64 花梨とのデート前編。
セレスとのデートを強引にお昼前に切り上げた俺は、全速力で家に向かい走った。
なんだか、今日の俺は走ってばかりいるような気がする。そうか、きっとデートっての体力勝負に違いない。うむ、初デートにしてデートが何たるかを一つ知ることが出来たかもしれない。
「まぁ、初デートがダブルヘッダーって時点で色々おかしいだけどな……」
しかも、その状況をつくりだしたのは、誰でもなく俺なのだから仕方がない。
反省をしている間もなく、俺は家に辿り着いた。
そして、勢い良く玄関を開けると、バテバテでふらついた足取りのままふ風呂場に直行した。いくらバスタオルで拭いたり、着替えたりしたとはいえ、やはりシャワーくらいは浴びておきたい。走って汗だくになってるしな。
俺はぬるめのシャワーを身体に浴びて、汗と疲れを流し落としながら、午前中の出来事を振り返っていた。
「まさか、水浸しになるなんて思わないわなぁ……」
あのセレスのTシャツ、ジーパン姿はくっきりと記憶に焼き付いている。あんな格好のセレスなんて、もう金輪際お目にかかることはないだろうから、貴重なものを見させてもらったわけだ。
「それより……」
俺は自分の左手を見つめる。
ほんの少し前まで、この左手はセレスの右手と繋がっていたのだ。
何の気なしに、俺は左手の手のひらの匂いを嗅いでしまっていた。勿論、何の匂いもするはずはなかった。
感触も、温もりも、匂いも、何一つ残ってはいない。けれど、胸の中になんだかわからないモヤモヤとしたものを残していった。
けれど、今の俺はそれについて考えている時間なんて無かった。
シャワーで汗を流し終えると。俺はタオルを下半身に巻きつけただけの状態で、自分の部屋へと向かう。そして、衣装棚から着替えを取り出す。
花梨とのデートならば、少しアクティブな格好のほうが良いかもと、ショートパンツに、Tシャツへと着替える。え? さっきまでの姿とほとんど変わらないだろうって? いやいや、このTシャツ結構気に入ってる奴なんだってば。ブランド? そんなものはしらねえ! そんな良い服買う金があったら、漫画かゲーム買ってるわ!
つまりは、どんな服を選んでも大差ないということなのだ。
兎に角、着替えを終えると、もうゆっくりしていられる時間は殆どなかった。
俺は喉を潤すために、冷蔵庫から牛乳を一本取り出して一気に飲み干すと、そのまま家を飛び出した。
この時、俺はよくみておけばよかったのだ。牛乳のパッケージの表記を……。
※※※※
「やっほー」
花梨との待ち合わせ場所は、最寄りのバス停の前だった。
すでに、花梨は到着しており、ピョンピョンと飛び跳ねて俺に向かって手を振っていた。
その度に、大きな果実がそれはもうプルンプルンと大暴れだ。
「またせたな」
「この花梨様を待たせるとはーいい度胸だー!」
そう言って、花梨は俺の胸に軽くパンチをしてみせる。勿論、冴草契の殺しに来ているパンチとは違って、ただのポーズだけの可愛らしいものだ。
しかし、花梨の服装は可愛らしいというよりも、セクシーと呼ぶに相応しいものだった。
胸にピッタリとひっつくようなキャミソールは、花梨の豊満なオッパイマウンテンの魅力を十二分に引き出すだけでなく、飛び跳ねていた時に、おへそがチラリチラリと顔をのぞかせてくれるというボーナス効果が! さらに魅惑の膝上ミニスカート! まぁ下にはスパッツを履いているので、残念ながらおパンツ様を見ることは出来ないけれど、スラリとした足のラインを堪能するには申し分ないものだった。
俺は思わず、拝んでしまっていた。
『ああ、これを見ることが出来ただけで、俺は今日来たかいがあったというものだ……』
今日という日をもたらせてくれた神に感謝したのだった。
「なにやってんの? ほらほら、バスきたよ~」
花梨にせかされるままに、俺はバスに乗り込んだ。
バスの中は少し混んでいて、俺と花梨は身体を密着させる形で、吊り革につかまって立つことになった。
バスがコーナーで揺れる度に、花梨の身体が俺に触れる。つまり、身体の中で一番出っ張っているところが触れる。簡単に言えば、オッパイが当たるのだ!
――ああ、バスの運転手さん、できるかぎりコーナーを攻めてくれ! 急ブレーキもどんとこいだ!
「うーん? なんで久遠はうれしそうにしてんのー?」
オッパイの感触を堪能する俺の表情は、自然と至福の笑みになってしまっていたのだ。
まさか『それはね、花梨の大っきいオッパイの感触が素敵だからなんだよ』等と言える訳もなく……。
「あ、あれだ。花梨とのデートが嬉しくてさ。それでだよ」
「えっへっへー。なーんだ、嬉しい事言ってくれるじゃーん、このこのっ!」
花梨は俺を肘で何度も突付いてみせる。
どうやら、ギャルゲーで言うところの、好感度アップの選択肢を選べたようで、花梨は上機嫌になっていた。
「ところで、何処に行くんだ? そっちにおまかせだって聞いたから、全然知らないんだけど」
「そ・れ・は……着いてからのお楽しみだよーっ!」
花梨は、頬を吊り上げてニヤニヤしている。
俺としては、何処にもいかずにこのままずっとバスに揺られているだけでも十分に満足だった。主に感触的な意味で。
「よぉし、着いたよー!」
オッパイの感触を楽しむこと約十分ちょい、残念ながら目的地に着いてしまったようである。
「ほらほら、降りるよー」
花梨は、ポップステップジャンプでバスの降車口から飛び降りる。
降りた先で手招きする花梨に急かされるように俺はバスを降りる。
「はいはい、こっちこっちー!」
俺は何もわからないまま、言われるままに花梨の後ろを付いて行く。
「ここだよー!」
バスから降りて歩くこと約三分。
俺たちがたどり着いた場所は……。
「バッティングセンターだよっ!」
だった。
なるほど、何処からどうみてもバッティングセンターだ。しかも、良い感じに古ぼけていて味のある感じのバッティングセンターだ。おっさんとか、野球少年とかがたむろしてそうな臭いがプンプンする。
「って、なんでバッティングセンターなんだよ!」
俺はすかさずツッコミを入れる。
「なんでって? 花梨が行きたかったからに決まってんじゃーん! だってさー、女の子一人でバッティングセンターは、ちょっと入りにくよー?」
確かに、女の子、しかも中学生が、一人でバッティングセンターにはそうそう来ないだろう。『キャー超バッティングセンター気分なんですけどー』『まじでー? じゃ軽く打ってくー?』なんて会話は聞いたことがない。
「花梨は、ソフトボール部だったりとかするのか?」
「んー? 部活なんてやってないよー。そういうのなんか面倒いしね。ただ、花梨はボールをかっ飛ばしたいだけなのさっ!」
運動神経の塊のような花梨が、どこの運動部にも所属していないとは、まさに宝の持ち腐れである。きっと、アチラコチラの運動部から熱烈な勧誘が会ったに違いない。しかし、それらの勧誘をあっさりスルーする様が容易く想像できてしまう……。
「さぁ行くよっ」
花梨は大手を振ってバッティングセンターへと入っていく。俺は後を付いて行く。なんか、俺って飼い主に着いて行く犬みたいだな……。
たのもー、と言わんばかりに入り口の自動ドアを通って、奥へとどんどん進んでいく。バッティングセンターの中は、外見から想像したとおり年季の入った作りだった。バッティング場に向かうまでのロビーには、いつのゲームだよ! とツッコみたくなるくらい古いアーケードゲームが六台ほど設置されていた。その横には、これまたアナログなタイプのUFOキャッチャーが。あれ、アーム腐ってんじゃなかろうか?
しかし、花梨はそんなものには目もくれずに、一目散にバッティング上へと入っていった。
「ねぇねぇ、久遠が先にやるー? それとも花梨がやっちゃうー?」
バッティングセンターは、休日だというのに驚くほど空いていて、別に横に並んで二人いっぺんにやれないことはなかったが、あえて一個のスペースを二人で共有することにしたのだ。
しかし、花梨が何の迷いもせずに入ったボックスは、この店での最高速度の場所だった。なになに百四十キロ……?!
「えっと……。俺は後でいいわ」
本当ならば、カッコイイところ花梨に見せつけたいところだが、正直百四十キロを打てる気がしない……。なので、まずは花梨の腕前をみさせてもらうことに……。まぁ本当は腕前よりも、バットを振ってオッパイが揺れるところを見たいっていうのが本音だけどな!!
「おう、そんじゃ花梨が先に打っちゃうねー!」
花梨は颯爽とバッターボックスに入ると、慣れた手つきでバッドを構える。
「ほぉ……」
思わず感嘆の息が漏れるくらいに、花梨の構えは堂に入っていた。しかし、しかしだ! 花梨はキャミソールにミニスカート、いくら構えが見事でも、客観的に見てミスマッチなのは否めなかった。
「さぁ、こい!」
花梨の言葉に答えるように、第一球が機械から投げ出される。
唸りを上げる豪速球、だが……。
「えいやっ!」
気合一閃、花梨はその豪速球を訳もなく打ち返してみせたのだ。
俺はオッパイを見るつもりでいたはずなのに、花梨のバッティングフォームに見惚れてしまっていた。野球の素人である俺でも、あれが流れるような綺麗なフォームであるということわかった。
「うーん、駄目だなぁ……」
見事にライナー性の良い当たりを打ち返したにも関わらず、花梨は不満そうに首を捻っていた。
「さぁ、次こーい!」
その言葉に答えるように、次の球が飛んでくる。
花梨はその豪速球をしっかりと引きつけて、脇を絞って、軸足のバランスを崩すこと無く打ち返す。スイングの動きに合わせて、ミニスカートがまくれ上がって、中の黒いスパッツが股間部分まで顔を出す。
俺は今度はきちんとボールではなく、花梨の姿、主にお尻とオッパイの揺れに視線を向けていた。
――うむ、いいものだ……。スパッツはスパッツで良いものだ!
こうして、お尻とオッパイ鑑賞会が俺の中でスタートしたのだ!
二球、三球と、花梨はすべてのボールを見事に打ち返して入るのだが、どうも納得がいかないようで不満顔だ。そして、俺はといえば……『うーむ、今のヒップのラインは良い感じだったな』とか『おう! オッパイさんが、オッパイさんが、まるで別の生き物のように、フレキシブルに動いていらっしゃるううう』等と、俺なりのバッティングセンターの楽しみ方を満喫していた。
「うん、なんとなーく、タイミングつかめてきたよーっ!」
花梨は一度バッターボックスを外して、バットを構え直す。
そして、遂に花梨はそのボールを、 フェンス上段に書かれている、ホームランというボール型のマークに、見事に命中させたのだ。
「やった! ねぇねぇ久遠! やったよー。花梨ホームランだ~い!」
花梨は、バッターボックスでガッツポーズを決めて、子供のようにはしゃぐ。
「お、おう! すげえな……」
「じゃ、次は久遠の番だよー」
気が付くと、ワンプレイ分の球が丁度終了したところだった。
花梨はネットをくぐり抜けて、俺にバットを差し出す。
「はい、がんばってね~」
花梨の額に滲んだ汗が、店内の照明に照らされてキラキラと光っていた。俺は思わず『美味しそうだな』などと思ってしまう。
「なになに、久遠ってば、変なこと考えてるっしょ?」
「え、い、いや、な、なんも考えてないよ! さ、さぁーて、かっ飛ばしてくるかなぁー!」
動揺を隠せないとはまさに今の状況をいうに違いない。しかし、毎度ながら中学生とは思えないくらいに、花梨は洞察力が鋭い。俺の心の中など、最初から見透かされているような気がして、思わず身震いしてしまう。
まぁそれはさておき、いくらか花梨の前でいいところを見せようと、俺は意気揚々とバッターボックスに入っては、バットを構える。
そして、第一球が投げ込まれ、フルスイングをした時に、異変は起こったのだ……。
俺のスイングは、ボールの位置とはまるで見当違いの軌道を振りぬいた。それどころか、タイミングもまるで合ってはおらず、ボールがネットについてから振りぬいたほどだ。
だが、そんなことはどうでもいいのだ!
今の俺を襲った緊急事態とは……。
主に下っ腹を中心に、緊急事態、エマージェンシーコールが鳴り響いたのだ。
「どんまいー! 久遠、次は打てー!」
と、声援を投げかけてくれる花梨に笑顔を返す余裕が、みるみるうちに俺からなくなっていく。
さぁ、それは何故なのか?
そう、俺は今、猛烈にウンコが出そうなのである……。
先ほどのスイングをした時に、強烈な便意が俺の身体を駆け巡り、下腹部を貫くような痛みが走ったのだ。
俺は、ふと出かける前に飲んだ牛乳を思い出す。
――あれ、あれ、もしかして、あの牛乳……賞味期限が……。
これが午後のデートの地獄の始まりだった……。




