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72 忍者とゴリラのラブラブタイム。

 車は進んで行く。当然だろう、そりゃ進む。辿り着く先は、これもまた当然金剛院こんごういん邸に決まっている。ああ、この車がどこか異世界にでも迷いこんでくれないだろうか。今ならば、戦士枠にはゴリラが居るし、赤炎せきえんさんは、名前からして炎を操る魔法使いっぽい。黄影おうえいさんは……あれだろうか、見た目からしてホビット枠といったところだろうか。

 俺がそんなどうでもいい妄想をしている間、向日斑むこうぶちはといえば  ――まだバナナを食べ続けていた……。気がつけば二房目だ。

 どうも向日斑は赤炎さんが苦手な様で、ひたすらバナナを貪り食って目を合わさないようにしていたのである。

 赤炎さんはといえば、むしろ向日斑に好意的な感情を向けているように思えた。勿論それは恋愛感情などではない。そう例えるならば、捕食対象を見つけた猛禽類のように、舌なめずりをするような眼差しで、向日斑を見つめていたのだった。

 どうやらこの車内の食物連鎖図では、ゴリラは鷹の下に位置してしまうらしい。

 向日斑はたまに助けを乞うような視線を向けてくるが、そんなものは無視に決まっていた。自分の身は自分で守る。それが戦場での掟なのだ。


 さて、そんなどーでもいいことを考えている内に、車は林道に入っていく。そして、生い茂る木々の間をすり抜けるように、グネグネとした道を登っていった。どうやら、金剛院邸はちょっとした山の上にあるようだ。


「家までは後どれくらいなんですか?」


 俺の問いかけに、赤炎さんは口元をゆるめた。そして、窓の外の風景を指出して。


神住かみすみ様、ここはすでに敷地内ですよ」


 と、コロコロとした微笑みを投げかけてくれた。

 俺は身を乗り出して、窓の外の風景に目をやる。どこからどうみても、ここは公道にしか見えないのに、すでにここは金剛院家の敷地内で、私道だというのか?!

 

「この山自体が、金剛院家の所有地でございますから」


 俺は言葉が出なかった。

 お金というものは、あるところにはあるものである。どうして、俺のところにはないんだろうか……。世の中というものは生まれた時点で不公平に作られているものだ。


「まぁ、ゴリラに生まれなかっただけましか……」


「どうした? いま俺を名指しで呼んだか?」


 ゴリラのワードにすぐさま向日斑が反応してこちらを向いた。

 もうお前の名前はゴリラでいいんじゃないかな……。


 車が山の麓まで到達すると、大きな門が見えてきた。バロック調にデザインされた大きな門に、俺は思わずここが日本であることを忘れてしまいそうになった。

 車が門に近づくと、門は自動的に開いた。


「なんだこれ……。なんだこれえええ!」


 門の中での風景に、俺は思わず叫んでしまっていた。

 膨大な敷地の中央には噴水があり、そこにはどこぞの有名な彫刻家が作ったであろう美女を型どった像が手にツボを持って、そこから水を絶え間なく流し続けていた。左右に広がる庭の花壇には、季節の花たちがまるで桃源郷を思わせるよう美しく咲き乱れては、俺達の目を楽しませてくれていた。無造作に通路沿いに置かれたギリシャを思わせる彫刻の数々が俺たちを出迎えてくれていた。あれか?聖闘士◯矢の聖衣かこれ? 俺は小宇宙コスモを感じることが出来るのか?


 ただひたすら圧倒されるがままの状態なのは俺だけだった。向日斑はそんな風景など見もしないで、膝に手をおいてズボンがしわになるくらいに強く握りしめていた。そう、向日斑の目的は、こんなお屋敷でも何でも無く、愛しの忍者なのだ。そして、その忍者との対面はすぐそこまでに迫っているわけなのだか、緊張しないわけがない。

 そうこうしている内に、車は停車する。

 そして、後部座席のドアが開いた。

 赤炎さんが先に降りては、俺たちに手を差し伸べて降車を促した。

 幾らか緊張気味に俺は車から降りた。緊張のあまり明日が滑って転びそうになったのを、赤炎さんが腕を掴んでバランスを立て直させてくれた。


「大丈夫ですか?」


「あ。はい! ありがとうございます!」


 俺は背筋を正してかしこまっては、軍人のように敬礼をしてしまった。


「うふふふ、そんなに緊張をなさらないでも宜しいですよ」


 笑顔の口元から、真っ赤な舌がチラリと見えては、俺の背筋をゾクッとさせる。

 やめてください。『可愛い小動物を繁殖させて後で美味しく頂きたいです』的な視線を向けないでください。お皿の上に乗って食べてもらいたくなってしまいます。


「遂に、遂に会えるんだな……」


 車から降りた向日斑は、アポロ十一号のクルーが初めて月の地面を踏みしめたくらいに感動していた。


「おいおい、会うまで涙は取っておけよ?」


「な、泣いてなんかいないぞ!」

 

 確かに泣いてはいなかった。泣きそうになっているだけだ。


「わたしは、疾風迅雷のごとく車をしまってくるのだ」


 黄影さんは車をホイルスピンさせてかっ飛ばしては、あっという間に視界から消えていった。庭の中であのスピードで曲がりきれるんだろうか……。まぁここのメイドさんたちには常識というものがまるで通用しないので、考えないようにしておくことにしよう。


「遅かったじゃん。何やってんのよ、お嬢様はとっくにお待ちかねだぞ?」


 俺達の前にメイド三人娘最後の一人が登場した。


「そうかしら? 時間通りだと思うけれど」


 赤炎さんは腕時計に目をやり時間を確認した。


「チッチッチッ、時間通りだろうがなんだろうが、お嬢様が待ちくたびれているってことは、遅いってことになっちゃうんだなーこれが。待ちくたびれたお嬢様の相手をさせられてた、わたしの立場にもなってみろってんだ!」


 メイドさんはその場でジタンダを踏んでいた。余程セレスの相手が大変だったのだろう。ご愁傷様と心の中で思っておこう。


「けれど、大変なのはわたしでなく、あなただからよかったわ」


「かーっ! ちっとも良くないっての! あぁ、七桜璃ちゃんの着替えの手伝いしてたほうがどんだけ幸せなことかー」


「な、七桜璃さん!?」


 その言葉に向日斑が敏感に反応した。一気に鼻息が荒くなる。鼻から吹き出される空気で、扇風機くらいの威力はあるのではないだろうか。


「七桜璃さんの着替えだと……」


 ゴリラは妄想に入った。

 そして数秒後……。

 ゴリラの鼻から噴水のように大量の鼻血が吹き出したのだ。

 俺はなんとなくこうなる予測がついていたので、すでに向日斑との距離をとっており、回避に成功することが出来た。

 さて、不意をつかれた二人のメイドはどうだろうか?

 赤炎さんはといえば、またしても謎空間から傘を持ちだしては、降りしきる鼻血を華麗に回避して見せた。そして、もう一人のメイドさんは……残像が残るくらいの目にも留まらぬ速度で動いては、鼻血の滴をすべて回避しきっていたのだ。

 

「ふぅ、此処から先は、この青江虎道あおえこみちに案内してもらってくださいませ。わたくしはお掃除の方をさせていただきますから」


 これまたどこぞの異次元空間から召喚したのか、モップを取り出しては、向日斑の鼻血で真っ赤に染まった石畳を磨きだした。


「ほいじゃ、わたしに着いてきな!」


 鼻にテイッシュを詰めて何とか応急処置を終えた向日斑と俺は、言われるがままに青江さんの後を着いて行く。

 青江さんは赤炎さんのように長身でもなく、黄影さんのようにチビッコでもなく、中肉中背の平均的体型だった。髪の毛はお団子ヘアにしてまとめてあり、顔立ちはまるで腕白な少年のようだ。今どきでない太めの眉毛と大きな瞳がトレードマークといった感じだろうか。

 青江さんは普通に歩いているはずなのに、とても歩調が早く着いて行くだけで大変だった。さらに足音がまるで聞こえないのだ。まさか、この人も忍者なのか……。

 こうして、俺は金剛院邸に足を踏み入れるわけなのだが……。


「でけぇな……」


 俺は玄関の扉の前で金剛院邸を見上げていた。

 おフランスの貴族が住んでいるような家といえば、それで表現できてしまうテンプレート的な大金持ちの家だ。


「まぁ、でかいだけだけどな!」


 俺は何の感銘も受けはしなかった。

 確かに、最初はいかにもな彫刻や噴水などに度肝を抜かれてしまったが、よくよく考えてみればそんなものは、ありがちという言葉で片付けられてしまうのだ。ありがちな大金持ちの家。これで言い切れてしまう。悔しいならば、UFO型とか、ウンコ型の家でも立ててみやがれってんだ!

 まぁ、ここまでお金持ちの豪邸を否定してみたわけだが、皆さん言うまでもなくわかっているとお思いですが……はい、ただの貧乏人のひがみでございます。


「そんじゃ、こっちだよー」


 青江さんは大きくて白い扉を開けた。

 その扉を開けた先には、これまたどこぞの高級ホテルで見たような玄関ホールが広がっていた。

 床にはレッドカーペットが敷かれ、天井にはシャンデリア、勿論、壁には絵画、あと忘れちゃいけない高そうな壷とかもあるよ!

 ――くそっ、俺が大金持ちになったあかつきには、玄関ホールにアニメのポスターとか張ってやるかんな!


「神住様、お待ちしておりましたわー」


 中央にある大きな階段をド派手なドレスをなびかせて駆け下りてきたのは、金剛院セレスだ。迷いもなく一直線にこちらに向かってまっしぐら。あんなドレスでよくも階段を駆け下りれるものだと感心したその直後、セレスはドレスの裾を踏んづけてしまいその場で転倒してしまう。


「大丈夫か!」


 と、俺の声よりも早く、セレスの身体は空中で縁さんによって支えられていた。そして、空中でセレス抱きかかえたまま宙返りを決めると、俺たちの目の前に見事に着地を決めたのだった。


「お嬢様、あまり慌てすぎないでくださいねー。ホントにもーっ」


 青江さんは、丁寧にセレスを床に下ろす。


「わ、わかっておりますわ! べ、別に神住様に会いたくて慌てたとかじゃないんですからね!」


 見事なツンデレと言いたかったが、先日俺はフラれているわけで、これは言葉通りに取ったほうがいいのかもしれない。

 そして、セレスから少し遅れるようにして、階段上に現れたのは……。

 その姿を目にして、向日斑の視線がその一点に集中する。


「七桜璃さん!」


 ゴリラの雄叫びのような声が、ホールに響き渡っては、俺の鼓膜に突き刺さった。

 そう、それは白と黒を基調としたゴスロリ衣装を身にまとった忍者だ。今日は先日の衣装にプラスしてヘッドドレスまでつけている。銀髪の髪にヘッドドレスはよくはえていた。

 向日斑のレーザー光線バリの視線に、忍者は慌てて顔を伏せた。そして、そのまま後ろに逃げ帰ろうとしたところを、突如現れた老紳士ブラッドさんに制止されたのだった。

 ブラッドさんは、優しく忍者に微笑みかける。その笑顔が忍者の退路を完全に立ってしまった。忍者は今にも死にそうな青ざめた顔で、死刑宣告の階段を一歩一歩と降りてきたのだった。


「こ、こんにちは……。向日斑さん。お久しぶりです」


 忍者は、苦虫を噛み潰したような表情を、無理やり筋力で笑顔に作り変えることに必至なようだった。

 しかし、浮かれ舞い上がって有頂天なゴリラにはそんなことを察する事ができるわけもなく……。


「お久しぶりです! あ、会いたかったです!」


 ゴリラの動きは早かった。さっきの青江さん以上に早かったかもしれない。超スピードで忍者の右手を掴むと、強引に強く握手を交わした。


「お、あのゴリラ少年、なかなかやるじゃん」


 青江さんは、向日斑の動きに感心しているようだった。


「あ、あの痛いので、手を握るのはやめてもらえますかこの糞ゴリラ!」


 忍者は向日斑の腕を瞬時に捻り上げる。向日斑の関節がありえない方向に曲がる。が、向日斑は痛みを感じていないのか、笑顔を保ったまま何事もないように腕を握り続けていた。あれか、アドレナリンが痛みを緩和させているのか!?

 忍者の作り笑顔がみるみるうちに剥がれ落ちて、怒りへと変化していく。忍者は空いている左手でドレスの中に忍ばせていたクナイを取り出すと、躊躇なく向日斑の脇腹に突き刺したのだ!


「あはははは、七桜璃さん! ボクは幸せだなぁー!」


 それでもゴリラは痛みを感じない。幸せ>>痛みという具合になってしまっているのだろうか。


「死ね! 死ね! この糞ゴリラ!」


 一度で足りないなら二度三度とばかりに、忍者はクナイを突き刺し続ける。

 気が付くと、向日斑のタキシードが真っ赤に染まっているのだが、それでも向日斑は平気な顔だ。きっと、スーパー向日斑状態に突入しているに違いない。


「七桜璃さん、ボクはあなたを愛しているんです!」


 握った腕を引き寄せて、向日斑は忍者の体を抱きしめる。小柄な忍者はスッポリと向日斑の胸の中に包まれてしまう。


「七桜璃さん、あなたのそのスレンダーなスタイルも大好きだー!」


 向日斑は忍者の身体の感触を全身で味わっていた。クンカクンカとドサクサに紛れて匂いも嗅いでいた。俺は茫然自失状態だった。まさか、いきなり向日斑が暴走しようとは……。予想を裏切られたのは、忍者も同じようで、まさかいきなり強烈に抱きしめられるなんて思いもしていなかったことだろう。


「いーやーだー! ボクは、ボクはこんなのイヤだー!」


 忍者は必至にもがいた。けれども、向日斑のベアハッグからは逃れられないでいた。


「あはははは、七桜璃さんったら、そんなに照れないでくださいよ 愛を誓い合った二人じゃないですか!」


「あ、アレは嘘だから! 演技だから! ボクは男だからー!」


「またまた、照れ隠しにもほどがありますよ。こんな可愛い子が男の子なわけないじゃないですかー!」


 そう言いながら、向日斑は忍者の真っ白なほっぺたに頬ずりをした。


「たーすーけーてー!」


 忍者は女のような金切り声を上げた。が、その助けに答えてくれるものは、無情にもこの場には誰一人としていなかったのだ。





「とんでも無いことになりましたわ……」

 

 セレスはその状況を、あんぐりと口を開いたまま見守っていた。ちなみに、俺も同じ状態だ。

 老紳士ブラッドさんは、楽しげにカイゼル髭を撫でていた。

 青江さんは、向日斑の脱出不可能なベアハッグに感心していた。


「そ、そうですわ。ここは七桜璃とゴリラさんの二人っきりにしてあげて、わたくしたちは向こうに行きましょう」


「そ、そうだな。そうしよう。見なかったことにしよう」


 俺とセレスは、この状況を収集することを放棄した。

 だって、無理だもん! しかも、あのスーパーゴリラ人を止められる唯一の存在である老紳士ブラッドさんが、この状況を一番楽しんでいるのだからたちが悪い。


「ちょっ、ちょっと待って下さい、お嬢様! ぼ、ボクを置いて行かないでください! ボクこのままじゃ、汚れちゃう! 汚されちゃうよおおおお!」


「七桜璃さん! 愛しているよおおおおおおおおお!!」


 忍者の身体は向日斑に持ち上げられて宙を舞っていた。じたばたと空中で必至にもがく両足がとても切なげに見えた。が、見てないふりで俺とセレスはその場を去ったのだ。


「いーやーだーーーーーっ!」


 哀れ忍者、忍者は今回も犠牲になったのだ……。


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