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06 他所のお家のことはわかりません。


 今、時間は午後四時を少し回ったところだ。

 うちの高校から俺の家までの距離は、自転車で三十分かからないといった位置にある。このまま家に帰ったら五時前には着くわけだ。

 いつもだと学校の帰り道は、向日斑むこうぶちと本屋やTSUTAYAなんかに寄り道をして、買いもしない商品を、やれこの映画は監督のカメラワークがなってないだ。この漫画は初期は良かったが、最近は読者に媚びた作品作りをしてきているとか。お前ら評論家なのかよ! って感じで上から目線で言い合うのが定番となっている。まさに不毛な時間ここに極まれりといったところなのだが、これが結構楽しいから仕方ない。さらに一円もお金を使わないで済むという。ウィンウィンな行為なのだ。いやまぁ、書店からすれば、五月蝿いわ、金を落とさないわで、ルーズルーズなんですけどね。


 ちょうど自転車は、馴染みの書店の前に差し掛かっていた。

 この書店、高校の近くにあるからか、ティーンズ向け雑誌や、ライトノベル、漫画などの品揃えがしっかりしている良い書店なのだ。こういう所でバイトでもすれば楽しそうだと思ったこともあるが、お客の大半が俺の高校の生徒だと考えると、一気にゲンナリしてしまう。

『お、お前こんな所で働いてるのかよー』『なぁなぁ、安く売ってくれよー』『エロ本コーナー充実させろよ』などと、うっとおしい事を言ってくるのが目に見えているからだ。バイトをするならば、顔見知りが来ない場所。うんうん、これが鉄板だと言えよう。


 さて、そんな事を考えているうちに自転車は店の前を通過してしまう。わざわざ引き返してまで、書店による用事もありはしないので、今日はこのまま家に帰ることにした。

 俺は我が愛車、白兎馬はくとばのペダルを力強く蹴りこんだ。勿論、この白兎馬の由来は、三国志の赤兎馬から来ている。まぁただ色が白いだけのママチャリなのだが……。



 我が家に到着。何の変哲もない中流家庭の極々良くある一軒家だ。これが大都会であるならば一軒家ってだけでそこそこお金を持っていそうなもんだが、ここは田舎と呼んで差し障りないくらいの地方都市である。アパートに住むのは一人暮らしの学生くらいなもんだ。普通の家庭を持つ奴らは一戸建てに住むのが当然って感じになっている。

 俺はこれといった装飾のされてない味気ない玄関のドアを開けようとして、鍵がかかっていることに気がついた。

「ふむ、まだ母親は帰ってきていないのか……」

 うちは共働きである。

 父は普通のサラリーマン、母はパートに出ている。

 いつもは、俺があちこちで時間を浪費してから帰るために、母のほうが先に帰宅していることが多い。だが、今日はファミレスで数十分時間を潰しただけなので、俺のほうが先に家に着いてしまったというわけだ。

 俺は鞄の中から家の鍵を取り出して、鍵を開けた。

『ただいま』

 と、心の中で一言。

 実際、母親が家に居る時でも、俺は『ただいま』を多分ちゃんと言っていないと思う。多分、なんて不確定な言葉を使うのは、そんな毎日『ただいま』を言ってるかどうかなんて考えたこともないからに相違ない。『おはよう』『いってきます』こんな言葉もそんな感じだ。

 俺は台所で適当にお菓子などを物色すると、すぐさま二階にある自分の部屋へと引きこもった。

 食事と、お風呂、トイレ、それ以外の時間はだいたい自室から出ることはない。家族の団らん? 家族との触れ合いの会話? 面倒くさいし、相手もそんなことを望んでいるのだろうか? 俺が面倒だと思うのだ、相手だって面倒だと思っていてもおかしくない。きっと、どこの家だってそんなもんだろう。まぁ知らんけどな。

 もし、学校で『なぁお前、母親とは仲いいの?』なんてことを聞いてる奴が居たならば、軽く引くことうけ合いだ。それどころか、こいつマザコンじゃねえの? とのレッテルを張られても仕方のない事だろう。

 そんな訳で、自分以外のご家庭の事情など知るわけもないのだ。せいぜい、漫画やドラマの家庭とくらべて、まぁうちは普通なんじゃないのかなぁ……と思うくらいだ。


 俺は部屋の電気をつけると、本棚から読みかけの小説を一冊引っ張りだし。逆の手で床の上に落ちていたテレビのリモコンを拾い上げる。右手に小説、左手にリモコン、この二つを融合させることによって、あらたなるものを錬成する…‥わけもなく。俺は見る気もないのにテレビの電源を入れる。電源を入れた後は、リモコンを床の上に投げ捨てる。そして、小説を手にとったままベッドの上にドスンと身体を倒れこませた。

 本を読むのに、どうしてテレビをつける必要があるのか? まぁこれは習性みたいなもんだ。家についたらとりあえずテレビをつける。またはパソコンをつける。これは『ただいま』を言うよりも、確実に習性として俺の身体に染み付いている。

 誰にも見てもらえないテレビが、どうでもいいニュースを繰り返している。

 きっと世の中には、このニュースがどうでも良くない人間がいるのだろう。もし、この世界中の人間にとってどうでもいいニュースならテレビで報道されるわけがないのだから。

 

 俺が小説の世界の没頭して、二十分ほどが経った頃だろうか。玄関のドアが開く音がした。きっと、母親が帰宅したのだろう。

 耳を澄ますと。

「ただいまー」

 の声が聞こえた。

 ふむふむ、母親はちゃんと『ただいま』を言う人だったのだな。

 俺はそのただいまに返答すること無く、小説を読むのを再開した。

 再開して十五分が経った頃……。唐突に俺のスマホが音をたてる。いやいや『今から音を立てますよー』と宣言して音がなる方がおかしいだろ。電話やメールなんてもんは唐突に来るのが普通なんだ。って、メール? もしや……。

 俺の予想はあたっていた。

 メールの送り主は、あの腕力女、あらため冴草契さえぐさちぎりだった。

 メールの内容はこうだった。


「いますぐ、この電話番号に電話してこい! 今すぐだぞ!! 急げよ!!!!」


 本当に女子高生のメールなのかと疑うほどに、顔文字、絵文字などの装飾が全く無いメールだった。ってか、エクスクラメーションマーク多すぎだろ。

 しかし、一体全体何を焦っているだろう。急いで俺が電話をしなければいけない用事とは何なのか。俺に一秒でも早く、愛の告白でもしたいのだろうか? まぁそれはないな……。多分、その用事とは桜木姫華さくらぎひめか関連の事に間違いないだろう。

 俺はメールに書かれている電話番号をアドレス帳に追加すると、そのまま電話をかけた。

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