80 意味不明でも気にしない。
「さぁ、行くよ!」
俺と冴草契は、夜の神社の境内で、まるで決闘を行うガンマンの様に対峙していた。
冴草契は、空手の道着を身にまとい、頭には鉢巻をつけ、闘志に燃えた表情で俺を睨みつける。
それに比べて俺は、普段着の短パンにTシャツ姿に、サンダル履きだった。
状況がまるで飲み込めない俺をよそに、冴草契は問答無用で、地面を削り取るくらいに強く蹴りこむと、俺との距離を一気に詰め寄る。
その瞬間、俺の身体は真後ろに吹き飛ばされる
――どうしてこんな事になったのか……。
それは、あの日。冴草契が桜木さんに告白した日の夕方に遡る。
※※※※
「まさか、本当にあの二人が付き合うとはなぁ……」
桜木さん、冴草契と別れた後の、俺と、セレス、向日斑の会話はそれで持ちきりだった。
まぁ、向日斑のやつは、驚きすぎたようで……。
「ウホウホウホォーウホー!」
と、人間の言葉を忘れてしまったほどだ。
セレスはというと、ニコニコ笑顔でダンスのステップを踏むほどに上機嫌になっていた。そんなに、あの二人がくっ付くのが嬉しいのだろうか?
「本当に、お二人がお幸せになるといいですわねー」
と、華麗にターンを決めると、ギュッと俺の腕にしがみついてきてた。
あれだな、このまま俺がセレスと付き合ったとするだろ、そして向日斑が忍者と、そして桜木さんと冴草契、見事に三組のカップルが成立ってなるんじゃないだろうか?
俺がほんの少し勇気を出して、今言葉を伝えることができれば……。
「神住様、どうなさいましたの?」
「んにゃ、なんでもない」
どうやら、俺は冴草契のような勇気を持ちあわせてはいないようだ。
それどころか、いまだに好きという感情がよくわかってはいないのだ。誰かの一番になりたい、誰かに必要とされたい、そんな気持ちならわかるかもしれない。それが好きでいいのだろうか? 俺は愛したいのではなく、愛されたいだけなのではないだろうか……。
だから、俺のことを好きでいてくれる人を、好きになってしまうのではないだろうか。果たして、そんな受け身の気持ちが恋愛感情であって良いのだろうか。
そんな事を考えているうちに、俺たちは各々の帰路へと向かうのだった。
※※※※
家に帰って一人になると、要らぬことを考えてしまうのは何故だろう?
まぁ、誰しもきっとそんなもんだろう、俺が特別ってわけじゃない。
自分の部屋のベッドに寝転がる。忍者の匂いが残っていないことを残念に思いながら、スマホで音楽を聞く。
ノリの良いアニソンがイヤホンから流れだして、俺はリズムに合わせて身体を揺らした。
考えることは勿論、あの二人のこと。
冴草契と、桜木姫華。
冴草契の気持ちを知っていたとはいえ、まさかあんな状況で告白をするなんて思いもよらなかった。だって、今までずっと告白に踏み切れないでいたはずなのに、何のきっかけでアイツはあんな行動に出たのだろうか? まぁ、その突飛な行動が功を奏して、カップルが成立したのだから、結果オーライなわけなんだけれど。
おかしいのは、冴草契だけじゃない。桜木さんのあのセレスへの突っかかりようも確実におかしかった。あれだろうか、前に冴草契に聞かされた、家庭の問題からくるストレスのようなものだろうか。まぁ、ストレスがたまっている時に、目の前でイチャイチャされたら、そりゃ腹も立つってもんだわな。
しかし、付き合ったといえ、二人の関係は今と変わるのだろうか? 俺が思うに、冴草契の『好き』『付き合う』の意味と、桜木さんの『好き』『付き合う』の意味には隔たりがあるように思えてならない。
それでも、時間がその隔たりを埋めていってくれるのだろうか。
そんなことはわかりはしない。だって俺、普通の恋愛もサッパリわかんないのに、同性愛なんてわかるはずねえもん。
ピリリリリリ、ピリリりり
スマホの音楽が止まり、電話の着信音がイヤホンから流れた。
俺は慌てて電話にでると、それは冴草契からだった。
「なんだなんだ、どうした?」
「今すぐに、この前の境内まで来い!」
いつもながらの命令口調は、もはや安心すらさせてくれる。
冴草契から電話は、惚気話か何かかと思っていたのに、境内に来い? 意味がわからなかった。
「は? なんで?」
「なんでもいいから来い! わかった?」
言葉はいつもと同じだったが、心なしか切羽詰まっているように思えた。
「はぁ……。あれだろ、嫌だって言っても、どうせ無駄なんだろ?」
「良くわかってるじゃん」
「流石にな、何度も似たようなやりとり繰り返してると、学習するってもんよ」
「なら、つべこべ言わずに、境内に来い!」
「わかった、わかった」
電話はここで終わった。
何のためだかわからないが、あの冴草契のことだ、無意味に呼び出したりはしないだろう。そして、呼び出しの理由の中には、きっと桜木さん関連のことが含まれてるに違いない。
「しゃあねぇな」
俺は自転車にまたがり、例の境内に向かったのだった。
またしても、あの糞長い石段を登りきったその先に待ち構えていたのが……。空手着を着た冴草契だったのだ。
「神住久遠、わたしと正々堂々果たし合いだ!」
「は?」
※※※※※
ここで時間軸は戻る。
「イテテテッ……」
俺は打ち付けた腰をさすりながら、立ち上がろうとしたところで、目の前に拳が飛び込んできた。風圧が俺の頬の肉をブルブルと震わせた。
俺の顔面が潰される……。けれど、拳は俺の鼻先で止まったままだった。
「どうして反撃してこないの?」
拳を突きつけたままで、冴草契は尋ねた。出来ることならば、拳を引いて訪ねてもらいたい。
「何で反撃しなきゃいけないんだよ!」
「なら、わたしぶっ飛ばし続けるよ?」
冴草契は、拳をオデコにグリグリと押し付けた。オデコが地味に痛かった。
「何でだよ! その前に理由を話せ! 理由を!」
グリグリ攻撃を避けるために、冴草契の拳を掴んでそのまま払いのける。何の抵抗もなく払いのけることが出来て、少し拍子抜けした。
「あれ……。理由話してなかったっけ?」
冴草契はあっけらかんとした表情で小首を傾げた。
「話してねえよ! あった途端に、『果たし合いだ!』だっただろ」
「ああ、そう言えばそんな感じだったような気がしないでもないわ」
「とぼけんなよ! そんな適当な感じでぶん殴られたらたまったもんじゃないわ!」
「そうだね、言葉が一つ抜けてたわ……」
冴草契は、倒れている俺を引っ張り上げる。そして、コホンと咳払いをひとつして、改まった口調で、俺の心臓の位置を指さしてこう言ったのだ。
「姫をかけて果たし合いだ!」
「は……?」
本日一番の理解不能な言葉だった。
「待て! 待て待て待て待て待て待て! なにをどうすると、俺とお前で、桜木さんをかけて戦わないといけないんだ? こういうのはだな、好きな女を奪い合ってとかだろ?」
「そうだよ」
冴草契はあっさりと答えた。
「とするとだ、お前が桜木さんを好きなのは良いとして、俺も桜木さんを好きってことになるじゃないか」
「そうだよ」
冴草契はまたしてもあっさりと答えた。
「はぁ? 俺が?」
俺は自分の顔を指さして尋ねる。
「違うの?」
「違うよ!」
「本当に?」
「う、うん……」
「あぁー、今なんか迷いみたいなのがあった……。やっぱり、姫の事好きなんでしょ!」
「少しくらい悩ませてくれてもいいだろ! それくらいはありだろ!」
「じゃ、姫のことはなんとも思ってないんだね?」
「……」
「返事がないってことは、さぁ勝負だ!」
冴草契は腰を深く落として構える。
「おぉーい! そりゃさぁ、かわいいなぁ、とか。電波とか言ってさ、中二病なところが、魅力的とも言えなくないかなぁー、とかは思うよ。でもさ、それは恋愛感情とは違うだろ?」
「違うの? 本当に違うの?」
「知らねえよ! 俺が教えて欲しいくらいだよ!」
……
……………
…………………………
冴草契の考えタイムが終了した。
「わかった。あんたは、姫のことを好きかどうかは、わかんないってことにしておく」
いくらか不満顔ではあるが、納得してくれたようだ。
「てかな、お前と桜木さんは、ラブラブになったんじゃないのかよ1」
「なったと思う?」
「そりゃ、告白して、オッケーもらって、抱きしめ合ったわけだろ、なったんじゃないのか?」
「わたしが何で、あの時に告白したかわかる?」
「……わかんねえよ」
「普通ならさ、あんな唐突に告白なんてしないよ。でもさ、あの時に告白しないと、姫をつなぎとめておかないと……。神住、アンタに取られるような気がしたんだ」
「はぁ俺に?」
「だって、姫にとってアンタは特別な存在なんだもん。私以上に特別な存在なんだもん」
「そんなわけないだろ。小さい頃からずっと一緒で、守ってあげてたんだろ。お前のほうが特別だろ」
「そうだと思ってた。電波なんてことを言い出すまでは……」
「なにが変わったっていうんだよ」
「変わったよ、何もかもが。アンタは昔の姫を知らないから、わかんないんだよ。姫は変わったよ、元気になった。表情を表に出すようになった。他の人とも話すことが出来るようになった。全部、アンタのおかげ、電波のおかげ」
「でも、電波なんて……本当は何処にもないだろ」
「あるかないかは、問題じゃないの」
「大問題だろ、俺はな、嘘をつき続けるために、すーっごい苦労してるんだぞ」
「うん。だから、アンタは偉いよ。褒めてあげる」
「褒めなくていいから、殴りかかるのをやめろ!」
「それは無理。絶対無理」
真顔で言われると、俺はお前にとってサンドバックか何かなのかと思ってしまう。
兎に角、この不器用な女は、暴力抜きでは話し合いをすることが出来ないのだ。本当にどうしようもない女だ。俺は思わずため息を一つついた。
「よし、これだけ話をしたら、少しスッキリした」
満足そうに背伸びをする。俺は何一つ満足するはずもなく、不満が胸の中に募るばかりだ。
「もし、姫のことを好きになったら言ってよ。そん時は――本気でバトルしよう!」
冴草契は、夜の闇を切り裂くような後ろ回し蹴りを俺の前で披露してみせる。こんなものをまともに食らったならば、五体満足で済むはずもなく、俺の額からは冷や汗が流れ落ちた。
「……お前のお陰で、好きにならないように努力しそうだよ……」
「ふぅ、何の解決にもなってないけどさ、腹を割って言葉をかわすって悪いことじゃないね」
「そりゃ、腹に向かって拳をかわすよりかは、悪いことじゃねえと思うわ」
「そう? 拳と拳で語り合うのも悪く無いと思うけど?」
「それは、俺以外のやつとやってくれ」
きっと、俺の場合は、拳で語り合うのではなく、一方的にボコられるに違いないのだ。
「今日は、話を聞いてくれてありがと。ねぇ、モヤモヤしてるでしょ? 意味不明でしょ? 殴られ損でしょ?」
「モヤモヤしてる。意味不明。殴られて損した」
冴草契は、俺の答えを聞くと嬉しそうに微笑んだ。
「だよねー。じゃ、またねー」
冴草契は、スキップを踏むように、階段を駆け下りていった。
俺はといえば、その場にへたり込んで、空を見上げていた。
本当に何がなんだか、サッパリ訳がわからなかった。
けれど、こんなもんなのかもしれない。会話をして、答えを出して、そんなに美味いことは行かないのかもしれない。会話をして、答えなんて出なくて、意味なんてなくて、疲れて、痛くて、辛くて、時間を無駄にして、そんなもんなのかもしれない。
頭の中を空っぽにして、星空を十分に堪能した後、とぼとぼと家路につくのだった。




