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07 冴草契との電話は怖い。


「遅い!!」


 第一声がそれだった。メールをもらってすぐさま電話をかけたはずなのにこの言い草だ。多分、どれだけ俺が存速に電話をかけたしても、この腕力女はきっとこの言葉を言ったに違いない。


「ごめんなさい」


 俺は自分の名前を名乗るよりも先に、謝罪の言葉を述べた。それのみならず、電話機の前で頭まで下げていた始末だ。情けないと言うかも知れないが、この女の言葉には、男を組み伏せるほどの力があるのだ。将来結婚したとしたならば、かかあ天下になることうけ合いだ。まぁこんな奴がちゃんと結婚できるとは思えないけれども。


「何謝ってんの? それじゃ、私がなんか怒ってるみたいじゃないの?」


「え、今の怒ってないの?!」


 あれれ、『遅い!!』は怒っていたのじゃないんですか? どこからどう聞いても怒りの感情が溢れているように思えましたが……。となると、この女の日常会話は怒声の飛ばし合いと言う事になるのだろうか…‥。

兎に角、この腕力女こと、冴草契さえぐさちぎりは怒ってはいないようだ。ただ電話が苦手なのだろうか、相手に怒っているように取られてしまうのだ。まぁ不器用なやつなのだろう。


「怒ってないんですか? 本当ですか? 神に誓って真実ですか?」


 用心の意味を込めて、俺は再度怒っていないかを確認することにした。


「ねぇ、しつこいと怒るよ?」


 うむ、どうやら怒ってはいないが、怒る準備はできているようだ。ならば、その準備を無駄にさせてやろうでないか。怒られるのはとっても怖いからな!!


「わかった。わかりました。怒ってないってことでオッケー……です。んで…‥それで、何のご用件なんですか? なんでしょうか?」


 俺は相手との距離感を測れないでいた。実際、ほとんど会話をしたことのない相手との電話なんてのは、インターネット回線勧誘か、宗教団体の勧誘くらいなもんだ。さらに、同年代の異性ということも相まって、砕けた口調で喋るべきなのか、あらたまって会話するべきなのかわからずに、ぎこちない言葉を発するしかなかった。


「ねぇ、その中途半端な口調、聞いてるほうが疲れるから、普通に喋ってよ!」

 

 寧ろ疲れるのは喋っている俺の方なんだがな。それに冴草契はファミレスでの俺に対しておこなった行為を忘れているのだろうか? 俺は既に腹に一発入れられてしまっているのだ! 既に俺は絶対服従のあかしとして跪いて足の裏をぺろぺろ舐めるしか無いではないか! すでにファミレスにて俺と冴草契の力関係は決定づけられていた。まぁ冴草契様から、普通に喋ってもいいとのお許しが出たので、普通に喋ってみようかな……。大丈夫かな? 後で殴られないかな……。


「わかった。普通に喋るよ。んでも、怒ったりしないよな? 殴らないよね?」


 俺は震えながらくぅ~ん鳴く子犬のように尋ねた。冴草契が子犬好きであることを祈りながら……。


「あんたが、私を怒らすようなことを言わなきゃね。って、私の喋り方って、そんな怒ってるように聞こえるの? なんかショックだわ……」


 声のトーンが一気に下る。どうやら、喋り口調が喧嘩腰のように聞こえていた事が結構ショックなようだった。なんだなんだ、まるで女の子みたいなリアクションじゃないか。おっと、女の子でした。


「もしできるなら『あんた』っても言うのもやめて、せめて神住かみすみって呼んでもらえると嬉しいんだけど……」


 実は『あんた』と呼ばれることに、苛つきを感じていたのだ。名前を知られている相手に『おまえ』とか『おい』とか『そこの人』とか呼ばれるのは、気分の良いものではない。


「あ、ごめん。そうだよね、あんた呼ばわりってのは良くないよね。反対の立場で自分がそれやられたら腹立つもんね。うん、反省する」


 冴草契は自分の行動を素直に詫びた。相手の立場になって考えることが出来るってのはとても美徳だと俺は思う。ただ、俺は冴草契が壁に片手をついて猿のように反省のポーズをとっているところを想像してしまい、ついつい笑い声が漏れてしまった


「なに! なんなの? 何で笑ってんの? 今のどこに笑うところがあったん? 私なんか変だった?」


「いやいや、変じゃない、変じゃない。ちょっと横隔膜が勝手に振動しただけだから、気にしないで」


「あんたの横隔膜ってどうなってんの? 病気じゃないの? って……またあんたって呼んでた……。えっと、神住だよね、うん」


「うん、そう。そんでもって、そっちは冴草……さん、だよね」


 お互いに名前を呼び合って、なんだか照れくさい空気が辺りに充満した。これが電話だったからまだ良かった。もし面と向かってのことならば、俺の頬が赤くなっているのを見られたかもしれない。そして、もし冴草契の頬も赤くなっていたならば、俺は惚れてしまうかもしれないではないか……。それだけ男子高校生は、こういうシチュエーションに飢えているし、慣れていないのだ。

 

「こほん」


 冴草契はわざとらしい咳払いを一つして、会話を仕切り直そうとした。


「んと、名前の事はさておき、用件を言うよ?」


「桜木さんのことかな?」


「何でわかんの?」


「いやまぁ、なんとなく……」


 俺があまりにも即答で答えたので、冴草契は驚いていたようだった。まぁこれはメアドを聞かれた時から、薄々と感じれてはいた。悲しいかな、この冴草契という女子は、俺に対して興味など持っていない。そしてその想像はきっと当たっているだろう。だから、用事があるとするならな、桜木さん絡みのことに違いないのだ。


「まぁそれなら話は早いや。えっとさ、神住はさ、本当のところ姫からの電波テレパシーなんて、受信したりなんかしてないよね?」


「……」


 この問い掛けは予想していた。が、あまりにもストレートなので俺は言葉を失ってしまった。そして、この無言こそが既に答えになっていた。


「いや良いんだよ。きっと、姫のことを思って話を合わせてくれてたんでしょ? そんくらいは、私でも想像つくからさ」

 

 それは半分が正解で、半分が不正解。そう、不正解の半分が不純な気持ちであることは、黙っておくことにした。いや、黙っていなくても、すでに冴草契には気がつかれているかもしれない。それでも、相手が言葉にしてこないのならば、スルーしておくのが良いと俺は思った。


「それで、神住にお願いがあるんだ……」

 

 フランクなもの言いではあったが、言葉の奥底に真剣さが秘められていた。だから、俺はツバをごくりと飲み込み、息を殺して次に続く言葉を待った。


「これからも、姫の電波テレパシーを受信し続けていって欲しいんだ!」


「は? それってどういうこと?」


「あの後、姫と話をしてたんだけどね。姫は、あんた……えっと、神住にこれからも電波テレパシーを送るんだーって、嬉しそうに言うんだよ。まぁこうなるのは予想出来てたんだけどね。でもさ、神住そんなこと無理だよね? 一回だけ偶然適当に話を合わせることが出来ただけなんだよね?」


「あ、ああ」


 俺は素直に認めた。あんな偶然はもう二度と起こることはないだろう。


「だからさ、私は姫に言ったんだ。 ――頑張れって! って……」


 俺はずっこけた。


「駄目だろ! そこは頑張らせちゃ駄目だろ? そんなことしたら俺の嘘がバレて、結果、桜木さんが悲しむだけだろ!」


 俺は通話口に思いっ切り口を近づけて突っ込みを入れた。


「だって……。あんな嬉しそうな姫の顔見てたら、駄目なんて言えるわけ無いじゃん! 応援したくなっちゃうじゃん!」


 この人、桜木さんにどんだけ甘いんだよ……。


「だから、私は姫のことを応援しようと思ったんだ。そのために、いま神住と電話してるってわけ!」


「えっと、それは一体全体どういうわけなんだ……」


「私は姫と一つ約束をしたんだ」


「約束?」


電波テレパシーを、神住に送る前に、私にそれを送っても大丈夫か確認を取ることって!」


「意味がわからん……」


「だってあれじゃない。同年代の異性相手に送って良い電波テレパシーと悪い電波テレパシーがあるわけじゃない? 姫ってそういうところに鈍かったりするわけだからさー」


「あるわけじゃない? って、いうか。電波テレパシー自体がないわけなんだけど……」


「うーん? 神住ってば理解力低いよね? 国語の成績とか悪いんじゃないの?」


 ほっとけ! とこれは言葉に出さないで心の中で呟いた。ちなみに国語の成績は良くも悪くもない。


「だから、こうやって約束を取り付けておけば、前もって姫がどんな電波テレパシーを神住に送るか、私がわかるってことじゃん? そんで、こっそりメールでその電波テレパシーの内容を、神住に知らせておけば、嘘電波ウソパシーの完成ってこと!」


「なるほど」


 俺はやっと冴草契の言っている意味を理解した。この女、腕力だけでなく割と頭が良い。嘘電波ウソパシーってネーミングセンスはありえないと思うけど。


「なわけだから、今度から頻繁にメールするかもしれないけどいい?」


「お、おう」


「そんでもって、話を色々合わせてもらうことになるけどいい?」


「……お、おう」


「返事が小さいんだけど?」


「押忍!」


「よし! 嘘ついたら溝落に正拳突き百本い~れる! わかった?」


「え? 針千本でなく?」


「あ、私、空手やってるからそこんところよろしくね?」


「ちょ……ちょっと待っていただけませんか!」


「もう電話切るから」


 ツーツーツーツー。

 見事だ。俺に反論をさせる間もなくあの野郎は電話をさっさと切りやがった……。

 しかも、空手をやっていると言う知りたくもない情報も残していくとは……。いやいや、空手をやっているだけで、きっと大した腕前ではない……と、思いたかったが、あのファミレスでの強烈な掌底を思い返すに、相当なレベルだと想像できてしまう。


「なるほど、このミッションしくじったら俺に待っているのは――死ってことか……。あ、あははははは」


 乾いた笑いが自然とこぼれた……。

 台所から母親の夕飯が出来たことを知らせる声が聞こえたような気がしたが、俺は暫くの間、天井の一点を見つめながら、ロボット様に無表情で笑い続けたのだった。

 

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