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76 忍者大作戦!


 日曜が終わった次の日、つまり月曜日ってやつは可愛そうだと俺は思う。

 月曜日には何の罪もないのに、嫌われ役にされるからだ。

 悪いのは月曜日ではなく、一週間ってものを作りやがった、ローマだかキリストだかのせいなのだ。

 だから、俺は月曜日に同情しながらも、こう呟くのだ。


「ああ、月曜日とかマジかったるいな……」


 こんな厨二な思考から、俺の一週間は幕を開けるのだ。


 ※※※※※


 

「昨日は最高の一日だったな!」


 日曜日が終わって、かったるい、だるい、うざい、死にたい、そんな奴らでいっぱいの教室の中で、向日斑だけは、まるで好物のバナナを大量に与えられたゴリラのように、最高の笑顔で喚き立てていた。

 まぁ、こいつにとって昨日は最高の一日だったに違いない。自分にとって、都合の悪い部分の記憶は全部消去されているのだから。

 俺はといえば……。忍者の惨状を抜きにすれば、最高まではいかなくとも、なかなかよい休日だと言って良いだろう。セレスに振られたと思っていたのが、実は勘違いだとわかったのだから……。

 かと言って、すぐさま『よし! じゃ付き合おうぜ!』なんて言い出せるほど、頭の切り替えの早い男ではない。と言うか、自分から付き合おうなんて言葉が言う勇気なんて微塵もない……。なので、当分は今の関係を楽しく続けていくつもりだ。

 そうこうしているうちに、いつもの様に朝の授業がスタートすると思われた瞬間、それは窓から飛び込んできた……。


「え……?」


 俺の顔の横を何かが超高速でかすめていくのを感じた。それは気のせいでも何でもない、なぜなら俺の頬は焦げた臭いを発しているし、それよりも何よりも、俺の机には矢が刺さっているからだ……。

 

 ――こ、殺される!


 直感的に俺は死を感じた。

 俺は机の下に身をかがめて、頭を鞄でガードした。矢を鞄でガードできるとは思わないが、何もないよりは少しはマシだろう。

 こうして、次に飛んでくるであろう、第二射に備えたのだが……。


「おい、神住かみすみなにやってんだ? 防災訓練かなにかか?」


 向日斑がのほほんとした表情で、机の下の俺に声をかける。


「馬鹿っ! お前死にたいのか! 矢が、矢が俺を狙っているんだぞ!」


 そうだ! このゴリラなら盾になるかもしれん! 俺がゴリラの陰に隠れようといた時。


「矢? 矢ってこれのことか?」


 向日斑は机に刺さっている矢を、何の違和感も持たずに無造作に引っこ抜いた。


「これがどうかしたのか?」


 引きぬいた矢を、しげしげと眺めている。

 そうだった、こいつも御多分にもれず非常識極まりないやつだったのだ。いきなり教室の窓から矢が飛んで来ようが、ハンティングライフルで攻撃されようが、それをあるがままに受け取ってしまうという、非日常を日常として受け止めることの出来る存在だったのだ。


「お、この矢になんか付いてるぞ? これは手紙か?」


 俺は机の下から、恐る恐るそれを覗き見する。

 確かに矢の中央部分には、手紙のようなものが括りつけられてある。

 俺はこの時、瞬時に理解した。

 窓の外から矢を射って、俺の机に突き刺すことの出来る存在。そして、その矢にてがみをつけることの出来る存在。そんな奴が、そうそういてはたまったものでなはい。そう、この矢の射手は……忍者以外にありえないのだ! とするならば、この手紙は俺に当てられた密書に違いない。つまりは、向日斑に見せるわけにはいかないのだ。


「おっと! すまん手が滑ったーっ!」


 俺は机の下から勢い良く立ち上がると、両拳を向日斑の顎めがけて叩きつけた。


「ぬおっ」


 流石に倒れはしないものの、向日斑は足元を少しふらつかせてくれた。その隙を突いて、俺は矢から手紙を引っぺがすと、ポケットの中にしまいこんだのだった。


「お前は手が滑ると、俺の顎にピンポイントに攻撃してくるのかよ!」


「うん? まぁ、そんな日もあるんじゃないのかなぁ……」


「そうか、なら仕方がないな」


「だろ?」


 こうして、俺は向日斑の手に渡すことなく、密書を手に入れたのだった。てか、もし向日斑に奪われていようものならば、今度は机ではなく俺の身体めがけて矢が飛んでくることは必至なのだから……。

 


 ※※※※※


 俺は授業中に、こっそりと忍者からの矢文に目を通した。

 そこに書かれていたのは、昼休みに屋上への呼び出しだった。って、うちの学校屋上にあがれたっけか? 確か、鍵がしてあって上がれないようになっていた気がするのだが……。


 

 ※※※※※


 昼休み、俺は言われた通りに屋上に向かった。

 案の定、屋上につながる階段の先の扉には大きな錠前が……破壊されていた。

 流石忍者恐るべし!

 初めてあがった屋上は、これといって何があるわけでもなく、殺風景な所に給水塔がぽつんとあるだけだった。

 そして、その給水塔の上に仁王立ちで待ち構えていたのが忍者だった。

 もはや、こいつ生まれてからずっとこの格好だったんじゃないのか? と思ってしまうほど忍者装束おり、今年のベスト忍者装束アワードに選ばれてもおかしくないくらいだ。もし、そんなのがあればだけれども!


「来たか、糞住くそすみ


「いやいや、そんな名前じゃないから、神住だから」


「五月蝿い! お前なんて、お嬢様が居なければ糞住で十分だ!」


「お前、セレスが居ないと、言いたい放題だな……」


 忍者は、重力を感じさせない軽い身のこなしで給水塔の上から飛び降りると、いつもように慣れた手つきで俺の首元にクナイを突きつける。


「さぁ、ボクと楽しい話をしようじゃないか」


 果たしてクナイを突きつけられた俺は楽しめるのでしょうか……。

 

「ボクは、あの変態ゴリラをどうにかしたいんだよ!」


 忍者はすぐさま本題に入った。

 

「あの屈辱……。思い出しただけで血が沸き立ってマグマにように沸騰してしまう……。あぁ、今すぐ教室に乗り込んで切り刻んでしまいたい!」


 忍者は手に持っていたクナイを衝動に任せて縦横無尽に振り回し始めた。そのクナイは二回ほど俺をかすめては、擦り傷を作ってくれた。


「あの、やめてください、ゴリラより先に、俺が切り刻まれてしまいます……」


「はっ!? ボクとしたことが熱くなってしまった……」


 忍者はクナイを懐へと仕舞う。いつもクールなキャラだった忍者も、向日斑の事となると平静を保つことが出来ないようだ。


「兎に角、あのゴリラに付きまとわれるのは、もう金輪際嫌なんだ! けれど、お嬢様の手前、会わないわけにもいかないわけで……。こうなったら、ゴリラを殺すか……」


「おいおい、そんな物騒なこと言うなよ!」


「もしくは、ゴリラがボクのことを嫌いになるかだ!」


「なるほど」


 それは盲点だった。とは言え、あの忍者にぞっこんラブな向日斑が、どうすれば嫌うようになるのか、俺には到底見当もつかなかった。


「ボクには、最後の手段があるんだ……。出来ることならば、そんな手段使いたくはないんだが……」


 その言葉を口にした忍者は、奥歯を強く噛み締めて、苦いコーヒーを飲んだように表情をしかめた。

 

「その最後の手段を使わないでいいように、糞住、お前がボクの悪い噂をあの変態ゴリラに流すんだ! ボクがあの変態ゴリラに嫌われるなら、どんなことを言ってもいい! だから、任せたぞ?」


「もし、断ったら?」


「ふっ、貴様に選択権があるとでも?」

 

 忍者の表情が、狂気を含んだ暗殺者のそれになる。

 何故だろう、俺はいつも選択肢が一つしか無い一本道のゲームをやらされている気がする……。



 ※※※※※



 教室に戻った俺は、いつもの様にバナナを頬張る向日斑の顔を見てため息を一つついた。

 

「なんだ、人の顔を見るなりため息とか、失礼だぞ?」


「ちょっと色々あってな……」


 俺は自分の席に着いて、弁当を広げたのが食欲があまり湧いてこない。さっきの忍者との約束が俺の食欲を減退させているのだ。忍者自身のためとはいえ、人の悪口を言わなけれならないのは、気分の良いものではないのだ。

 けれど、それをやらなければ、俺の身体がどうなる事やら……。

 忍者のため、俺の身体のため! そう割り切って、俺は意を決して向日斑に話しかけた。


「あのさぁ、にんじゃ……七桜璃さんのことなんだけどさ」


 七桜璃という単語を聞いた途端、向日斑は口に入れていたバナナを一瞬で飲み込むと、俺の机にかぶりついてくる。


「な、七桜璃さんがどうしたって!」


「いや、あの、腋臭わきがらしいんだよ……」


 言ってしまった。むしろ、あの忍者の腋は、良い香りすらしそうだというのに……。


「嗅ぎたい!」


「え?」

 

 俺は耳を疑った。


「今なんて言った?」


「出来ることならば、顔を近づけて嗅ぎ続けていたい!」


 向日斑は、大きな鼻の穴を更に大きくさせて、教室中の空気を全部吸い取ってしまうくらいに、息を吸い込んだ。

 これは全くの逆効果だったようだ。むしろ、向日斑の忍者に対する好感度を上げてしまった気さえする……。


「そ、そうか。お前はそういう趣味もあったのか……。そ、それだけじゃなくてだな、七桜璃ちゃんは、実は……背中毛ボーボーらしいぜ!」


 言ってしまった。むしろ、忍者の背中は真っ白ですべっすべで、清らかだというのに……。


「毛づくろいしたい!」


「え?」


 俺は再度耳を疑った。


「背中毛をペロペロして毛づくろいしてあげたい! それだけで、ご飯十杯は余裕でいける!」


 向日斑の大きな口から、大量のよだれがドバドバと湧き出てきていた。

 ダメだ……。こいつには、何を言おうがプラス要素に転換してしまう……。

 それにだ、よくよく考えて見れば、俺も忍者が腋臭だとしても、背中毛ボーボーだとしても余裕で行ける! あのゴスロリ衣装で微笑んでくれる美少年が、腋臭で背中毛ボーボーとか、むしろギャップ萌えとしてプラス要素になると言えてしまう。

 気が付くと、俺もよだれが垂れそうになっていた。

 俺はよだれを飲み込むと、次の手を考えることにした。

 しかし、良い手は何も浮かばずに、何故か食欲だけは増してきてしまっていた。

 なので、俺は忍者の要求を満たすことよりも、俺の胃袋を満たすことを優先してしまったのだ。

 ああ、何故か今日のお弁当はいつもより数段美味く感じる。その理由が何であるのかは、あえて考えないようにしておいた。


 


 ※※※※※


 そして、午後の最後の授業が終わった瞬間、またしても教室の窓から矢文が撃ち込まれてきては、俺の机に刺さった。。流石に二度目ともなると、俺も慌てたりはしない。今朝の時よりも、至近距離で頬から地が出ていたとしても慌てたりは……するわ! 忍者の野郎、確実に俺を殺しに来ている。

 矢文の内容は、俺のお昼休みの失敗をののしったものだった。あの地獄耳め、お昼休みの会話をすべて聞いていやがったようだ……。そして、矢文の最後に『あの変態ゴリラを、人気のない体育館の裏に呼び出すように』と書かれていた。

 選択権が存在しない俺には、書かれている以上これに従って行動するほか無いのだ。 


「向日斑! ちょっと、すまんが付き合ってくれないか!」


「ん? 何のようなんだ?」


「七桜璃さんの事で何だが……」


「行く!」


 元気の良い二つ返事で、向日斑は俺にホイホイとついてくるのだった。

 

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