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67 お悩みは電波(テレパシー)で。


「あれ? ここどこだ?」


 何も考えないまま、何も考えられないまま自転車を走らせていた俺は、自分が今何処にいるのかわからなくなっていた。

 ふと周りを見れば、見覚えのない十字路で、どっちから自分が来たのかすら覚えていない。外はどっぷりと日が暮れていて、俺があてのないまま数時間自転車を走らせてしまっていたことを教えてくれた。


「はぁ……。なにやってんだろ、俺……」


 自転車のハンドルに体重をかけて、俺は一休みした。

 道がわからなくなっても、今の御時世スマートフォンという便利なものがあり、GPSなんてものが装備されているので、帰り道に迷うことは気にしなくていい。今はただ、見知らぬ風景をボーっと眺めて、心と身体を休めたかった。

 見知らぬ十字路を、見知らぬ人たちが歩いて行く。会社帰りだったり、買い物帰りだったり、俺と同じ学校帰りだったり……。まぁ、学生連中は時間が時間なので、学校帰りというよりも、塾帰りや、部活帰りなのだろうけれども。きっと、誰も彼もにドラマが有り、誰も彼もが、自分が主人公の世界に生きていることだろう。そして、自分以外の見知らぬ人は、モブキャラかNPCノンプレイヤーキャラクターのようなもので、意味を成さないのだろう。

 つまりは、俺はモブだったって事なのだ。

 誰かの一番になれず、誰かの物語のメインキャストになれず、端役でしか無いのだ。


「やめよ。こんなこと考えてても意味ねえわ」


 俺は自分の気持をダウンさせるだけの妄想をやめて、スマホを起動させて家に帰るための道順を調べた。

 どうやら、フラフラと彷徨っていただけで、それほど遠くまでは来ていないようで、一時間以内には家に帰れそうだった。これで市外まで来てた日にゃたまったもんじゃなかった。

 俺が自転車を漕ぎ出そうとした時、どこかで見た顔とすれ違った。


「あ……」


 すれ違った相手のほうが、こちらに気が付き声を上げた。

 そして、その声に俺は相手が誰かを確信した。


「さ、桜木さくらぎさん……」


「神住さん……。こ、こんばんは」


「あ、こんばんは……」


 桜木さんはペコリと頭を下げた。

 桜木さんは、七分丈のパンツにカットソーというラフな格好で、靴もスニーカーだった。鞄も何も持っていないので、塾帰りといった感じでは無いようだった。


「どうしたんですか、こんなところで?」


 自分自身、何故こんなところに来たのかわかっていないのだから、桜木さんの疑問には答えようがなかった。


「それにその格好……。学校帰りですか?」


 確かに、この時間に学校用の鞄を持って制服姿なのだから、疑問に思われてもおかしくない。


「え、えっと、まぁ色々あって……」


 俺はどこぞの政治家のように、言葉を濁して答えた。


「そうですか……。そうですよね、色々ありますもんね」


 桜木さんは、こちらの事情を汲んでくれてか、話を合わせてくれているようだ。


「桜木さんは、こんなところでどうしたの?」


「こんなところといいますか、ここわたしの家の近所なので……」


「あ、そ、そうだったんだ。へー、ふーん、ほー!」


「はい。ちょっとお散歩中で」


「だから、そんなラフな格好なんだ」


「え? あ、あの……」


 桜木さんは慌てて自分のシャツを隠すような動きをした。


「お、お散歩用の服だから……。あの、その……」


「あ、そんな気にしなくても。俺なんて近所に出かけるときはジャージだぞ? まぁ、がさつな男の俺と比べられても困ると思うが」


「そうですよ。わたしだって、一応女の子ですもん」


 はにかんでみせる桜木さんは、一応なんて言葉を付ける必要なんてない立派な女の子だ。冴草契さえぐさちぎりの場合は、つけるべきだろう。むしろ定冠詞として、一応女の子冴草契と呼ぶのが正しいかもしれない。


「ところで、こんな時間に女の子一人で散歩とか、危なくないの?」


「うーん。流石に近所ですから、そんなに危なくはないと思いますよ? でも、心配してくれてありがとうです」

 

「なら、偶然であったのも縁だから、もし良かったら家の近くまで送るよ」


 と、ここまで言って、俺の言動が下手したらストーカー的なものであると気がついた。


「あ、いやいや、そのあれだよ! 別に家を知りたいとかじゃなくてだな、普通に心配してるというかでだな……。あと、こんな場所に居たのも、本当に道に迷っただけで、いや、迷ったってのも少し違うか……。彷徨っていたら……。って、彷徨ってたってなんだよ! くそぅ、もう自分でも訳がわからねー!」


 俺は困惑して支離滅裂なことを並べ立てた。そして、その支離滅裂な俺の様子はとても面白かったようで、桜木さんに笑顔をもたらした。いや、これは笑顔ってっいうか爆笑に近い。


「あははははっ」


 腹を抱える勢いで、桜木さんは笑った。ここまで笑われるとある意味清々しい。


「そうか? そんなに面白いか? よし、俺も笑ってやる!」


 俺も半ばヤケクソ気味に一緒になって笑った。笑いすぎて何度か自転車のサドルから落ちそうになったが、踏ん張って笑った。

 街灯に照らしだされた俺たち二人の笑い声が、夜の闇の中に吸い込まれては消えていった。


「ふぅ、笑った笑った。まさか自分の言動で笑うとは思わなかった」


「神住さんは、おかしな人ですね。――あ、いい意味でですヨ?」


 一々フォローを入れるのは、きっと桜木さんの癖のようなものだろう。

 兎に角、大笑いをしたことで、沈んでいた気持ちも少し軽くなったような気がする。なるほど、笑うって行為にはこんな効果があったんだな。


「それはそれとして……。それじゃ、お言葉に甘えてお家の近くまで送ってもらうことにします」


 俺は自転車を降りて押していく。その横を、桜木さんが歩いて行く。


「ここから、家までどれくらいなの?」


「うんとですね。十五分くらいですよ」


 こうして、俺と桜木さんの十五分間のお散歩タイムがスタートしたのだ。

 夜の中、二人並んで男女が歩いて行く。知らない人が見たらカップルだと勘違いするだろうか? なんてことを数日前の俺ならば思ったかもしれないが、いまの俺にそんな甘い想像をすることは無理だった。ほんの数時間前に、それで痛い目を見たばかりなのだから……。

 これは、ただ家まで送っているだけであって、なんでもないことだ。それに、桜木さんに手を出したならば、俺は冴草契に息の根を止められてしまう……。と言うかだな、さっきふられたばかりで、なに考えてんだよ! 俺は少し可愛い女の子ならだれでもいいのか! ……そうかもしれないけど、そうじゃないことにしておこう。そうじゃないと、俺は本当にどうしようもない男ってことになってしまう。

 

「どうしたんですか? さっきから百面相みたいなことしてますけど……?」


「え?」


 どうやら、俺の心のなかでの葛藤は、言葉にはでていないものの、表情には如実に現れていたようだ。

 

「あ、あれだ。顔の筋肉のストレッチだよ! こうすることによって、いい笑顔がつくれるようになるんだ!」


 勿論、口から出任せだった。


「へー。そうなんですかー。なら、わたしもやってみようかなー」


 俺の言葉をそのまま受け取った桜木さんは、俺のマネをして口を歪ませたり、目を大きく開けたり閉じたりを繰り返していた。


「なんだか、結構大変ですねー」


 悪戦苦闘する桜木さんを見て、俺の心が癒やされていくのを感じた。あれだ、うちに小動物を飼って眺めている感じだわ。あ、こんなこと言ったら、傷つきそうだから絶対に言えないけど。


「そういえばさ、桜木さんって、この時間よく散歩するの?」


「えっとぉ……。たまにですね。気分転換みたいなもんですよー」


「気分転換?」


「……ずっと、お家にいると息が詰まったりとか……ありませんか?」


 この問い掛けに、俺は同意できなかった。何故ならば、俺は超インドア人間で、お家大好きだからだ! 働かないで家に居ていいのなら、ずっと居てもいいくらいだ! あ、ネット回線だけは繋いでおいてくださいね? これ重要なライフラインなんで! 漫画や雑誌も今は電子書籍で読めるいい時代だからな!

 

「そうですか、わたしはちょっとお家にいるの好きじゃない時があったりして……」


 桜木さんの言葉と表情に陰りが見えた。


「でもさ、いつも桜木さん早くに家に帰るよね? それっておかしくないか?」


「あ、前にも言ったとおり、わたしあんまり頭が良くないから、お勉強しないとだから……それで」

 

 やってしまった! と、俺は心の中で思った。

 人には聞かれたくないことというものがあるもので、きっと今の質問はそれに当たるのだ。俺だって今恋愛について聞かれたならば、心が痛くてその場でのたうちまわってしまうかもしれない。

 案の定、桜木さんはうつ向いたまま黙りこんでしまった。無言のまま、俺たちは歩き続ける。

 しばらくして、桜木さんが俺の方を見る。俺と目が合う。目をそらす。また俺の方を見る。俺と目が合う。目をそらす。これを8回ほど繰り返しただろうか。桜木さんは九回目に俺と目が会った時、もうそらしはしなかった。


「ちょっとだけ、わたしのことお話してもいいですか?」

 

 声のボリュームは弱々しいが、意志の力を感じる言葉を、桜木さんは俺に向かって言ったのだ。


「お、おう。いいぞ」


 俺は覚悟を決めて答えた。この後に続く言葉が、重い意味を含んでいるであろうことが予想できたからだ。

 

「それでは、お話しますよ」


「おう」


 俺は次に来る言葉に身構えた。


「……お、お話しますよ!」


「おう!」


 俺は次に来るであろう言葉に身構えた。


「お、お話します……うーん」


「お、おう?」


 俺は次に来るんじゃないかという言葉に身構えた。


「……やっぱり、やめようかなぁ……」


「おい!」


 俺は次に言葉が来ないのでツッコんだ!


「うー、何でわたしさっきあんな事言っちゃったんだろう……」


 桜木さんはその場にしゃがみ込んで、頭を両手で抱えてしまう。


「いやいや、自分で言い出しておいてそれはないだろう!」


「ですよねー。わたし、本当に駄目な子なんです……」


 道路の真ん中でうずくまり続けられても困るので、俺は助け舟を出すことにした。


「桜木さんは、全然駄目な子じゃないよ。さっきは、ああ言ったけど、やっぱり言いたくなくなったんなら、言わなくてもいいんだよ。俺だってやっぱ今のナシ! なんてことはしょっちゅうだからな」


「でも、でもやっぱり駄目です。わたしちゃんと言います! ……電波テレパシーで言います!!」


 桜木さんは立ち上がった。が、電波テレパシーは言うと表現していいのだろうか?


「それじゃ、神住さん! 電波テレパシー送りますよ!」


 往来での電波テレパシー? は、さすがに人目につくので、俺たちは路地裏に入った。小さな街灯一つしかない路地裏は、桜木さんの顔だけを浮かび上がらせていた。


「それでは……」


 桜木さんはいつもの儀式めいた動きを始める。

 俺は俺で、いかにも電波テレパシーを受け取っていますよーといった感じに、オデコの方に気を集中させてみせる。が、そんなことをしても電波テレパシーが受信できるはずもなかった。

 何時になったら、俺は桜木さんに本当のことを伝えれるのだろうか? このまま、嘘をつき続けていてもいいのだろうか? 今ならばまだ、笑ってすませられるのではないだろうか? いや、もう無理だろう。いま、桜木さんは口にだすことの出来ない悩みのようなものを、俺に電波テレパシーで送ろうとしているのだ。それなのに『あ、俺いままで電波テレパシーなんて受信できてなかったから』なんてことを言えばどうなるか……想像したくもない。

 俺に電波テレパシーを受信する力はない。けれど、今電波テレパシーを必至で送ろうとしている桜木さんの表情から、なにか家庭に事情があることは察することが出来る。


「神住さん、電波テレパシー届きましたか?」


 桜木さんが顔を近づけて尋ねてくる。

 俺に出来る返事は決まっている。


「うん。届いたよ」


 こう言うしか無いのだ。他に答える言葉など無いのだ。


「良かったぁ……」


 電波テレパシーが届いたことを信じて疑わない桜木さんは、大きく息を吐いた。それだけ気を張って電波テレパシーを送っていたのだろう。そんな桜木さんに、嘘を付いていることが辛かった……。

 それでも、人間関係は続いていく。続けなければいけない。桜木さんの為、冴草契の為、そして何より俺の為に……。

 

「色々あるかもしれないけど、頑張れよ」


 俺は、どんな電波テレパシーを送られていても、当り障りないだろうない言葉を桜木さんにかける。


「……」

 

 桜木さんは黙りこむ。俺の言葉が間違っていたのだろうか? それとも……。


「そうでうよね。わたし頑張ります。うん、頑張りますよー!」


 桜木さんは、拳をエイエイオーと天に向かって高々とあげた。

 俺も一緒になって、エイエイオーと拳を突き上げた。俺に出来る事はそれくらいだった。




 

「それじゃ、わたしのお家もうすぐそこなので……。今日はありがとうございました」


 桜木さんが足を止めて、俺に向かって頭を下げる。

 こうなったら、家の前まで送って行きたいのだが、それは流石に嫌なのかもしれないのでやめておいた。


「お、おう。こっちも色々お話出来て楽しかったよ」


「えへへへっ。それじゃまた明日です」


「うん、また明日」


 桜木さんは手を振りながら小走りで去っていく。

 俺は桜木さんが見えなくなるまで手を振り続けた。

 そして、姿が見えなくなると、大きな大きなため息を、三つついたのだった。

 

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