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68 特訓にロッキーのテーマは欠かせない!

「ちょっと話があるんだが……」


 俺は桜木さくらぎさんと別れた後、即座に冴草契さえぐさちぎりに電話をした。これは、桜木さくらぎさんの電波テレパシーの内容が何であったか情報を得るためだ。


「何よ……」


 たったのワンセンテンスに鬱陶しがっているのがひしひしと伝わってきた。


「桜木さんのことで聞きたいことがあるんだが……」


「はぁ?」


 俺の質問を『はぁ?』の一言で一蹴してのける。これが冴草契なんですねぇ……。っと、感心している場合ではない、今回はまじめに桜木さんの情報を仕入れなければならないのだ。今日の電波テレパシーの内容を八割ぐらいは理解しておかないと、俺が電波テレパシーを受信などできていないことがバレてしまう。それはすなわち人間関係の崩壊を意味するのだ。


「本当に頼むから、桜木さんのことを教えてもらいたいんだ……」


 言葉に込めうる限りの真剣さを詰め込んでみた。


「……理由を話して! 理由次第では話さないこともない!」


 俺の真剣さはどうやら冴草契の元に届いたようだ。


「実は……」


 俺は今日あった出来事を、失恋の部分だけ省いて冴草契に伝えた。


「なるほど……。確かに、ひめの信頼を失わないためにも、ある程度の情報をアンタに与えたほうがいいのかもしれないわね……」


「だろ?」


「でも、姫に内緒でプライベートの事をアンタに話すのは、それはそれで信頼を損ねるような気がしないでもない……」


「え、ちょっと……」


「だから、アンタ今すぐに本当に電波テレパシーが受信できるようになりなさいな!」


「はぁぁ?!」


 予想外の展開だった。俺の予想では、渋々ながらも姫の悲しい顔を見ないためとか何とか言って、冴草契が情報を教えてくれるものだと思っていた。


「ちょっとまてよ! そんなに簡単に電波テレパシーが受信とか出来るわけ無いだろ?」


「きっと、気合が足りないのよ」


「いやいや、気合で何でも解決できたら、世界はとっくに平和になってるって」


「世界平和とか、今関係ないし」


「だから、それは例えであってだな……」


「例えとかどうでもいいし!」


「……」


 埒が明かないとはまさにこの事だった。


「えっと、今時間は何時だっけ?」


「え?」

 

「午後九時か、まだ大丈夫ね」


「え? え?」


「んで、アンタはまだ姫の家の近くにいるのよね?」


「あ、ああ」


「わかった。今すぐスマホで近所にある神社を調べて、そこの境内で待ってなさい」


「はぁ?」


「わかった? それじゃ」


「おい!」


 俺の言葉など一切聞く耳持たずに、一方的に話は進められ電話は切られてしまった。

 本当に、冴草契という女は、俺に選択肢というものを与えてくれないやつだ。一方的に押し付けて、一方的に話を進めてしまう。まぁ、優柔不断な俺からすれば、ありがたいと言えなくもないわけなんだが……。


「はぁ、兎に角、GPSで調べてその神社とやらに行きますか……」


 本当に、スマホバンザイの世の中である。




 ※※※※※


 神社とやらは、自転車ですぐの場所にあった。

 そこに、行くまでは楽だったのだが、神社の境内が、石段を数十段登った先にあるのだ。暗い中、俺はえっちらおっちらと石段を上がっていく。足の疲労が蓄積されて、どんどん歩みは遅くなっていく。ああ、俺ってば自転車で数時間走り回った後なんだよな、そりゃ足も疲れてるわ。

 どうにかこうにか、石段を上り終えると、そこには冴草契が竹刀片手に仁王立ちで待ち構えていたのだった。


「遅い!」


 冴草契が竹刀を振り下ろす。

 こいつも石段を上がってきてるはずなのに、この元気の良さはなんだろうか。いや、もともと基礎体力がチワワとゴジラ並みに違っているのだから、これは仕方のない事だろう。

 俺はへたりきった足を引きずりながら、冴草契の元へと歩いて行く。


「なんなの、こんな石段で疲れてるの? そんなんだから、電波テレパシーも受信できないのよ!」


 体力で電波テレパシーが受信できるのならば、お前がとっくに出来てるはずだろ! と、言い返してやりたかったが、やめておいた。今の俺にそんな余力は残っていないからだ。


「さぁ、それじゃ特訓を始めるわよ!」


「と、特訓……?」


「そう、特訓。電波テレパシーを受信するための特訓よ!」


「マジで?」


「うん、大マジで」


 冴草契の顔を見るに、ふざけているようには見えなかったが、言っている内容はふざけている以外の何物でもなかった。


「なぁ、何をどう特訓すると、電波テレパシーが受信できるようになるんだ?」


「……」


 冴草契は答えなかった。何故ならば、答えなど知っているはずがないからである。


「そんな事は、やってから考えるの! そうやって、グジグジ言ってるから、アンタはモテないのよ!」


 冴草契は普通に暴言を吐いただけだろうが。今のその言葉は俺の胸の奥深くにグサリと突き刺さって、大出血の大怪我を招いた。その心の傷から吹き出した血は、いつしか真っ赤に燃える炎となって、俺のハートを燃えさせた!


「わかった! わかったぜ! じゃあ、やってやろうじゃねえか! その特訓とやらをよ!」


「あら珍しい、やる気出してんじゃん。言っとくけど、わたしの特訓は厳しいよ?」


「望むところだ!」


 こうして、誰も居ない神社の境内で、電波テレパシー受信のための特訓が始まったのだ。

 ここでロッキーのテーマをBGMとして心の中で流してもらいたい。

 

「遅い! まだまだ遅いよ!」


「おう!」


 俺は石段をうさぎ跳びで駆け上がった。



「違う! 正拳突きは、もっと腰を入れる!」


「おう!」


 俺は腰を入れて正拳突きを放った。



「フォースを信じるのよ!」


「おう!」


 俺はフォースを信じた。


「苦しくったって、悲しくったって、コートの中では平気なのよ!」


「おう!」


 俺はコートの中では平気だった。

 コートってどこだ?


「さぁ、それじゃわたしがこれから石を投げるから、その軌道を予知して避けるのよ!」


「おう! ……って、ちょい待ち!」


「え、何よ? さっきまでのノリの良さは何処に行ったのよ!」


 冴草契の手に持っている石の大きさは、洒落ですむ代物ではなかった。当たったら確実に病院直行コースだ。それ以前に、冴草契はノリに乗っていた。まさに水を得た魚のようという表現がピッタリだ。こいつ、根っからスポ根野郎なんだな……。

 

「大丈夫! わたしの特訓をこなし、フォースに目覚めたアンタなら確実に避けれるわ!」


「その根拠は!」


「え? あるわけ無いじゃない。なんて言うかフィーリング?」


 フィーリングで病院に入院させられる方はたまったものではない。ってか、いつ俺はフォースに目覚めたんだ!


「ってかな、俺は予知能力者になりたいんじゃねえんだよ! なんだよ、石の軌道を予知しろって!」


「似たようなもんなんじゃないの?」


「違げえよ! イモリとヤモリくらい違ってんよ!」


「あれだっけ、家にいるのがイモリで、水辺に居るのがヤモリだっけ?」


「そうそう、よく知ってるじゃねえか」


「それじゃ、石投げるからね」


「おう! じゃねえよ! なに話を元に戻してんだよ!」


「なんなのアンタ、ツッコミマシーンなの? 鬱陶しいわねぇ、意味なくアンタに石をぶつけたくなってきたわ」


 冴草契は粉砕しかねない勢いで石を握りしめていた。


「もはや、特訓でもなんでもなくて、ただの虐待だよ!」


「……わたしはそれでもいっこうに構わないんだけど?」


「こっちが大問題だよ!」


「アンタさ、そんなにツッコんで疲れないの?」


「疲れてるよ!!」


 俺の息は完全に上がっていた。石段をウサギ跳びした時点で、ランナーズハイな状態になっていたおかげで、疲労を感じないで済んでいたのだが、いまの連続ツッコミで正気に戻った俺は、一気に身体に蓄積された疲労を感じ始めている。俺の身体は鉛のような重さになって、もう一ミリたりとも動きたくなど無い。

 

「しょうがないわねぇ……」


 冴草契は俺に向かって何かを投げつけた。

 俺は反射的に頭をかばった。が、それは石ではなかった。冴草契が投げたものは、スポーツ飲料水だったのだ。


「なによ、わたしが気を利かせてやったってのに……」


 冴草契は転がっているスポーツ飲料水を手に取り、優しく俺に手渡ししてくれた。俺はその行為に裏があるのではないかと勘ぐりながらも、素直にそれを受け取った。


「毒なんて入ってないわよ」


 訝しげにしている俺の視線を察してか、冴草契が声をかける。

 俺は無くなりかけている握力でどうにかペットボトルを開けると、スポーツドリンクを喉に流し込んだ。それはまるで全身に染み渡っていっては、俺の身体を癒やす魔法のポーションのようだった。そうか、運動した後のスポーツドリンクってのはこんなに美味いもんだったんだな、普段スポーツなんてやらないからわからなかったぜ……。

 冴草契は、俺がむしゃぶりつくようにスポーツドリンクを飲んでいるのを、石段に腰掛けて満足そうに見ていた。


「さてと……」


 冴草契は石段から立ち上がり、腕を高く掲げて大きく背伸びを一つすると、俺の横に座った。そして、コホンと咳払いを一つ。俺の顔を見つめて……。


「根性だしてここまで頑張ったご褒美に……。姫のこといくつか教えてあげるわよ」


 と、少し照れくさそうに言ったのだ。


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