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66 嘘。


 俺はひとしきり叫び終わってスッキリした後、冷静に現在おかれている状況を分析することにした。

 さて、何から考えればいいだろうか?

 まず、俺は今日デートをしたわけだ、それも二つも。つまりは、ファーストデートと、セカンドデートを一日でこなしたのだ。これは三十回目のデートと、三十一回目のデートだったならば、それほどまでに大したことではないだろう。しかしファースト&セカンドなのだ! これは凄いことだ。

 さらに、なには凄いって、セカンドデートで、俺はフラレてしまったということだ……。

 え? ってか、なんで俺告白みたいなことしちゃったの? なんなの、馬鹿なの? あれなのか、周りの奴らに取られそうな切迫感に押し潰されそうになって、プレゼントをあげるというイベントにかこつけて……それで『好きだ』なんて事を言って……、

 帰ってきた答えが。


『好きだけど、友達としてだから勘違いしないでね』


 ときたもんだ。


 つまり、恋愛対象としてはまるでみられていなかったのだ。徒競走で言うならば、勝負がどうこう以前に、スタートラインにすら俺はついていなかったのだ。

 

「まぁ、あれだし、世の中そんなにうまくいくなんて思ってなかったし……」


 と、言葉に出して行ってみるものの、本当は上手くいくと思っていたのだ。

 だってさ、上手くいく要因はたくさんあったわけじゃないか? 漫画とか貸したし、趣味合いそうだったし、オッパイ触ったし、兄のゴリラを手助けしたし、デートの誘いも受けたわけだ。そんだけ揃っていれば、行けちゃうんじゃないかと思ってもおかしくないだろ? 俺の読んでた漫画なら、これだけ条件が揃えば大体いけてたぞ? まぁ、能力バトル漫画だったけれども……。

 あれだろうか、リサーチ不足だったのか? よく考えれば、花梨かりんに彼氏が居るかどうかすら知らなかった。いや、彼氏まではいないとしても、すでに好きな人が居る可能性もあるわけだ。

 なるほど、俺は事前になんの情報も仕入れないまま、勢いで告白してしまったわけだ。情報を制するものは戦を制するというのに……。敵の布陣、戦力もわからないまま戦に挑んで勝てるわけなど無いのだ。きっと、あれだ足軽部隊だと思ったら、鉄砲隊だったーみたいな、信長の◯望とかそんな感じだった。

 

「今度からどんな顔をして合えばいいんだろうか……」


 と、これも言葉に出して行っているものの、こ別に悩む必要なんて無いということはわかっているのだ。きっと、花梨は今日の俺の告発なんて、なんとも思っていないのだから。普段と同じように、普通に接してくるに決まっているのだ。だから、俺もそれに合わせて、普通に、普通に……接すること出来るのかなぁ……。ちょっと視線とか逸しちゃいそうだなぁ……。まぁそれはおいおい時間が解決してくれることだろう。大体の問題や事件ってのは、この天才名探偵の時間さんが解決してくれると相場が決まっている。


 さて、一日で初のデート、初の告白、初の失恋、というホップ・ステップ・ジャンプ、ならぬホップ・ステップ・ダウンフォールと、見事に地面の墜落したわけだが。まだ終わったわけではないのだ!

 何故ならば、午前中のデートの相手である、金剛院こんごういんセレスは、間違いなく俺の事を好いているからだ!

 まぁ、最初の出会いで、婚約を迫られたわけだし、今日なんて手を握っちゃったわけだし。これで好かれていないわけがない!

 しかも、相手は大金持ち、それにアホだということ除外すれば、外見だってオッパイが小さいこと以外は美少女と呼んでも差し障りはない。まぁ、花梨と比べれば、幾らか落ちてしまうのはアレだけれども……。って、何様だ俺!?

 けれど、誰かに好かれていると、そう思えるだけで、失恋のショックが和らいでいく。本命の高校を落ちてしまっても、そこそこ良い滑り止めの高校には受かっていた時のような気分だ。

 ありがとう、金剛院セレス、君のお陰で俺は今日眠ることが出来る。ああ、こんなことならば、電話とメールをするとアレがアレしてアレレレになる病気だなんて嘘をつかなければよかった。今すぐ、セレスに電話をして声を聞きたい。そんな気持ちで、いつの間にか胸が一杯になっていき、花梨への失恋の思いは胸の奥底に押しやられていったのだった。

 

 つまりは、俺の恋心とは、誰かに必要とされていたい。愛されていたいという受動的なものなのかもしれない。それとも、これらは全て恋でも愛でもなんでもなくて、ただの誰かの一番になりたいという、欲求からくるものなのかもしれない。つまるところ、俺は何もわからないのだ。


「寝よ、寝よ……」


 俺は部屋の電気を消す。目を閉じれば、そこは俺の独壇場の妄想世界だ。

 勇者になったり、英雄になったり、なんだって頭の中でなら出来る。そう、ほんの少し前までは、恋愛なんて寝る前の架空の物語の中の出来事でしか無かった。俺とともに戦ってくれる存在だったり、救世を願う姫君だったり、そんなのが俺の恋愛相手だった。

 夢を見よう。

 良い夢でも、悪い夢でも何でもいい。夢を見よう。

 その夢の中に浸っていることが、俺にとって麻薬のような快楽なのだから……。



 

※※※※



「おう、神住かみすみ!」


 朝、教室に入るやいなや、即効ゴリラに声をかけられる。

 朝一番にこいつの顔を見ると、まだ夢の中で、ジャングルに迷いでこんでいるじゃないかと、周りを見回してしまうから危険だ。

 ゴリラは間髪入れずに言葉を続けてくる。


「昨日、妹のやつと遊んだらしいじゃないか」


「げっ」


 どうやら、花梨は兄である向日斑むこうぶちになんでも喋ってしまうようだ。もしかしたら、俺が告白したことも、こいつは知っているのかもしれない。


「な、なんか言ってたか?」


 俺は恐る恐る訪ねてみる。


「ん? 妹か? 楽しかったー。くらいしか聞いてないが、なんかあったのか?」


「いや、別になんもなかった。それならいいんだ、うんうん」


 俺はホッと胸を撫で下ろして自分の席につく。どうやら、向日斑には告白云々のことは話していないようだ。


「そんなことよりもだ!」


 向日斑は、俺の机の上に身を乗り出して熱いまなざしをぶつけてくる。おいおい、俺にそんな趣味はないぞ? あ、お前はあるかもしれないのか、だって忍者は男の子だし……。


七桜璃なおりさんからの連絡はどうなっているんだ!」


 この問い掛けは毎朝続いているので、もはやルーチンワークのようなものだった。

 俺の答えはいつも決まって……。


「わかった、わかったから、そのうちなんとかするから!」

 

 の一点張りで通している。

 だが、今朝は少し違っていた。いつもならば『そうか、じゃまぁ頼むわ!』で、終わるところだったのだが、今日の向日斑はそこで引き下がりはしなかった。


「もうな! 限界なんだよ! 俺の愛のリビドーは、今にもはち切れんばかりなんだよ! わかるか! パンパンなんだよ! いっぱい、いっぱいなんだよ!」


 向日斑の口から飛び散った唾が、無慈悲にも俺の顔に向かって飛んでくる。俺はそれを避けようとして、バランスを崩して椅子から転げ落ちそうになったが、机に手を伸ばしてなんとか踏みとどまった。唾を避ける事は出来ても、向日斑から発せられる、今に燃え出しそうな異常な熱量が俺の全身を襲う。これ焼き肉とか焼けちゃうんじゃないの?

 

「わ、わかったから……。お、落ち着け? どうどうー!」


 俺は顔の前に両手を突き出して、唾からの防壁を築くと、興奮して発熱する向日斑をなだめようとした。もはや、こうなると野獣と何ら変わらない。パワーも野獣のそれか、それ以上なのでたちが悪いこと甚だしい。他のクラスメイトたちは、向日斑の暴走からいつでも逃げられるように退避経路を確保していた。俺だって逃げたいのに……。


「おぉ、すまんすまん、ついつい興奮してしまった。でも、俺の気持ちもわかってくれよな? 気になって気になって、バナナも二房しか食べられないんだ」


 バナナを半分しか食べられないサッちゃんとは大違いだよ! 食べ過ぎだよ!

 されはさておき、確かに愛の告白をされて有頂天になったのに、その後から梨のつぶてでは、たまったものではないだろう。向日斑の気持は痛いほどよく分かる。が、もう二度と女装などしたくないという、忍者の気持ちもそれと同じくらいよくわかってしまうのだ……。

 兎に角、セレスと連絡を取らなければいけない。

 まぁ、無理に連絡を取ろうとしなくても、どうせ放課後には校門前に現れてくれるだろう。



 ※※※※


「何でこんな時に限っていないんだ……」


 俺は校門の前で自転車を引きながら、辺りに視線を走らせていた。けれど、何処にもセレスの姿はなかった。あれだけ目立つ風貌をしているのだから、そうそう見落とすはずなど無いのに。


「よし、神住! 今日は男二人でパーッと遊ぼうじゃないか! なぁ!」


 俺の背中を、向日斑は遠慮なく手形が着くくらいにバシバシと叩き続けてくる。


「痛いってば! 俺はお前と違って人類なんだぞ!」


「おい! どういうことだ? それだと俺がまるで人類じゃないみたいじゃないか?」


「えっ……。お前……気がついていなかったのか……」


「いや……うすうすは、もしかして俺、ゴリラじゃないかって気がついて……ってなんでやねーん!」


 向日斑のツッコミの張り手が俺の胸に炸裂しては、胸にビリビリと電流が流れるような痛みが走る。思わずその場にしゃがみ込んで泣きたくなったが――我慢した。だって、ボク男の子だから……。

 仕方なく、男二人で本屋かレンタル屋でも冷やかしに行くかと思った時、向かいの道路に、ここらでは見慣れる高級車を発見した。

 なんだろう、ロールス・ロイスとか? そんな感じの黒塗りの高級車だった。

 俺はなにかピンときて、その車の後部座席をしげしげと眺めてみると、そこには見慣れた金髪ツインテールが顔を出しているではないか。

 普通ならば、校門前に顔出しに来るのに、どうして今日に限って車の中に隠れているのだろうか? 会いたくないのならば、ここに来ることもないのだろうから、どういう心づもりなのか理解に苦しむ。


「どうした? あの車が気になるのか? なんだ、命でも狙われてるのか?」


 確かに、そんな雰囲気のある車ではあるし、老紳士ブラッドさんなどが本気になれば、軽く俺の命なんて奪われてしまいそうだ。

 

「なわけあるかよ! 何で俺が殺されなきゃいけないんだ!」


「とすると、あれか、俺をハンティングに来たハンターか?」


「お前、自分で自分をゴリラだって認めちゃってるじゃねえか!」


「ウッホウッホ」


 向日斑は腕を上下に振ってゴリラのマネをしてみせたが、別にマネをしなくても普通にしているだけで十分にゴリラだった。


「ちょっと俺、行ってくるわ」


 ゴリラのマネをし続けている向日斑を放置して、俺は自転車を校門に横付けすると、横断歩道をわたって向かいの歩道に向かう。俺が接近してくるのに気がついたようで、高級車の中でドタバタと揺れ出すのが外からでもわかった。

 そして、俺が高級車の真横に着いた時に、その後部座席のドアが開いた。


「あ、あら、あらあらあらあら、偶然ですわね、神住様! わ、わたくし、ちょうど今からお伺いしようと思っていたところなんですのよ」


 口調が明らかに動揺を隠せないでいた。

 気丈に振る舞ってみせるセレスの内心を見透かすかのように、金髪ツインテールがプルプルと震えている。


「あのさ、俺さ……」


「あ、あら、あら、あらら、あらららあ、あららら、お、お外で立ち話もなんですから、お車にお乗りになってくださいまし」


「え? う、うん、まぁいいけど」


 俺は言われるままに車の中に乗り込んだ。内装はこれまた高級で、俺が腰を下ろした後部座席などは、そこらの高級ソファー顔負けの柔らかさで、身体が沈み込んでいくようだった。

 運転手と後部座席の間には、防弾ガラスのような仕切りがしてあり、声が前に漏れないように作られているようだった。どうも、運転手に用があるときは、座席に備え付けられている、マイクを通じて話すようにできているようだ。

 俺とセレスはお互いの間に、少しの距離を開けて座っていた。

 セレスはなにかモジモジとしているだけで、話しかけてこようとはしなかった。


「あのさ、話なんだけどさ」


 七桜璃と向日斑の件について訪ねようとしたが。


「き、今日は暑いですわー!」


 何故か気候の話で遮られてしまった。


「そうか? それにこの車の中は空調が効いてるから、なんとも感じないけどな」


「そ、そうだったですわー。おーほほほほ」

 

 笑い飛ばすセレスだったが、額には薄っすらと汗が滲んでいた。本当に暑いのだろうか?


「んでさ、話なんだけどさ」


「待って下さいまし! お話は、わたくしのほうが先にありますわ……」


「そ、そうなのか? じゃ、先にどうぞ?」


 俺はセレスに先を譲る。けれど、セレスはうつ向いて黙り込んだまま、なかなか口を開こうとはしない。チラチラと俺の顔色をうかがっては、何かを言おうとして言葉を飲み込む、そんな動作を繰り返していた。

 暫くの時間が経って、セレスは大きく息を吸い込むと、ゆっくりゆっくりと吐き出した。そして、その息が全部吐き出し終わった頃合いに、意を決して話を始めだした。


「わ、わたくしは、神住様に嘘をついていたことを、謝らなければいけないのですわ……」


「嘘?」


 嘘という言葉に、俺は首をひねった。


「そ、それは……。わ、わたくしが神住様に、好意を抱いているということで……」


「え……」


 俺は耳を疑った。


「最初に、神住様の事を、好きだと言っていたのは、あの冴草契さえぐさちぎりに対して、ライバル心を抱くがゆえに、ついつい言ってしまったことで……。本心はなんとも思っておりませんでした。ただ、冴草契を見返してやりたい一心で、神住様に近づいていたのです」


「……」


 俺の中で、何かが音を立てて崩れていくような気がした。目の前の景色がチカチカと点灯しては霞んでいく。


「それに、デートというものも、どんなものか興味がありましたし……。それで……」


「はぁ……」


「ごめんなさい! 正直にお話しないのは失礼に当たると思いましたので……」


 セレスは頭を下げる。


「い、いやいや、そんなの気を使わなくてもいいよ、うんうん、全然いいよー。ほんと、いいよー。もうどうでもいいよ……。あ、あはははは」

 

 膝においた俺の手が震えている。心臓が痛い、張り裂けんばかりに痛い。俺の心の中がつんざくばかりの悲鳴でいっぱいになっている。なにか、黒いもので塗りつぶされていく……。


「でも、わたくし、それから……」


 その後のセレスの言葉はまるで耳に入らなかった。セレスが口をパクパクとさせて、何かを言っているのだろうということは分かったが、言葉は耳に届かない。心の防壁が聴力をシャットダウンさせているのだろう。

 俺は必至だった。気を少しでも緩めれば、瞼から涙がこぼれ落ちてしまいそうだったからだ。この精神的ダメージは昨日フラれた比ではない。そんなレベルではない。俺は心の底から絶望を感じている。カッコ悪いと思っている。なにが、絶対セレスは俺に惚れているだ。オッパイが小さくて花梨よりは見劣りするけどだ……。

 気が付くと、セレスは何やら話を終えているようだった。


「あの、あのさ、それはそれとしてさ、む、向日斑のために、忍者と合うきっかけを作ってもらいたんだ。あ、俺の事はどうでもいいんだけどさ、うん、向日斑のためだからさ……」


 まるで何事もないように、心のダメージを覆い隠すように、抑揚をできるだけ殺して俺は喋った。


「ああ、そうでしたわ。それならば、今度わたくしのお家に、お二人をお招きいたしますわ。うちには七桜璃も居ることですし」


「あ、そう。そうさせてもらおうかな。あ、俺は行かなくてもいいとも思うんだけどさ。うん、俺が行ってもさ……」


「何をおっしゃっているんですか? 神住様も是非いらしてくださいませ」


「そ、そうか、それなら、行こうかな……。あ、話は終わったから、俺はこれで……」


 俺はドアを開けて外に出る。

 セレスが去り際にまた何かを言っていたような気がするが、振り向きもせずに道路を横断する。信号を確かめなかったせいで、俺は危うく車に轢かれそうになった。ああ、車の音すらも、いまの俺の耳には届いていない。人間の精神っていうのは、五感と連動していて、壊れるときは一緒なのだなと俺は思った。


 

「おい、どうしたんだ? まるで本当に殺し屋に殺されたみたいな顔してるぞ?」


 校門前まで戻ってきた俺に、向日斑が心配そうに声をかける。


「あ、ああ。ある意味、俺はさっき死んだ……」


「おいおい、何言ってんだ?」


「あ、あはははは。悪いけど、今日は俺一人で帰るわ。また明日な」


「えっ? おい、どうしたんだよ! おいってば!」


 向日斑の静止を振り切って、俺は自転車を漕ぎだした。

 ああ、今日は家まで無事に帰りつけるだろうか、途中で車にでも轢かれてしまわないだろうか……。でも、轢かれてしまうのも悪くないかもしれない……。

 

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