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08 古本屋で百円以下の本にはろくなものがない。

 

 今日の夕飯はトンカツだった。

 トンカツは俺の大好物のはずだったが、なぜだかいつもより美味しく感じられなかった。それはきっと、母親が調理を失敗したからじゃない。俺が上の空で飯を食ってしまっているせいだ。ごめんなさい、お母様、あと豚さん。あなたの息子は今、女の子のことで悩んでいるのです。残念ながら恋の悩みではありません。身の危険を感じて怯えているという情けない息子ですみません。女って本当に怖い生き物です。

 そういえば、母親も女だったんだよな。

 俺はトンカツを口に運びながら、母の顔をじっと見つめた。


「何? どしたの?」


 母は不思議そうに俺の顔を伺う。そのあと、自分の顔になにかゴミでも付いてでもいるのかと、両手で頬の辺りを撫でてみたりしていた。


「ん、なんでもない」


 俺はわかめと豆腐の味噌汁をすすって話をはぐらかす。

 どこからどうみても母親は女だ。あれだよ、短髪のおばあちゃんはほんと性別がわからない人がいるから困る。声だって低くなってたりするもんなぁ……。あれか、赤ちゃんが見た目で性別が分かり難い様に、歳を取ると同じようになってしまうのだろうか。老人になると赤ちゃんに戻るというからなぁ……。おっと、まだ四十手前の母親をそれとくらべるのはあまりにも失礼というものだ。

 しかし、当たり前の事だが、俺にとって母親は母親であって女という生き物だとは思うことが出来ない。あれだろうか、子供が出来ると女は母親という職にジョブチェンジしてしまうものなのだろうか? メインスキルも『男を誘惑する』から『子育て』にチェンジされてしまうのだろうか? となると、ステータスも主婦の知恵なんてものを身につけて、INTがアップしていそうだ。

 家族というPTで立派に支援職をこなしている。それがきっと母親というものなのだろう。

 いかんいかん、ついつい母親をまるでRPGのキャラクターの様に見立ててしまっていた。

 そんな要らぬことを考えていても、俺の箸をすすめる手は止まること無く、皿の上にあったトンカツと、おかわりをした二杯目のご飯も残らず平らげてしまっていた。

 

「ごちそうさま」


 食事を終えた俺は、一言そう告げると台所を後にした。

 母は俺の様子がおかしいのに気がついているようで、なにか話しかけたそうにしていたけれど、実際に声をかけては来なかった。思春期の男子というものの扱いをどうすればいいのかわかりかねているのかもしれない。まぁ俺長男だし、一人っ子だし仕方ないんだろ。俺が次男だったりすれば、長男の例を踏まえて対処出来るのかもしれないが、初見ではそんな物分かりはしない。俺だって、ギャルゲーを攻略本無しで完璧にフラグをこなしていくのは無理だ。

 そうなると長男ってのは損なのかもしれない。

 子供が生まれる前にテストプレイしてデバックとバランス調整しておいてくれればいいのに……。俺なんてきっとバグだらけのクソゲーに違いない。お母様、ファミ通レビューで三点付けられてしまうようなクソゲーの子供でごめんなさい。


 俺は部屋に戻ると、重力に従うようにすぐさまベッドにうつ伏せに倒れこんだ。飯を食べてすぐ寝転ぶと牛になるというのならば、モーとっくに牛しなっててもおかしくないだろう。いまの牛の鳴き声の『モー』と『もう』をかけた駄洒落な? 

 俺は枕に顔を埋めた状態で数度足をバタつかせると、ポケットの奥からスマホを取り出した。あれから着信は無し、メールも無し。

 こうなったら、こっちから電話なりメールなりをして、さっきの約束を取り消してもらいえないだろうか……。

『えっと、さっきの話やっぱりなかったことでおねがいしますー。てへっ』

 と、俺が全身全霊かけてかわいく言ってみれば……むしろそれは奴の攻撃性をアップさせかねん。

 ならば、こういう時に頼るのはやはり友達! そう、頼れるゴリラこと向日斑むこうぶちに相談してみるというのはどうだろうか…‥。やつならば二つ返事で『ゴッホゴッホ』と返してくれるはずだ。それに、あの向日斑の野生パワーならば、あの空手女にも引けは取るまい。『対決! 空手女対ゴリラ』まるでB級映画のタイトルではないか。

 よし! と決意して、向日斑に電話をかけようとした……が、思いとどまった。この件は、俺と空手女だけのものではない、あの可愛らしい妖精フェアリーである、電波テレパシー少女、桜木姫華さくらぎひめかがメインで関わっているのである。それもプライバシーに関わるようなことだ。向日斑に相談するのならば、その件についても話さなければならない。それで良いのだろうか? 見も知らない男に、電波テレパシーの事をばらされるなんて、いい気分がするわけがない。俺がもし、中二病を患っていた時のことを、知らない奴に陰で話されたら、きっと嫌な気持ちになることだろう。

 俺はスマホの画面を消してスリープモードにした。


 こうなったら……もうひとつの解決策に出るしか無い。

 そう! 俺が本当に電波テレパシーを受信できるようになればいいのだ!

 なんという名案だろう。俺が超能力に目覚めるだけで全ての問題は一挙に解決してしまうではないか。俺ってば天才だ。

 そうと決まれば即実行。

 俺はすっくと立ち上がると、本棚からホコリをかぶった一冊の本を手にとった。その本の表紙にはこう書かれている『猿でもできる超能力開発』これは俺が中学二年生の時に買ったものだ。確かこれを購入した当時は、もし魔力が枯渇した時にサブの能力スキルとして、超能力を発揮したらカッコイイんじゃないか? そんなこと思っていたような気がする。――なんだか頭と心が痛くなってきたぞ……。

 兎に角、今は過去の黒歴史に心を痛めている場合ではないのだ。今すぐにでも超能力、おもに電波テレパシーを習得しなけれないけないのだ。

 俺は本の一ページ目を開く。そこには『ウホウホ!』と吹き出しで喋るかわいくディフォルメされたゴリラのイラストが書かれていた。うむ、これならば人間である俺のみならず、ゴリラである向日斑でも超能力を習得できるかもしれない。

 俺ははやる気持ちを抑えて次のページを捲った。

 

 ステップワン テレパシーを身につけよう。


 なんと、いきなり俺にピッタリの項目ではないか!

 なになに、テレパシーを身につけるには、テレパシーを送りたい相手の周囲十メートル以内に四六時中張り付くといいゴリ。匂いなども絶えずに嗅ぎ続けるとより一層効果が増しますゴリ。雌の臭いは最高だゴリー! ウホウホ! そして、自分を糞を掴んで、相手に向かって投げ……。


「……」

 

 俺はその本を床に叩きつけた。


「これただのゴリラの求愛行動じゃねか!! さらに語尾が全部『ゴリ』ってどういうことだよ。そんなにこのゴリラのキャラ推してきてんのかよ! 『猿でもできる超能力開発』と言うより、猿のため、主にゴリラ用の本じやねえか! 人間様はどうすりゃいいんだよ!!」


 思い出した。たしかこの本を買った時も、同じように床に本を叩きつけたんだった。いくら安かったからといって、古本屋で五十円の値段のついてる本なんて買うもんじゃないなと、あの時の俺は教訓のように思ったんだった。懐かしい思い出だ……。

 

 ほんの数ページ足らずで、俺の超能力者への夢は絶たれてしまった。

 こうなれば、なるようになれ!

 明日は明日の風が吹くってもんさ!

 開き直ると、諦めるは同じ意味ですよね、ホント。


「この本、明日向日斑にくれてやろう……」


 俺はウホウホ言いながらうんこを投げつけてくる向日斑の姿を想像してしまい、暫く腹を抱えてベッドの上を転げまわったのだった。 


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