59 仮面の忍者なに影だ?
「なんで他校の生徒が……。しかも女が校内にいるんだよ!」
柔道部員のこの台詞は至極まっとうなものだった。ひと目で分かる別の高校の制服、さらにうちは男子校だ、普通に考えて他校の女生徒が校内に、しかもこんな人気のない場所にいるわけがない。実際、このタイミングでセレスが現れたことに、俺も驚いているのだ。校門の前でセレスが待っているってのなら、あってもおかしくないことだけれど、何故ピンポイントにここに現れることが出来たのか? 待てよ、一つ思い当たることがある!
「……まさか、お前!」
「ギクッ!? あら、あららら? そ、そんなことありませんわ。昨日のカフェでブラッドに新たにGPSを付けさせたとか、全然そんなことはありませんわ!」
自分で全部喋ってくれるとか、ほんとアホっ子はわかりやすくてありがたい。
普段ならば、ストーカーかよ! とツッコミの一つも入れるところだが、今回だけはそのストーカー行為に感謝しなければならない。
「おいおい、他所の学校の生徒はすっこんでてくれよ、怪我しないうちにな!」
柔道部員の一人が、セレスの前に歩み寄っては、下からすくい上げるようなヤンキー顔負けのガンつけをかました。
「あら? 怪我をするのはどちらなのかしら?」
その瞬間、ガン飛ばし柔道部員は地べたに寝転がることになった。
セレスの脅威の足技が炸裂したのか? いや、そうではない。セレスは身動き一つしていない。
「わたくし、このような下賎なものに、触りたくもありませんの。だから……」
「はい、お嬢様、お任せ下さいませ」
音も無く柔道部員を一人地に伏せさせたのは、忍者の目にも留まらぬ攻撃によるものだった。って……あれ、忍者!?
「は? なに、なにそれ! なんなのそのカッコいい服装!」
俺は自分の目を疑った。だって、忍者の服装は、ショタっ子短パン執事装束でも、猫耳ゴスロリ衣装でもなく……。紛うことなき正真正銘の忍者装束を身に纏っていたのだ! さらに、顔には真っ赤なアイマスクが付けられていた。
「あら、お気に召してくださいました? この子、昨日のことがありましたから、幾らかお顔を隠したほうがよろしいでしょ? それに、前々から神住様が、忍者だ、忍者だと、嬉しそうに読んでいらしたので、いろいろ調べましてこちらのお召し物に変えてみたんですの? いかがですか?」
確かに、この忍者装束ならば、昨日のゴスロリ美少女と同一人物だとは思われることはないだろう。目もマスクによって隠れているようだし、それに何と言ってもカッコイイ!
「最高だ! やっぱり、忍者には忍者の服装が似合う!」
俺はポケットの中からスマホを取り出して、すぐさまこの忍者を写真に収めようとしたが、それを許してくれるほど、この名実ともに忍者となった七桜璃は甘くなかった。。
仮面の忍者は、残像が残る程の速さで俺のもとへとやってきては、手の中にあったスマホを目にも留まらぬ手刀でたたき落としたのだ。哀れ俺のスマホは無残にも地面にたたきつけられ、画面にヒビが入ってしまった……。流石忍者、慈悲もない!
「お、俺のスマホがァ!」
ああ、まだまだ買って一年も経ってないのに……。新しいの買って! なんて母親に言ったらきっと『自分で壊したんだから自分のお金で買い直しなさい』とか言われちゃいそうだよ。そんなお金などあるわけ無いのに! 俺はあまりのショックに地面に膝をついては、お亡くなりになったスマホ様に黙祷を捧げた。
「よ、余計なことをしようとするからだよ! ボクは何も悪くないんだからな!」
そうは言いながら、忍者は少しバツが悪そうに、プイッと顔を逸らした。きっと、少しは罪悪感を持ってしまったのだろう。このツンデレ忍者め、かっこかわいいぞ!
「あらあら、ブラッド、神住様のスマホを修理しておいてあげて?」
「はい、かしこまりました」
老紳士ブラッドさんは、毎度のごとく音も影もなく現れると、俺のスマホを手に持ってニコリと微笑み去っていった。相変わらず神出鬼没な人だ。
「修理はありがたいけど、またこっそりGPSをつけたりしないよな?」
「あらららら? 何のことかしら、わたくしにはさっぱりわかりませんわー」
セレスはとぼけて誤魔化すのだった。
さて、俺たちがこんなやり取りを繰り広げて間、柔道部員たちは空気を読んで待っていてくれたのかというと……。
「何なんだよ! さっきから、何処からともなくジジイとか、忍者とか……。俺たちの頭がどうかしちまったのか……」
「なんだ、なにが起きてんだ? 俺は夢でも見ているのか……」
柔道部員は全員混乱状態に陥っていたのだった。
一人は自分の頬をビンタで殴り続け、一人はドッキリなのではないかとテレビカメラを探し、一人は軽くオシッコを漏らしかけていた……。
まぁ、俺だって日々少しずつこのおかしな状況に慣れていったから、今どうにかなっているものの、それが一度に押し寄せてきたならば、正気を保てる自身は正直なかった。ゆえに、この柔道部員たちのリアクションは至極まっとうなものといえるだろう。
どうにも混乱状態から抜け出れないでいる柔道部員たちは、円陣を組んで何かしら話し合いだした。一人でわからないことならば、仲間と相談する。これはきっと正しいことだろう。今みたいな異常な状況でなかったとするならば、と言う注釈はつくだろうが……。
一分ほどの話し合いの末、どうやら結論が出たらしい。
「全部、お前が悪い! お前のせい!」
その言葉が指すところの《お前》とは、どうやら俺のことらしかった。そしてその結論は、何一つとして間違っていないのだ。
「あ、はい。多分そうだと思います。ごめんなさい」
俺は素直に頭を下げた。けれど、頭を下げたからといって、振り上げた拳を収めてくれるような状況ではまるでなかった。
「謝って済んだら警察はいならねぇんだよ!」
そして、振り上げた拳は怒声と共に、俺に向かって振り下ろされ……なかった。
俺に向かってくるほんの数メートルの距離の間に、バタリバタリと全ての柔道部員は地に伏せていったのだ。倒された柔道部員たちは、みな何が起こったのかわからないだろう。俺の目には何も見えはしなかったが、何が起こったのかは想像がつく。そう、それは忍者によるものた。
忍者はこちらに背を向けたまま、物言わずに立っていた。
「ありがとうな」
俺の言葉に、忍者はツカツカと俺のもとに歩み寄ると、俺の胸元を指差してキリッとした整った顔を向けた。
「ふん、今回はお嬢様の頼みで助けたけれど、次はそうはいかないからな! むしろ、殺すからな!」
先日ゴスロリ衣装を身につけ女装をしたからだろうか、完全にこの忍者にはツンデレ属性が備わってしまったように思える。
兎に角、この強力過ぎる助っ人によって、俺の災難は除かれたわけだ。
因果応報というのならば、俺はこの柔道部員たちからの制裁を受けるべきだったのかもしれない。こいつらにだって、全国大会に行きたいという夢があったのだ。確かに、他力本願でそれを叶えたいというのは虫の良い話だろう。それでも、そうまでしても全国大会に行きたかったのという想いを、友人を騙すという形をとってまでして、踏みにじってしまったのだ。
「何を考えているかしらないけど、安心しなよ。罰ならボクがいくらでも与えてやるから!」
忍者は俺の心の中を呼んだのだろうか? 読心術に長けているのだろうか?
「死なない程度に頼むな?」
「……それは保証できない」
「あら? 七桜璃ってば、神住様とそんなに親しげにお話なんかして……ちょっと妬けますわ」
話に混ざれないでいるセレスは、頬を膨らませてすねてみせた。けれど、どことなく嬉しそうに見えたのは俺の気のせいではないと思う。
「さて、ここで倒れている人たちのケアをよろしくお願い致しますわ」
「はい、お嬢様」
またしてもまたしても、何処からともなくメイド三人娘が現れる。あれか、こいつの家の執事やメイドになるには、ワープが必須技能にでもなってるのか?
「うわぁ、クッサそうな男子高校生だよ……キモっ」
「意気消沈、意気阻喪、男臭いの大嫌いなのだ」
「え? わたし、こういうの男臭いの……たまらないんだけど?」
口々に文句? を言い合いながらメイド三人娘は、あっと言う間に柔道部員たちをどこぞに運び去ってしまった。ここのメイドならば、あいつらの記憶すらも消去してそうなのが怖いところだ。
「さて、片付いたようですし、神住様、参りましょう?」
「参るって何処に?」
「えっと……。さしあたり校門前までですわ」
「なるほど」
俺は自転車を引いて校門まで歩いて行く。その横にピタリとセレスがついてくる。その距離は、ほんの少し手を伸ばせば触れることが出来るほどに近い。セレスの金髪から甘い匂いがして、俺は蜜に群がる蝶のように、思わずフラフラと無意識にその髪に手を伸ばしてまっていた。その伸ばした手が、セレスの髪に触れかけた時。
「キャッ!」
セレスは反射的に、異物でも触れたかのように、俺の手を邪険にはねのけた。
「あ、あの、その……。ビ、ビックリ致しましたもので……」
セレスの表情に、いつもの余裕がなくなっていた。必至で取り繕って笑ってみせるもぎこちなくみえた。
「いや、こっちこそごめん。何でそんなことしちゃったんだろうな俺……。ほんとごめん!」
「よ、良いんですのよ。わたくしの金髪があまりにも魅力的すぎるのだから、仕方のない事ですわ。おーほほほほ」
いつもの高笑いも、どことなく精彩を欠いているように思えてならない。
「あ、そ、それでは、今日はここらでおいとまさせていただきますわ」
校門の前までやってくると、セレスは俺から逃げるように離れていった。普段ならば、俺の自転車の後ろに飛び乗ってくるくらいのことは平気でするのに、何がどうしたんだろうか。
「あ、忘れていましたわ。ブラッド!」
「はい、ここに……」
異空間からあわられた老紳士ブラッドは、俺にスマホを差し出す。
「え? これってもしかして、さっき壊れたスマホじゃ……」
「はい、そうでございます」
俺はスマホを手にとって確かめてみる。なんと、傷ひとつ無いどころか、落とす前よりも新品同然に綺麗になっているではないか……。もはや、この老紳士は魔法使いの域にまで達しているのではなかろうか……。
「いや、本当に有難うございます。助かりました!」
「いえいえ、わたくしはお嬢様の命に従っただけでございますから……。もし、お礼を申し上げるのならば、お嬢様に申し上げてくださいませ」
「そ、そっか。ありがとうな、セレス!」
「お、おーほほほほ。そんなお礼を言われるようなことではありませんわ……」
と、そこまで言ってセレスは何か深く考えこんでしまう。そして、何かを決意したように、胸の前で小さくガッツポーズをすると、目を大きく見開いて、俺をじっと凝視した。
「こ、コホン。もし、お礼をしたいというのならば……。こ、こ、こ、こ、今度の日曜日……。わ、わ、わ、わ、わ、わ……。えぇい、頑張るのよセレス! わたくしとデートをするというのはどうでしょう!!」
言い終えたセレスは、蒸気機関車のように頭から蒸気を拭きあげると、猛烈な勢いでて走り去っていってしまった。
俺はそれをポカーンと見つめるしか無かった。
「……」
待つこと数分。
蒸気機関車セレス号は戻ってきた。
息を切らして、額から汗を流し、制服にはあちこちに汚れがついていた。一体どこまで走ってきたのだろうか……。
「お、お返事を聞くのを忘れていましたわ……」
お返事を聞くと言っているのに、それに反してセレスは耳をふさいでいた。
「えっと、いいよ別に。その日は用事もないし。スマホ直してもらったし、助けてもらったしで、何か奢るくらいはしないとなって思ってたしさ」
まぁ、お嬢様相手に、俺が何を奢れるのかって話なのだが、それはそれ気持ちの問題だから。
「……聞こえませんわ。お返事が聞こえませんわ! 神住様が、お口を動かしているというのに、お返事が全く聞こえませんわ」
勿論、それはセレスが耳をふさいでいるからである。
それを察したのか、よこに控えていた忍者が、俺の言葉をセレスに耳打ちする。
「……」
またしても、セレスの頭から蒸気が吹き上がる。これはまた走りだしてしまうのかと思った。
「わ、わかりましたわ! そ、それでは日曜日に! 日曜日ですわよ! 月曜日でも、火曜日でもなく、日曜日ですわよ!」
「うん。わかったよ」
「そ、それではわたくし、急にランニングがしたくなりましたので……失礼致しますわ!」
頭を下げたかと思うと、蒸気機関車セレス号は、またしても走りだしてしまった。
こうして、俺はボコられるどころか、はじめて女性とデートをするという、嬉し恥ずかしのイベントにこぎつけてしまったのだ。
あれ、俺ってば、今急に恥ずかしくなってきた……。
デートってあれだよな、男女がお出かけしてキャッキャウフフという……。
うわぁぁ、なんだこれ! 俺も今日は自転車に乗らないで走って帰ろうかな! いや、もう走るしか無いわ!
※※※※※
俺は自転車を押しながら全力疾走をして家まで帰ってしまった。
ああ、向日斑のことは完全に忘れていた。忘れてしまったものはしょうがない。だってデートなんだからしょうがない。
シャワーでも浴びて、汗を流そうとした時、ふとスマホが電話の着信音を鳴らした。
その電話の相手は、花梨だった。




