79 カップル誕生!
最近変わったことがある。
俺の下校はこんなにも騒がしかっただろうか?
「姫、こんなツインテール馬鹿、相手にしなくていいぞ?」
「えぇー。ちーちゃん、そんな言い方は酷いよぉー」
桜木さんと、冴草契はいつも通り仲良く横並びで歩いてる。
その後ろに、俺とセレスが並び、さらに向日斑が続いていた。
「ツインテール馬鹿とは、聞き捨てなりませんわ! あなたなんて、空手バカじゃありませんこと!」
セレスはお行儀悪く、アッカンベーをしてみせる。
それを見た冴草契が握りこぶしを振り上げたところを、桜木さんが止めに入る。
どうにもこうにも、女子たちは騒がしいものだ。
俺が高校二年生になるまで、下校といえば独りでするものと相場が決まっていたのに、今は一人で帰る事のほうが珍しくなってしまっている。そして、この騒がしい状況にも慣れてしまっている。
「金剛院さん、今日は七桜璃さんはいらっしゃらないんですか?」
向日斑が鼻息荒くセレスに詰め寄って尋ねる。
「な、七桜璃は……。い、色々と用事で忙しくて、おほほほほ」
セレスは、俺の背後にサッと隠れると、その問を笑って受け流す。実際、七桜璃こと忍者は、セレスを護衛するためにすぐ近くに潜んでいるのだが、そのことを向日斑に教えるわけなど無いのだ。
「そうですわよね、神住様」
「お、おう」
セレスはごくごく自然に、俺の腕に自分の腕を回してくる。
あの金剛院邸訪問以来、セレスの俺に対する距離感はかなり近くなっている。俺もまんざらではないので、それを受け入れている。
しかしだ、あの忍者のおちん◯ん事件を知ったならば、セレスはどんな反応をするのだろうか……。考えただけで恐ろしいので、考えることはやめておいた。
「……」
「どうしたの姫? なんか機嫌悪そうだけど」
「何でもないよ、ちーちゃん!」
「いやいや、口調がいつもと違うぞ?」
俺とセレスの少し後ろを歩いていた桜木さんたちが口論をしているのが耳に入った。
「い、いつも同じだももん! 変じゃないもん!」
何でもないと言いはる桜木さんだったが、どこかイライラしている物言いだった。それに、何かにつけて俺とセレスの方を、隠れた素振りでチラチラと見つめてきていたのだ。
「どうかなさいましたの?」
「いや、何でもない」
「ならよろしいですわ」
そう言って、セレスは身体を押し付けるように密着させてきた。なんとも言えない甘い香りが、俺の鼻孔をくすぐる。そう言えば、女の子の二の腕の感触は、オッパイと同じ感触だというではないか! 俺は身体に触れているセレスの二の腕の感触を、全身全霊の神経を集中して感じ取ろうとした! だが、それは杞憂に終わったのだ! 何故ならば、そのオッパイそのものが、俺の腕に触れてきているからだ!
「ウォォ!」
俺は思わず声を上げてしまった。
「?」
セレスが不思議そうにこちらを見ている。不審に思われないように、俺は全力で何もない素振りをしてみせた。
これはセレスが意図的にやっていることなのか? いわゆるの『あててんのよ!』状態なのか? それとも、ただの偶然なのか? 判断するのはとても難しかった。ただ言えることは……。
『オッパイの大きさ云々で良さを判断してはいけない!』
俺は一つ賢くなったのだ。セレスの普通の人よりも小ぶりであるオッパイでも、まるで澄んだ小川の辺に咲く名も無き花のように、清涼感あふれる感覚を与えてくれるのだ! そう、小ぶりなオッパイには、小ぶりなオッパイの良さが、大きいオッパイには大きいオッパイの良さが、中くらいのオッパイには、中くらいのオッパイの良さがあるのだ! そう、世界に存在するすべての女性のオッパイは、みな素晴らしいのだ! 神が創りたもうた芸術品にほかならないのだ!
ここに、例外として男子である忍者のオッパイも素晴らしいと追加しておこう。あ、俺は断じて変態ではないぞ?
俺は目尻は、感激のあまり落ちてしまうのではないかというほど下がってしまった。鼻の下だって、口を貫通するほどに伸びてしまっている。
そんなデレきった俺の姿を、チラチラと見つめる視線に気がついた。そう、またしても桜木さんなのだ。そして、俺が桜木さんと視線を合わそうとすると、慌てて顔を背けてしまった。
俺のデレデレの顔を見て何か得るものがあるのだろうか? それとも、桜木さんもセレスのオッパイの感触を味わいたいのだろうか? うーむ、自分のを触ればいいのに……。
「神住様。また、わたくしのお家に遊びに来てくださいね」
セレスが俺の顔を見つめながら、とても嬉しそうに言う。
正反対に、その話を聞いた桜木さんは悔しそうに顔をしかめる。
「ねぇねぇ、姫ってば、一体どうしたの? さっきから確実におかしいってば!」
桜木さんの不自然な様子をすぐ横で見ている冴草契は、心配そうに顔を覗きこんでいた。
そんな冴草契を無視して、桜木さんはツカツカと俺の横に歩いてくると、何を思ったか俺とセレスの組んでいた腕を引き剥がしたのだ。
俺はその行動が理解できずに、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「なんなんですの?」
セレスが桜木さんに抗議の声を上げる。が、桜木さんは聞く耳を持たない様子で、俺の前に立ちはだかると、フグのように頬をふくらませて怒りを露わにしていた。
「どうして、神住さんは、勝手にセレスさんの家に遊びに行ったりしてるんですか!」
「え?」
「わ、わたしたちは秘密結社FNPの仲間なんですよ! そんな勝手な行動はおかしいと思います!」
「は、はぁ……」
「この子は、何を言い出しているのかしら……」
「セレスさんも! 何でそんなに引っ付いているんですか!」
「な、何でとおっしゃられても……」
「そーゆーのは禁止です!」
桜木さんは顔の前でバッテンを作ってみせる。
そこまで言われては、セレスの方も黙ってはいない。桜木さんの前に詰め寄っては、金髪ツインテールを
「どうして、あなたにそんなことを言われなきゃいけないんですの!」
「だって、わたしと神住さんは電波で繋がっているんですよ!」
「だからなんなんですの?」
「え……? だから、何なのって言われても……。なんなんだろ、ちーちゃん?」
さっきまでの勢いは何処に行ったのか、一転していつもの気弱そうな小動物の桜木さんへと戻ってしまっていた。
「え? わ、わたし? 急に私に振られてもわかんないよ」
「じゃあ、向日斑さん!」
「お、俺か? 俺に聞いてるのか? わかるわけないだろ」
当の本人がわかっていないのだから、二人が質問に答えられないもの無理は無かった。桜木さんはどうしていいかわからずに、オロオロとしては、今度は俺に助けを求めようしていた。
「それに、その電波とやらは、本当なのかどうか……」
セレスは意地悪そうに、疑いの眼差しを桜木さんに向けた。
「ほ、本当だもん! わたしと神住さんは電波で繋がってるもん! ね、神住さん!」
桜木さんは駄々をこねている子供のように必至に訴えるかけた。だが、その言葉を真正面から俺は受けることが出来ない。電波なんてものは、何処にもありはしないのだから……。
俺は返事ができないで黙りこんでしまう。
その時、俺の背後に身体を真っ二つに切り裂くほどの鋭い視線を感じた。振り返るまでもない、これは冴草契の視線に違いないのだ。そしてこれは、嘘をついてでも話を合わせろ! とのメッセージが込められているのだ。
「も、勿論だとも! 電波で繋がっているに決まってるじゃないか!」
心が痛かった。けれど、今はまだこうして嘘をついたほうがお互いのためなのだ。
「神住様、嘘をつかなくてもいいんですのよ? 神住様が繋がっているのは、わたくしとの運命の赤い糸だけですもの」
セレスは左手の小指をつきだしてみせた。そして、俺の左手を掴むと小指と小指を絡め合わせたのだ。
「ね? 繋がっているでしょう?」
小指を見つめて嬉しそうに微笑むセレスは、とても愛くるしくて守ってあげたい存在に思えて思わず頭を撫でてしまいそうになった。
「……ずるい」
「え?」
「そんなのなんかズルいです! ズルです! ズルズルなんです!」
桜木さんは腕をグルグルと回しながら子供のように泣き叫んだ。冴草契が奥歯を噛み締めて必至に何かを耐えていた。
「わたしだって……、わたしだって……誰かと……誰かと繋がっていたいのに!」
その時、何かが弾けた。ビックバンにも似たエネルギーが、俺のすぐ後ろで生まれているのを感じたのだ。
「姫にはわたしがいるじゃないか!」
世界の果てまでも届くような声が、桜木さんの身体と心を射抜いた。恒星の如き輝きエネルギーを内包して、冴草契は飛ぶように走った。
「え?」
桜木さんが振り向いた先には、冴草契の両腕が待ち構えていて、その腕で桜木さんの身体を優しく、そして強くを抱きしめる。
「わたしが何時だって繋がっていてあげる! わたしが運命の赤い糸で結ばれてあげる! だから、姫は一人じゃないよ! だって、わたしは姫のことが大好きなんだから!」
「ちーちゃん!」
冴草契は桜木さんの身体を抱え上げて、くるりくるりと回る。まるでメリーゴーランドのように。
予想もつかない愛の告白が、何の変哲もない下校途中に行われた。
「わたしも、ちーちゃんのこと大好きだよ」
「うん。だから……」
地面に足をつけた桜木さんの手を、冴草契が指と指を絡ませて手と繋ぐ。決して離れはしないと、強く強く指と指は溶接されたように離れはしなかった。
愛を確認し合った二人は、見つめ合いながら頬を寄せ合った。
「あれだ、俺たち完全にお邪魔だよな?」
「そ、そうですわね……」
「ウホウホ……」
こうして、ラブラブの二人を残して、俺たちは帰路についた。
なんだろう、正直もしかしたら桜木さんは俺のことが好きで、セレスとの事でヤキモチを焼いていたのでは、なんてことを少し思っていたのだが、そんな事はなかったぜ……。
これで、今度から俺は別に電波を受信する必要など無くなったわけだ。だって、そんなことをしなくても、ちゃんと繋がる相手がいるのだから……。
あれ、これってもしかして最終回?!
だが、物語は続く!




