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61 届かない電波(テレパシー)。


 気が付くと、いつの間にか土曜日の放課後だった。

 そんな言い方をすると、それまでの間ずっと気を失っていたとか、記憶喪失にあっていたとか、闇の魔王と戦ってたとかと思われるかもしれないが、そんなことはまるでなく普通に生活している内に土曜日の放課後がやってきただけだ。

 いつも、放課後に校門前で待ち伏せしていたセレスは、あのデートの約束から顔を見せなくなった。理由は全くわからない。まぁ、お嬢様には一般人にはわからない用事というものがあるのかもしれない。舞踏会とか、晩餐会とかな?


 あとそうだ。向日斑むこうぶちの相手がとても大変だった。


「なぁなぁ神住かみすみ七桜璃なおりさんから連絡はないのか? よくよく考えたら、俺は七桜璃さんのメアドも電話番号も知らないわけなんだが……」


――安心しろ! 俺も知らない!


 とは言い返せないので、あの人はすごく忙しいとか、照れ屋さんだから連絡先を教えるのが恥ずかしいだとか、適当な事を言っておいた。


「そうか……。寂しいなぁ……。でもまぁ、誰だって忙しい時とかはあるもんな。連絡あったらすぐに教えてくれよ!」


「わかった、わかった」


 なんとか、話を収めることは出来たが、近いうちにどうにかして忍者と合わせておかないと、このままでは明らかに嘘告白だったことがバレてしまう。愛の告白の直後からまるで連絡がないとか、どう考えても詐欺以外の何者でもない。もう少し時間を掛けてフォローをしてだな……。そんでもって『やっぱり、あなたとはお付き合いするのは無理みたいです……。ごめんなさい』みたいな感じでサックリと振ってもらうのが一番だと思う。いやまぁ、忍者のやつがそっちの毛に目覚めてもらっても、俺はいっこうに構わないわけなんだが……。

 しかし、忍者とはどうやって連絡を取ればいいのだろう。忍者だけに、狼煙のろしとか、矢文とかなんだろうか?

 俺は忍者がスマホ片手にメールをしている姿を想像してみた。

 びっくりするくらい似合っていなかった。

 その次に、矢文で俺の顔の横スレスレに矢を撃ち込む姿を想像してみた。

 びっくりするくらい似合っていた。

 ただあいつは、俺の顔スレスレじゃなくて、俺の脳天めがけて撃ち込んでくる可能性があるから要注意だ……。


 

「神住さーん」

 

 俺に向かって元気よく手を振る少女。特徴のあるくせっ毛、が風に吹かれては、毛先がピョコピョコと遊んでいるようにみえた。

 その横には仏頂面の女子が一人。腕を組んでこちらに背を向けては、ローファーの靴先を地面に何度かコツコツと叩いては苛ついている素振りを見せていた。

 前者は桜木姫華さくらぎひめか、後者は冴草契さえぐさちぎりだ。

 校門を出て少し歩いたところで、俺たち三人はいつもの様に待ち合わせをしていた。

 そう、いつもの様に、これといった用事もなく、とりとめのない会話をして少しの時間を潰し、そのあとバイバイって流れだ。

 俺はこの意味のない時間が嫌いではなかった。どちらかと言えば、好きと言ってもいいくらいだった。


「はぁ、明日は日曜日か……」

 

 俺たち三人は金剛院家が突貫工事で作り上げたカフェでお茶をしていた。

 このお店は、超高級カフェの装いと、お味でありながらも、お値段ははリーズナブルなのだ。気がつけば、オープンして数日で、学生たちの憩いの場になっていた。しかし、確実にこれ利益出てないだろ? 売れば売るほど大赤字だろ?

 

「神住って、馬鹿なの? そりゃ土曜日の次の日は日曜日に決まってるでしょ? もしかすると、アンタの一週間って土曜日の次が水曜日だったりとかで、ごちゃまぜだったりするの? アンタの頭の中と同じでごちゃごちゃなの?」


 コーヒーカップを手に持ったまま、冴草契はテンポよく俺の悪態を突き続けた。普段そんなに喋らないくせに、こういう時だけは饒舌になるからたまってたものではない。


「ちーちゃん、そんな言い方はないよ! 神住さんはきっと、なにか意味があって言ったんだから! そうですよね、神住さん」


「え? あ、そう……なのかなぁ?」


 折角の桜木さんのフォローだというのに、実のところ、俺もこれといった意味があって言ったわけではなかった。


「明日の日曜日に何かあったりするんですかぁ?」


 桜木さんの何気ない質問が、俺にクリティカルヒットする。


「え? え、あの……あるような、ないような、ありすぎるような……」


「はいはい、そういうあやふやな答え方をする男はモテないよ? まぁ、どんな答え方をしても、モテないんだろうけど」


「なんだと! この俺は日曜日に二組のデ……」


 と、ここまで言いかけてストップできた俺は偉い。普段なら全部言ってしまって、大やけどするとこだ。けれど、それを冴草契は許してはくれなかった。

 

「デ? デってなんなのよ?」


 この女、スルーしてくれれば良いものを、なんでこんなに追及をしてくるのか……。


「いや、あの……。二組のでんでん虫を、観察しようかと……」


 その言葉を言った後、冴草契の俺を見る目が、まるでゴミを見るような目に変わっていた。あれ、元からこんな目で見られてたような気もする……。


「ま、まぁもう六月だし、もうすぐ梅雨になるし、おかしいことじゃないよね? ね、ちーちゃん!」


 冴草契のゴミ視線を間に入って遮ってくれた桜木さんは、間髪入れずにフォローをしてくれる。優しい子だ。


ひめ……。同意を求められても困っちゃうんだけど……」


「でんでん虫さん、かわいいよね?」


「わたしはアレ触れないよ……」


「そうだった、ちーちゃん、虫嫌いなんだった」


 ほうほう、良いことを聞いた。この空手バカ一代女は虫が嫌いっと……。俺は即座にスマホを取り出しては、メモアプリを起動させて、この事をメモしておいた。


「な・に・を、メモしてるのかなぁ〜?」


 スマホの画面から顔を上げると、そこには蛙を睨みつける蛇のような表情をした冴草契が待ち構えていた。瞬時に俺は睨まれた蛙の方の表情になる。わかりやすい力関係だ。

 おいおい、俺のちょっとした動きにも目を光らせているとか、お前は俺のことが気になってしかたがないのか? 大好きなのか? でも俺は嫌いだからな! お前からデートを誘われたら即断る! 何故ならば命が危ないから!


「さて……。そろそろ姫は時間でしょ?」


 冴草契が、店内に置かれている大きな柱時計を指出す。


「うん。そうだね。そろそろだね」


 桜木さんは頷いて、椅子に置かれた鞄を手に取った。


「そういえばさ、いつも時間を気にしてるけど、なんかあるの?」


 何の気のない質問だった。それが、二人の動きを一瞬止めてしまうとは思いもしなかった。

 冴草契が俺に何かを言いかけようとしたが、その前に桜木さんが俺に説明をしてくれた。


「えっと、大したことじゃないんですよ。あれです、わたしって、あんまり頭良くないから、お家に帰って勉強しないとなんですよ」


 身振り手振りを交えて、勉強するポーズをして見せて健気に説明をする桜木さんの姿は、ほんと小動物みたいで可愛らしい。お家に持って帰りたいほどだ。


「いやいや、特別進学コースなのに頭が良くないとか……。絶対俺なんかの数倍は頭良いでしょ?」


「そんな事無いですよー。まぐれで入れたようなもんなんです。だから、頑張って勉強しないとすぐ置いてかれちゃうんです。わたしってば、駄目な子ですから、えへへ」


「なるほど、周りの奴ら全員が頭良いわけだからな、それはそれで大変なんだな。その点、俺らは気楽なもんだよな?」


 俺は斜め前に居る冴草契に話しを降ってみる。


「は? まさか、それわたしを含んでるんじゃないでしょうね?」


 冴草契が拳をボキボキと鳴らしてみせる。これは、これ以上ふざけたことを言うと、この拳がアンタの腹にめり込むことになるよ、との警告なのだ。

 その警告を無視するよほど、俺は馬鹿でないので……。


「え、えっと、俺と向日斑の事に決まってるじゃないっすか! あっはっはっは」


 これが処世術というものだ。


「それならよろしい。許してあげる」


「ありがとうございます」


 俺は何かしらを許されたようだった。良かった良かった、俺は今日も五体満足で生きることが出来た。ありがとう神様。

 

 俺たちはレジカウンターで会計を済ませて、カフェを出る。

 そして、いつもの様にバス停前まで行ってお別れだ。

 カフェからバス停までの道のりは歩いて五分足らず、いつも桜木さんと冴草契が並んで歩き、その後ろを俺が自転車を引きながらついていく。お決まりのトライアングルフォーメーションだ。やべぇ、こんな呼び方すると、俺を巡っての三角関係みたいに思えなくもない。

 実際の関係図は……。

 冴草契は桜木姫華が好き。

 冴草契は俺をぶっ飛ばしたい。

 桜木姫華は俺を電波テレパシーが通じると思い込んでいる。

 桜木姫華は冴草契を親友だと思っている。

 そして、この俺は……二人のことをどう思っているんだろう?

 正直、初めて渡り廊下で出会った時、俺は桜木姫華に対してトキメキを感じた。けれど、今はどうなのかといえば……良くわからない。きっと、今俺が桜木さんに対して抱いているのは、恋とか愛とかとは少し違うような気がする。

 冴草契は……すぐに暴力に訴えるという恐ろしい女だが、性格が悪いかといえばそうでもない。これだけはっきりモノを言う女は、男友達と会話しているようで気楽で良いのだ。更に、何気に乙女であるということは、公園での出来事でわかっている。あ、勿論こいつに対して恋愛感情などさらさら持ちあわせてはいない。

 つまるところ、俺は恋愛とは縁遠い所に居るわけなのだ。


「そんな俺が、デートとかな……。自分自身驚きだよ」


 言葉に出して言ってみたのは、きっと二人には聞こえないだろうと思ったからだ。実際、二人は二人でなにか話をしているようで、こちらを振り向こともなかった。

 だから、きっと聞こえないだろうと思って、こんなことを言葉に出してみたのだ。


「二人はデートとかしたことあるのかなぁ〜。なんてな」


 これもきっと、聞こえはしないだろうとたかをくくっていた。


「……」

 

 ピタリと二人は同時に足並みを止めてしまった。


「で、で、デートとか……。神住さん何を言い出すんですかぁ!」


 なんと、俺の言葉は二人の耳に入ってしまっていたらしい。なんで? 何でなの? タイミングなの? たまたま二人の会話の切れ目に、俺の声がすっぽりハマっちゃったの?


「そ、そうだよ! わ、わたしと姫は普通に遊んだりしてるだけで、デートとかじゃないよ! なに言っての!」


 冴草契は照れていた。何を思ったか、冴草契と桜木さんの事を指してデートだと言っていると勘違いしているようだ。さすがガチな人は違う。


「え? ちーちゃん何を言ってるのよぉ? わたしたちが遊んだりしてるのが、デートなわけ無いよ? 女の子同士だもん。変なのっ」


 さすがノーマルの人は違う。桜木さんは冴草契の言葉を冗談として流してのけたのだ。


「……。うん、そうそう。女の子二人が遊ぶのはデートって言わないよね、うん、しってる。わたし知ってた。知ってたよ……」


 冴草契がみるみるうちに泣きそうな顔に変化していくのを、俺は見逃さなかった。


「ところで、神住さんどうしていきなり……デート、とか言い出したんですか?」


「いや、二人共可愛いから、デートとかしたことあるのかなぁ、なんてさ!」


 可愛いとか言っちゃったよ。俺キモイ、自分で自分がキモい。


「か、可愛いとか……。前も言いましたけど、わたしはそんな……可愛くなんか……ないもん……。頭も良くないし……」


「何言ってるのさ、姫! 姫はかわいいし、頭も良いし、この地上に舞い降りた天使だよ!」


「ちーちゃん恥ずかしいから、そう言うの禁止!」


 こうして、いつものやり取りがスタートする。俺はあえて会話に入らないで、傍観者を気取る。

 ほんと、いつの日か、この冴草契の想いは報われるのだろうか? 冴草契と桜木姫華のカップルが成立し、さらに向日斑と忍者のカップルが成立した時には、日本って国はある意味先進国だなぁと思わざるを得ないだろう。


「それとり、神住だ! 人にそんなことを聞くくらいだから、お前はデートしたことがあるのか!」


「な、無いけどさ……」


「なぁんだ、神住さんもデートしたこと無いんですね。じゃ、みんな仲間ですよ、えへへ」


 なぜか、桜木さんはホッとして胸を撫で下ろしては、嬉しそうに笑った。


「デートしたことない仲間かぁ……。あんま愉快な仲間じぁ無いなぁ」


「神住の分際で、デートをか口にするだけでもおこがましいんだよ!」


 ふんぞり返っての上から口調の冴草契に、俺はついつい『明日デートなんだけど! それもダブルヘッダーで!』と言いたくて仕方なくなったが、ここは我慢の子である。


「デートとか、少し憧れちゃいますね。わたしにはまだ早いかもだけど……」


 鞄を持ったまま後ろ手を組んで、クルッと回転して制服のスカートをなびかせる。そして、少し前屈みになって照れたように笑う。それはとても愛らしく、こんな状況じゃなければ、デートに誘いたくなるような仕草だった。

 けれど、もし俺が桜木さんをデートに誘ったならば、冴草契は怒りよって修羅へと変貌することだろう。そして……まぁこの後は言うまでもないので割愛しておく。

 

 そんなこんなで、俺たち三人はバス停に着いてしまう。

 丁度バスも今着いたところのようだった。

 二人は急ぐようにバスに乗り込んでいく。俺はその後ろ姿を見送っていた。

 すると、桜木さんが慌ててバスの降車口から降りてくるではないか。


「どうしたの? なんか忘れ物とか?」


「いいえ。あの……。神住さんに電波テレパシーを送ります!」


「え? ちょっと、今ここで?」


「はい! 時間もないので、急いで送りますね。こっちを……見ててくださいね」


 桜木さんは、祈るように手を組んで目を閉じる。

 そして、オデコをこっちのオデコに近づけるように前に少し傾ける。

 俺は他のバスに乗り込む学生たちにみられるのが恥ずかしくて、桜木さんの身体を手で覆い隠すようにする。身体の小さい桜木さんは、俺も手の中にすっぽりと入って、隠すことが出来た。ほんのりと甘い香りが、

俺の心を刺激させて、このまま腕を閉めて抱きしめてしまいたくなる欲求にかられる。

 その欲求と戦っている内に、桜木さんは電波テレパシーを送り終えたのか、目を開けた。

 

「はい、届きましたか?」


 真正面を向く桜木さんは、自然と目の前に居る俺と視線がぶつかる。その瞬間、お互いなんだか照れくさくて目をそらしてしまった。


「う、うん。届いた……よ?」


 届いているはずなど無かった。俺に電波テレパシーなど無いのだから。それでも、俺は嘘をつき続けなければならない。いつまで? いつまで続ければいいのだろう。


「本当ですか?」


 真剣な目で俺を見る。もしかすると、桜木さんはすでに俺が嘘を付いていることに気がついているのかもしれない。


「う、うん」


 自信なさげな返事を一つ。それしか、俺には出来なかった。


「なら良いです。それじゃ、わたし行きますね」


 電波テレパシーが届いたことに、桜木さんは満足そうに笑った。俺はどんな顔を返せばいいのかわからないまま、ぎこちなく笑った。


「姫ー! 何やってんの! バスでちゃうよー!」


「わかったよー、ちーちゃん!」


 桜木さんは駆け足でバスに乗り込もうとして、乗車口の段差で転けそうになる。が、そこを冴草契が抱きしめるようにしてキャッチしてのける。さすがガチな人は動き俊敏だ!

 こうして、二人を乗せたバスは去っていった。


 一体、桜木さんは何を電波テレパシーで伝えようとしたのだろうか。

 電波テレパシーも、読心術も持ち合わせていない俺にはまるでわからない。

 ただ、電波テレパシーが届いたことを信じて嬉しそうにしている姿に、俺の中の罪悪感がむくむくと増殖を始める。 

 考えるのはやめよう。

 それよりも、いま俺が考えなければならないのは……。明日のデートのことなのだ。

 六月の湿度を含んだ風が、俺の頬を撫でては不快感を煽った。

 


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