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77 忍者のオッパイ!

 忍者の指示にあったように、俺は向日斑むこうぶちを人気のない体育館の裏へと誘導した。

 体育館の裏は、この時間誰も人が通りかかることもなく、薄暗く淋しげな雰囲気を漂わせていた。


「おいおい、なんだなんだ、なんで体育館の裏なんだ?」


 今まで忍者と会っていたのは全て学校外だったのだから、向日斑が不思議に思うのも無理は無いだろう。

 俺自身も、どうしてこの場所なのかわからなかったし、矢文にはそれについて何も触れられてはいなかった。


「いや、なんて言うのかな……。まぁ、色いろあるんじゃないのかなぁ」


 俺は向日斑の問に答えられずに、適当にはぐらかすことしか出来なかった。


「そうか、色いろあるんじゃ仕方ないよな」


 向日斑はあっさりと納得した。

 こいつ、忍者のことならば、あからさまな罠だとわかっていても、喜び勇んで飛びつくに違いない。落とし穴の上に、忍者の写真とバナナとか置いとくだけで引っかかるんではあるまいか。

 その時、唐突に何処からともなく、忍者が例のゴスロリ衣装で現れたのだ。

 忍者の表情は、余裕の一欠片すら見えずに、まるで切腹を決意した武士のような切迫感に満ちあふれていた。


「こんばんは、向日斑さん」


 にっこりをと微笑んで、向日斑の名を呼ぶ。そして、俺の目でこの場から下がるように指示を出してきた。

 まさか、忍者のやつは、本気で向日斑のやつを亡き者にしようとしているじゃないだろうか……。しかし、手には凶器のようなものは持ってはいない、とは言え、金剛院家のメイド、執事連中は、異空間からものを召喚できるというファンタジックな芸当を持ち合わせているから、何ら油断ができない。

 

「いやぁ、七桜璃さん、まさかあなたから会いに来てくれるなんて、この向日斑文隆むこうぶちふみたか、感謝感激雨あられですよぉ!」


 警戒一つせずに、向日斑は忍者に向かって駆け寄っていく。

 二人の距離が十五メートルから、十二メートルへと縮まっていく。

 それでも、忍者は何をする素振りも見せはしない。

 まさか、忍者のやつ……向日斑の愛を受け止める決心をしたのか? 新しい世界へと旅立つ決心をしてしまったのか?

 さらに、十メートル、八メートル、五メートル、その距離に来て、ようやく忍者は動きを見せた。

 なんと、忍者はゴスロリ衣装の上半身部分を、クナイで切り裂いたではないか……。


「見ろ! これが、これが、ボクだァァァっぁ!」


 そして、あらわになる忍者の上半身姿……。そこには真っ白な肌に、ピンクの蕾が二つ……。

 まっ平らな身体のラインが男のそれであることを示していた。


「見たか! ボクは、ボクは、男の子何だァァァ! わかったか、この糞ゴリラ!」


 向日斑の足が言葉もなく完全に止る。


「ふん、これで、この糞ゴリラはボクのことを諦めるはず……」


 なんと、忍者の秘策とは、オッパイを露わにすることで、自分が男であるということを、向日斑に知らせるという荒業だったのだ!

 肉を切らせて骨を断つならぬ、オッパイ見せてゴリラを断つである。

 その効果はてきめんで、向日斑は完全に沈黙をしたまま微塵も動けないでいる。

 しかしだ、ゴスロリ衣装の上半身分を露わにしたまま、満足そうにふんぞり返っているショタっ子忍者はも姿は、それもうなんていうのか、男でもいいじゃないか! と思わせるに十分な破壊力を持っていた。

 でもまぁ、向日斑にその手の趣味がないのならば一安心一安心、そう思ったその時だ!

 向日斑は、石像のように固まったままの状態で、真後ろの倒れこむと、真っ赤な血しぶきを噴水のように吹き出したのだった。


「なんだよ! なんなんだよこれ!」


 忍者は狼狽した。俺も狼狽した。

 向日斑は、忍者が男であることにショックを受けて固まったのではなく、忍者のオッパイを目にして、興奮のあまり血流のすべてが頭に周り動けなくなってしまっていたのだ! そして、限界を超えて溜まった血は、今怒涛のごとく吹き出したのだ!

 体育館の裏の地面が瞬く間に真っ赤に染まっていく。あれ、これってば致死量超えているんじゃないのか……。


「と、兎に角! 作戦は成功だ! そうだな、神住かみすみ!」


 忍者は明らかに動揺していた。


「え? あ、あぁ、そうなのか……な?」


「ボクはこんな格好ではいられないので、今のうちに消える。後のことは任せたぞ!」


 忍者は両手で胸のあたりを隠すと、バネが跳ねる前に縮むように、深くしゃがみ込んだ。


「お、おい! ちょっと待てよ! こんな出血死したゴリラを置いていくんじゃないよ1」


 俺の叫びは虚しく虚空へと消えた。

 忍者は、俺が言い終える前にこの場から飛び去って、煙のように消えていたのだ。

 そして、失血死のゴリラと俺が体育館裏に取り残されてしまったわけだ。


「さて、どうすればいいんだ……」


 俺は頭を抱えた。

 こいつは向日斑だ、常識の範疇で図ることの出来ないゴリラだ。つまり、常人ならば致死量であっても、こつならば……と思いたかった。

 

「兎に角、保健室にでも運びこむか……」

 

 俺が向日斑の腕を引っ張って、地面をズルズルと引きずりながら保健室に向かおうとした時。


「ウホーーーっ!」


 野生の叫びとともに向日斑は飛び起きたのだった。


「よ、良かった。お前無事だったのか?」


「ど、どこだ!」


「え?」


 向日斑に俺の声は届いていないようだった。


「どこだ! 七桜璃さんのオッパイはどこだ! 教えろ! 今すぐ教えろ! さもないと……」


 俺は死を直感した。

 向日斑の目が完全に血走っている。常軌を逸しているとはまさにこのことだ。俺は恐怖のあまりその場から走り去りってしまいたい衝動を必至で抑えていた。

  向日斑は唸り声を上げながら、周囲の匂いをクンクンと嗅ぎまわっていた。


「上か! 上なのか!?」


 向日斑は四本の足で飛び上がろうとした。


「ちょ、ちょっと待てよ! お前、七桜璃さんが男だったっていうのを見たよな?」


「はぁ? 何を言っているんだ! いくら貧乳を超えた無乳だからといって、七桜璃さんを男扱いするとは……。神住とはいえ許すわけにはいかんぞ!」


「え……」


 俺は嫌な予感が的中したのを感じた。


「俺はな、むしろ無乳の七桜璃さんに、さらなる愛情が湧いたと言ってもいい! そう、吹き出した俺の鼻血は七桜璃さんに捧げる無限のしぶきと呼んでもいいのだ!」


 そう言って、向日斑は止まりかけた鼻血をまたしても吹き出させた。

 

「うんうん、いいじゃないか、あのなだらかな平原に、ひっそりと二つのピンクの蕾……」


 向日斑の鼻血の量が加速的に増していく。この血液を献血に回していれば何人の命が救われることか……。まぁ俺ならば、こんなよこしまな血で救われたくなんてないけれど……。

 

「なるほど……」


 俺は二つのことを理解した。

 向日斑は貧乳好きだった。さらに、無乳大好きだった。

 そして、忍者の作戦は、何一つ得るものがなかったどころか、完全に裏目に出てしまったのだ。

 哀れ忍者、あれだけ恥ずかしい思いをして無駄骨とは……。

 しかも、作戦が成功したと思い込んで忍者は去って行ってしまったのだ……。


「くそぅ、くそぅ! 七桜璃さぁぁぁん! カムバぁぁっっく!」


 向日斑は空に向かって吠えた。

 俺は頭がズキズキと痛んだ……。




 ※※※※※


 

 向日斑は、あれから数十分、鼻血を吹き出しながら忍者の捜索を続けていたが、流石に血の量が足りなくなったのか、あきらめてすごすごと家に帰っていった。

 俺は血まみれになった体育館の壁と地面を見を綺麗に片付けるのに、数時間を要したのだった……。


 そして帰宅後……。

 俺はすぐさま、セレスに電話をかけた。

 俺は電話をすると、アレがアレでアレレレレ病にかかっているという設定でいまだに通しているために、こちらからは電話をしたくなかったのだが、火急の用あるのだから仕方がない。


「はい! セレスですわ。神住様、如何なされたんですの?」


「あのな、忍者のヤツにちょっと言付けがあってだな」


「七桜璃にですの? 良いですけれど、何かありましたんでしょうか?」


 セレスは不思議そうな声を上げる。それはそうだろう、今まで電話で忍者の話などしたことがないのだから。


「い、いや、大したことじゃないんだよ! う、うぅうぅぅ、ダメだ、そろそろアレがアレでアレレレレになってきたぁ!」


「はっ! 例のご病気ですわね! だ、大丈夫ですか神住様! お気を確かに!」


「セ、セレス、忍者のやつに、今日の作戦は完全に失敗だったとだけ、伝えてくれ……。俺はもう電話を続けられない……」


「わ、わかりましたわ。七桜璃にちゃんと伝えておきますわ」


「ありがとう! それじゃ!」


 俺はさっくりと電話を切った。

 この変な設定のお陰で、面倒なことを聞かれる前に電話を切ることが出来てラッキーだった。できれば、今日の出来事はセレスには話したくないからな……。

 さて、真実を知った忍者はどんな顔をすることだろう……。

 俺は自室のベッドに横になると、目を閉じて今日見た忍者の無乳を思い返していた。

 うむ、悪くない。俺にはそういう趣味はないが、それでも悪くない。忍者は美肌な美少年に生まれたことを恨むしか無いのだ。そう、悪いのはすべて、忍者が男の子なのに可愛すぎるのが駄目なのだ!

 俺が横になって十分ほどたった頃、部屋の窓を叩くような音がした。

 

「ん?」

 

 俺の部屋は二階だ。二階の窓を叩くとは、鳥の仕業だろうか?

 そう思いながら、窓を開けてみると……。

 

「神住ぃぃぃ!」


 血相を変えて息を切らした、Tシャツに短パン姿の忍者が立っていたのだった……。


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