!」


 セレスの視線は、花梨の放り出されたおへそと強調されたバストライン、さらにお尻の形をくっきり浮かび上がられているショートパンツに向けられていた。


「ふふーん。だってわたしは、どっかのクマさんパンツお嬢様と違って、スタイル良いから仕方ないんだよねー」

 

 腰に手を当てて、セクシーポーズを取って見せたあと、セレスを指さして挑発してみせる。


「な、なんですって! 誰がクマさんパンツお嬢様ですの! このオッパイ娘!」


 まるで瞬間湯沸器のように、セレスの頭に湯気が立ち上る。

 緊迫した空気が流れ、またもや二人は睨み合いの状態へと突入してしまった。

 二人の殺気に当てられて、近くの檻の日本猿たちが興奮しだしては、キーキーと鳴き声を上げて騒ぎ出し始めた。

 動物園前での騒ぎの時のように、桜木さんの一括で争いを鎮めてもらえないかと期待をしたが、当の桜木さんはと言えば……。


「わぁい、カーバーさーん、待っててねー!」


「ひ、姫! 恥ずかしいから叫びながら走らないでー」


 両手を横に広げて、飛行機の翼のようにして、カバさんの元へと駆け出して行ってしまったのだ。冴草契は赤面しながら懸命にそれを追跡する。

 二人はあっと言う間に、俺の視界から消え去ってしまった。

 そして、俺の前に残るのは、一触即発状態のダイナマイトが二つ……。

 こうなったら、俺が二人を止めるしか方法がないわけなのだが、どう想像しても、二人の間に止めに入った俺が、双方の攻撃を食らって倒れるシーンばかりが脳裏をよぎった。

 そうこう考えているうちに、二人は間合いを詰める。

 花梨が拳を、セレスが蹴りを、同時に放ったその刹那……。

 花梨の拳を軽く受け止め、もう片方の手でセレスの蹴りを難なくいなした存在が一人。それは動物園から脱走したゴリラ! ――ではなく向日斑だった。


「おいおい、動物たちの前でそんな喧嘩はするんじゃない。お前たちの殺気に当てられて、興奮しているじゃないか」


 突如、猿たちから拍手と歓声が巻き起こる。よく見れば、メスの猿などは発情して、頬とお尻を真っ赤っ赤に染めてしまっているではないか。なんという絶大な人気! ここ動物園では、向日斑は花梨以上にモテモテだと言えよる。これが少しでも人間に応用できれば……。


「お兄ちゃんがそう言うなら、花梨はやめるけどぉ……」


 花梨は、ジトッとした目つきで、セレスの方を見やる。


「ここ動物園で、ゴリラさんにそう言われては、従うしかありませんわね」


 おいおい、セレスよ。別に向日斑は動物園の主でもなんでもないぞ。

 こうして、向日斑の仲裁によって、なんとか二人の喧嘩は収まった――様に思えたのだが……。


「何をなさっているんですの! 神住様の腕をつかむのはおやめなさい!」


「えぇー。別に久遠の腕は誰のものでもないしー」


 何故か、俺争奪戦始まっていたのだ……。

 なんだなんだ、これがハーレム展開というやつのか? とは言え、俺は先日花梨に振られているわけなのだ。セレスの時とは違い、きっちりとこの耳でその事話を聞いたわけだ。なのになぜ?

 気がつけば、左腕をセレスが、右腕を花梨に掴まれているではないか。

 

「モテモテだなぁ神住、羨ましい限りだよ」


 向日斑が二人にもてあそばれる俺を見て笑っていた。だが、すぐ後ろの猿山を振り返れば、大量の猿たちが、向日斑に向かってリンゴやらミカンなどの食料を渡そうとしているではないか。モテている数で行けば、向日斑の圧勝というところだ。全然羨ましくないけどな。

 

「セレスさんだっけか? そんなに久遠にひっついてさー。もしかして、久遠の事好きだったりするのー?」


「な、な、なぁぁぁにをおっしゃるのかしら! わ、わたくしは……」


 花梨のあまりに直球すぎる質問に、セレスは戸惑いを隠せないでいた。そして、俺に助けを求めるように、チラチラと視線を向けてくるのだが、俺はどうして良いかわからずに、何も出来ないでいた。


「そのリアクションで、もうバレバレなんですけどー。でも残念ながらー、久遠は花梨のことが好きなんだなー」


「え……」


 セレスの表情が一瞬で凍りついた。ちなみに、俺も凍りついた。

 そのまま氷の彫刻の様にカチンコチンに固まってしまったセレスは、ふらふらと風に吹かれるままに身体を揺らすと、そのまま真後ろに倒れかけてしまう。俺は慌てて、両手でセレスの身体を支えた。それでも、セレスは固まったままで、完全に気を失ってしまっていた。


「花梨!」


 向日斑が花梨の頭を軽く小突く。


「お兄ちゃん何するの! 花梨なんか悪い事した?」


「しただろ! してなきゃ、金剛院さんがこんなになったりしないだろ!」


「むーぅ」


 花梨は不満気に頬をふくらませて唸り声をあげた。


「神住、花梨のやつは俺がとっちめておくから、お前は金剛院さんを何処か休めるところに連れて行ってやれ」


「お、おう。わかった」


 俺はセレスをお姫様抱っこで抱きかかえる。


 ――女の子って、こんなに軽いのか……。って、今はそんな事を考えている場合じゃない!


 俺はセレスを抱きかかえて、バンガロー風の休憩所まで連れて行いくと、ゆっくりとベンチの上に寝かしつけた。

 気を失ったままピクリとも動かないセレスだったが、鼻と口のあたりに顔を近づけてみると、生暖かい空気が俺の顔にあたった。どうやら、ショックのあまり気を失ってしまっただけで、命には別状はないようだ。

 周りを見回すと、桜木さんと冴草契の姿はどこにもなかった。推測するに桜木さんは勝手気ままに動物園をエンジョイして走り回り、冴草契はそれに振り回されていると言ったところだろう。向日斑はと言えば、花梨にお説教タイムの真っ最中だ。

 近くで動物ショーをやっているらしく、みんなそちらに行っているようで、この休憩所には俺とセレスの二人きりの状態だった。

 聞こえるのは、動物の鳴き声と、セレスの寝息だけ。

 

 ――気を失うなんて、さっきの花梨の一言がそんなにショックだったんだろうか……。


 きっと、花梨は何の気なしにセレスを挑発するために言ってみただけだろう。あいつは身体は成熟していても、頭の中は普通の中学生以下のレベルの無邪気さだからな。ま、たまに大人顔負けのことも言ったりするので、ドキッとするわけなんだが。

 俺は眠っているセレスの顔を見つめては『長いまつ毛をしているんだなぁ』とか『艶やかな唇が魅力的だなぁ』なんて発見をしてしまっている。ああ、女の子の顔を、こんなに近くでマジマジと見ることなんて初めてなのだ。

 頬に手を当てて触ってみたいと思った。

 オデコに自分のオデコを当ててみたいと思った。

 どうして、こんな気持になってしまっているのか、わからなかった。

 いや、一言、簡単な一言で、理由が説明できるのは知っているんだ。

 けれど、俺はそれを認められないままでいた。


「セレス、お前は本当に俺のことが好きなのか? こんなどうしようもないもない男の、俺のことが……」


 眠っているセレスは何も答えない。ただ、吐息だけが漏れるだけだった。

 

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